2.そして言い訳は続くよ(年寄りの話は長い) その1
怒りも収まらないうちに、ガーラン(フルネームは長すぎるし、覚える気もないので、ガーランとだけ呼ぶ。じじ杖は何か言いたげだったけど、知るかっ)がもう放置できないほど危ない状態のモノたちがいると急かすので、あれこれ考えるのは後にして準備に取り掛かることになった。作業場に向かう合間も話は続く。
「さて、メンテナンスといってものう、本来われらは消耗品であったゆえ、自己修復機能を越える破損をすると、クリエーターと呼ばれる者らが一度バラして修理するなり、パーツ交換するなりしておるんじゃが、問題はここがわれらが元々おった世界でないことなんじゃ」
ため息の代わりとばかりにシャランと飾りを鳴らして見せる。
「違うの?」
「そうじゃ。遠き過去、われらはわれらが属しておった世界よりここに零れ落ちてきたんじゃ。この世界に元いた世界と似通った魔力があったのは幸運といえよう。じゃが、界をまたぐなんぞ予期せんことをしたわれらは当然ボロボロじゃ。われの場合は出現付近の魔力を取り込み、なんとか修復を終えたときには、生命など何ものうなっておった。聞けば、同朋等も似たようなもんじゃったらしい。同時期、同地点におったんじゃが、こちらに現れるころあいはばらばらじゃった。われらが一度に全て現れんかったことは救いじゃな。万一そうなっておったらこの世界は甚大な被害を受けておったであろうよ。――さておき、この時点で分かったんじゃが、われらのパーツのいくつかが完全に修復されておらんかったんじゃ」
「でも、さっき自己修復って…」
「確かにそう言ったがの、われらがここに来る直前までおった場所のせいで、機能が上手く働かんかったらしい。当時、元の世界は戦があちこちで起きておって、われらはその一つで使われておった。激戦区でな、クリエーターを必要とする破損があっても、所詮われらは消耗品。悠長に預けてメンテナンスなんぞ受けられん。そこらにあるものを組み込んで上手く発動すればそのまま使い続ける、といった具合じゃ。こうして合わぬ型に組み込んだんじゃ、修復機能が多少働いたことの方が不思議なくらいじゃよ。やむなく、こうして騙し、騙し動いておったんじゃが、いつかは限界がくる。直すにしろ、クリエーターはおらん、補える素材はない、で困っておったんじゃが、永きに渡り、こちらにおる間に新たな知識も増えての。どうやらわれらの魔力とこの世界の魔力で満たされた空間で分離、再構成すると、不具合の元じゃったパーツもオリジナルと遜色なく機能するようじゃ、とな。ただし、その作業にはわれらの持ち合わせておる魔力が邪魔での、大気中に放出するには膨大過ぎてバランスが崩れて危険じゃし、この世界の者に預けるには異質な部分もあるゆえに、託された者の命が危うい。なればそれを受け止める器を持ち、且つ、作業のできる者を呼び出せばよい、と決まっての。こうして嬢ちゃんが選ばれたわけじゃ」
「ほんとーにとことんあんたたちの都合よね、こっちはいい迷惑だわ」
静まれー、わたし。怒っても気力の無駄遣い。ようは作業を終わらせて、とっとと帰るのが最短ルートなのよ。そう、深呼吸、落ち着け―、わたし。
「で、わたしはどうすればいいの?」
棘の残る口調で尋ねる。
「指示はその都度するから心配せんでよいよ。それで先程空間と言ったろ、それがこれなんじゃが…」
そう言って支柱付きの大きな砂時計のようなものがズラッと並ぶ場所へわたしを連れて行った。
「これは対魔コーティングされた強化容器での、上にはわれらの魔力が入っておる。ここにわれらを一個につき一つ入れ、下の容器に樹液を満たせばしまいじゃ。簡単じゃろ」
「樹液?」
「そうじゃ、ほれ、この洞を形成しておるやつのじゃ」
「は?」
ギョッとした。
だってとてつもなく広いのよ。球場が入ると形容したのは大袈裟じゃない。どれだけ齢を重ねればこんな洞を持つ木が根付く訳…。
「嘘…」
「本当じゃよ。まあ、正確には形成しとるやつらという方が正しいがの。ふむ、樹液の採取ついでじゃ、見てみるといい。ではわれを握るんじゃ。それでよい、放すでないぞ」
