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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
7話・再会
30/49

(3)




信じられないことに炎岳は幸子を背におぶったまま頂上へ辿りついた。人類には不可能と思われていた芸当をやり遂げた炎岳に、笑う他にリアクションが見つからない幸子。


「はっはっは、こりゃすげーや」


賛辞を真に受けた炎岳は偉そうに胸を張って威張る。


「すげーだろ」


「褒めてないですからね」


幸子は呆れつつも苦笑し、とにかく無事に頂上まで来れたことに安堵する。下手すれば階段の途中で白骨遺体と化す運命だったかもしれないのだ。本当によかった、と心底胸を撫で下ろす。


そして懸念してた王宮の見張りも、暗がりのなかではほとんど意味をなさず、あっさりと建物の中まで誰にも見つからずに入ることができた。ここは余所者が侵入することを前提にしていないために警備は手薄で済むのだろう。そもそも自力で登り切った炎岳の方がおかしいのだから。


「今夜が新月で助かったなあ」


「でも見えなさすぎです。せめてもう少し明るかったら・・・」


闇に包まれた未知の建物はまるで幽霊屋敷のように不気味で怖い。幸子は炎岳を盾にしながらじわりじわりと廊下と思しき場所を進みながら、警備に見つからないよう小声で話しかけた。


「それで・・・これからどうするんですか?

国王に会うのって簡単じゃないですよね、やっぱり」


「まずは潜伏場所を探すさ。それから考える」


「不法侵入に不法滞在かあ・・・」


幸子は思わずため息が漏れる。

特に善行をしていたわけではないが、人並みに社会のルールに従って生きてきた彼女。異常事態とは言えど罪悪感に苛まれる。


炎岳はケッと吐き捨てるように笑った。


「山賊に拾われたんだ。諦めるんだな」


「・・・わかってますよ」


幸子は唇を尖らせ拗ねたような声を出して、突き当りを右に進んだ。


人の気配が全くないのはおかしいと疑問に思い始めた頃、炎岳が一番近い部屋の扉を乱暴に開ける。


「ちょっと、炎岳さん!」


「大丈夫だ、ほら見てみろよ」


暗がりにぼんやりと浮かぶ何かに目を凝らせば、壁際にずらりと並べられている二胡や琴に似ている弦楽器の数々。

美しい木目と綺麗にニスが塗られているそれは立派な美術品であり、見ているだけでも圧巻であった。


「うわあ、楽器ですね」


「ここはたぶん楽士隊の練習場なんだろ」


「楽士隊って演奏家のことですか?さすが王宮、そんなものまであるんですね」


「まあな。でも楽士は天上人じゃねえから、ここを使うのは呼ばれて王宮に上がった時だけだ。

―――――よし!ここを潜伏場所にするぞ!」


幸子は「ええっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「ここですか!?」


「おう!楽士ってのは陛下に所望されるかよほどの来客が来る時にしか呼ばれねえんだ。ここは滅多に使わねえし、ちょうどいいだろ!」


「わーお」


潜伏と言われ屋根裏部屋や薄暗い倉庫を想像していた幸子。しかし炎岳が選んだのは見たこともないような豪華な建物で、高級そうな楽器が並んでいるとても快適な場所だ。

内心で喜ぶと同時に、本当にここで大丈夫なんだろうかと不安が過る。


そんな曇った彼女の表情を見た炎岳は方眉を上げて訊ねた。


「なんだよ、不満か?」


「不満なんて滅相もないですって。ただこれからのことが心配で・・・。

だってもし見つかったらただじゃ済まないでしょ?」


「心配すんな。いくら国王でも四帝を死罪にする度胸なんてないさ」


「国王の威厳は一体・・・」


それはそれでどうなんだと幸子が突っ込み、炎岳が声を上げて笑った時。急に彼の大きな手が幸子の口元を塞いだ。

何事かと目を丸くして身を捩るが、「しっ」と静かに言われて幸子は身を固くし押し黙る。


耳を澄ませば部屋の外から足音が。見回り兵だろうか。


「・・・大丈夫だ、落ちつけ」


たったその一言で、はち切れんばかりに鳴り響いていた幸子の心臓が落ち着き、彼女はゆっくりと息を吐いた。行動力があり付いて行くのは大変だが、本当に頼りになる男だと感心する。


