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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
6話・龍神の国と山賊
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(1)




「うそん」


目の前の光景に絶句した少女が最初に発した言葉はそれだった。

長い髪を高いところでひと括りにしている彼女はゆっくり立ち上がり、手を伸ばして鉄の棒に触れてみる。夢だと思いたかったが、冷たく硬質な感触は紛れもなく現実だ。


「牢屋・・・?だよね」


これはどこからどうみても犯罪者を収容する場所ではないかと、少女は顔を真っ青にして目の前の檻を豪快に蹴飛ばす。


「私は猛獣かっ!」


ガコン!!と大きな音が辺りに響き、同時に人の気配を感じて口を閉ざす少女。

さっさと出してもらおうと期待を込めて待っていたが、やって来たのは彼女の想像を遥かに超えた人達だった。


コスプレーヤーでさえ着ないような時代錯誤の衣装。一瞬タイムスリップしたかと思ったが、良く見てみれば日本の雰囲気とは少し異なる。

もし過去の日本史で例えるならば、飛鳥時代くらいの服装に見えた。


「テーマパークかなにか?―――――ってんな馬鹿な!」


崖から落ちた友達を探していたらいつの間にかテーマパークだなんて非現実的過ぎる。未発見だった先住民に掴まったと言われたほうがまだ現実味があるというもの。

しかし彼女は彼らの強面を見てなんとなく悟った。テーマパークでもなければ先住民でもない。ここがどこなのかは分からないが、確実に彼らはヤバイ人種だ、と。


「目が覚めたかよ、嬢ちゃん」


とりあえず日本語は通じるらしいとほっと胸を撫で下ろす。顔つきは怖いが男たちの表情は比較的穏やかで、今からか弱い少女をどうこうしようする気配はない。


「あなたたち誰?」


「誰って、山賊に決まってんだろ」


「さんぞく?―――――山賊うううううう!!?」


牢屋の造りの所為か、彼女の絶叫が辺りによく響いて彼らはキンキンと痛む耳を防いだ。しかし少女の口は留まる所を知らず、早口で次々に捲し立てる。


「山賊ってあの山賊よね!?集団で村を襲って村人を皆殺しにした挙句、金銀財宝や食料を根こそぎ持ってずらかるっていうあの山賊よね!?山賊のアジトは洞窟にあって、中にはお宝の山があるっていうお約束なんだよね!?

映画や漫画の世界でしか存在しないと思ってたけど、今目の前にいるってことは絶滅危惧種!?ああでもこのままじゃ私殺されちゃう!え!?私殺されるの!?警察は!?自衛隊はどこ!?」


「・・・とりあえず落ちつけ」


血走った目を見開き必死の形相で話す年頃の少女に少々引き気味の男たち。彼らは無言のまま困った様子で目を見合わせる。しかしその静寂によって逆に不安を掻き立てられた少女は、先ほどよりは幾分かマシな表情で話しかけた。


「ねえ、ここどこですか!?日本ですよね!?」


「にほん?」


「そう、日本!アジアの東の島国、ジャパンですよ!ニンジャとかサムライとかで有名なあの日本ですよ!科学技術の最先端を走ってる小さな国の・・・」


「・・・・・・」


「お願いだから黙らないでー!!」


「・・・わかったから、嬢ちゃんは少し静かにしような。耳が痛えよ」


どうするどうすると少女の処遇について話し始めた山賊の男たち。彼女は軽い絶望感を覚え、頭を抱えて蹲った。

彼らの反応を見るに、ここは日本ではない。しかも日本語が通じるのに彼らは日本を知らない。だとしたら彼女の拙い頭で導き出せる答えはただ一つ。ここが元の世界ではないということ。


「すみません、質問いいですか?」


檻の隙間から手を上げれば、男たちの視線が少女の方へ向かう。


「なんだ?」


「この世界に日本はないんですよね?じゃあこの国は何て名前ですか?」


「龍神の国だが?」


「龍神?神様がいるんですか?」


「そうだ」


少女は閃いた。自分がもし異世界へトリップしたのならば、神様が関わっているという王道パターンの可能性が高い。ならば神様に頼めばもしかしたら帰してもらえるかもしれない。


「その神様に会いたいんですけど」


「無理だ」


「ですよね・・・。神様がのこのこと一般市民の前に現れるわけないですよね・・・」


即答され再び絶望に打ちひしがれる少女。その姿を哀れに思ったのか、男たちは眉尻を下げて優しく声をかけた。


「俺たちじゃどうしてやることもできねえ。悪いが、頭が帰ってくるまでそこで大人しくしててくれな」


「頭ってまさか山賊のボス!?」


「そうだ。嬢ちゃんが頭に気に入られれば力になってもらえるだろうさ」


「気性は荒いが根は良い人だからな」


山賊、異世界、頭。非現実的な今の状況を把握するにつれて襲いかかる孤独。

この世界に1人も頼れる人がいないという事実がとても心細く、これからの生活を考えると焦燥に駆られた。孤児院に世話になるには育ちすぎだが、働くには少し幼い微妙な年頃だ。例えここを無事に出ることができたとしても、文化の異なる社会の中で生きていく自信はない。


「なんだあ?その小娘は」


「「「頭!」」」


乱入してきた声に、一同がビクリと身体を震わせて声をそろえる。

少女は現れた山賊の頭を見て唖然とした。筋肉質で背が高く、燃えるような赤い髪と瞳の男は、一目でただ者ではないと分かるオーラを発している。顔立ちもよくそこそこ男前ではあったが、山賊の頭という先入観によって彼女の目には恐ろしい人にしか映らなかった。


