(2)
咲は峯州諸侯らを迎える準備を整え終えて、王宮の外にある階段の手前で足を止めた。腕で日差しを作りながら空を見上げ、陽の傾き具合で時間を推測する。
「こんな重要な仕事を新人に任せないでよね」
そろそろ迎えに下へ降りなければならない時刻。愚痴を零しながらも咲は一段一段にしっかりと足を置いて階段を降りはじめた。
以前初めてこの階段を下りた時は術がかけられていると知らず、琥轍の前で派手に転んで怪我をしてしまったことがある。横抱きされたり傷を拭ったりと介抱してもらったことは、少し気恥ずかしくも幸せな懐かしい思い出だ。思えばあの頃が一番満ち足りていたなあと彼女は感傷に浸る。
6・7段目で急に景色が平面に変わり、無事に降りることができて大きく安堵ため息を吐いた。
ところが迎えに来たはずの峯州諸侯の一行が見当たらず脱力する咲。
名目上は迎えに行くとされているが、諸侯よりも天上人の方が地位は高いので、待ち合わせには諸侯が先に来るのが礼儀だ。この国では形式ばった礼儀やしきたりが多いため、天上人を待たせるということは失礼に当たる。
もちろんそのようなことで腹を立てるわけではないが、なんとなく幸先悪い。
咲はもう一度太陽の位置を見て時間を間違えていないこと確認してから客人を待った。
そしてその客人が現れたのは、咲が地上に降りてから半刻ほど経った時のこと。遠方に見える門からガラガラと音を立てながらやって来たのは、成金の匂いがするほど派手な装飾を凝らした牛車。
車は目の前まで迫り、ドキドキと緊張から鼓動を早くしながら降りてきた人物を迎える。
最初に出てきたのは中年の穏やかな顔つきをした男性。そして次にこの世界では珍しい眼鏡をかけている、色気と妖しげな雰囲気を纏う美男子。
最後に出てきたのは先の2人とは少し毛色の違う、緊張した面持ちの若い少女だった。それこそ、容姿は咲の友達に瓜二つで―――――。
2人のきょとんとした視線が交わったが、中年の男が始めた口上によって咲の注目が反れる。
「お初にお目にかかります、私は龍神の国峯州が大守、北葉と申します。こちらの者達は私の部下、那津と蘭花にございます。
本日は神の御加護の元、地の民が聖域に足を踏み入れることをお許しくださいませ」
「ようこそいらっしゃいました、峯州の大守、北葉殿。私は三足の葵杏と申します。
あなた方は式典に招かれたお客人として陛下より王宮に上がるお許しをいただきました。どうぞ足を進めてください」
「恐れ入ります」
一言一句間違えずに言い切った咲はほっと安堵のため息を吐き、強張っていた顔の緊張を緩める。最後にしきたり通りの一礼して、頭を上げたところで再び蘭花と名乗る少女と目が合った。
見れば見るほど歩乃化に似ている彼女。しかし異世界の人間がどう頑張っても短期間で大守の付き人になれるわけがない。他人の空似だろうと咲は結論付けて自分から視線を反らす。
「遅れて申し訳ありませんでした。少し私が準備に手間取ってしまいましてねえ」
馴れ馴れしくも話しかけてきたのは那津と名乗る美人の男だ。
藍色の髪と瞳は、琥轍の銀髪のような煌びやかさはないものの、どこか艶やかで大人の落ちついた雰囲気を醸し出す。
「構いませんよ、そんなに待ってませんから」
「それはよかった。
ところで、女性の官吏とは珍しいですね」
「はい、女性官吏は私しかおりません。私は陛下の厚意で身を置かせていただいておりますので。
まだまだ新人で至らぬ点が多いと思いますが、どうぞご容赦ください」
「いえいえ、こちらこそ北葉様も私達も新人でして、多少の点は目を瞑っていただけるとありがたいです」
大守よりも身分が低いはずなのに良く喋る若い男の方がなんとなく偉そうだ。北葉の存在感が薄いこともあって、傍から見れば北葉の方が付き人に見えるだろう。
「さあ、行きましょう。足元に気をつけてくださいね」
一行を先導する咲は一歩一歩慎重に階段を登り、先に頂上まで辿りついて後ろを振り返る。蘭花と名乗る少女は初めて咲が階段を下りた時のように、急に段差が平面に変わり足を取られ、それはそれは派手にすっ転んでしまった。
歩乃化は額から血をダラダラ流しながら、咲の顔を穴が空くほど見つめていた。
彼女は咲が王宮で働いていることを知っている。最初に出会ったとき一瞬顔が綻んだが、喜びはすぐに静まり返ってしまった。なんとなく、彼女が歩乃化の知っている咲とは少し違っていたからだ。
はきはきした話し方で愛想も良く、学校では秀才と言われるほど頭が良くて誰にでも優しかった咲。歩乃化にとって咲はいつも傍にいて自分を引っ張ってくれるような存在だった。口が悪いのが玉に傷だが、ズバズバと物を言う性格を気に入る人は多い。
しかし彼女の目の前に居る女性は、やっぱり歩乃化の友人であった咲とは少し違う気がした。
物腰が柔らかく当たり障りのない口調、一線を引いて距離を置く態度、そして彼女が纏っている凛とした空気。それはかつての咲が持っていなかったものだ。
顔つきも、どことは言えないが少し違う。
「さあ、終わりましたよ」
