(3)
寝乱れた2人を最初に発見したのは、あろうことか貴妃である百葉であった。絶句し真っ白になること数分、我に返った彼女は何も言わずに部屋から出て行った。
しばらくは静かでいつも通りの日常であったが、百葉が不貞を見逃すわけがない。恒例である朝議が始まったときのこと、彼女は幾人もの女官たちを引き連れて官吏が集まる玉座の間に押し入る。
「貴妃様、今陛下は朝議の最中でございます。これより先は・・・」
「おどきなさい」
「貴妃様!」
衛士の制止も聞かず玉座の真下までやってきた百葉は、なんだなんだと不思議そうな視線を横してくる官吏たちを尻目に、相変わらずのほほんとしている玉座の尚泉を見上げた。
「やあ、百葉。何の用かな?」
「陛下!お話があります!」
鼻息荒い彼女の様子に尚泉は首を傾げながら無言で先を促す。
「あの妾の件ですわ!あの女、不貞しております!」
どうだ、と言わんばかりの口調で高らかに宣言する百葉。一気にざわつく官吏たちの喧騒の中、尚泉はおやおやと目を見開いた。
しかし彼女の話はこれで終わりではない。まだ、最も重要な事を告げていないのだから。
「し、しかも、よりによって、この男と!」
ビシッと指差しで示したのは、玉座に最も近い場所に座ることの許されている、御史大夫の瀧蓮だった。
騒がしかった玉座の間が静まり返り、そこは一瞬にして異様な空間と化した。告発した百葉自身も信じられないと言った様子で唇を戦慄かせている。
一方で、衝撃の事実を告げられた尚泉はきょとんとして言葉を繰り返した。
「え?冥晶が?あの冥晶と瀧蓮が?え?不貞?」
「貴妃殿、滅多なことを仰るな。御史大夫殿は陛下に大恩のある義息でいらっしゃる。
彼が陛下を裏切るわけがない。しかもあのような・・・げひ・・・身分の低い女を相手に」
すぐ様口を挟んだのは国王の右腕である丞相の閻仙。貴妃の戯言で揺らぐほど瀧蓮の信用は甘くない。周りの官吏たちもそうだそうだと頷き合い、百葉に冷たい視線を寄越す。
部が悪くなった彼女は慌てて真実だと訴えた。
「嘘ではありません!私、今朝見ましたもの!後宮の妾の部屋に御史大夫が居るのを!
衣も乱れておりましたし、共に2人は寝台にいましたわ!」
「瀧蓮?本当なのかい?」
ここで尚泉以上に注目を集めた瀧蓮。彼は周囲にはわからないほど小さく息を吐くと、頭を深く下げて叩頭する。
「間違いございません」
官吏たちの息を呑む音が響いた。誰もが信じていなかった百葉の言葉を、あまりにもあっさり認めた瀧蓮に驚愕の視線が集中する。中には顎が外れそうなほど口を開けて驚いている者や、話についていけず呆けている者もいた。
肝心の尚泉は、次第にパアアアッと周りに花を咲かせ、頬の筋肉がどんどん上がっていく。
「そ、そうなんだ。いやあ、驚いたよ。そうかそうか」
とりあえず今日の朝議はなしね!と言いきった彼は玉座から降り、軽快な足取りで瞬く間に玉座の間を去っていった。
「陛下、怒りのあまり顔が引きつっていらっしゃった」
「笑いを堪えているように見えたけど・・・」
「あんなに足をフラフラさせて、よほどショックだったと見える」
「・・・・俺にはスキップしていたように見えたんだが」
想像したような反応がなかったため、さらに困惑に困惑を重ねる官吏と百葉。国王がいなくなったことで再びざわつき始めた玉座の間では、再び瀧蓮へと視線が集まり始めたのだった。
「陛下、お待ちください」
足早に後宮へ向かう尚泉を追って来た瀧蓮は、すぐに彼の足元へ叩頭して早口に告げる。
「貴妃の仰った不貞は事実であり、恩を忘れ陛下を裏切ったのは私です。罪を逃れようとは思いません。極刑も当然のことであると覚悟の上。
しかし此度の不貞においては私が一方的に――――」
「ちょっと待った待った!」
話を遮った尚泉は少し困った様子で眉尻を下げる。
「まさか何も聞いてないのかい?」
「え?」
一体何のことだと顔を上げた彼を見て確信に至った尚泉は複雑そうな表情。
「本当に知らずに冥晶に手つけたんだね。
いや、私は全然構わないんだけど、君のことだから相当悩んだだろうに」
決して手を出してはならない女性に手を出した。それは瀧蓮の性格から考えれば、身を切るような葛藤と決断が必要であった。何も知らされていないとなると、今でも瀧蓮の心の中は罪悪感などの苦しみで占められているはず。
さらに相手はあの玉闇、正体を未だに隠しているあたり、本気で瀧蓮を愛しているとは思えない。
可愛い息子の苦労を思うと胸中は複雑である。
「冥晶、おもしろがってるんだろうなあ・・・」
他人の不幸で遊ぶのが大好きな彼女のこと。きっと瀧蓮はいい玩具だっただろうと容易に想像がつく。
不憫な片思い。しかし、それは尚泉にとっては嬉しい出来事でもあった。
何に対しても興味を示さなかったあの瀧蓮が、本気で人を愛することができたのだから。相手が玉闇であることは少し心配だが・・・。
瀧蓮が反応に困っていると、近くの扉が開いて噂中の人物が現れた。
「妙に騒がしいと思えば、やっぱりお前たちかい」
気怠げに顔を出した玉闇は扉に手をついたまま深い息を吐く。尚泉はぱっと笑顔になって彼女に駆け寄った。
「聞いたよ~、聞いたよ冥晶~。教えてくれないなんて水臭いじゃないか」
「お前に言うとうるさいだろう、いろいろと」
「だからって仲間はずれにすることはないだろう?
