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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
7話・再会
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(4)




楽士として入って来た2人組を見た咲は、「え″」と蛙が潰れたような声を出した。2人組のうち1人―――――まだうら若い少女の方は、ひらひらした奇妙な服を着ているもののどこからどう見ても咲の友人である幸子にしか見えなかったからだ。


彼女はよほど緊張しているのか、目を固く閉ざしてまったく咲たちの方を見ようとしない。


咲は声をかけるべきかどうか迷ったが、一緒に居た赤い髪に大きな体躯の男を見て出そうとした言葉を飲み込んだ。一体何が何やら、である。


そして始まった演奏。


何故かメリーさんの羊。


素人でも分かるほど切羽詰まったその演奏は聞くに堪えない。しかし咲に込み上げてきたのは嫌悪感ではなく笑いだった。

何故ここに幸子が楽士に扮して強面の男を引きつれているのかは分からないが、変な格好をしてガチガチに緊張した彼女が吹くメリーさんの羊は咲の笑いのツボにハマったらしい。慌てて口を引き結び手で押さえたが、肩はぷるぷると震えてしまっている。


この演奏ではさすがに温厚な北葉も怒るのではと危惧して視線を遣れば、彼もまた必死に笑いを我慢しているようだった。

那刹は隠そうともせず「くっくっく」と喉を鳴らし、歩乃花はどう反応して良いのかわからず半笑いのまま固まっている。


十分楽しませてもらったものの、延々と同じメロディーが繰り返される演奏を聞きながら、予期せぬ再会にどうしたものかと咲は思考を巡らせた。


手っとり早く幸子と話したいがここは客人が居る。彼らに自分が異世界人だと知られるのは玉闇との約束に反してしまう。

なんとか周りには気付かれないように幸子と意思疎通を図らなくては。


(幸子・・・!幸子・・・!)


咲は視線を送りながら必死に口パクで名を呼んだが、幸子は演奏に必死になっており気付く様子はない。もう一人の大男も自分の演奏に没頭しており、この可笑しな空気に気付いていないようだ。


(幸子ーーー!!)


必死に合図を送り続けていると、視線が合ったのは幸子ではなく歩乃花――――。お互いに愛想笑いをして小さく会釈すると、咲はとりあえず幸子のフォローをしようと口を開く。


