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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
10話・動乱
40/49

(1)

玉闇の予測が外れるわけもなく、ある日突然、戦火は上がった。


最初は小さな反乱からであった。穀物が備蓄されている国家所有の蔵に火がつけられたのだ。それは税に不満を持った民の、小さな反抗として内々に処理された。

ところが数日も経たぬうちに再び蔵に火が登ると、さすがに民もこの異変に気づき始める。しかもあろうことかその犯人はすべて「軍人」。そして次第に逼迫する食料。


国に見捨てられた。


こう思い始めるまでに、一週間もかからなかった。




一方で、天上では国の有事に出動するはずの国軍が機能を失っており、かつてない大混乱に陥っていた。軍が天上人の指令を全く聞かず、真っ先にその責任を問われるのは軍部を統括する三公の一人、太尉。ところが彼は放火事件が起こる直前に逃走。よって一連の事件は彼が主導しているものと思われた。


「よりにもよって、なんで太尉が・・・」


天上で通常の業務が滞ること数日。咲は三足の部屋で、絶望感に溢れたため息をこぼした。琥轍が彼女の背中をぽんぽんと叩く。

ちなみに礼司をはじめとする三足長などの上層部の人間はここにはいない。彼らは毎日対策会議や関係各所への連絡で奔走している。


「だよなあ。いい人だと思ってたんだけど」


「・・・うん」


少なくとも、咲の目にはとても良い官吏に見えた。

しかし、彼は今や国の敵。そして地の民は天上人を目の敵にしている。仕方のないことだろう。目の前で国の軍人が血税である蔵を燃やし続けているのだから。そして統制の効かなくなった政治は徐々に暴走を始め、税の高騰や一揆といった事態を引き起こし、民は国に不信感を募らせるいう悪循環となる。


「結局婚約したことも言い出せねえじゃん」


「仕方ないでしょ、こんななんだから」


「あと御史大夫とあの妾との騒動も有耶無耶になったまま」


「それも仕方ないわよ」


玉闇の不義が明らかになったにもかかわらずなんの罰も下されないことに琥轍は不満顔だ。しかし今は愛だ不義だ等と言っている場合ではないことは彼も十分にわかっている。


一介の官吏にできることは何もない。尚泉や天上にいる四帝たちが無事に事を収めてくれるのを祈るばかり。


「式典、どうなんのかね」


2人の背後で三足の同僚がぽつりとそう漏らした。

夏月まで残りあと6日。一応準備は滞りなく順調だが、このまま無事に行われるかどうかは怪しい。統制の聞かない諸侯たちが、果たして大人しく王宮へやってくるだろうか。


「さあな。形だけでもやるんじゃねえの?

たぶん、諸侯との話し合いが主な目的になるだろうけどさ」


琥轍の返答にそうよねぇ、と咲が続く。


「国軍が使えないってことは、反乱を鎮めるのに他の力が必要なのよね。

諸侯たちに頼るしかなさそうだわ」


その点において、彼らから天上へやってくる式典は話し合いの場に都合がいい。のんびりと杯を交わすわけにはいかないだろうが、式典そのものの中止は言い渡されていないことから、やはり式は行われると考えるのが妥当だ。


「んじゃ、俺たちは俺たちにできることをやりますか」


「できることって?」


「式典の準備。・・・・掃除とか」


よいしょと腰を上げた琥轍に続き、肩の力を抜いた咲も頷いて彼に続く。たかが掃除でもああだこうだと難しい議論を交わすよりずっと気が楽だ。


そしてさあ始めようかというときのこと。


急に外のほうが騒がしくなり、2人は同時に内庭の方へ顔を向けた。そこでは何人もが手すりから身体を乗り出し、恐怖と驚きが混じったような声を出している。

彼らが見ている方角にあるものはひとつしかない。地上だ。


咲と琥轍も周りに流されるようにして内庭へ向かい、手すりに手をかけて身を乗り出し目を凝らす。


雲と雲の間から見える絶景。山や乾いた大地、人が築いた関所や家々。ところがそこに、いつもは見えないものが見えて身体を震わせた。みるみるうちに彼女たちの顔から血の気が引いていく。


