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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
4話・恋心に揺れて
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(2)




牛車が止まったのは大きな邸宅の前。ここは州の要である省邸(しょうてい)と呼ばれる政治機関で、政治を行ったり州を束ねる大守(たいしゅ)が住んだりする場所だ。

手で支えてもらいながらゆっくりと降りた咲は、目の前にある巨大な建物を見て口をぽかんと開けた。


「で・・・でかっ・・・」


「歩けるか?」


「うん、大丈夫」


門は王宮のものよりも立派で、建物の出入り口はずらっと階段が続いていた。階段の下に当たる一階部分は使われていないらしく、窓もなく全て土壁で出来ている。


「なんで人って高いところに住みたがるのかしら」


怪我を庇いながら階段を上る咲は、段数の多さに文句を言った。バリアフリーという言葉を突きつけてやりたい、と心の中でも愚痴を漏らす咲。


琥轍の手を借りながらやっと上り切ると、2人を出迎えたのは見事に整列し叩頭した人々。その異様な光景に咲は思わず突っ込む。


「私は国王かっ」


「まあ、地の民からしたら天上人なんてそんなもんだろ」


慣れている琥轍は何でもないように言うが、平等を道徳として教育を受けた咲には納得がいかない。

天上人だろうと地の民だろうと同じ人間、住む場所が違うだけだ。なのにこの待遇の違いはなんなのだ、と。


「なんか不公平。良い気分しない」


「葵杏だって陛下に頭下げるだろ?」


「そりゃ国王だからでしょ。それだけ偉い人で・・・・」


「そうそう。だから地の民からすれば天上人は偉い人なわけ」


琥轍の言うことは最もなのに咲はすっきりしない。だが仕事中に新人の身でこれ以上不満を言うのも憚れて、仕事だからと無理やり自分を納得させて口を閉ざす。


叩頭する人の列を通り過ぎ、大きな扉の前で深く会釈している人物に琥轍が話しかけた。


呉仂(ごろく)、久しぶりだな」


「琥轍殿、お待ち申しておりました」


顔上げなよと琥轍に言われて背筋を伸ばした呉仂という男は、咲の姿を見て「おや」と穏やかに笑う。


「お初にお目にかかります、氏州大守の呉仂と申します。以後お見知りおきを」


年齢は50後半くらいで白髪交じりの初老だった。しかし、その瞳の輝きは若々しく、どこか侮れない雰囲気がある。


ぺこりと軽く会釈する咲。


「補佐の葵杏です」


「呉仂、医者を呼んでくれないか」


琥轍の言葉に目を丸くした呉仂は、血が滲み裂けている咲の服を見て頭を下げた。


「すぐに手配いたします。まずは部屋にご案内いたしましょう」


歩けますかな?と問われ、咲はこくりと頷く。

大きな扉は入口だったらしく、一歩中に入れば天井の高い広い空間。この部屋にはいくつもの廊下と繋がっていて、省邸は王宮のように建物が点在しているのではなく、ひとつ屋根の下で政治が行われているようだ。


