すごいぞ!自前の5万円謎アシストサポーター 〜零細工場の熟練職人が腰痛で引退危機なので、ネットのオープンソースと3Dプリンタで筋肉アシストを作ってみた〜
「すまねえな、主任。社長にも言ったんだが、来月の半ばで辞めさせてくれ」
油と削り粉の匂いが染みついた事務所のパイプ椅子で、松っあん——松岡さんが頭を下げた。今年で七十二になる。うちの工場で一番の古株で、手の感覚だけで数ミクロンの狂いを見抜くスーパー熟練職人だ。
「腰ですか……?」
「ああ。毎朝起きるたびに、針を刺されたみたいに痛む。湿布を何枚貼っても気休めにもならん。この前も材料を運ぶときに脚がすくんでな……現場に迷惑をかける前に、引退時だと思ったんだ」
すまない、と申し訳なさそうに皺の刻まれた顔で見つめる松っあんに、僕は何も言い返せなかった。引き止めたいのは山々だったが、「もっと働いてくれ」と言うには、今の職場環境は過酷になり過ぎてしまい、彼の身体はもう耐えられないことは容易に想像できた。
松っあんが事務所を出て行ったあと、僕はため息をつきながらデスクの画面に目を戻した。
モニターに映っているのは、主要な納入先である大手メーカーからの「業務指導」で導入を強要された、クラウド型品質管理システムだ。最新のAIを搭載しているとの触れ込みだが、何千万円という導入費用を負担させられて、うちのような零細下請けの利益は吹き飛んだ。
そんなご大層なシステムの中身だが、画面上で動いているのは、工場内のカメラ映像から「作業員の無駄な動線」を検出して赤枠で囲む無機質なアルゴリズムと、毎日提出を義務付けられるチェックリストの山だけ。
品質における欠陥チェックにも使えるといわれて、検査をやらせてみたが、微細なバリや傷を見逃しまくりで、結局松っあんたち現場の職人のカンコツをカバーできるものではなかった。
こんな役立たずのシステムの御題目は「現場の作業を効率化し、ミスをなくす」だが、システムの主要なアウトプットは、あまり意味があるとは思えない作業員の監視と、僕へのレポート作成業務の押し付けだけだ。システムが適正として評価基準とする動線は、現場の肉体的な負担を減らすことは全く考えられていない。その通りに作業すると身体の何処かがおかしくなるのだ。
うんざりしてダッシュボードを閉じ、検索窓に言葉を打ち込む。
『作業員 負担軽減 アシストスーツ』 『外骨格 安価 導入』
画面に並ぶのは、きれいな女性モデルがピカピカのロボットを着て微笑むPR記事や、裕福な企業向けの広告ばかりだ。
肝心のイニシャルコストを見てみると、『初期費用150万円〜/月額サブスクリプションプラン』 『専用フレームの現地導入工事が必要』などと、到底うちでは無理な価格が並ぶ。せめてあの役立たずのAI監視システムを入れなければ手が届いたかもしれなかった。
「こんなの、うちで導入出来るわけないよな……」
思わず口から愚痴が漏れた。技術は進歩しているはずなのに、現場で本当に困っている人間のもとには何一つ届かない。高額で、過剰で、現実離れしたモノばかりだ。
広告だらけの一般的な検索結果に嫌気が差し、ちょうど昼休みになったので、買い置きしていたパンをかじりながら僕は検索の場所を変えた。企業のPRを見たくなかったので、プログラミング関連の技術掲示板に移り、個人エンジニアたちが持ち寄ったオープンソースのコードを求めて、目的もなくスクロールしていく。
深い階層に行きついたところで、広告もSEO対策もない、殺風景なテキストリンクがふと目に留まった。
Project Cyber-Maker / Home-DIY Physical Assist OS
概要欄には、素っ気ない数行の英文と日本語のテキストが添えられていた。
『高価で重いフレームは不要。市販のコネクタ、ナイロンベルト、1万円程度のエッジボードで組める。人間の筋肉の収縮タイミングに完全同調する、超軽量ソフト・アタッチメントの設計図と制御コード』
「……なんだこれ」
リンクを開くと、3Dプリント業者にそのまま入札できそうなCADデータと、制御用のプログラムコードが整然と並んでいた。
ハードウェアの知識がある人間なら一目でわかる。これは「全身をフレームで支える」のではない。「人間が力む『その一瞬』だけ、サポーターに固定した小型アクチュエータでベルトをミリ単位で引く」という、恐ろしく合理的な思考で作られた設計だった。
「樹脂パーツに、ワンタッチコネクタでモジュールをはめ込むだけ……?」
画面をスクロールする。