「うわっ」
フワッと浮き上がったかと思うと、そのままスーッと上昇していった。足元は不思議としっかりしている。高度が増すにつれて下を覗く気にはなれなかったけど。
ガーランは幹や葉の茂みを上手に潜り抜け、木全体を見渡せる場所で停止させると、
「どうじゃ、嘘ではなかろ」
と、したり顔が見えるような声で言った。
「凄い…」
地球にも樹齢を重ねた巨木は何本かあるが、ここまで無尽蔵に枝葉を伸ばし他の追随を許さぬ勢いのものなど見たことがない。しかも、あんな大きな洞を持っているのに自重で倒れないのは余程根が地中に広がって支えているためなのか。ガーランに聞いてみると、
「ただの樹木なわけなかろ。ここはの、魔力が溜まる淀みなんじゃ。生半なものなど、長く留まろうものなら己が内の魔力と過剰反応して命を落とすくらいじゃ。じゃが、そんな場所にも適応する生物はおっての、この木は最たるやつじゃ。根から吸収した魔力を場所によって適度な濃さに薄め循環させることで生長、維持しておる。上手いもんじゃ」
と説明してくれた。
「へ~。あ、あれ、なんだか一部不格好だね。枯れたにしてはこう、外部からごっそりむしり…」
ガーランがピクリと反応した。まさか…。
「なに、樹液をもらうことと、洞の使用のことで話をつけるときにちぃとばかり力が入りすぎてな。あれぐらいたいしたことなかろ」
と、けろりとした声で答える。
木に同情する日が来るとは…わたし頑張るよ。
憐みの視線を向けるわたしを連れて、巨木の中ほどにある幹と太い枝のまたに下ろすと、
「さて、嬢ちゃん…」
「リンジュよ」
「リンジュにはこれから毎日樹液の採取をしてもらうからの。やり方は簡単じゃ、この細い管の尖っておる部分を幹に差し込んで、こっちの丸いやつを管の反対に取り付ければしまいじゃ。容器は満杯になると鈍く発光するでの、そうしたら管から外して新しいのをつけるんじゃ。そうそう、管を抜き取った穴はこのジェル剤を塗布して塞いでやってくれんか」
ガーランは説明しつつ、てきぱきと実演しているが、疑問が一つ浮かんだ。
「やり方は分かったけど、ここまでどうやって来るの? さっきみたいにガーランと一緒?」
「おお、忘れとった。リンジュよ、首に触れてみぃ」
訝しみながらも、首に触ってみると、何か小さい玉の連なった何連もの細い環がつかめた。
「なに、これ」
「われらとリンジュを繋ぐものじゃ。本来は契約成立の証に主に渡すものなんじゃが、今回はそれを介して魔力を一時譲渡するのに使おうと思っての、少々手を加えておる。ついでにどうせならおぬしがその力を使えれば作業のスピードアップもできると思うてな。その一つ一つの玉がわれら各々とリンクしておるから、今おぬしはわれらと力を共有しておる状態じゃ。その力を使って採取なり、その他諸々に利用すればよい。しばらくはおぬしに付き合うが、慣れたら一人でしてもらうからの」
「あのねぇ、簡単に言ってくれるけど、魔法なんて空想の産物でしかない世界で生活していたのよ。それをいきなり使えとか言われても無理よ」
「それもちゃんと考えておる。ここに来たとき調子が良くなかったじゃろ、あれはわれらの知識を一部渡したからじゃ。一度に流し込んだから許容範囲ギリギリになって、気分を悪くさせてしもうた。とにかくの、知識の内容はこの世界の概要やら、力のコントロールやら、いろいろと満載しておいたから、後は実地で覚えていくことじゃな。さて、まだ何ヶ所か回って樹液を採取せんとならん。リンジュよ、力を使ってわれについて来るんじゃ」
「好き勝手してくれて文句たらたらだけど、今さらよね…えー、えー、やります、やりますとも。ええっと…」
「ただ頭でその行為をしようと考えるだけでよい、そうすればすべきことが分かるはずじゃ」
ガーランの助言に従い、先程のように飛びたいと思ったと同時に、言葉がついて出た。
「展開」
と。
お気に入り登録された方がお二人も! 嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。誤字・脱字等ありましたら、ご報告ください。