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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
5話・李賛の宿屋
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(4)




歩乃花がこの世界へ来てもうすぐ30日を超える頃、国の一大行事がやってきた。

祝日は家族で食卓を囲み祝うのが一般的であり、それを聞いた歩乃花は普段よりも豪華な料理を作る。


元々料理が得意だった彼女は厨房を全て任されていて、客用のメニューを考案することも少なくない。


出来上がった料理を食卓に並べ満足げに頷く歩乃花。

ちょうど二階から李賛が下りてきて、彼女は笑顔で彼に席を促す。


「李賛さん、できました」


「これはこれは、ずいぶんな御馳走だ」


「八百屋のおばさんから聞いたんです。

今日は祝日だからちょっとくらいの贅沢はしなきゃって。それからお酒も」


祝日において、料理と共に必ず用意しなければならないのは酒。李賛は普段飲まない上に、歩乃花もあまり得意ではないので形だけ用意した。


李賛は食卓を確認すると、ゆっくり深く頷いて目を細める。


「よくできているよ、蘭花さん」


「ありがとうございます!」


さあ食事を始めようとお互い席に着こうとしたその時、怖い顔つきをした男性数人が部屋へ流れ込んできた。

彼らの穏やかでない雰囲気に歩乃花は戸惑いながらきょろきょろする。


「李賛じい、すまねえこんな時に」


「何事かな?」


顔色を変えず冷静に問う李賛。

男たちは歩乃花を一瞥すると李賛の耳元で何かをぶつぶつと呟いた。


李賛は深く頷き、白髭に覆われた口を開く。


「連れてきなさい。

歩乃花さん、申し訳ないがこの間の薬草を用意してもらえるかな?それから清潔な寝台と布、お湯も用意してもらいたい」


「っ、わかりました!」


指示の内容で怪我人が運ばれてくることがわかり、歩乃花は急いで動き出した。


しばらくは歩乃花1人が部屋を行ったり来たりを繰り返していたが、肝心の怪我人がやって来ると宿屋は一気に慌ただしくなる。

歩乃花は囲まれて寝台に横たわっている男性を遠くから覗き見たが、服に付着している血以外は傷跡が見当たらない。意識はないようだ。


李賛が部屋へやってくると、男たちは怪我人の男への道を開けた。李賛はそっと近づき、膝を曲げて腹部辺りを覗き込む。


「李賛じい、変だろ?」


「ふむ・・・、これは見たことがないな・・・。

どのような武器を使用したか分からないのか?」


「ああ、発見された時にはもう倒れてたんだ」


治療しながら傷を吟味している男たち。

歩乃花は言い知れない不安と虫の知らせのようなものを感じ、人混みをかき分けて寝台へ向かった。


「あの、すみません、通してください」


「お嬢ちゃんは見ないほうがいい」


やんわりと断られたが歩乃花の足は止まらない。そのまま李賛の真後ろに立つと、視界を妨げていた隣の男性に頭を下げる。


「・・・すみません、ちょっといいですか?」


「退いてあげなさい」


男は李賛に言われてしぶしぶ横にずれた。

歩乃花はまず腹部の傷口を見た後、怪我人の身体を横にして背中も確認する。それは歩乃花も初めて見るものだったが、なんとなくの予想はついた。


「これ・・・」


不安そうに李賛を見ると、彼は理解したのか深く頷く。


「治療法を知っているかね?」


「いいえ。

・・・もし武器が身体の中に残っていたら取り出さないといけないんですけど、貫通しているなら傷口を塞ぐしか・・・」


背中にも同様の傷口が見られることから、素人目に貫通したと判断した歩乃花。

訝しげな視線が集まる中で、事情を知っている李賛だけは彼女の言葉を信じた。


「うむ、この怪我人はここで匿おう。

この件に関して一切他言してはならん。命に関わる」


きっとこの中の誰もが歩乃花と李賛の会話を理解できなかっただろう。しかし李賛の人徳故か、彼らはしっかりと頷いて他言しないと誓った。


次に李賛は歩乃花に視線を戻し、ゆっくりとした口調で問う。


「では蘭花さん、知っていることを話してほしい」


「はい、この国に拳銃や鉄砲という武器はないですよね?」


聞いたこともない名称に男たちは方眉を上げて顔を見合わせた。


「てっぽう?なんだそれは」


「ない・・・ですよね」


歩乃花は一縷の希望を見つけた。

もし誰かが歩乃花の世界から意図的に銃を持ち込んだのだとしたら、自らの意思で異なる世界を行き来していることになる。銃の持ち主を探して方法を訊けば、歩乃花たちが帰る方法が見つかるかもしれない。


