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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
10話・動乱
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(2)

「いっ・・・たあ・・・・」


意識が戻るよりも先に、痛みからうめき声が漏れた。熱くジンジンと鈍い痛みを放つ頭を抱え、咲は自分の発した声で完全に目を覚ます。


暗くて埃っぽい倉庫。


何があったのか一瞬混乱したが、すぐに先ほどのことを思い出して立ち上がった。咲を取り囲んだ男たちの服装、あれは前僕のものだ。なぜ彼らが襲ってきたのかはわからないが、階段の術が効かなかったことと関係しているのかもしれない。


とりあえず他に人が見当たらないことに安堵して、咲は冷静に辺りを見回した。倉庫の外は静かで、なんの音も聞こえてこない。


そっと立ち上がり扉を開けようとするが、彼女の想像通り開いてはくれなかった。


「やっぱり閉じ込められてるのかあ・・・」


殺されるよりはマシだが、このままでは誰にも気づかれず骨になってしまいそう。

あまり日の入らない小窓、古くて手入れの行き届いていない調度品。調度品というより使わなくて処分に困った物を収納するガラクタ置きだ。普段使っておらず長年使用していないことがよくわかる。


倉庫の位置も普段人の通らない端っこの方だろう。大声出したところで誰か気づくかどうか・・・。


「誰かいないのー!?」


ガンガンと乱暴に扉を叩くものの、咲の力ではびくともしない。古いくせにやけに頑丈だ。


扉を自力で開けるのは諦めて、足元にあった細長く固い杖を壊れた椅子の金属部分に叩きつける。がこーんと耳をつんざくような大きな音が出たが、倉庫が閉ざされた場所だからだろうか、音が籠もってあまり外に響いてなさそうだ。


「誰かいないのー!?誰かーーー!!!」


でき得る限りの大声を出すがうんともすんとも反応がない。だんだん怖くなった来た咲だが、嫌な思考を振り払って一生懸命杖を叩く。閉じ込められたときは大声を出すより物で音を出した方が外に聞こえると、どこかで聞いたことがあったから。


しかしいつまで経っても助けが来る気配はない。


咲は杖を諦めてもっと固そうなものを探した。握って振りやすく叩きやすいものがいい。できれば金属製の、高くて大きな音を出しそうな。


ふと、閃く。そういえばあるじゃないか、高くて大きな音を出す“モノ”が。

しかも咲はこの世界でそれ以上大きな音を出す物を知らない。それぐらいの優れものだ。


「冥昌さーん・・・」


咲は涙目になりながら袖の裾から玉闇からもらった笛を取り出す。これならばかなり遠くまで聞こえそうだ。初めてもらったときは力加減がわからず、肺いっぱいの空気で後宮中に響かせたのだから。