値踏みするように見回されてびくびくと震える少女。


「頭、たぶんこの娘異世界人ですぜ」


「異世界?へぇ?お前、名前は」


「・・・幸子・・・です」


あまりの怖さに泣き出したいのを堪える幸子は、唇を噛んで男から視線を反らさないように努めた。強者が弱者に襲いかかる場合、分かりやすく怯えると逆に加虐心を煽るからだ。しかしそんな努力もむなしく、彼女の足は小刻みに震えて幸子はぎゅっと目を瞑った。


「幸子か、変な名前だな。

どうやってこの国に来た」


「が、崖が崩れて落ちた友達を探していたら、いつの間にか気を失って・・・」


「ったく、面倒なことになってんなあ」


どうしたものかと考え込む赤い髪の男。

雲行きが怪しいと感じた幸子は、どうすれば彼が味方になってくれるか必死に思考を巡らせた。きょろきょろと辺りを見回せば、牢屋の隅に登山用のリュックを見つける。こちらの世界で換金できるような高価な品は入っていないが、もしかしたらとてつもなく有用かもしれない。


幸子はリュックを荒々しく開けて、中身を引きずり出した。水筒、地図、折りたたみ傘、ブルーシート、双眼鏡、携帯、弁当やお菓子類。彼女の予想通り、次々現れる異世界の品物に男たちは目の色を変えて覗き込んだ。


「これ全部差し上げます!だから異世界に帰るの手伝ってもらえませんか!?

あっ!私を殺してこれを奪うとかは無しの方向で!」


「そのパシャパシャ音を立ててるのはなんだ?」


「これですか?ビニール袋ですよ」


幸子はコンビニの印刷がされてあるビニール袋を取り出すと、中に入っているお菓子を全て出して山賊の頭に差し出した。つるつると滑るような不思議な感触にわあわあと騒ぎ出す山賊達。

幸子は未来から来た猫型ロボットの気分である。ここまで目をキラキラさせて喜ばれると、もっといろんなものを見せたくなってきた。


「スナック菓子とか食べたことありますか?」


「すなっく?」


「サクサクした口当たりのお菓子ですよ」


一袋開けて自分の口に放り込み、どうぞ、と男たちに手渡した。彼らは恐る恐るひとつだけ摘まみ上げ口の中に運び、サクッとした歯ごたえに気付いた途端叫び出した。


「うおおおおお!うめえええええええ!!」


「なんじゃこりゃあああああ!!」


涙を流しながら貪り食う強面の男たちの不思議な絵に、幸子は嬉しさを通り越して若干引いている。


「あの・・・たくさんあるんで、どうぞ」


「お前良い奴だな!!」


「ありがとうございます」


にこにこして満足気な頭の様子に、餌付けが成功した幸子はほっと胸を撫で下ろした。とりあえず殺されるという最悪のルートは免れそうだ。


「俺はこの国の山賊のボス、炎岳(えんがく)ってもんだ。

お前が異世界に帰るまで面倒を見ると約束しよう」


「ありがとうございます!」


「とりあえず牢屋から出してやらねえとな。お前ら」


「「「へい!」」」


手下がいそいそと鍵を開けている間、安堵のあまり幸子は大きくため息を吐いた。扉が開いて外に出ると、今までの圧迫感から解放されて伸びをする。やはり檻の中は精神衛生上よろしくない。


「んじゃあ部屋に案内してやる。ついてきな」


「はーい」


幸子は散らかしたリュックの中身を纏めて抱えると、背を向けて歩き出す炎岳の後を小走りで追った。隣に並んで歩く勇気はないので、一歩後ろに下がってついて行く。


牢屋はかなり地下深い場所にあったようで何度も階段を上り、やっとで窓から差し込む日の光を浴びることができた。いきなり現れたエントランスはちょっとした集会場の広さがあり、とても清潔で床がピカピカと光っている。


「あれ?洞窟にアジトがあるんじゃないんですか?

せめてもっと野性的な・・・」


「洞窟?なんで洞窟なんだよ。

まあ、洞窟を棲みかにしてる奴もいるだろうけど俺は山賊の頭、炎岳様だぜ?そんなお粗末な所には住まねえよ」


「リッチですね・・・」


とても山賊ものの映画やアニメでは出てこないような豪邸に幸子の想像が打ち砕かれた。もっと不潔な場所だと思っていた彼女にとって嬉しい誤算だ。この様子だとおそらくお金にも全く困っていないだろう。


「ほら、ここ使いな」


「お邪魔しまーす・・・」


用意してもらった部屋はエントランスのような豪華さはなかったものの、きちんと整理された小部屋だった。電球は無いが代わりに松明が壁に掛けてあり、男たちがビニール袋に驚いていた時点で幸子は感じていたが、日本のような科学技術はこの世界には無いらしい。

かといって家の造りやベットは快適に造られているので、耐えられないほどの不便を強いられることはなさそうだ。


幸子は一番目についたタンスに手をかけて手前に引くと、綺麗に畳まれた着物のような服が現れて目を輝かせた。炎岳は扉に背凭れて腕を組みながら、タンスの中の服を物色している彼女を眺める。


「ここにある服は適当に使え。女物ではないが問題ないだろ」


「はい、大丈夫そうです」


衣装棚の中の衣類は色合いやサイズが男性向けだったが、襟を前で閉じ腰紐を結ぶタイプなので女性でも支障は無い。


「その格好は目立つから先に着替えた方がいい。終わったら呼べよ」


「え・・・でも着方がわからないんですが・・・」


「山賊に女はいねえ。気合いでなんとかしな」


手をひらひらと振って部屋を出ていく炎岳。

幸子は一番手前の青い服を手に取ると、難しい顔をしてそれをじっと見つめた。




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