既存の大手メーカーが何千万円もかけて作る「支えるごついフレームが必要な巨大機械」とはまるで違う。ネット通販と委託サービスでパーツを揃えれば、部品代は数万円で収まる計算だ。
「こんなので、本当に動くのか……?」
怪しさと、胸の奥で小さく跳ねた技術者としての直感。僕は気づけばクレジットカードを取り出し、画面に指示されたパーツ類を一括で手配し、配送先に自宅の住所を打ち込んでいた。
◇
数日後の土曜日。いくつかの中小サイズの段ボール箱が自宅に届いた。
通販サイトで買った市販のエッジ基板、極小の小型アクチュエータ、ワンタッチ接続のケーブル類。そして、3Dプリント委託サービスから届いたばかりの、強度のある黒い高分子樹脂パーツだ。
作業は驚くほどスムーズだった。 設計図の通り、樹脂パーツに小型モジュールをスナップフィットで爪ハメし、極小のコネクタを数本差し込む。あとはホームセンターで買ってきた高強度のナイロンベルトを通し、数本の小ねじを六角レンチで締めるだけだ。
ものの三十分で、まるで市販のスポーツ用サポーターに少し無骨なガジェットが着いたような、超軽量の装置が組み上がった。
モバイルバッテリーを繋ぎ、PCからWebブラウザ経由でダウンロードしておいた『Cyber-Maker』の制御プログラムを基板へ流し込む。
「書き込み完了(100%)」のインジケーターが点滅を止め、基板上の微小なLEDが静かに緑色に点灯した。
「よし……できた」
僕は完成したばかりのサポーターを服の下、自分の腰回りに巻きつけ、面ファスナーを固く留めた。
そのまま床に置いた、本がぎっしり詰まった重い段ボール箱の前にかがみ込む。 いつもなら腰に嫌な鈍痛が走る作業だ。息を吸い込み、箱の底に手をかけて力を込めようとした瞬間に、常識では考えられないことが起きた。
目に見える派手な駆動音も、ごついアームの動作もない。 ただ、自分が「力を込めよう」とした一瞬に、腰のサポーターがまるで意志を持っているかのようにキュッと丁度良い感じで締まり、背骨にかかる負荷をすっと逃がしたのだ。
「……っ!?」
重いはずの箱が、まるで中身が半分になったかのようにスッと持ち上がった。腰への負担はゼロに近い。
「軽い……なんだこれ、本当に自分の動きを『予知』して補助してるのか……?」
既存の大手メーカーが何千万円かけても到達できなかった「完全な身体同調」が、いま、僕の腰で完璧に機能していた。
だが、驚きが引いていくと同時に、技術者としての冷たい冷静さが戻ってきた。
「ダメだ……そのまま松っあんに着せるのは危険すぎる」
僕と松っあんは身長も体型も似ている。だが、七十代の彼の筋力、関節の可動域、そして何より長年の作業で刻まれた歩き方や前かがみの「癖」は、三十代の僕とは根本的に違うはずだ。このAIが「僕の身体の電気信号と微運動」に最適化されている以上、そのまま松っあんに使わせれば、予期せぬタイミングでベルトが引き締められ、逆に腰を痛めたり転倒させたりするリスクがある。
まずは松っあん自身の生体データ——筋電位の変化や動作のタイミングを得て、この『Cyber-Maker』の制御パラメータを彼専用に再構成しなければならない。
「会社に言ったら、面倒なことになるな……」
明日は日曜日だ。月曜日に工場へ持ち込んで会社を通せば、面倒な安全手続きだの労災の懸念だので跳ね返されるのが目に見えている。それ以上に嫌なのは、あの指導員だ。 大手メーカーから派遣されてきている横柄な「業務指導員」の目に触れでもしたら、「会社のリソースを使った」「安全規格外の怪しい機械だ」と難癖をつけられ、最悪の場合、この技術そのものを没収されるか、彼の手柄として上に報告されて潰されてしまう。
現場を知らない奴らに、この希望を奪われてたまるか……
僕はすぐに松っあんに電話をかけ、明日の日曜、家に伺ってもいいかと尋ねた。「休みの日になんだい?」と不思議そうにしながらも、松っあんは訪問を快諾してくれた。
◇
翌日の日曜日。僕はノートPCと最小限の測定用モジュールを鞄に詰め込み、郊外にある松っあんの自宅を訪ねた。
古いが手入れの行き届いた一軒家。玄関をくぐると、奥の部屋からかすかに人の声がした。
「悪いね主任、休みにわざわざ。まあ上がってくれ」
「突然すみません。……奥様ですか?」
「ああ。もう三年になるかな。身体を壊して寝たきりでね。デイサービスもない日は、俺が介助してるんだよ」
松っあんは少し寂しそうに笑った。 工場での過酷な立ち仕事に加え、家では妻の介護。起き上がらせたり、車椅子へ移乗させたりする作業が、彼の七十二歳の腰にどれほどの激痛を与えていたか……想像するだけで胸が締め付けられた。彼が「来月で辞める」と言った理由が、ここにもあったのだ。