「葵杏殿のご出身をお聞きしてもよろしいでしょうか」


先頭を行く呉仂の突然の質問に、咲は焦りながら口を開いた。


「え?ああ、はいっ。

私は孤児で、親戚の家を転々としていましたので・・・」


「孤児?」


何か不味かっただろうかと不安げに琥轍を見る咲に、彼は背中をぽんと軽く叩いて代わりに話す。


「陛下の知り合いの御方の御息女なんだ。

陛下直々のご紹介で礼部で働いている」


「そうですか。

汗まみれの男性に交じって働く女性の姿は可愛らしいものでしょうな」


「ははは」


とりあえず笑っておこうと、咲は愛想の良い笑顔を作った。しかし琥轍に「どうだか」と言われ、呉仂には見えないよう肘で脇腹を突く。

身体をくの字に曲げた琥轍は心底痛そうだった。


どうぞ、と案内された部屋はこれまた立派だ。

ゆったりと座れる腰かけに贅沢な木材を使用した卓子。何故か寝台まである。


咲は促されるままに寝台に座り、物珍しさにきょろきょろと辺りを見回した。


「では、医者を呼んで参りますので」


「ああ、頼んだ」


扉を閉じて部屋を出て行った呉仂。

少し緊張がほぐれると、今度はまた怪我の痛みが戻って来て咲は顔をしかめる。琥轍を見ると彼も同じような顔をして咲を見ていた。


「大丈夫かよ」


「平気・・・でもやっぱり痛い」


「ちょっと見せてみろ」


琥轍は隣に腰を下ろし、前髪で隠していた傷を覗きこむ。咲は顔の近さから反射的に息を止めて、琥轍が見終わるのをじっと待った。


「やっぱ綺麗に裂けてんな・・・。痕にならなきゃいいけど」


「・・・うん」


「顔色も良くないし、今日は泊りかな」


「え!?」


咲は俯いていた顔を上げて大きな声を出す。


氏州は王宮のすぐ隣に位置しているため、普段ならば日帰りで用を済ませることができる距離。今日も仕事を終えたらすぐに戻る予定だった。

咲は仕事に支障をきたすのが嫌で、慌てて首を横に振る。


「ヤダヤダ!私は平気!ホントに!」


「駄目。これ上司命令」


「うっ・・・」


ビシッと言い切られ、笑顔でのほほんとしている琥轍を恨めしそうに見遣る咲。


「血も結構流したんだし、無理して帰る必要もないって。

堂々と一日サボれるしなー」


「くそう、琥轍のサボリの口実になるなんて・・・意地でも血を流すんじゃなかった」


「それもう人間じゃねーよ」


確かにそうだと、咲は小さく肩を揺らして笑う。


その後何が面白かったのか分からないが、変な笑いが込み上げて止まらなくなった2人はお腹を抱えて盛大に笑った。


















慣れない場所での宿泊の所為だろうか。夕食にお酒が振る舞われたからだろうか。

咲は就寝する時間になっても眠気が来ず、どうしたものかと悩んでいた。


明日は朝一で王宮に戻る予定なので早く眠りたいのに全く眠たくない。

いっそのこと一度外に出て頭を冷やそうかと、咲は寝台から出て部屋の扉を開けた。廊下を覗き込めば人の気配はなく、静かに扉を閉めて慣れない廊下を歩きだす。


ところが庭を探しているのに外に出る道が分からず、まっすぐ道を進んでいるはずなのに何故か見覚えのある場所に戻ってきてしまう。咲はだんだん不安になってきた。


完全に迷子になってしまったと気付いた時には、すっかり酔いも覚めて途方に暮れる。


「誰かいないのー?」


せめて人が居れば道を聞けるのに、警備の人すらどこを探しても見当たらない。さすがに扉を片っぱしから開ける勇気はなく、咲はとぼとぼと何度も同じ場所を徘徊する。


眠たくなってきた咲は、今日は厄日に違いないと嘆いた。同時に初めて訪れた場所を1人で出歩くという自分の思慮の浅さに嫌気がさす。


足の怪我もあって疲れ切った咲は、膝をついてその場に座り込んでしまった。


「葵杏殿?」


急に名を呼ばれた咲はピクリと身体を震わせ、首だけを動かしてゆっくりと後ろを向く。そこには昼間出会ったばかりの呉仂の姿が。


咲は安堵のあまり大きくため息を吐き、怪我した足を庇いながら立ち上がった。


「すみません、庭に行こうと思ったんですけど迷ってしまって」


彼はそうですか、と優しい笑みを浮かべて頷く。


「ここは廊下と廊下が扉で仕切られてますからね、初めての方がよく迷うんですよ」


「あはは・・・やっぱりそうですか」