「素敵な演奏ですね!」


「は、はいっ!いい曲ですね、ヤギさん!」


「メリーさんはヤギじゃなくて羊ですよ!」


「あれ!?お手紙食べるんじゃないんですか!?」


「それは別の曲ですね!」


「えっ・・!?」


「全く、何の話をしているんですか、貴女方は」


那刹に注意されて咲は慌てて口をつぐむ。歩乃花はしまった、と思いっきり顔に出して困惑した。


那刹は上がった口角を裾で上品に隠し、まるで汚い物を見るかのような目で炎岳を嘲笑う。


「炎岳、ずいぶん滑稽な格好ですねえ」


「あああ!!テメエなんでこんなところに居るんだよ!!!」


ズビシッと炎岳の人差し指が那刹を指した。彼らは天敵に会ったと言わんばかりに顔を歪めて不快そうな表情をしている。


「こちらの台詞ですよ。しかも貴方が楽士の真似事など・・・・くっくっく」


「笑うな!!」


突然始まった那刹と炎岳の会話に何事かと顔を上げた幸子。そこでやっと咲と彼女の視線がかち合った。

シーッと口元に人差し指を当てる苦労もむなしく、幸子は咲に気付いた途端炎岳に負けないほどの大声を張り上げる。


「ああああああああああ!!咲ーーーーーーー!!!会いたかったよーーーーー!!」


「え?咲って・・・葵杏さんが・・・咲!?え!?えええええええ!?」


そこで初めて歩乃花が咲の正体に気付き、次いで咲も歩乃花に気がついた。咲は震える手で歩乃花を指差す。


「歩乃花・・・だよね?」


「うん・・・咲だよね」


「うん・・・・」


変な沈黙が下りる。

歩乃花が大守の付き人になったことを知らなかった咲はともかく、咲が王宮で働いていることを知っていた歩乃花は最初に気付くべきだった。


「なんで気付かなかったの?」


「だって咲の雰囲気がなんか違ったんだもん。王宮で働いてるのは知ってたけど、まさか官吏をしてるとは思ってなかったし。

それに咲だって私に気付かなかったじゃない」


「いや、だってあの歩乃花が王宮に来るなんてあり得ないでしょ。冥昌さんから安全な場所で保護してるって聞いてたんだもの。

それより幸子、なんで楽士?何その格好?」


最初に見た時はどう反応すればいいか困った、と咲は苦笑いする。


「なんか成り行きで・・・」


「何がどうなったらそうなるのよ」


「謎だよね・・・」


「まあいいじゃん、3人とも無事だったんだし。問題は――――」


カラカラと笑う幸子の視線の咲は、3人を温かく見守っている男性陣だった。


















その後、峯州候を持て成すための宴は異世界3人娘たちによる会議へと早変わりした。卓上に並ぶ食事を貪りながら、咲は素っ頓狂な声を出す。


「え!?四帝!?しかも2人!?」


「そうみたいだねえ」


呑気に笑顔を浮かべる歩乃花だが、2人の仲は悪いらしく炎岳は那刹を警戒し威嚇し続けている。


とりあえず3人が話し合ったところ、それぞれ良い人に出会って助けられつつここまでたどり着いたようだ。その結果、偶々四帝のうち2人がかち合ってしまったらしい。


「はー、奇妙なこともあるもんだねえ」


「これぞ異世界マジック」


「だよねえ。でもそれだけ、皆が国王は異世界について何か知ってると思ってる証拠なのよね」


だからこそ、歩乃花と幸子は四帝に連れられて王宮へやってきた。咲は感慨深く何度も頷く。


「咲の方はどうなのよ。

ずっと王宮に居たんでしょ?何か異世界の手掛かりないの?」


「私の場合、お世話してくれてる人が異世界について調べてくれてるの。この通り働き詰めだったし」


「あ、私、別件でも調べ物するために来たんだよ」


歩乃花は順を追って説明し始めた。

玉闇という情報屋の女性に仕事を紹介してもらったこと。さらに李賛という老人の元で働き、やがて銃で怪我をした人間が現れたこと。そして金が高騰し、それは異世界で銃と取引されている為と考えていること。


政治の世界に居ながら全然知らなかった咲。驚きのあまり大きく開いた口からポトリと海老が転げ落ちた。


「銃って・・・嘘でしょ!?」


「やっぱり咲も何も知らない?」


ふるふる、と首を横に振る。


「聞いてない。ここじゃ銃なんてある気配ないし、異世界の武器が持ち込まれた緊張感も全く。

もしかしたら、機密事項として一部の人達が知ってる可能性があるけど・・・」


「知っているとしたら誰だ?」


炎岳に口を挟まれ、必死に頭をフル回転させる咲。


「陛下、官吏の不正を監視してる御史台の長官・御史大夫、衛部の長官・衛尉えいい、法部の長官・刑史けいし・・・それくらいかなあ。

一番詳しいのはやっぱり陛下だと思うから、私が直接聞いてみるよ」


「できるのか!?」


「たぶん。私の知り合いが陛下と近しい人だから、その人に頼めば連絡くらい取れると思う。

陛下も気さくで優しい方だから、話したら教えてくれるんじゃないかな」


炎岳は立てた片膝に腕を乗せると、目を見開いて右の口角を上げた。


「はー、さすが天上人は違えなあ」


「ほんと、計画性のない炎岳とは大違い」


「んだとぉ!?」


はっはっは、と笑いながら煎餅を齧る幸子に、咲はそう言えばと首を傾げる。峯州候の付き人としてやってきた那刹と歩乃花はともかく、幸子たちはどうやってここまでやってきたのだろうか――――と。


「ところで幸子たちはどうやって王宮に上がったの?」


「ああ、それが・・・炎岳さんが自力で登ったわけよ」


「はあああああ!?あの階段登ったの!?」


ぎょっとする一同に、その反応は正しいと幸子は深く頷く。


「さすが野生児ですねえ」


「うるせえ!身分を偽って来たお前だって同罪だっつの!!」


「貶しているのではありません、これでも貴方の力には尊敬の念すら覚えますよ。ただし、女性を危険に晒すのはいただけない。

貴方の屍が野ざらしにされようとされまいとどうでもいいですが、付きあわされた彼女は大変だったでしょうに」


もっと言って、と心の中で那刹に催促する幸子。

那刹に散々言われている炎岳は言い返そうと口を開きかけたが、その前に咲が会話に割り込んだ。


「四帝のお2人は会話禁止です。話進まないんで」


「咲、かっこいい」


「ありがとう、歩乃花。

問題は不法侵入してる幸子と炎岳さんね。どこか見つからず安全に隠れる場所があったらいいんだけど」


それなら問題ありませんよ、とここで北葉が初めて口を開く。


「この迎賓館は人も少ないですし、我々の部屋にそれぞれ匿うことにしましょう。

幸子さんは蘭花さんの部屋に、炎岳様は私の部屋に来ていただきましょうか」


「それは助かります」


幸子と歩乃花は目を合わせて微笑む。ずっと離れていたためお互いに話したいことは山積みだ。咲にとっても北葉の申し出は非常に有難い。


これで2人の滞在の問題はなくなった。


「では私が陛下にお話を聞くまで皆さん大人しくしててくださいね。特に炎岳さん」


名指しされた炎岳は眉間に皺を寄せ、額に青筋を作る。


「なんで俺なんだ!」


「なんか一番問題起こしそうなんで。

とにかく、正体がバレないようにくれぐれも気をつけて。私あんまり詳しく無いですけど、有名な四帝が王宮に居るなんて知られたら大変なことになります」


「確かに、貴女のおっしゃる通りですよ、葵杏さん。

未だにナリを潜めている今回の事件ですが、もし世間に四帝が王宮に上がったことが知られたら・・・しかも2人も。民は不安に駆られて国は混乱するでしょうね、一体何が起きているのかと」


クスリ、と那刹の艶っぽい笑いが静かな室内に響いた。

歩乃花の黒い瞳が不安そうに彼を見上げる。


「・・・・那刹さん」


「大丈夫ですよ、それを阻止するために来たのですから」


ね?と言われて、歩乃花はコクリと小さく頷いた。




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