(5)
銃に撃たれた怪我人が居るということは秘密とされ、看病している間にも男たちが入れ替わり立ち替わりでやって来た。
彼らは見舞いであったり李賛と話すためであったりと要件は様々であったが、歩乃花の仕事が一気に増えてとても大変だ。
さらには一緒に家事をしていた李賛もちょくちょく出かけるようになり、歩乃花が1人で宿番につくことも多くなった。
「大丈夫かよ」
「あ、・・・浪槙か」
なんだとがっかりした様子で言われ、浪槙の額に浮かぶ青筋。
「来ちゃ悪かったか?」
「いへそんなほほありまへん」
両頬を引っ張られた歩乃花は涙目になりながら答えた。
解放された頬を摩る彼女に、ほらよと浪槙が差し出すのは野菜籠だ。
「差し入れ」
「あー、ありがとー、助かる」
「母さんが心配してたぞ、最近元気ないって」
「まだ伽季さんが目覚まさないからねえ」
伽季とは看病している怪我人の男性の名前。彼はまだ若い青年で、浪槙の友人でもある。
浪槙も彼が心配で見舞いのために宿へ足繁く通っていた。
「お前まで倒れんなよ」
「大丈夫大丈夫。
私一番弱そうに見えていざとなったら最後まで生き残るタイプだから」
「なんじゃそりゃ」
可笑しそうにクスクス笑う歩乃花に、浪槙も肩の力を抜いて息をつく。
笑い終わって静かになった時、表の方からカラカラと聞き覚えのある音がして歩乃花は固まった。
慌てて外に出てみれば、懐かしい牛車の姿が。
「あの時の・・・」
以前甜呂にお遣いに行った際、大門を通れなくて困っていた彼女を助けてくれた男性のものだ。
歩乃花の後ろから浪槙もやって来て、やけに豪華な牛車に首を捻る。
「なんだ?――――おい!危ないぞ!」
牛車の前に飛び出した歩乃花にぎょっとする浪槙。しかし彼女の頭の中は以前に出会った男性のことでいっぱいだった。
道を塞がれた牛車は徐々に速度を落としやがて停止する。
「すみません、この間お世話になった蘭花です。
私のこと覚えてますか?」
「ええ、もちろんですよ」
箱の中から艶めいた声が聞こえ、優雅な仕草で布を払い現れた男性。
昼の明るさの中で見る彼は雰囲気が異なり、夜とは違って藍色の髪が良く映える。また彼のかけている眼鏡が逆光で妖しく光っていた。
見目麗しい美人な男性に、歩乃花は少し赤くなりながらも頭を下げる。
「この間は本当にありがとうございました」
「いいえ、大したことではありませんよ」
「何のお礼もできなくって・・・」
「お礼など必要ない。貴女の笑顔だけで十分です」
彼はクスリと笑い、宿屋の入口に突っ立っている浪槙を一瞥した。
「彼は蘭花さんの恋人ですか?」
「え!?絶対違います!あり得ないです!」
全力で否定された浪槙はものすごく微妙そうな顔をして歩乃花を睨んだ。
彼女が否定した途端に笑みを深くする男性。
彼は牛車からゆったりと降りると、歩乃花の手を取り腰を曲げ顔を近づけた。
「申し遅れました、私は薙州極碌の那刹と申します」
「ああ、なせ・・・―――――那刹さんんんん!?」
はい、と名を呼ばれて嬉しそうににっこり笑う那刹。
歩乃花は思わず彼の肩をがっしりと掴む。普通ならば身長差で掴みにくいだろうが、今は彼が屈んでいたので簡単だった。
「四帝の那刹さんですよね?」
「はい、そうですよ」
「極悪非道な裏商売人として有名なあの那刹さんですよね!?」
「その通りです」
なんてこった、と歩乃花は顔を青くする。知らぬ間に彼女は四帝のうち3人と顔見知りになっていたのだ。
呆然としている歩乃花に変わって浪槙が那刹に向かって口を開く。
「那刹さん、ここに何しに来たんですか?」
「もちろん李賛に呼ばれたからですよ。おや、ちょうど良いところに」
那刹の視線の先には外出から帰って来た李賛の姿。
彼は那刹を見て細い目を少し見開き、その次に歩乃花と浪槙を見て目を細めた。
「お客人のようだね。蘭花さん、お茶を」
「は、はい」
宿屋の中へ行こうとした歩乃花だが、那刹に手を掴まれて彼女の足が止まる。
「お茶は結構ですよ。
それよりせっかくまた会えたのですから、今は私のそばにいてください」
ね?と綺麗な顔で微笑まれて、歩乃花はその迫力に思わず頷いてしまう。
顔を引きつらせる浪槙と何でもないように宿屋へ入っていく李賛。歩乃花も那刹に連れられて中へ入った。
途中で振り返った李賛が家の中から浪槙に向かって口を開く。
「浪槙、人払いを頼めるかな?」
「・・・わかったよ」
四帝同士の話し合い。その異常性を十分に理解している彼は3人が中へ入ると外から扉を閉めた。
締め切った空間の中で李賛と那刹は椅子に座り、歩乃花も那刹の隣に腰を下ろす。
誰がどう見ても思いっきり場違いな歩乃花。しかし未だ那刹が手を離してくれる気配はない。
「では貴方のお話からお聞きしましょうかねえ、李賛。
私をここに呼びつけるくらいですから、よほどのことなのでしょう?」
ピリピリとした独特の空気が漂い、歩乃花は冷や汗をかきながら一切口を開くことなく2人の会話に耳を傾けた。
李賛の顔つきも心なしか険しい。
「ふむ、那刹、貴方は御存じかな?今回の事件を」
「まさか。
私は商売人、情報屋ではありませんからね」
「ならば鉄の鉛を人体に打ち込む武器に覚えは?」
その瞬間那刹の表情からすっと笑顔が消える。
「・・・鉛、ですか。
聞いたこともありませんね」
