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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
9話・告発
37/49

(1)




先導する女官がいなかったため、瀧蓮が気づいたときにはもう手遅れであった。

彼の視線の先にあるのは、仲睦まじく歩く尚泉と玉闇の姿。苦々しい感情を顔に出さぬよう気を引き締めると、膝を折って頭を垂れる。


「やあ瀧連、今日もいい朝だね」


軽快な尚泉の声が早朝の閑散とした廊下に響き渡った。


「おはようございます、陛下」


「おや、私には挨拶をしてくれないのかい?」


玉闇はこの状況を完全に面白がっている声色で話しかけてくる。瀧蓮が今どんな気持ちでいるのかも、わかった上でである。全く相変わらずタチが悪い。


「・・・おはようございます」


そして最愛の女の隣に居るのは、この国で最も権力を持つ男。国王の尚泉。


叶うわけがないと知りながらも、自分だけのものにできたならばどんなに甘美かと思う。

心も彼女自身も手に入らない、それをわかっていて身体を欲したのに止まらない欲望は、恩人である尚泉を恨めしいと思うほどに彼の心を蝕んでいた。不義を働いているという罪悪感は既に麻痺状態だ。


玉闇のクスリと笑う声が上から降ってくる。


「おはよう。

ところで御史大夫殿は独り身だそうだねえ」


「それが何か」


「女を紹介してやろうかと思ってね。

どうだい尚泉、お前も義娘が欲しかろう」


「そりゃあもちろん。そのうち孫も抱きたいしね。

冥晶の知り合いなら気立ても良いだろうし、どうだい?瀧蓮」


この女は、なんと人の心を抉るのが上手いことか。今瀧蓮が奥歯を噛み締めていることも、拳を固く握り締めていることも知っているというのに。

からわれ、恥をかかされ、弄ばれている。なのに玉闇のことが愛しくて仕方ない瀧蓮はやはり末期だ。


悔しさのあまり声を発することができない彼に、玉闇はここぞとばかりにペラペラと話し始めた。


「どんな女が好みかな。ねえ、尚泉」


「んー、瀧蓮は悪い見本が近くにいたせいかあまり女性に興味を示さないから、私にはよくわからないなあ」


「親も知らぬとは、まさか男色家ではなかろう」


「それはないない。昔は恋人いたらしいし」


「ほう、それは面白いことを聞いた」


瀧蓮の頬に嫌な汗が伝う。知られたくはなかった自分のつまらない過去の話を、一刻も早く反らしたくて口を開く。


「ご紹介の件は断らせていただきます。自分には必要ありませんので」


「それは残念。想う女でも?」


「・・・・いいえ」


尚泉の前ではそれ以外に答えようがない。

玉闇は尚も面白そうにクスクスと笑って尚泉の方を向いた。


「いらぬ世話らしい。孫はしばらく諦めることだ」


「本人にその気がないなら仕方ないよねえ」


「陛下!!」


尚泉ののんびりした口調に割って入ったのは、宰相の閻仙であった。よほどの急用であったらしく、彼は玉闇や瀧蓮をも無視して尚泉を連れ去っていく。

彼の慣れた早業により、あっという間に2人の姿は延々と続く廊下の彼方へと消えていった。


そして残された玉闇は、ふうっと息をついて扇を煽る。


「ああ、愉快だこと」


「面白いのか」


「面白いねえ」


苦虫を噛み潰したような表情になった瀧蓮に、彼女は遠慮の欠片もなくあっさりとそう答えた。


「・・・趣味が悪い」


「ふふふ、ずいぶん機嫌が悪いじゃないか。桐生(きりゅう)嬢のことを知られたのがよほど嫌だったようだね」


「何故知っている・・・!」


「当然」


玉闇が瀧蓮のかつての恋人のことを知らぬわけがない。彼女はこの国の四帝であり、情報屋なのだから。

しかも彼の相手である桐生という女が玉闇へ助けを求めたため、その詳細は全て知り尽くしている。


「お前がこっぴどくフッたことが原因で王宮がちょっとした騒ぎになったのも知っているよ」


「・・・・やめてくれ、もう・・・」


未だにネタをちらつかせてからかう玉闇に、瀧蓮は低い声を出した。もう十分だろうと、暗に示して。

玉闇は妖しく口角を上げて、膝をついている彼の顎を扇子で持ち上げる。


「つれないねえ。私たちは共犯者じゃないか、もっと楽しませておくれ」


「俺は不愉快だ」


「ならば早く嫌いになればいい、憎めばいい。そうしたら尚泉への忠誠心も官吏としての誇りも取り戻せる。

人は他人を愛するよりも、嫌いになる方が簡単にできるもんだよ」


「それはできない」


瀧蓮は簡単に言い切った。

想いを止められないからこそ、彼は超えてはならない一線を超えた。本宮と後宮を隔てる溝を超える時に、何をも恐れないと覚悟を決めているのだ。今更なにをされようが玉闇を嫌いになるのはあり得ない。


