四.勇者の帰還
白い玉座の横で寝入ったしまったロッキーの耳に遠くの方から誰かの話し声が入ってきた。
(う~んっ、なんだ騒がしいな。せっかく、気持ちよく寝ていたのに、台無しではないか)
重たい瞼をどうにか上げたロッキーの目に見慣れないものが飛び込んできた。
(なんだこれは? マス目のような格子状に組まれた細い枝は?)
小動物用の檻に入っていることに気付いていないロッキーは、寝ぼけた頭で必死に昨日のことを思い出そうとした。
(確か、玉座の横で寝ていたはずだが、どうして人間がいるんだ? あの部屋には誰もいなかったのに……)
くすんだ黄に赤味がかったカーキー色の制服を着たポニーテールの女性を目にしたロッキーは、ようやく自分か置かれている状況を理解した。
(あの灰色の服を着たヤツ、森でよく見かける保護官という人間じゃないか!)
※注3:アライグマの色覚には赤色を感じ取る細胞が少ないため、赤や黄色はぼんやりとした灰色に見えます。
ロッキーは森である話を小耳にしていた。
それは、定期的に彼らは森に現れては傷付いた仲間を連れて帰り、そのままいなくなる仲間もいれば、無事に戻ってくる仲間もいた。
そして、戻ってきた連中はみんな口を揃えてと言う。
「あの保護官という人間はいいヤツだ」と。
この話に深い疑念を抱いたロッキーは、ある仮説を立てた。
(傷ついた仲間は必ず動物保護センターに連れて行かれ、そこで手当てを受けて治ったら、森へ帰ってくる。
ここまではいいとしても、問題は帰ってきた連中は全員洩れなく保護官を通じて人間への警戒心が薄れていたことだ。
これは“人間は決して悪者でありません。むしろ、あなたたちの仲間です。大丈夫ですよ”的な洗脳ではないのか。
そして、洗脳が完了した暁には……)
ゾクッと嫌な寒気に襲われたロッキーは完全に負のスパイラルに陥った。
(だから素直に洗脳を受け入れれば、生きて森へ帰ることができるが、逆に拒否すれば、こっそり消される……)
※注4:ケガや病気のせいで野生に戻せないと判断された個体は別の施設へ移され、終生穏やかに暮らしています。
自分の立てた仮説にロッキーは突然パニックに襲われた。
「ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤバい! ヤッバーーーい!」
ロッキーのわめき散らかす鳴き声に気が付いた保護官のマーサが振り向いた。
「あら、起きたのね。ねえ、酔っ払いさんが目を覚ましたわよ」」
マーサがさっきまで話し込んでいた同僚に声を掛けると、別室から薄緑色の服を着た黒人の大男が現れた。
「本当かい、マーサ」
「本当よ、マーティン。獣医なら、その目で確かめたら?」
そう言われたマーティンは獣医らしく膝に手を着き、腰を曲げて視診を始めると、わずか数分で終わらせて体を戻した。
「確かに、これだけ元気なら酔いは完全に冷めてるな」
「でも、いきなりオフィスに連れてこられて、大慌てね」
横で腕組んで見ていたマーサの指摘にマーティンも肯いた。
「そうだな。これだけ騒いでいると、なんだか滑稽に見えるな」
「フフフッ、さっきまでイビキ掻いて寝ていたとは思えないわね」
「おいおい、さすがにアライグマはイビキを掻かないだろう。しかし、こいつならヨダレくらいは垂らしそうだな」
「ひどーい。でも、十分あり得るわね」
「だろ。ハハハハッ」
「第一発見者のロジャーも“トイレで酔い潰れたアライグマなんて初めて見た”ですって」
「うつ伏せになってピクリともしなかったから、最初は死んでいると思ってたって言ってたな」
「プッ、想像しただけで笑らちゃうわ。アハハハッ」
「おい、マーサ、さすがに笑いすぎだろう。ハハハッ」
「マーティンも笑いすぎよ。アハハッ」
大笑いする二人を前にロッキーは猛抗議した。
「おいっ、お前ら、俺の悪口言ってるだろう! 人の言葉はわからなくても、顔を見ればそれくらいわかるぞ!」