―――――火の海だ。


天上から見えるそれは暖炉の火ほどに小さく見えるが、地上ではまるで地獄のように燃え盛る炎が街中を取り囲んでいるだろう。


「まさか・・・あの辺りは」


「なに?なんなの!?」


焦ったように先を促す咲。琥轍は冷や汗をにじませながら苦い顔で続けた。


「氏州、塞笙(そくしょう)・・・・。たぶん・・・その辺りだと思う」


歯切れの悪いその言葉で、動揺はさらに広がっていった。

なにせその場所が問題なのだ。氏州塞笙、それは『李賛の宿屋がある地域』である。


この家事が事故によるものなのか事件によるものなのか。その違いは決定的に意味が異なってくる。


この状況下では、この場にいる誰もが、後者であると推測した。


「李賛じい・・・、無事だといいけど・・・」


「李賛さんって誰だっけ。どこかで聞いたことある」


「俺たちの先生。多くの官吏を育て上げた、師匠」


つまりは、この火事は天上人に対する挑発なのだ。恩師を狙った赤い業火に、紫色の唇を戦慄かせる官吏たち。


咲はそれほど彼らに慕われている人物に尊敬の念を感じつつ、火事による被害者が一人でも少ないことを祈るしかできない。

なんて無力なんだろう。天上に居るというのに、官吏だというのに。地上にいる火消しのほうが、百倍彼らの役に立っているではないか。


せめてこの混乱を収める手助けさえできれば。


「ねえ琥轍、思ったんだけど、国軍が敵なら誰が彼らを抑えるの?例えば国軍が王宮に攻めて来たとしたら」


「衛部の前僕や後僕か・・・」


前僕・後僕と言えば王宮の警備兵だが、その戦力はたかが知れている。国軍の相手にはならないだろう。

琥轍もそれを重々承知しているため、言葉に自信がない。


「もしくは・・・、州軍を集めるしか・・・」


「そうか、州にも軍隊がいるんだわ」


「うん、けど微妙だな」


どうして?という咲の問いに琥轍は難しい顔をして答えた。


「言い方は悪いが、州軍ってのはただの一般市民だ。泥棒を捕まえたり、喧嘩の仲裁に入ったり、その程度の戦力しかもってない。

だから各州から人数を集めたとしても、武器や防具を持った軍人相手にどこまで対抗できるかわからない」


咲はそれきり黙り込んでしまった。

もし今この場を攻められたら降伏するしかない、そんな状態なのだ。高い岩山の上になければ、簡単に陥落していただろう。


早く誰かがとめなければならない。しかし軍隊を相手に咲自身が何かできるとはどうしても思えなかった。













式典当日。

すべて有耶無耶のままにこの日を迎えてしまったため、咲は不安で仕方なかった。そもそも諸侯が天上へやってくるのかもわからないが、上司から中止を言い渡されていない以上やるしかない。


憂鬱ながらもすべての準備を整えて、あとは客人を迎えるだけ。


岩山の頂上である階段の上に立ち、大きく息を吸吐く。以前はここに術式がかけられているのを知らず、転んでしまったことが懐かしい。


さあ、仕事だ。気合を入れた咲は一歩一歩と、いつ地上が表れてもいいように足を慎重に進めて階段を下り始める。

しかし、ある程度進んでも地上は表れない。前に降りたときは2・3歩で着いたはずなのだが・・・。そっと振り返ってみれば、さっきいたはずの衛部の人たちの姿がない。


そこで初めて咲は何かがおかしいと思い始めた。

不安になってもう一度頂上まで戻ると、目を凝らして周囲を見渡したがやはり誰もいない。警備兵がここで常駐していなければならないというのに、人っ子一人見当たらない状態は異常だ。それに先ほど挨拶を交わしたばかりだ。その人はどこへ消えたのだろう。


