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天高く龍出づる国ありて  作者: 伊川有子
3話・祝日
12/49

(3)




咲は長テーブルがぎっしり並べられた王座の間へ足を踏み入れた。準備をした時に想像はしていたものの、あまりの賑わいぶりに苦笑する。


玉座にも料理や酒が用意されており、まだ姿はないが国王も出席するらしい。

そして王座のすぐ隣には国王の妻である貴妃たちが花を添え、階段の下の真正面には三公の席があった。丞相、太尉、御史大夫の3人は既にもう席についている。


咲の鼻まで届くのは酒独特の匂い。

宴会の正確な開始時間は無いため音頭や挨拶がなく、勝手に始めてしまっているようだが出来上がっている人はまだいない。


「葵杏ーー!!」


喧騒の中から自分の名前が聞こえる方を向けば、手を振りながらにこにこしている礼部の人達が。

一番左端を陣取っている礼部の集団の中で、上座には礼司・三足長・祝相長・神官長が順に座っている。後は適当にテーブルを囲っているらしく、部署もばらばらに仲良い者同士で固まっていた。


咲は促されるままにテーブルの中付近に腰を下ろす。


「うわー、おいしそう!」


彼女の目に留まったのは並んでいる料理の数々。お酒に合うようなおつまみばかりだったが、それでも十分な御馳走だ。彩り鮮やかで目にも楽しく、さっそく咲は料理に手を伸ばす。