※注4:人間と動物との間で会話は成り立ちません。
ここで事の顛末を簡単に説明しよう。
天井裏から店内に侵入したロッキーは天井のタイルが抜け落ち、床へと落下した。
普通のアライグマなら突然の落下に驚いて逃げ出すが、ロッキーは迷うことなく、スコッチやウイスキーが並ぶ一番下の棚へと直行し、ボトルをなぎ倒して割れたボトルから溢れ出る酒を飲み干した。
酩酊状態になったロッキーはフラフラとした足取りで店内を彷徨い、最終的にトイレで力尽きたのである。
翌朝、「XYZストア」従業員・ロジャーから通報を受けた動物保護局のマーサはただちに現場に駆け付けた。
マーサは酔い潰れたロッキーの身柄を引き取り、施設に搬送したが、その道中、笑いがこみ上げて止まらなかった。
保護局に戻ったマーサはロッキーを数時間ほど眠らせてから診察を行ったところ、ケガなどの異常は一切見られなかった。
ちなみに「強いて問題を挙げるとすれば、二日酔いと人生の選択を誤ったことくらいだ」と、診察した獣医は語った。
ひとしきり笑った二人は仕事に戻った。
「それで、森に帰しても問題ないの?」
マーサの質問にマーティンは笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。朝一で診たけど、なんの問題もないから、いつでも帰していいよ」
壁にかかった時計に目をやったマーサは少し考えてから言った。
「報告書を書いても、ランチの前には森へ戻せそうね」
改めて檻のロッキーに目をやったマーティンは小さくため息を吐いた。
「これに懲りて、二度と店の酒に手を出さなくなるとことを祈るよ」
「逆に、味をしめてまた店に行ったりして」
いたずらっ子ぽく冗談めかすマーサに、マーティンは眉をひそめた。
「人間が呑む酒は度数が高く、動物には有害な化学物質を含んでいる場合もあるから、保護官が軽々しく言うことじぁない」
「冗談よ。でも、実際、森を巡回してると、発酵した果実を食べて出来上がったサルなんかよく見かけるわ」
その後、 ロッキーが無事に野生へ返されたことに、XYZストアは公式ホームページで「アライグマをシラフに戻して家(自然)までの送迎をしてくれた動物保護局に感謝する」と発表した。
なお、最近の研究によると、都会に住むアライグマは人間社会に適応するために急速に家畜化が進行している。そのため、今回のような大胆な行動は近年研究が進んでいる「アライグマの都市化」の典型的な例だと言われている。
※注5:本当の話です。
◆後日譚◆
酒販店に侵入して泥酔したあげく、トイレで行き倒れていたロッキーの話は、動物保護局のマーサがFacebookでこのエピソードを写真付きで公表すると、瞬く間に世界中に拡散し、SNSで大バズリした。
どうも便器の横でうつ伏せで大の字になっている姿が「人生に疲れたサラリーマンみたいだ」と、妙な共感を呼んだらしい。
この流れを商機と捉えた保護局は、すぐさまロッキーをモデルにしたグッズをネット販売を開始した。
Tシャツやコーヒーマグ、ステッカーなどには、マーサが撮影したトイレで酒瓶の横に倒れ込むアライグマの姿がイラストとして描かれ、売り上げのすべてが動物保護施設へ寄付されると注釈が付いた。
特に“トイレで寝るな”と書かれたTシャツは人気で、寄付金はあっという間に施設の修繕費を超えた。
保護局のスタッフたちは「まさか泥酔アライグマが救世主になるとは」と、笑いながらもとても感謝した。
一方、そのロッキーはと言えば、森で普通に暮らしていた。
まさか、自分の寝姿がプリントされたTシャツが全米に出回っていることなどつゆ知らず、XYZストアの前を通るときだけは、なぜか背筋を伸ばして歩くようになった。
それ以外、これといって特に変化もなく、森には今日も平和な風が吹いていた。
《おしまい》