「愛している」


幾度も繰り返されたその言葉は今日も色褪せることなく玉闇に向けられる。

情熱の籠った濃い青色の瞳が彼女の姿を捉え、その強さに一瞬、玉闇の瞳が揺らいだ。すぐに表情は元に戻り、やれやれと呆れた様子で口を開く。


「そんなに心酔して、私が死んだらどうするつもりだい?」


「・・・冗談でも言うべきではない。考えたくもない」


「さすがは生真面目な御史大夫殿」


玉闇はやっと満足したのか、ひらひらと扇を揺らしながら背を向け歩き出す。立ち上がった瀧蓮も彼女の姿が見えなくなると、深く息をついて冷え切った足を動かし始めた。


















瀧蓮は玉闇の報告書を持ってため息を吐いた。


いくら尚泉が彼女の件に興味を示さなかったとはいえ、御史台が何もしなければ怪しまれてしまう。

ああ見えても尚泉はかなり頭が切れる人物。もしかしたら既に2人の関係を勘づいているかもしれない。


「で、どうするんですか?」


琥轍から返事を催促されて、瀧蓮は悩んだ末に報告書を破り捨てた。今度は琥轍の口からため息が漏れる。


「長官って分かり易いですよね。よくそれでバレませんね」


「黙れ。お前こそ報告はどうした」


「葵杏の件は保留にするって言ったじゃないですか」


「調査を止めていいとは言っていない」


バチバチと両者の間に視線の火花が散る。以前ならば当然琥轍が引き下がったであろうが、玉闇との関係という大きな弱味を握っているため強気だ。


「・・・じゃあ一応報告しておきますけど、俺、結婚するので」


「相手は」


「もちろん葵杏ですよ」


咲の名前を聞いた途端、瀧蓮は眉間に皺を作って顔を上げる。


「得体の知れない女を?正気か?」


「その言葉そっくりそのままお返しします!」


得体が知れないのは玉闇も同じ。しかも陛下の妾である分、禁忌に手を出している瀧蓮のほうが何十倍も質が悪い。


再びバチバチと両者の間に火花が散り、張り詰めた空気に緊張状態が続く。男の意地の張り合いは、両者とも一歩も引かないまま舌戦が繰り広げられた。


「ご心配は無用です。俺の場合は信用されてるんで、もちろん全部事情は知ってますよ。

葵杏から話してくれたんです。俺はちゃんと愛されてるんで」


「裏付けが取れたわけではないだろう。それで事情を把握しているとは聞いて呆れる」


「証拠ならありますよ、ええ。なにより陛下が証人になってくださいますしねえ」


「証人ほどあてにならないものはない。いくら陛下だからとはいえ鵜呑みにするのは御史台の人間として失格だな」


「そうでしょうか?陛下のお言葉を疑うなど官吏失格では?」


瀧蓮は額に青筋を浮かべて失笑した。

優秀な部下は使い勝手が良いが反抗すると手に負えない。おまけに誰に似たのか口達者で言い争いをするときだけは饒舌になる。


これ以上悩みの種を増やしたくないところだが、一度言いだしたら聞かない琥轍にこれ以上の忠告は無意味だろうと先に瀧蓮のほうが折れた。


「・・・・・勝手にしろ。ただし、正式に籍を入れるのならば陛下の許可をとれ」


「わかってますよ」


もう用はない、と言わんばかりに手で追い払われて部屋を後にする琥轍。しかし、はたと足止めして、思い出したかのように口火を切る。


「そういえば、妾の件なんですけど」


「なんだ」


「たぶん、関わってますよ。長官が調べてる、例の件」


それじゃ、と退出する琥轍に目もくれず瀧蓮はしばらく考え込んだ後、次々と降りかかってくる悩みに大きく頭を抱えた。


どうしてこうも、彼女は自分を悩ませるのだろうか。問題が多すぎて手のつけようがない。


彼の脳裏になぜか今朝の玉闇の台詞が浮かんだ。


“私が死んだらどうするつもりだい?”


心も手に入らず、その正体も知らずに、守りぬくことができるのであろうか。

瀧蓮は嫌な想像を打ち消すかのように首を横に振り、先ほど破り捨てた報告書をぐちゃぐちゃに纏めて握り締める。


今は彼女の手のひらの上で転がされている状態。何を考えているのかも読めず、彼女のために何かすることすらできない。もどかしく、悔しく、情けない自分に、瀧蓮は心底腹が立って仕方なかった。





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