コツンコツンと硬質な音を立ててやってくる足音の主。このまま通り過ぎてくれればと願っていたが、最悪なことに部屋の前で立ち止まり、更には扉をガラガラと開けて部屋へ入って来た。炎岳と幸子は間をおかずに見つかってしまう。


「誰だ」


もうだめだ、と幸子が思った瞬間に炎岳が立ち上がり機嫌良さそうな声色で話しかけた。


「そちらさんこそ誰だ?

俺たちは今、楽器の手入れをしているところなんだが」


「もしかして楽士隊の方ですか?」


「おう!」


「ちょうどよかった!」


やって来たのは衛士のような甲冑を身につけていない、身なりの整った位の高そうな男。彼はまるで救世主に出会った、とでも言いたげな表情で炎岳に飛びつく。


「すぐに支度を整えてください。宴会の場でお客人がお待ちなのです。

実は他の楽士の方に依頼をしていたのですが、女性の官吏は気に入らないからって勝手に休まれてしまって・・・・。気位の高い古株に頼んだのが間違いでした。全く、下人のくせに気位だけは立派で・・・あ、いえ、これは失礼」


「ぼ、ボイコット・・・」


幸子は顔を引くつかせながら半笑いをする。男はボイコットした楽士隊の代わりを探してここに来たらしい。そして居合わせた自分たちを楽士だと思い込み、演奏の依頼をしたのだ。


今のところ侵入者であると気付かれる気配はないが、これはまずいことになったと幸子は頭を抱える。


「おう!いいぜ!」


「炎岳さーん・・・!!」


ひとつ返事で承諾した炎岳に幸子は男には聞こえないよう小さく叫んだ。怪しまれず乗り切りたいのは山々だが幸子に楽器を弾く技術などない。同じく山賊である炎岳にそのような技術を持っている見込みもない。

大丈夫だ、と小声で返事をもらったが大丈夫な気が全くしなかった。


当然事情を知る由もない男は心底安堵した様子で胸を撫で下ろす。


「よかった!ではさっそく準備を!

宴のお客人は峯州候とそのお付きの方々です。まだ大守になられて日が浅く、あまり口うるさくない方なので心配はいらないでしょう。ただし、分かっているとは思いますが官吏の方にはくれぐれも失礼のないようにお願いしますね。三足とは言え、陛下と縁のある方ですから」