「なんて言うんでしょう・・・。

弓は矢を放ちますけど、銃は弾丸を放つんです。大豆くらいの大きさの鉛なんですけど、人の身体を貫通させるほど威力がある物もあります」


一気に青ざめる男たち。えらいこっちゃ、と誰かが小声で呟いた。


「これは俺たちの手には負えねえな」


「情報屋に訊いてみるか」


「止めとけ、金が要る」


「でもさすがに、こんな有事の時まで金をふんだくるような女―――――だよなあ」


困った、と彼らは腕を組んで考え込む。

話を聞いていた歩乃花は首を傾げて訊ねた。


「情報屋って玉闇さんのこと?」


「・・・・そうだよ」


「あんた・・・・いたの?」


「気づいてなかったのかよ・・・まあいいけど」


隣からボソッと歩乃花の疑問に答えてくれたのは、八百屋の息子の浪槙。彼は今自分の存在に気付いたらしい歩乃花を不満げに見ながら口を開く。


「この国で情報屋っつったら玉闇しかいねえだろうが」


「へー」


自分が世話になった人はずいぶん有名な人なのだと知って感心する歩乃花。


一方で男たちの話はどんどん先へ進んでいく。


「玉闇が駄目なら那刹(なせつ)か?」


「ああ、品に関しては情報屋より詳しいだろうな」


分からない名前が出てきて歩乃花は、話を聞きながら浪槙を肘で突いて訊ねた。


「那刹って誰?」


「・・・お前、四帝知らないのか?」


「していってなに?子弟?」


浪槙は呆れ返ってわざとらしいほど頭を振る。


「3歳の子どもでも知ってるのに、お前今までどうやって生きて来たんだよ・・・。

闇の四帝ってのは影の権力者の名前。官吏でもないのに国を動かす力のある人たちの名称なんだ」


「じゃあ玉闇さんもその四帝の1人なの?」


「玉闇だけじゃない、李賛じいも四帝だ」


「ええええええ!!?」


歩乃花の大絶叫が響き渡り、大注目を受けた彼女はひたすら頭を下げて謝る。今後の対処について真剣に話し合っている時だったので、厳しい視線を集めるのは当然だ。


平謝りする歩乃花に浪槙は呆れたような視線を寄こす。


「お前なあ・・・」


「ごめん、本当にごめんなさい。

李賛さんがそんなに偉い人だったなんて知らなくって」


「常識だろが。

李賛じいはすごく有名な先生だったんだよ。優秀な官吏を何人も天上に送り込んでいて、今でも生徒たちが知恵を借る為に地上まで会いに来ることもある。

李賛じいの一言が国を動かすってのは、そういうことだ」


「ほへー」


「・・・だから、常識なんだってば」


いちいち驚く歩乃花に脱力する浪槙。続きが気になった彼女は先を促す。


「じゃあさっきの那刹って誰?四帝なんでしょ?」


「那刹はこの国の裏商売を牛耳ってる男。表に出てこない品は全部奴が握ってる。

もの凄い富豪だって噂」


「後1人は?」


「山賊の大頭。四帝の中でも戦力だけは軍を抜いて一位だな」


ほー、と歩乃花は感嘆の声を上げた。

聞いた限りでは玉闇と李賛が凄い人だと分かり、四帝のうち2人が知り合いだという事実がなんだかむず痒くなってくる。


「じゃあ今回の武器について那刹って人が知ってるかもしれないって話してるんだね。

えっと・・・裏商売?、してるから」


「そう」


歩乃花が那刹のくだりを理解している間にも話はどんどん進んでいる。

そして今は彼の居場所と交渉についての話し合いにまで発展していた。


「あの男は今どこに居るんだ?」


「さあ・・・一所に留まらないからな、どうにかして捉まえないと」