咲は思いっきり空気を吸い込み、めいいっぱいの力で笛を吹いた。

















咲の思惑通り、間抜けな笛の音は本宮まで響き渡った。


剣が交じり合い、壮絶な戦闘が繰り広げられている官吏の部屋。礼部の人々はなんとか凌いでいるものの、数が多すぎて衛部の人間ではとても戦い切れない。

武道に通じていない文官はもちろん相手にならず、部屋の隅で震えているだけ。


正直言って、間抜けな笛の音など気にしている余裕はなかった。


しかし、その音を知っている人が居た。琥轍だ。

彼は咲が笛を練習しているのを何度か聞いたことがあったから、すぐに彼女の状況を察することができたのだ。


衛部の人間に混ざり先頭に立って戦っている琥轍。何度も何度も危機を知らせるかのように発せられる笛の音に、居てもたっても居られず舌打ちをして後ろを振り返る。


「おい、お前ら!隙を見てどこかに隠れてろ!」


「無茶言うなよ!」


「じゃあ王座の間まで逃げ込め!そこまでなら行けるだろ!」


「う、うーん・・・・」


王座の間は本宮の一番奥にある。そこならばまだ敵の手が及んでいないだろうと思われた。

扉も頑丈で警備は手厚く、最後まで守り抜かれるならばそこしかない。


「無事に逃げろよ!!」


それのみ言い残して琥轍は敵の中へ突っ込んでいく。背中に同僚たちの声を受けながら、振り払うように敵の武器の隙間に体を滑り込ませる。

まるで湧き出てくるかのように次々とこちらへ向かってくる敵兵。しかし彼らは琥轍よりも王宮の最奥を目指しているらしく深追いはしてこない。


やはり、狙いは王か。


琥轍は助かったという安堵半分、王の身を案じる不安が半分。とにかく今は咲を探さねばならないと思考を切り替え、笛の音を頼りに彼女の元へ走った。


咲が閉じ込められていたのは本宮の東側、宿舎の少し外れにある小屋のような造りの倉庫だ。

酷く甲高い音が聞こえてくるそこに、琥轍はガンガンと重い扉を拳で叩く。


「おい!葵杏!居るのか!?」


「――――琥轍!?よかった、閉じ込められて出られないの!」


扉の向こうから聞こえてくるのはやはり咲の声。


扉に嵌められている鉄製の棒を取り外し、南京錠を剣の鞘で無理やり叩き壊す。


「ちょっと待ってろよ!」


少々時間はかかったものの、錆びていたからだろう、なんとか鍵を壊すことができた。

重量感のある扉を手前に引くと、暗がりとともに小さな体が彼を目掛けて突進してきた。


「二度と出られないかと思った!」


咲は今にも泣きだしそうな顔で琥轍の胸元に額を押し付ける。彼は無事だったことに安堵してほっとしたのもつかの間、咲の後頭部にある赤いものに気づいてぎょっとした。


「おい!頭っ!」


へ?と彼女は顔を上げて琥轍の驚きの表情を見た後、自分の手についている血を見て少し青ざめる。


「あ、・・・ああ、殴られちゃって、たぶんその時に・・・」


「大丈夫なのか?」


「うん、痛いけど一時気を失ってたくらいで、今はそんなに」


そうか、と琥轍は肩を撫で下ろした。とりあえず命が無事なら今はそれでいい。

気を取り直したところで、ガシッと大きな咲の肩を手が掴んだ。


「悪いけど、葵杏はここで隠れててくれ」


「なんで!?やっと出られてたのに!」


「ここの方が安全なんだ。今王宮は敵の襲撃を受けてる」


さーっと咲の顔から血の気が引いていく。

よく見れば琥轍だって服に黒ずんだものがついていた。そして、傍らにはいつもは手にしていない大きな剣も。


「え・・・でも・・・なんで・・・」


驚きのあまり言葉にならない咲。彼はよしよしと宥めすかせるように咲の肩を撫でる。


「とにかく人手が足りない。玉座の間に攻め入られるのも時間の問題だ」


「そんな、だけど琥轍が行かなくても・・・」


「そうも行かないだろ、俺は一応武官でもあるんだから」


御史台に身を置いている彼は剣や弓などの武術の訓練も一通り受けている。国の有事の際はその力を王のために使わなければならない。例えそれが負け戦であろうとも。


咲は青くなった顔をさらに青くさせて、琥轍の胸元を震える手で握りしめる。脳裏には最悪な想像しか浮かばない。


「ま、待って、嫌よ!」


「ごめんな」


「だ、だめ!待って!じゃあ私も行く!」


琥轍とて咲を残して行くのは身を切るように辛い。しかし官吏としてなさねばならない仕事なのだからと彼女の手を振り払おうとしたのもつかの間、とんでもないことを言い出す咲に目を見開いて固まる。


「はああああ!?お前無理に決まってるだろ!!」


「だって嫌だ!私だけ安全なところにいるなんて!」


「無理だっつの!どんだけ敵がいると思ってんだよ!

お前が居たら俺が玉座の間までたどり着く前にやられるだろうが!」


咲を守りながら戦うのは物理的に不可能だと説得する琥轍。

しかし折り紙付きの頑固者はそう簡単に首を縦に振らなかった。それどころか顔をぱっと輝かせて意見する。


「玉座の間まで無事にたどり着けばいいんでしょう?だったら屋根伝いに行けばいいのよ!

ほら、祝日の時に龍の舞を見るために通ったじゃない!」


うっ、と琥轍は言葉を詰まらせる。そう、咲の考えは名案とも言える方法だった。


天上は雨が降らないため屋根は平たんな造りなっており、一度登ってしまえば移動は比較的楽だ。天上人ではない軍人たちはそれを知らないのだろう、襲撃はすべて室内に集中している。


ただし、咲の案はあくまで玉座の間まで無事にたどり着くまでの方法だ。その後待っているのは、玉座の間への集中攻撃。


「ダメだ!とにかくダメ!!」


「行く!」


「ダメだ!!」


「行く!」


琥轍は咲が言い出したら聞かない頑固者だとよくよく知っている。その所為で今までに何度言い合いになったことか。

このままではただ突き放すように置き去りにしても、勝手に着いて来てしまいそうだ。


苛立ちに唇を噛みしめ、絞り出すように声を出す。


「・・・・わかった」


ただし!と大きな声で付け加える。


「その代り、王座の間の近くに来たら、そこに身を隠せ。それが条件だ」


それが最大限の琥轍の譲歩。置いてけぼりにされるよりずっとマシだと咲は頷いた。


2人はそっと手を繋ぎ、固く結ぶ。触れ合う肌は暖かく、生きているという感覚を与えてくれる。

どうかこの温もりを失いませんようにと、祈るように身を寄せて抱き合った。




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