通りで同じ場所ばかり回っていたはずだ。廊下が仕切られているために、別の場所へ出る道が見つけられなかったのだ。


「庭まで案内しましょう」


本当はもう部屋へ戻ろうと思っていたのだが、せっかくなので連れて行ってもらうことにした。咲は呉仂を追いながら聞きたいことを訊ねる。


「私氏州は初めてなんですけど、どんな所なんですか?」


「そうですねえ、氏州はこれと言った特徴はありませんよ。

隣の功州は花街で有名ですし、薙州(ていしゅう)は商業が盛んですから、言うならば通り道としてよく利用されて宿泊客が多いことくらいでしょうか」


「へえ。じゃあ宿屋さんがたくさんあるんですね」


「そうですよ。

王宮のお膝元ですから、人口が多いので財政にも多少余裕がありますね。学舎も充実して多くの官吏の出身地としては有名な場所なんです。

礼部だったら礼司、神官長、三足長が氏州のご出身です」


「え、そうなんだ」


全然知らなかったと感心する咲。


「御存じありませんでしたか?」


「はい。仕事中はそう言った話しは全然しないので」


する余裕がないほど忙しかった、とも言う。

呉仂は興味深そうにそうですかと呟き、咲を扉の方へ促した。


「さあ、どうぞ。ここから庭へ行けます」


「あ・・・ホントだ」


覚えてしまったほど何度も通った道。扉ひとつ開ければ簡単に見つけられたのにと、咲は肩を落として項垂れた。


氏州省邸の庭は王宮のような石畳ではなく、地面は土で固められている。月明りに薄らと照らされている花が美しく、咲は嬉しそうに顔を綻ばせた。こんなにたくさんの植物を見たのは久しぶりだ。


「凄く綺麗ですね」


「はい、自慢の庭なのですよ」


よく手入れが行き届いていて低木も綺麗に整えられている。

咲は地面の柔らかい感触を楽しみながら、植物を近くで見るために歩き出した。


「すみません、我儘に付き合ってもらって」


「構いませんよ。せっかく地上にいらしたのですから、楽しんで行ってください」


ありがとうございます、と微笑む咲。最初呉仂に会った時は言い表し様のない怖さを感じたが、話し方もゆっくりと丁寧で笑顔の温かい良い人だと思い直す。


「琥轍殿から葵杏殿は就任したばかりだとお聞きしましたが、お仕事はいかがですか?」


「とっても大変だけど、楽しいですよ。

とてもやりがいがあるし、頼りにされていると嬉しくなりますから」


ただの雑用、されど雑用。もちろん雑用をしている人達は他にもいるが、咲がいなければ仕事は回らなくなる。

時には泣きたくなるほど仕事が溜まることもあったが、目の前のものから少しづつ終わらせていけばなんとかなるものだ。それが大変でもあり、楽しくもあった。


異世界人の咲にとっては、仕事が居場所を得ている唯一のもの。

寂しさを紛らわすことができるという意味でも、忙しい仕事は大いに役立ってくれている。


「そうですね。政治というのはとてもやりがいがある。

人から頼られるというのは、私にとっても嬉しいものですよ」


笑顔の呉仂に咲も微笑んで頷いた。


両者が口を閉じ静寂が訪れると同時に、物影がゆらりと動いて、咲は猫だろうかと首を傾げながら暗闇を見つめる。


しかし、動いたのは猫ではなく人だった。

銀色に怪しく光る槍を持った男。最初は警備兵だと思い楽観視していた咲も、走りながらこちらに近づいて来るのを見て大声を出す。


「呉仂さん、危ない!!」


「――――っ!」


ザシュッと歯切れのいい音を立てて裂ける呉仂の長い袖。

間一髪で逃れた彼はすぐに腰の剣を抜き、襲いかかってきた男に向かって構えた。咲は恐怖から上手く悲鳴を上げることもできず、足をガクガクと震わせながら立ち尽くす。


奇襲が失敗しても敵は余裕の表情でニヤリと笑った。


「何者だ!」


呉仂の勇ましく威圧的な声が上がると同時に、敵は向きを変えて咲の方に走り出す。


「しまった――――!!逃げてください、葵杏殿!!」


「ひっ・・・」


男が目の前に迫ると同時に、ドスッと音を立てて腹部に突き立てられた“何か”。

お腹の辺りがカッと熱を持ち、咲は痛みを感じる間もなくその場に倒れ込んだ。


咲は徐々に遠のいて行く意識の中で、琥轍が自分の名を叫んだような気がした。





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