がはは、と近くの男性が豪快に笑った。


「酒より食い物だなんて、葵杏もまだまだ子供だなっ」


「いいの!若い証拠でしょー?」


「物は言い様ってか!?」


頼んでないのに杯がいつの間にか咲の目の前に置かれ、並々と注がれる酒。色は透明で香りも日本酒に近い。


咲は「うげっ」と嫌そうな声を出す。未成年である彼女はアルコールを飲んだ経験がなく、酒を楽しむ自信が全くなかった。

まず、その臭いからあまり得意ではない。


「さあ、飲め!」


「い・・・いただきます」


喉を鳴らして杯を一気に煽る。その飲みっぷりにおおっと近くから歓声が沸いた。


飲みこんだ瞬間、喉が焼けるように熱く感じる。

味は咲にとって未知の味。しかし匂いを嗅いだ時に感じた苦手感はあまりなく、思ったよりもすんなりと酒が進んだ。


「いい呑みっぷりだなあ。普段の働きぶりと言い、女にしとくのは勿体ないね。

もうお前女やめて男になれって!」


「遠慮します」


冗談なのだろうが咲も女らしくないな、と自分で思っていたところだったので余計腹が立つ。


「葵杏、三公に酌してこいよ」


「ふえ?」


急に話を振られた咲は箸を持ったまま間抜けな声を出した。


「やっぱり女性に酌してもらいたいもんじゃねえか」


横から美人じゃなくてもな!と茶々を入れられ、「うるさいわね!」と咲は鬼の形相で怒る。

一応宴会は無礼講ということではあったが、上司の機嫌を取るのは部下の務め。咲は仕方ないかと、食べるのを諦めて立ち上がった。


「六部の長官たちにも酒ついで来いよー!」


「ついでに千泊(せんぱく)に媚び売って来年の予算を上げてもらってくれ!」


背中に歓声を受けながら引きつった笑顔を浮かべ、テーブルとテーブルの細い合間を縫うように歩く咲。


三公のテーブルは玉座の真下。

近づいて覗きこんでみれば、杯や料理が一般の官吏のものより高級だと分かる。中には金粉をあしらったものもあった。


「あの、よかったらお酌・・・しま・・・す・・・」


何故か瀧蓮に睨まれ、咲は心の中で「ひええええええええ」と悲鳴を上げる。以前に会った時より格段に機嫌が悪い。そして子供が近くにいたら泣き出してしまうほど怖い。

他の2人がにこやかに笑ってくれたのが救いだ。


やはり位が高いだけあってそのテーブルだけ独特のオーラがあり、柄もなく緊張して震える咲の手。


「やあ、噂は聞いてるよ。陛下のお知り合いのお嬢さんだそうだね。

葵杏、だっけ?」


「はい」


話しかけてきたのは優しそうな顔立ちをした年配の男性だった。彼は軍を取り仕切る“太尉”という役職で、武官の頂点に君臨する将軍のさらに上に立つ人物である。


“丞相”は瀧蓮と同じ頭が固い人種だと聞いていたが、彼も穏やかに微笑んで酌に応じてくれた。


ところが咲の存在自体を綺麗に無視するもう1人の三公、御史大夫の瀧蓮。

何か彼の気に障ることでもしてしまっただろうかと咲は不安になる。


「こいつは気にしないでくれ。さっきから機嫌が悪いんだ」


ごめんね、と謝る太尉。


「いいえ、失礼しました」


咲はさっさと逃げたい一心で酌を済ませ、頭を下げると早足で三公のテーブルを離れる。

額に浮かんでいた汗を拭い、ふうっと一息。


「助かった・・・」


機嫌が悪い美人は迫力があって怖いなあと、咲は瀧蓮を振り返りながら眉をしかめる。

彼は咲が居なくなってもずっと難しい顔をしているが、太尉と丞相は特に気にしていない様子。最も、官吏の中で瀧蓮に近づけるツワモノは他にいないようだ。


咲は気を取り直して六部の長官たちの酌に回る。

まずは、自分が勤めている礼部の長官、礼司から。


「礼司、お疲れ様です」


「ああ、葵杏か。御苦労」


礼司はいかつい顔つきをしており眼光も鋭く、見た目は怖い人物だが付き合ってみるとそうでもない。真面目で誠実で頼もしい上司だ。

女だという理由で最初は官吏たちからあまり好ましく思われてなかった咲にも、礼司だけはちゃんと1人の部下として接してくれた。


「先ほど三公の所にいただろう」


「はい、まあ・・・」


「御史大夫のご機嫌が優れないようだが、何か知っているか?」


「いいえ、何も」


彼女が首を横に振り、「そうか」と礼司は肩をすくめてため息を吐いた。

咲は気まずい雰囲気を感じ、慌てて徳利を持つ。


「礼司、よかったらどうぞ」


「すまない」


空になっていた小さな杯の八分くらいに酒を満たし、咲は軽く会釈した。


「では失礼します」


「気をつけなさい。もうすぐ酔う連中が出てくる」


「はい」


咲は苦笑しながらその場を辞する。

次に隣の列のテーブルへ行こうと思ったのだが、上座に居るはずの農博(のうはく)がおらず、咲は諦めてもうひとつ向こう側へ足を運んだ。


「葵杏ちゃーん!後で俺の酒も注いでー!」


「ついでに俺もー!」


「はいはい!ちょっと待っててくださいね!後でちゃんと回るから!」


一段と盛り上がっている税部からこの場の喧騒に負けないくらいの大声を出す男たち。大変だろうとは思っていたが、1人で王宮中の官吏に酌をするのは身がもたないかもしれないと実感する。


「やあ、葵杏。今日はめかしこんで一段と綺麗だね」


「ありがとうございます」


咲にお世辞を述べるのは財部の長官、千泊(せんぱく)。咲は彼に女大好きタラシ人間というレッテルを貼っていた。

実際に彼は会うたびに褒め言葉や口説き文句を使ってくる。もちろんそれは本気ではなく、一種の挨拶のようなものなのだ。


「お酌しますよ」


「ありがとう。

君のような美しい女性に注がれた酒は格別に美味しいに違いない」


「ははは・・・」


突っ込みどころが分からず乾いた笑いしか出てこない。


「酌は大変だと思うけれど、女性を愛でるのは男の性だ。

何か困ったことがあったらいいなさい」


「ありがとうございます」


さて次、と気持ちを切り替えて次の長官の元へ向かう咲。


上司と接するのは肉体的だけじゃなく精神的にも疲れる。

せめてもう2・3人欲しいと心の中で泣き言を呟いていると、肩を軽く叩かれて咲は振り返った。


「葵杏さん?」


「は・・・はい、そうですけど」


「よかった」


にっこりと笑う美少女が現れて頬を染める咲。

可憐という言葉が相応しいその美少女の年齢は、咲より少し上くらいだろうか。顔立ちは僅かに幼さが残っているものの、体つきは立派な大人の女性のもので咲は羨ましさを覚える。