焦った咲はきょろきょろと視線を動かしながら慌てて階段を下り始める。


「あれ?・・・あれ?」


ところがなぜだろうか、いくら下っても反応がない。術がいつまで経っても効かない。


―――――地上にいけない。

思わぬ異常事態にやたら長い裾を振りぬいて身を翻すと、できる限りの力を振り絞って階段を戻り始めた。


管理職の人々は混乱が生じて以来多忙でほとんど姿を見せていないため、どこに行けば正解なのかわからず、とにかく人のいる中央へと足を走らせる。


ところが。


「え・・・な、なに?」


前僕たちに突然囲まれて混乱する咲。突然現れた大きな体をした男たちに彼女は身を強張らせた。心なしか彼らの表情は固く重苦しい。


「い、今急いでるの、地上で諸侯たちが待ってるのよ。なのに術が効かなくって」


急がないと、とその先の言葉は発せられることはなかった。

頭に大きな衝撃を受けて、すぐに視界は暗転してしまった。
















天上に地鳴りが響いた。


地震かなにかだろうかと身を固くして動かなくなる幸子と歩乃花とは対照的に、たまたま同じ部屋にいた炎岳や那刹は腰からすばやく剣を抜く。

ピリピリと緊張が走り、何事かと目を合わせる彼女たち。


「どうしたの?」


「どうしたもこうしたも、ここじゃ逃げ場がねえな」


要領を得ない回答をして唇を苦々しげに噛むのは炎岳だ。那刹は彼独特の人を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。


「逃げを選択するとは、山賊が聞いて呆れますね」


「こいつらが居るから仕方ねえだろうが!それともお前の連れまで危険に晒してえのか!?」


「いいえ、貴方と同意見ですよ。ただ野生の猿のような方でも女性に配慮できるとわかって驚いているだけです」


てめえ!と大きな声を上げてなお言い合いを続ける2人をよそに、置いてきぼりにされていた幸子らの背後へ北葉がそっと寄ってきた。


「さあ、貴重品のみを持って、あとは全部置いてくださいね」


「北葉さん、何があったんですか?」


「おそらく敵襲だと思います」


歩乃花はえ?と聞き返す。ここは天上だ。いったい誰がどうやって王宮を襲撃するというのだろうか、と。

危険が迫っている割には緊張感のない北葉は、穏やかな表情でゆっくりと頷く。


「この時期に王宮を攻めるのだとしたら、今地上で暴れまわっている人たちと同じでしょう」


「じゃあ、つまり・・・・国軍ってこと?」


「ええ、幸子さんの言う通りです。あくまで推測にすぎませんが」


「そんな・・・・。じゃあ早く逃げないと・・・」


歩乃花はそこまで言いかけて、先ほどの炎岳の台詞の意味を理解した。

どこにも逃げ場がないのだ。なにせここは高い高い岩山の頂上だ。どうやって国軍が攻め入ってきたのかはわからないが、彼らは当然階段を封鎖しているだろう。


「下手に動くよりここの方が安全かもしれねえな。本陣は敵の頭を狙うもんだ」


炎岳のいう頭とは、つまり王宮の主である王。

多くの敵が乱入するであろう本宮よりも、人も少なく人目につかない迎賓館のほうが敵がやってくる確率は低い。もっとも時間の問題ではあるが。


「王様が襲われるんでしょう?だったら助けないと!」


しかしここで以外にも意見したのは歩乃花だった。はあ?とチンピラのごとく顔を歪めて文句を言う炎岳。


「あのなあ、俺たちはお前らを守るので手いっ―――――「行きましょう」


即答した那刹に彼はおいっ!とがなり声を上げる。


「いいではありませんか。蘭花さんの優しくも勇ましい意見を無下にはできませんからねえ。

大丈夫ですよ、貴方が居れば万が一のこともないでしょう。それともまさか戦うのが怖いとでも言うつもりですか?」


「あーもう、わかったよ!行きゃあいいんだろ!!」


「ありがとうございます!」


頭をガシガシと掻いて折れた炎岳に歩乃花はぱあっと笑顔になってお礼を言う。一方で幸子は不安そうな表情をしていたが、彼女も王や本宮で働いている咲の無事が気になっていたので反対はしなかった。


行先は決まった。

できるだけ音を立てないように迎賓館の廊下を走るが、いつの間にか騒がしい音が外から漏れ聞こえてくる。もう敵兵はもう迎賓館の外まで迫っているらしい。これでは本宮にたどり着くまで骨が折れそうだ。


「急ぐぞ!」


先頭を走る炎岳は扉の前で立ち止まることなく、勢いそのままに扉を足で蹴破った。









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