「もしその武器がこの国にあるとしたら、しかも無法者の手に渡っているとしたら・・・」
「なるほど。大変な事態ですねえ」
言葉に似つかわしくない笑みを浮かべる那刹。
李賛は小さな息をゆっくり吐くと、那刹に視線を戻して深く頷いた。
「貴方にも分からないならば情報屋を頼りにする他なさそうだ」
「いえ、あの人はそう易々と教えてくれる方ではないでしょう。いくらお金を積んだとしても」
「しかし国の根幹を揺るがす可能性がある以上、あの娘さんは既に動いているはず」
「確かに彼女に任せては先行きが不安ですね」
国家規模の会話にやはり場違いな感が否めない歩乃花。不安そうに那刹の方を見ると、彼は歩乃花の視線に気がついてにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。さすがにあの情報屋でも国を滅ぼしたりはしないでしょう。
滅ぼしたいならもうとっくに滅ぼしている」
「は、ははははは・・・」
本気で言っているのか冗談なのか判別のつかない歩乃花はとりあえず笑って誤魔化した。未だ那刹に掴まれている手を離してもらおうと動かしたが、彼の手がガッチリと掴んでいてビクともしない。
「大人しくしていてください、ね?」
「はい・・・」
有無を言わさぬ雰囲気で念を押され頷くしかない歩乃花。
那刹の視線が李賛に戻ると、ようやく話は再開される。
「仕方ないので私が直接情報屋に掛け合ってみましょう。
最近はいささか気になる点が多い」
「何かあったのか」
「金が高騰していましてね。ところが武器の流れはほとんど変わっていない」
お金の流れが分かれば民の動きも予測できる。反乱であろうと革命であろうと、まずは先に物資が動くからだ。
よって那刹は情報屋と同じく国の動きを先読みすることができた。
しかし今回の件に関しては顕著なお金の動きはなく、何故か武装とは関係のない金が高騰。李賛に呼ばれる前から情報屋の力を借りるべきか吟味していた所であった。
李賛は腕を組み、どこか遠くを見て口を開く。
「あまり良い予感はしないが・・・」
「同感です」
「・・・あ、あの・・・」
会話の邪魔をしてはいけないと口を閉ざしていた歩乃花だが、少し気になっておずおずと口火を切る。
「どういたしましたか?」
「銃は異世界から運んできたものの可能性が高いんじゃないですか?」
「異世界ですか?」
那刹は小首を傾げる。
本当は異世界から来たのだと知られてはいけないが、大切なことなので言わなければならない。歩乃花が李賛を見ると、止める様子もなく静かに耳を傾けていた。
「はい、異世界から銃を運んできたとしたら・・・――――あ、鉛の玉を人体にぶち込む武器ですなんですけど―――――、金を使ったんじゃないですか?」
「異世界でも金の価値がある、と」
「そうです。この国の紙幣や硬貨なら価値はないけれど、金や宝石なら銃と交換できるほどの価値があります」
ふむと李賛は長い白髭を撫でながら考え込み、那刹は目を細めて歩乃花を見つめた。
金が高騰するほどかき集めて取引したのならば、かなりの数の武器がこの世界に流れ込んでいる可能性がある。
一気に険悪な雰囲気になり、歩乃花は言って不味かっただろうかと身体を小さくした。
「異世界、ですか」
「信じられませんか?」
歩乃花も以前なら信じなかった自信がある。いきなり普通の人間が現れて「自分は宇宙人だ」などと言われても笑い飛ばしただろう。
いいえ、と首を横に振る那刹。
「異世界から来たという方にお会いしたことはありませんが、異世界にまつわる物なら数多く存在します。もちろんそのほとんどが嘘でしたが、どこかに本物があってもおかしくはないでしょう。
こういった話は情報屋の方が詳しいでしょうね」
「玉闇さんが・・・」
「はい。いずれにせよ情報屋に会いに行かなければならないようです。
血も涙もないような女ですが、お金を積めば多少は情報を寄こしますから」
玉闇の散々な言われように歩乃花の中でのイメージがだんだん崩れていく。恩人には変わりないのだが、初期のような神聖なイメージは微塵も残っていない。
「蘭花さんも何か知りたいことがあれば、ついでに情報屋に聞いてきますよ」
「え?いいんですか!?
私お金持ってないですけど・・・」
「構いませんよ」
玉闇にはお金を払わなければ何も教えてはもらえない。つまり、歩乃花の知りたい情報の報酬を那刹が払うことになる。
出会ったばかりの人に出してもらうのは恐縮だが、知りたいことは山ほどあったので歩乃花は頭を下げて頼んだ。
「友達がどこに居るのか知りたいって言ってもらえますか?それで伝わると思います」
そもそも他の2人がこの世界に来ているかどうかすらも分からない歩乃花。玉闇が調べるとは言ってくれたものの、ずっと心配していたのだった。
那刹は老若男女を蕩けさせるような美しい笑みで頷き、歩乃花の顎にそっと手をかける。
「お安い御用ですよ、貴女の為ならば・・・ね」
「お・・・お願いします」
頬を赤くして俯く彼女に、那刹はクスリと笑って立ち上がった。
「ではお暇いたしましょう。
李賛、また来ます」
それだけ言い残して宿を出ると牛車に乗り込む那刹。彼は箱の中へ完全に消えて行ってしまう前に、歩乃花に向かってにこりと笑う。
歩乃花は何故か獲物扱いされている気がして、ぎこちない笑みを返しながらも小さく震えたのだった。