そこで今までは静かに話しを聞いていた李賛が口を開く。


「那刹については私が話をつけておこう。

ついでに相談したいこともある」


その瞬間一瞬だけ微妙な空気が流れた。

何か変なことを言ったのだろうかと不思議に思って浪槙を見上げる歩乃花。彼は低く小さい声で話す。


「・・・普通四帝はお互いに関わらないんだよ」


「なんで?」


「考えてもみろ。

情報屋と那刹が協力したら国が傾くだろうが」


んん?とまだ分からない様子の歩乃花に浪槙は続けた。


「つまり、四帝の影響力が大き過ぎるんだよ。

4人はつかず離れずで微妙な緊張関係を保ちながら国を支えてる」


なるほど、とやっとのことで歩乃花は理解する。

一瞬男たちが動揺したのは李賛が那刹を頼ることが前代未聞だったからに違いない。


ところがそこで新たな疑問が生じた。

それはこの世界へ来て最初に玉闇から李賛を紹介されたこと。四帝同士は関わらないと言っていた浪槙の言葉に反するのではないだろうか、と。


「じゃあ、李賛さんに紹介された私はどうなの?」


「だからあり得ないって言っただろ、俺」


浪槙はふんっと鼻を鳴らして生意気そうに言い、今までの彼の言動がやっと納得できた歩乃花。


自分の所為で均衡が崩れないだろうかと心配になった彼女は、両手で青くなった顔を挟み弱った声を出す。


「もしかして私、とんでもなく迷惑かけてるんじゃ・・・」


「かもな」


いくら異世界へ来たのが不可抗力だからと言って、厄病神になるのは居た堪れない。

話し合いが終わった男たちがぞろぞろと帰っていく中、怪我人を看病している李賛に歩乃花は話しかけた。


「あの李賛さん、私お邪魔じゃありません?」


「ん?なぜかな?」


「なんだか凄く迷惑をかけているような気がして・・・。

私みたいな異・・・なんの取り柄もない人間が、李賛さんみたいな偉い人にお世話になるなんて・・・」


心もとなさそうに話す彼女に李賛はほっほっほと目を細めて笑う。


「私はそんなに畏まられるような人間じゃない。

それに情報屋の娘さんが寄こしてきた時点で、蘭花さんは普通のお嬢さんではないのだよ。何の変哲もない人に救いを差し伸べるような、そんなお優しい人ではないのだから」


「はあ・・・」


とりあえず玉闇が優しくないということだけが分かった歩乃花。

どこか釈然としないがここから追い出されて行く当てがないのも事実なので、素直に頭を下げてお礼を言った。


「ありがとうございます、李賛さん。

私をここに置いてくださって」


「いやいや、私もとても助かっている」


それに・・・、と李賛は未だに意識が戻らない怪我人を見て続ける。


「彼も目を覚ます時は老いぼれではなく若い娘さんの方が喜ぶだろう」


歩乃花は笑うと不謹慎だと思って我慢したが、隣に居た浪槙は盛大に笑ってくれた。


「ぷっ、そりゃそうだな」


「ちょっと、失礼よ!」


「まあ、お前みたいなちんちくりんでも女だけマシってことさ」


「えー・・・・酷い」


2人の掛け合いを面白そうにほっほっほと笑いながら聞いている李賛。彼は止血していた布をそっと払い、血が止まっているのを確認して歩乃花に話しかける。


「蘭花さん、包帯はあったかな?」


「はいっ、すぐに!」


歩乃花はバタバタと忙しく動き出しす。


その後浪槙も帰って宿屋に残された彼女たちは、怪我人が目を覚ますまで看病に明け暮れたのだった。




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