「任せな!」


「半刻後に迎えに来ますので、それまでにご準備をお願いします。

あ、それから衣装はこちらに置いておきますので、では」


よほど急いでいたのか早口で捲し立てたその男は、小脇に抱えていた箱を降ろして風のように去って行った。


再び2人きりになった部屋で2人の視線が交わる。


「どうするんですかあ!」


泣きそうな声を出して訴える幸子に、炎岳は相変わらず余裕そうな顔で笑った。


「なんとかなるだろ。

それにこのまま楽士になり済まして、運が良ければ陛下からお声がかかる。そしたらこっちのもんだ。いい作戦だろ?」


「そんなに上手くいきませんって・・・」


とにかくこの危機を乗り越えなければと、幸子は恨めしい視線で並んでいる楽器を見遣った。そうしている間にも炎岳はノリノリで楽器に手を伸ばす。


「本当にやるんですか?」


「おう!ほら、お前も選べ」


「うー、楽器なんて音楽の授業でやったリコーダーくらいしか・・・」


どう考えても初心者に弦楽器はハードルが高い。笛や打楽器はないかと近くの棚を漁っていると、ちょうど隣の部屋に同じように並べられている大小様々な木管楽器を発見。


幸子はその中でもリコーダーによく形が似ている物を手に取った。吹いてみれば意外と簡単に音が出て安心する。

小学校時代が懐かしくなり適当に吹いていると、炎岳が現れて布を放り投げられた。


バサリと音を立てて頭に乗っかったのは、先ほどの男が置いて行った衣装。


「少し大きいが大丈夫だろ。半刻しかないから、急いで準備するぞ」


「はーい」


こうなったらやるしかない。

幸子は腹を括り、鼻息荒く楽器と共に衣装を握りしめた。

















咲は三足の同僚から報告を受けた時、しまった、と額に手を当てて天を仰いだ。宴の為に手配していた楽士たちが直前になって演奏を拒否してきたからだ。


咲が官吏になった当初、女性官吏を気に入らない輩は確かに居て小さな嫌がらせや陰口をたたかれることはあった。しかし彼女の働きぶりを目にした彼らは咲を仲間だと認め、今ではすっかり溶け込んでしまっているため、咲は女性官吏はあまり良く思われないということをすっかり失念していた。


まさかこの大事な局面で遭遇するとは。


「琥轍の馬鹿・・・」


ついつい小声で恨み事を漏らす咲。一応報告してくれた同僚が代わりを探してはいるものの、呼ばれもしない楽士が王宮に居る可能性は低い。


そうこうしているうちにも宴を開く時刻が迫り、咲はますます焦燥に駆られる。彼女の脳裏に浮かんだ琥轍の姿に、自分は相当末期だと彼女は二重の意味で項垂れた。


そしてそんな時に笑顔で部屋に駆け込んできた、同僚の男。


「葵杏!葵杏!見つかったよ、代役!」


「本当!?よかった!!」


まさに天の恵みだと言わんばかりに肩を抱き合いとび跳ねながらくるくると回る2人。そして一しきり喜んだ後、彼は「頑張れよー!」と言い残して上機嫌で手を振りながら去っていく。


とりあえず同僚の働きのお陰で最悪の事態は免れた。咲は鏡の向こう側から見つめてくるもう一人の自分を見つめ返して立ち上がる。


「そろそろ行かないと・・・!」


準備はバッチリ。後は峯州候らの機嫌を損なわずに宴を乗り切らなければ。


仕事モードに入った咲はいつもより重たい衣を引きずりながら、覚えたての迎賓館の廊下をずいずいと進んだ。既に陽は沈んでしまっているので、女官たちに頼んで灯しておいてもらった蝋燭の明かりだけが頼りだった。


そして宴が催される部屋へ辿りつき、中へ入ると昼間見た3つの顔が一斉に咲の方を向く。地上で迎えた時とは違い、今度は自分よりも先に着席している客人に咲はほっとして一息ついた。


「お待たせいたしました。お料理をお持ちしてください」


「「畏まりました」」


扉の傍で待機していた女官は頭を下げ、しずしずと部屋を出ていく。


咲に用意されているのはもちろん上座。年長者である北葉達に申し訳ないと思いながらも彼女は一番奥の席に腰を下ろした。


「すみません、少し遅くなってしまいました」


「いいえ、一向に構いませんよ」


人当たりの良い優しい笑みを浮かべる北葉。しかし彼の向かい側に座っている那刹は艶っぽい表情で、自分の隣に座っている歩乃花の顔を覗き込む。


「蘭花さんはお腹が空いた、と嘆いていましたがね」


「な・・・!なせっ・・・那津さん!」


「ふふふ」


那刹にからかわれて顔を赤くする彼女に、咲は面白い人達だなあと他人事のように傍観する。


「えっと、一応慣例通りに催してる宴ですけど、私も初めてですし、あまり難しいことは気にせず無礼講でお願いします」


「それは助かります。ね?蘭花さん?」


「は、はい・・・」


「料理も遠慮せずに好きなだけ召しあがってくださいね」


「は・・・・はい・・・」


恥ずかしいのかどんどん赤くなり声が小さくなっていく歩乃花。しかし女官たちが次々と運んでくる料理と酒に、彼女はあっという間に心を奪われて目をキラキラとさせた。


そしてこれからが本番。咲が今日一番頭を悩まさせられた楽士の出番である。


「お連れ様がお料理を楽しみにしていらっしゃるので乾杯は省略いたしましょう。楽士の演奏も併せてお楽しみください」


パンパンッと咲が手を鳴らせば、大きな扉の向こうから大きな体躯の男とまだ若い少女が部屋の中へとやってきた――――。




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