「松っあん。実は……試してほしいものがあるんです」
僕は鞄から、昨日組み上げたばかりのアタッチメントを取り出した。
「なんだい?そのサポーターは? 部品みたいなのがついてるが……」
「僕が個人で試作した、超軽量の負荷軽減デバイスです。まだ実験段階なので、今日は無理な動作はさせません。まずはアシスト力を最小限の『1%』に絞って、松っあんの動きの癖を学習させてください」
「主任が……俺のために作ったのか?」
「……まあ、半分は趣味の延長です」
照れくささを隠しながら、僕は松っあんの腰にサポーターを巻き、ノートPCとBluetoothで接続した。
「じゃあ、松っあん。奥さんを介助するときみたいに、ゆっくり腰を落として、何かを持ち上げるフリをしてみてください」
「こうかい……? ぬうっ……」
松っあんが顔を歪めながら腰を曲げる。その瞬間、PCの画面上に波形データがリアルタイムで流れた。 筋電位の上昇速度、関節の角度変化、そして痛みを庇う特有の「一瞬の動作の停滞」。僕のデータとはまるで違う、長年の疲弊と痛みを抱えた人間の切実な生体パターンだった。
『Cyber-Maker』のプログラムは、そのわずか数回の動作データを取り込むと、松っあん専用の制御パラメータを再構築し始めた。
画面上のインジケーターが青く光って、完了を知らせる。
「……再構成が、完了したみたいです」
僕の心臓が、ドクンと大きく鳴った。 会社の監視カメラも、何千万円のAIも顧みなかった「現場の人間の痛み」が、いま、目の前の小さな画面の中にデータとして解明されようとしていた。
「パラメータ調整完了……よし。松っあん、もう一度やってみて」
アシストの出力を「最小」から少しずつ引き上げる。
「……っ!? お、主任……これ……!」
駆動音すら聞こえない微細な収縮。サポーターの内蔵ベルトが、松っあんの腰の筋肉が悲鳴を上げるコンマ数秒「前」に、絶妙な角度と力加減で背骨を支えた。
松っあんは半信半疑の顔のまま、動作を繰り返し、徐々に痛みを感じなくなっていくにつれて、満面の笑顔を浮かべた。
「松っあん、今は最適値に設定してあるから、実際の動作を試してみませんか?」
松っあんは奥さんのベッドの脇に立ち、介助の姿勢を取った。少し腰を落とし、体重をかけて持ち上げる。
松っあんの目が大きく見開かれた。いつもなら顔を歪めるはずの動きなのに、表情には一切の苦痛がない。
「痛くない……腰が、全然重くないぞ……! なんだ、このサポーターは……魔法か!?」
「魔法じゃないです。松っあんの身体の動きをAIが覚えて、一番負担がかかる瞬間にだけ、筋肉の代わりにベルトを引っ張ってくれてるんです」
松っあんは何度も腰を屈めたり伸ばしたりしながら、少年のように声を上げて笑った。その姿を見て、胸の奥が熱くなる。大手の高額な機械にはできない、現場の人間を救うのは、こういう技術なんだ。
だが、喜びも束の間、僕は表情を引き締めた。
「松っあん。この装置のことは、絶対会社には内緒にしてください。特に……あの指導員には」
松っあんの顔から笑みが消え、苦虫をかみ潰したような顔で深く頷いた。
指導員——大手メーカーの「購買技術指導室」から派遣されてきているあの男のことだ。 「下請けに大手の高度なノウハウを伝授する」という名目で設置された部署だが、その実態は、余剰人員を押し込むために作られた社内失業者の受け皿に過ぎない。彼らの人事評価は「下請けにどれだけ改善をコミットさせ、従わせたか」で決まる。コミット未達なら大幅減俸。でも大手企業所属としてのプライドだけは高く、自らの評価を下げられることだけは許せない人間。
だから彼らは自らの保身のために、現場の事情など無視して、自分達のコネという紹介で高額な機械や無意味な管理ソフトを下請けに無理矢理買わせ、現場を監視し、数字を絞り出すことだけに躍起になっていた。
彼らが押し付けた偽りの「改善」のせいで、うちは利益を削られ、書類仕事が増え、現場の職人は疲弊した。零細企業にとってマイナス以外の何物でもない「害悪」だったのだ。
「松っあん、会社に出てくる日を減らしましょう。週二日……いや、あの指導員が来ない曜日だけ出勤してください」
「指導員が来ない日……水曜と金曜か」
「はい。その二日間だけ、作業服の下にこのアタッチメントを着けて作業してください。服の上からじゃ絶対バレませんから」
◇
こうして、僕たちの「隠密作戦」が始まった。
