二.新たなる境地へ
次第にロッキーの視界はぐにゃりと曲がり、 足元が覚束なくなり始めた。
「お、おかしい……。世界が二重に見えるぞ。床も曲がってるし、いったい、どうなってるんだ……?」
一瞬不安を覚えたものの、そこは人もアライグマも同じ。
舞い上がって気が大きくなるのが酔っ払いの常である。
「だけど、なんか楽しいし、何でもできそうな気がしてきたぞ。店の酒はみーんな、俺のモンだ!」
初めての飲酒に舞い上がり完全に出来上がってしまったロッキーは酔った勢いで店内のPOPに語りかけたり、 冷蔵ショーケース内のエネジードリンクに絡んだりとやりたい放題。
挙句の果てにはレジの上で演説を始めた。
「我こそは森の勇者ロッキーなり! 今宵、我は“酒”なるものの正体を突き止めるため、果敢にも単身ここに乗り込んだ。
しかし、我の行く手を阻むように歪んだ世界を見せては惑わせ、フニャフニャな床で不安を煽り、誘惑する絵や暴言を浴びせる缶たちといった数々の幻術が襲い掛かってきた。
だが、我は怯むことなく、それらをすべて打ち破り、ついに“酒”なるものの正体を見極めたのだ!
すなわち“酒”とは胸の奥底に秘めた魂を呼び覚ますトリガーであり、神から賜りし、至高逸品である!」
などと言い放つ始末。
まったく、人もアライグマも酒癖の悪いのは困ったものだ。
昔の人は言いました。「酒は呑んでも呑まれるな」と。
けだし名言である。
演説を終えたロッキーはよいよ酔いのピークを迎えた。
「うーん、どいうことだ? 幻術は打ち破ったはずなのに、世界が回っているぞ……」
もはや、レジの上で後ろ脚だけで立ってたいられなくなると、ロッキーは前脚をついてゆっくり床に降りた。
本来の姿に戻ったロッキーだったが、どうにもフラついて仕方がない。
「うむーっ、どうも幻術が解けてないみたいだな。焦っては余計に深みにはまってしまう。ここは、一休みしてから対策を練ろう」
そうとなれば、休む場所だ。
割れたボトルの破片と酒がいたるところに散乱している棚周辺は論外として、今いるレジ回りはというと狭い。
とにかく狭い。寝返りを打ったら、間違いなく脚をぶつける。
そうこう思案しているうちにロッキーの目の端に白いドアは入った。
「あんな店の奥にドアがあるぞ?」
何やら秘密めいたものを感じたロッキーは右に左によろめきながらも、どうにか白いドアの前に着いた。
「店の奥にあるということは、知られたくない何かがあるのでは……?」
ここで“何事も都合よく解釈する”という酔っ払いあるあるを発動させたロッキーは
「ひょっとしたら、幻術を解くカギが見つかるかもしれない」と、ノブにぶら下がってドアを開けた。
だが、ロッキー目の前にはすべてを飲み込んでしまうような巨大な闇が立塞がっていた。
「うっ、何も見えないではないか。 これでは我らアライグマ族が得意とする夜の活動が出来ぬ……」
※注1:月明かり程度でも、自由自在に動き回れるアライグマは驚異的な夜間視力の持ち主ですが、元になる明かりがなければ、手も足も出ません。
悔しさを滲ませながらロッキーは思案を巡らせた。
「うむむむっ。……。ここまで来て、あきらめるのか、それとも……」
酔っていてもそこは野生動物。
本能的に危険を察知したものの、これでは埒が明かない。
しばし自問自答を繰り返した後、意を決したロッキーがその真っ暗な部屋へ一歩足を踏み入れた途端、天井のセンサーライトはパッと点いた。