白い肌と薔薇色の頬、長い睫毛にぱっちりとした目。まるで童話の世界のお姫様のような誰にでも好かれるタイプは、玉闇とはまた違った魅力がある。


「あの、どちら様でしょうか・・・」


「後宮の女官で紫和(しわ)って言うのよ。

お酌は葵杏さん1人じゃ大変だろうからって呼ばれたの」


「それはすごく助かりますっ!」


猫の手も借りたい気分だった咲にとっては救いの神。

嬉しさのあまり紫和の手を両手で握ってぶんぶんと上下に振った。


「さすがに六部の長官たちは葵杏さんにお願いするわ。

私は料理を運んだり、他の官吏のお酌に回るわね」


「はい、お願いします」


じゃあね、と可愛らしく手を振りながら去って行く紫和。彼女の振りまく美少女オーラに、酒を楽しんでいた官吏たちの視線も集まっている。

女性として負けてしまっているのは悲しいが背に腹は代えられない。紫和には精いっぱい頑張ってもらおう。


咲は背負っていた物が少し軽くなった安心感に包まれ、次の長官の元へ向かった。

















咲が酌を終えて礼部の席に戻れたのは、宴会も終盤に差し掛かった頃だった。


「お腹すいた・・・腰痛い・・・」


「お疲れ。やっと終わったんか」


苦笑いする琥轍にぐったりしながら頷く咲。


「なんとかね」


「ほら、食べなよ」


ぼんっ、と料理が目の前に置かれて咲は目を輝かせる。もう残っていないと思っていたが、わざわざ取っておいてくれたらしい。


「ありがと、いただきます!」


食べ物を頬張る咲の姿が尻尾を振って喜ぶ犬の姿と重なり、琥轍は喉を鳴らして笑った。


「餌付してんなー、俺」


「んー?」


咲の注目はもっぱら料理に向かっており、ほとんど生返事。琥轍は一瞬ちょっかいを出そうか迷ったが、彼女もだいぶ疲れている様だったので諦める。


突然琥轍の上に何かが圧し掛かり、彼は身を捩って自分の上に乗っている物を見た。


「やほー、飲んでるかー?」


「重いっつの・・・」


「よー、葵杏。

お前あの子知ってるか?」


絡んで来たのは礼部の同僚。咲は横目で彼が指差す方を見て、ああと返事をする。


「紫和さん?」


「紫和っての?可愛いよなあ」


話題に上がっている彼女は、具合が悪そうな三足長を一生懸命介抱していた。行く先々で紫和のことを聞かれた咲は今更気にすることもなく答える。


「私より年上だと思うけど可愛らしい人だよね」


「美人なのに男を知らなさそうな所が堪らねえ。絶対処女だな」


ブフォッ!!と飲みかけていた水を噴き出す咲。さすがに黙っていた琥轍も男を注意した。


「お前なあ、女の前でそういうこと言うと嫌われるぞ」


「まさか葵杏も処女なのか!?」


「殴るわよ」


咲は濡れた口元を拭いながら青筋を浮かべて怒るが、酔って気が大きくなっている男はお構いなしに話を続ける。

そして宴会に現れた美少女の話題を聞きつけた人達が、どんどん周りに人が集まって来た。


「俺は貴妃みたいな気の強い女の方がタイプだ」


「まああの人も三大美女に数えられるだけあって綺麗だよな」


食事しながら聞き耳を立てていた咲は、未だに圧し掛かられて不機嫌顔の琥轍にこっそりと聞く。


「三大美女って誰?」


「・・・・・お前って本当無知だよな」


「悪かったわね、無知で!」


じとっとした目で咲を見ながらも琥轍は丁寧に答える。


「実際には国内で上から3人って訳じゃなくて、有名所の美女って感じだけどな。

貴妃の百葉と、先王の淑妃だった麗凛と、情報屋の玉闇」


「情報屋?」


そんな職業あるの?、と咲は目を丸くしながら話を聞く。この質問には琥轍も目をパチクリさせて、圧し掛かっていた男を振り払い身を乗り出した。


「まさか四帝を知らない人間が居たなんて―――――天然記念物かお前は!」


「あら、それなら大切にしてもらわなくっちゃね」


開き直る咲。

早く説明しなさいよと蟹を頬張る咲に急かされ、琥轍はため息を吐きながら話す。


「この国は天上人が統治してるけど、地の民にも国を動かすような力を持つ者が居るんだ。それが闇の四帝と呼ばれる人達」


「情報屋のぎょぐらさん?・・・も四帝なんだ?」


「そう。花街を支配してる女性で、依頼したら何でも調べてくれるらしい。

内容次第ではお代として財産を根こそぎ取られるって噂。天上人で彼女のお世話になってる人も少なくないと思う。

妖艶な美女だって有名なんだけど、実際に顔を見たって人は聞かないな」


「へー、なんかおっかないね」


咲が言い終わるか終らないかの内に、皆は一斉に窓の外に注目し始めた。

何事かと首を捻る咲に琥轍は彼女の手首を掴んで立ち上がり、ぐいぐいと引っ張って玉座の間の出口に向かう。


「行くぞ!」


「え?何?」


「何って、この前いいもん見せてやるって約束しただろ?

忘れたのか?今日は祝日なんだ」


頭の上でクエスチョンマークを多く抱えている咲は、手を引かれるがまま琥轍について行くしかなかった。





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