3.人外に現代人の常識を求めちゃいけません その1
連れて行かれた先にはわたし用にと、準備された居住スペースがあった。あったにはあったんだけど…。
「一応の、われらの主たちでリンジュと同性で同年代の者の部屋を参考に、設えてみたんじゃが、どうかの?」
ガーランが褒めてほしいと言わんばかりに尋ねてきた。
「あのさぁ、この部屋の参考にした人って、やんごとなきご身分の、とか、神聖なる御位におわします、とかいう人?」
「よく分かったの。確か麗しき聖女様などと周囲から呼ばれて、城内で手厚くもてなされていたぞ」
……お城にお住いの聖女様、ね。察しのいい人なら分かるよね。ヨーロッパのお城の貴賓室を思い浮かべてもらえればOK。何ともきらびやかで高級家具調度類がデンッと置かれてる。ベッドなんかフリフリレースで縁取られた寝具に天蓋つきだよ。クローゼットは…開けなくてもいいや。
アイテムたちには必要ないものを用意したのだし、どうせ使うところを知人に見られる心配はないと割り切り、
「使えそう」
とだけ返事をかえした。
ガーランは気に入ったと答えてもらいたそうだったが、ただ、わたしの表情から悟ったのか、
「そうか」
と一言言うにとどめたようだ。
「ところで、水回りと食べる物なんかどうなってるの?」
「それは同朋等に任せたんじゃが…おお丁度来たようじゃの。ソルジェ、ラグード、どうかの」
「おう、久々で燃えたぜ~。ここは仕留めがいのある獲物が多くて、これからが楽しみだ。よお、嬢ちゃん、ああリンジュだっけな。俺はラグードってんだ、よろしくな。これから解体してやっから、後で食いな」
と豪気な声で話すのは中世で活躍したであろう、長剣に似ている。実用第一の作りだけど、刀身には何かの紋様が刻まれてるし、柄にも凝った意匠が施されてる。でも獲物とやらの血糊がベッタリ、刃からは血を滴らせてホラーさながら。もちろん気分は良くない。
「血を拭き取ってからいらしたらどうなの? リンジュは仮にも女の子ですのよ。これだからデリカシーのない方は嫌いなのですわ。はじめまして、ソルジェですわ」
ソルジェと言った指輪はちょっと神経質で毒舌な女性という印象を受けるかもしれないが、耳に聞こえる声色は男性の裏声、そうおネェさまだ。デザインも獣の爪をイメージしたようなゴツゴツしたものだし。ガーランも含めて、戦場で使うアイテムたちをなんでこんな性質にして作ったんだろう。受け狙いとか? まあ、わたしには関係ないし、いいか。
――そう思っていたのはこの時だけ。後々悩みの種の一つになるなんて知りもしなかった。
「いらっしゃい、リンジュ。湯殿とご不浄へ案内しますわ、使い方もお教えしますわね。ラグード、貴方は先程おっしゃっていた作業に戻られたらいかが? 私の方が終えましたら、そちらに向かいますから。これ以上床を血だまりで汚されてはたまりませんわ」
「おお、悪いな。ガーラン、拭き取っておいてくれや。じゃあ後でな、リンジュ」
「まったく…」
「まあよいよ。ほれ、リンジュが待っておる、行った、行った」
ガーランに促されてソルジュが案内した場所は、洞から少し小道を行った先にある泉だった。
「ここは湧水ですから安心して飲用にするとよろしいですわ。メンテ用の容器と型違いのをいくつか用意してありますから、そこに汲み置きして使ってくださいな。そして、こっちにこの水を引いた湯殿を作りましたのよ。いかが、少々手狭でしたかしら」
見せられたのは四隅に置いてあるギリシャ彫刻のような裸婦像が掲げてる壺からジャバジャバとお湯を注ぎいれている、お風呂というより浴場が相応しいものだった。
泉に来たときに見えてたんだけど、どうしてこんな…いや、もうよそう。温泉テーマパークの一つだと思えばいいんだ。
居住スペースの件と同様、自分に納得させ、
「着替える場所はどこ?」
と無難なことを尋ねた。
「お好きな場所でどうぞ」
「好きな、って…」
この衝立一つないところで脱げ、と。
「こんな所、めったに人も来ませんわ。人どころか、獣も本能的に危険を察知しているのか、私達が洞に来てから出没しなくなりましたの。ですから安心なさって」
人が来ないような場所かもしれないけど、現代日本人のわたしに屋外で真っ裸になる習慣はない。
「無理、絶対無理。せめて衝立か何かほしい」
「貴女、防御壁を展開せずにここを使うおつもり? いくら危険が少ないからといって、流石にそれは無防備でしてよ。見られたくなければ、防御壁を不透過にすればよろしいわ」
そーだった。
今のわたしはマホー使いのおねいさん。衝立がなければ防御壁を張ればいいのよ、だ。ああ、もう、常識がおかしくなる前に早く帰らなくちゃ。
「…そうする」
「それから、ご不浄はここと寝室のそば、作業スペースに作りましたわ。足りないようでしたら増やしましょう。使い方は簡単ですわ。この蛇腹容器の上のリング部分に座って用を足せばいいだけですの。後はこの容器に組み込んだ機能がいろいろ処理しますので、問題ありませんわよ。視線が気になるようですから、壁を展開することをお忘れにならないで」
…洞の中のトイレは半永続性の壁を展開しよう。
こうして説明が済んで洞に戻る途中、
〈リンジュ、腹へってねーか。さばき終わって、いい具合に焼けたからよ、こっち来て食わねーか?〉
と、頭にラグードからの思念が伝わってきた。
そういえば朝から何も口にしてなかったっけ。お腹はすいている、いるんだけど、これまでのことを思えば、常識外れの予感がヒシヒシと、こう、ね…。
眉間に皺を寄せつつも、食事は重要と自分に言い聞かせ、ラグードに了承の旨を伝えると、いい具合のお肉とやらを試食するためにソルジェと一緒に向かった。
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