それに瀧蓮のこともちゃんと大切にしてもらわないと。大事な息子なんだからさあ」
「誑かした覚えはないけどねえ」
くるりと背を向けて部屋の中へ入っていく玉闇。
ささ入って入ってと尚泉に促され、瀧蓮は腑に落ちないまま彼女の部屋へ足を踏み入れる。なんとなくではあるが状況は掴めて来た。
「瀧蓮、もうわかってると思うけど、彼女は正確には妾じゃないんだよね。身分上そうなってるだけで」
申し訳なさそうに言う尚泉に、やはり彼女に遊ばれていたのかと瀧蓮は遠い目をする。また、知っていればあんなに苦しまずに済んだのにとも思った。
尚泉が言った通り、玉闇はさぞかし面白がっていたに違いない。
「ごめんね、ちゃんと話しておけばよかったんだけど」
「いいえ、陛下の所為ではありませんから」
尚泉や玉闇が悪かったわけではない。事の原因は一方的に想いを募らせ行動に移した瀧蓮自身だ。
いくら妾が偽りであろうと、犯罪を犯したことに変わりはないのだから、本来ならば責められて当然だろう。
嬉しそうな様子で尚泉は玉闇に言い寄る。
「どうだいどうだい、私の息子はいい男だろう。自分で言うのもなんだけど、君の夫に申し分ないと思うんだよねえ」
玉闇は椅子に腰を下ろしながら方肘をついてため息を吐いた。
「またそれかい。お前の息子自慢はいい加減に聞き飽きたよ」
「娘、欲しかったんだ」
人の話を聞かない尚泉に再びため息が漏れる。
「それで、どうするんだい?結局不貞行為は不貞、尚泉だけでなく官吏たち全員に知られただろう?」
朝議で百葉が盛大に告発してくれたため、今頃話の話題はもっぱら瀧蓮についてであろう。
当人たちの間で話はついていても、形式上はそうもいかない。玉闇はあくまで国王の妾であり、瀧蓮が不貞を認めた時点で犯罪は成立している。
一見深刻な問題であるが、これについては尚泉の一言であっさり解決した。
「大丈夫大丈夫、冥晶は妾としての正式な手続きをしてないんだ。今はただ“国王に気に入られて後宮入りした一般女性”ってことになってるから、表向き処罰の対象にはならないよ。
後は私が瀧蓮に下贈したって言えば皆それ以上深くは追求できないでしょ」
「・・・申し訳ありません」
結局迷惑をかけてしまったと謝る瀧蓮に、尚泉は首を大きく横に振った。
「謝ることではないよ。親子なんだからもっと手を煩わせるくらいでちょうどいいんだ」
今まで全く手のかからない息子だっただけに、今回はやけに張り切ってしまう。父親としていいところを見せたい彼は、積極的に玉闇と瀧蓮の仲を取り持とうと必死である。その中にはもちろん、玉闇を娘にしたいという願望も混じってはいるが。
「しかし・・・、何故彼女を後宮へ?」
瀧蓮の至極最もな問いに玉闇と尚泉は目を見合わせる。
「んー、実は石板の件でね、彼女に協力を仰いだんだ」
ハギレの悪い答えに瀧蓮の目が細まった。
御史大夫である彼は当然ながら石板が盗まれた事件のことは耳に挟んでいる。窃盗の管轄は刑史であるが官吏が関わっている可能性が高いため、御史台でも独自の調査は行っていた。
しかし、何故石板の件で彼女の協力が必要になったのか。これについての回答はまだない。
無言で先を促された尚泉は、深く息を吐いて話し始める。
「協力を依頼したのは捜査に煮詰まったから。冥晶に依頼したのは彼女が適任者だったからだ。
瀧蓮、冥晶は情報屋なんだよ」
情報屋、つまり、四帝。
全てを悟った彼は視線を落として頭を抱えた。
なるほど、道理で余裕なわけだ。このふてぶてしい態度も趣味の悪い性格も、噂通り。
とすれば、百葉が今朝部屋に訪れたのは計算づくだったのだろう。わざと瀧蓮を引き止め、百葉に目撃させた。何があっても自分が罪を被らないという自信から、暇つぶしに瀧蓮をからかって遊んだのだ。
「・・・・もう何を聞いても驚かないからな」
彼はギロリと鋭い視線で玉闇を睨んだが、彼女は余裕そうに笑って扇を仰ぐ。
「じゃあお前がもっと驚きそうな話をしてやろうか」
「?なんだい、驚きそうな話って」
口を挟んだのは瀧蓮ではなく尚泉。
玉闇はパチンと音を立てて扇を閉じると、先ほどの宣言通り誰もが驚くであろう事を、おもしろおかしそうに話し始めた。
「もうすぐ始まるんだよ、戦争が」