翌週から、松っあんは指導員が来ない水曜日と金曜日だけ出勤した。 体調不良を理由に勤務日数を減らしたことになっていたが、現場に入った松っあんの動きは劇的だった。腰の痛みが消えた彼は、まるで四十代の頃のようなキレのある手つきで部材を扱い、数ミクロン単位の精密加工を次々とこなしていく。
作業服の中に仕込まれた、負荷軽減デバイスのアタッチメントは、外部からは全く見えない。
「松さん、急に手際が良くなったな」「腰、調子いいのか?」 仲間たちから声をかけられても、松っあんは「湿布を変えたら調子が良くてね」とトボけて笑っていた。
◇
そして、運命の月曜日。
指導員が工場にやってきて、いつものように威圧的な態度で事務所のドアを蹴るように開けた。
「主任! 先月導入させたAI管理システムのダッシュボード、チェック漏れがあるぞ! 現場の作業員の動線データも提出が遅れている! これじゃあ我が社への納入改善コミットが未達になるだろ! どう責任を取る気だ!」
相変わらずの怒声。だが、その日、デスクの奥から立ち上がったのは僕ではなく、社長だった。
社長は静かに、しかし固い意志を込めた目で指導員を凝視していた。
「……指導員さん。もう、来なくていいですよ」
「……は?」 指導員が拍子抜けしたような声を上げた。
「あんたが持ち込んだあの何千万円のシステムのおかげで、うちの利益は吹き飛び、現場の人間は疲弊した。あんたの『指導』は、うちの工場にとって害悪でしかなかったんだ」
「な、何を言っている! 大手のノウハウを教えてやっているんだぞ! うちとの取引を切られてもいいのか!?」
「切れるものなら切ってみな」 社長は冷ややかな、しかし絶対の確信を込めた声で言い放った。
「図面通りに削るだけなら、どこに発注したって同じだろうよ。だがな、材料のロットごとの微妙な硬さの違いを読み取って、そっちのラインでトラブルが起きないように手元で微調整して納めてる『うちの現場のノウハウ』を、あんたらは何一つ把握しちゃいない。うちを切って他所に変えてみろ。そっちの組み立てラインで不良品の山ができて、立ち往生するのが目に見えてるぞ」
「な……ッ!?」
「これ以上、うちの現場を邪魔するなら、指導員の暴走でラインの品質リスクが上がっていると、そちらの購買本部長に直接掛け合う。……お引き取りください」
社長の気迫と、図星を突かれた事実。顔を真っ赤にした指導員は、捨て台詞を残して逃げるように立ち去った。
事務所に静寂が戻る。社長は僕の方を振り向くと、ホッとしたように小さく息を吐いた。
「すまんかったな、主任。もっと早く追い出すべきだった。……ところで、松岡のやつ、なんであんなに腰が良くなったんだ? 本当に湿布か?」
「……まあ、よくわからないですけど、あのシステムの動作指示を無視したのが良い方向だったとは思います」
僕は知らん顔決め込み、ポケットの中にあるUSBメモリをそっと握りしめた。中には『Cyber-Maker』の設計データが入っている。
指導員を追い払った。松っあんの腰も救えた。ひとまず、うちの工場を守ることができた。
だが、僕の頭の中は、もっと先のことでいっぱいだった。
この世界には、高額で無意味なシステムの恩恵を受けられず、またうちのように逆に身体を壊し、諦めかけている現場の人間が山ほどいるはずだ。
市販のコネクタと、通販で届く3Dプリントパーツ。そして、この謎の匿名コード。 僕が松っあんのために組んだこの「希望」は、うちの工場だけで終わらせていいものじゃないような気がする。
「……さて、どうするか」
僕は 『Project Cyber-Maker / Home-DIY Physical Assist OS』の美しいコードを思い出しながら、静かに独りごちた。
この技術を、どうやって別の「現場」へ届けるか。 謎の制作者『サイバー・メーカー』が開いた扉の先に、僕自身がどう踏み出していくのか。
答えを探すように、僕は事務所の天井を見つめた。
お読みいただきありがとうございました。
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納入先に逆らった零細企業が今後どうなってしまうのか? もしくは、この謎のオープンソースプログラムが引き起こす騒動についてもっと読んでみたい! と思われましたら、評価やブックマークを頂けましたら嬉しいです。
作者の別作品として、地球温暖化を防ぐためにループを繰り返す話なども投稿しておりますので、よろしければご一読ください。