目の前で美麗に微笑む那刹。
歩乃化ははっと我に返って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「痛くはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「傷が浅くてよかったです。
申し訳ありませんでした、先に私がきちんと説明していれば・・・」
謝る那刹に歩乃花は大きく手を横に振る。いくら術が掛けられていたのを知らされていなかったとは言え、転んでしまったのは自分の責任だ。
例えもし先に教えてもらっていても、きっと転んでいたに違いない。那刹に謝ってもらうのは逆に申し訳ないくらいだった。
「私の不注意ですから。それより、手当ありがとうございました」
「はい」
にっこりと綺麗に笑む那刹に歩乃花もつられて笑顔になると、部屋を見渡しながらぽつりと零すように言う。
「それにしても、凄い部屋ですね」
初めは怪我に気を取られて建物を楽しむ余裕はなかったが、今改めて見ると歩乃花の想像を遥かに超える大きさだ。この部屋だけでも李賛の宿屋がすっぽり収まってしまいそうなほど広く、美術館に飾られていそうなほど洒落た装飾品がそこかしこに置かれているため、歩乃花は壊さないように気をつけなければならなかった。
彼女が視線をきょろきょろさせていると、北葉の姿が目に入って「あ」と短い声を出す。
「北葉様もいらっしゃったんですね」
「はい、ずっといましたよ」
最初から、と言われて顔を青くする歩乃花。
「ご、ごめんなさい、気付かなくって・・・」
「いいえ、よく言われますから。きっと前世は影人だったに違いないって」
自虐的に言う北葉は壁に背凭れながら影を背負っていた。申し訳なさに困惑する歩乃花だが、遠慮のない那刹はクスリと笑って容赦ない一言を浴びせる。
「蘭花さん、気にすることはありませんよ、存在感が薄いのは本当のことなのですから。
北葉、どうです?私の影として働きませんか?今からでも遅くはありませんよ」
「那刹さん・・・!」
「ふふふ、冗談です」
無理言って協力してもらったのに散々な扱いを受けている北葉。歩乃花は彼の存在感の薄さについて二度と触れまいと決意し、話題を変えるために那刹へ尋ねた。
「無事に潜入できて良かったですね。
これから私たちはどうすればいいんでしょう。銃のこととか・・・・」
「そうですねえ、まずは情報収集から始めましょう。
いずれにせよ期限は私たちが下へ降りなければならない式典の翌日までです。まだまだ時間は沢山ありますから、慌てなくても大丈夫ですよ」
「でも、今にも犠牲者が出てると思うと・・・」
歩乃花は表情を暗くして俯く。
この世界には銃に勝る武器は存在しない。そして銃に対する知識もないため、今は手に入れた者の独り勝ち状態だ。
「闇雲に犯人を探して始末すれば解決するわけではない・・・それはわかりますね?」
「・・・はい」
強すぎる力は人を狂わせかねない。今回の犯人だけではなく、武器を手にした者が皆善人であるとは限らないのだ。武器がある限り李賛の宿屋へ運ばれてきた青年のような被害者は後を絶たないだろう。
そもそも事件の発端となったであろう、異世界とこの世界を行き来する方法を調べ、交わりを断たなければならない。さもなければもっと危ない物を持ち込んでくる可能性がある。
「異世界なんて、行けないほうがいいんですよね・・・。
いろいろロマンはありますけど、銃で国が危機に晒されるなんて」
「今はまだマシな方ですよ。異世界同士の戦争だって起こり得るのですから」
「戦争・・・」
真っ青になった歩乃花に、那刹は微笑みながら優しく頭を撫でた。
「だからそうならないように、我々がなんとかしますからね。ね?北葉?」
「ええ、そうですね」
本来ならば「え?何故私も?」と返すところだが、きちんと肯定する北葉はつくづく人が良い。そして頼みを断れないタイプの人間だ。
「今夜はあの女性官吏が宴を催してくださるそうですから、楽しみましょう」
「はい、楽しみですね!
それからあの女の人・・・ききょうさんでしたっけ。男性に交じって働くなんて凄いなあ」
「頭の固い中堅の官吏ではなくてよかったですね。いろいろ詮索されずに済みそうです。新人だと言っておりましたし、歳も歩乃花さんと近いのでは?きっと仲良くなれますよ」
想像した歩乃花はきらきらと目を輝かせて素直に喜ぶ。
「だといいなあ。
咲も葵杏さんに会ったらきっと仲良くなれるんじゃないかな」
顔も似てるしと心の中で独りごち、クスクス笑う歩乃花に那刹の笑みが深まった。
「そうでしたね、お友達を探す楽しみもありましたね」
「はい!メイショウという方にお世話になっているそうなので、明日にでもその方を尋ねてみようかと思っています」
「きっとすぐに会えますよ。
・・・さて、陽が沈む前に宴の準備を始めましょうか。また天上人を待たせるわけにはいきませんからね」
那刹の声がかかり、3人はゆっくりと宴の支度にとりかかった。




