頑張ったご褒美
そんな俺の様子を訝しんで、リオンは言った。
「どうした?」
俺は少し紅潮しているだろう顔を下に向け、何事もなく続けた。
「いや、なんだか嬉しくてな。今まで生きてきて、ようやくひとつ何かを成し遂げた気がして……。」
これは紛れもない本心だ。
あのバケモノに挑んだ時の恐怖や絶望は忘れることは無い。未だに傷が残っているかのように痛みを鮮明に思い出せる。
だが、俺は動くことが出来た。何も言い訳をしないで、小さな2つの生命を救うことが出来た……!
「ああ、いや、あくまで夢の話だけどな……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「確かにお前は夢を通じてあの世界に行くことができるが、あの世界は紛れもない現実だ。お前は実際に生命を救った。本当によくやった!」
リオンが嬉しそうに、誇らしそうに言った。
人にこんなに褒められるのはいつぶりだろう。
でも、今日だけは俺も俺のことを褒めてやることにしよう。
「明日の朝起きた時、きっと世界は大きく変わっているだろう。お前の勇気ある行動を、世界の全ての命が感じ取るのだから。」
リオンが言った。
そうか、半年もこっちにいたから忘れていたが、明日はあの世界に帰るのか。
どんな世界になっているだろうか、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
と、その時。何回目かのあの目眩がして、俺の意識は暗闇に堕ちた。
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あれ、ええと、確か俺は……。
俺は久遠 響。今日はリーハと釣りに行くんだっけ……。
いや違う!今日は会社に行かないといけないんだよ!
寝ぼけた頭をフル回転し、周りを見る。
半年ぶりの我が家。こんな狭いところで暮らしてたんだっけ……。
でも今日からの俺は一味違う。
なにせ俺は人の生命を救い、異世界で半年間サバイバルしたのだから!
少し時間に余裕があったので、コーヒーを飲み、スーツをアイロンがけしてから外出した。こんなこと今の俺には御茶の子さいさいだ。
やはり、と言うべきか。この日は最高の一日だった。
自宅から最寄り駅へ向かう道中、何人もの人に声をかけられた。
「おはようございます!」
「今日も頑張ってくださいね!」
「気をつけて行ってらっしゃい!」
小学生から近所のおばさん、コンビニの店員に至るまで、様々な人から明るく楽しい言葉をかけられた。まるで街の人気者だ。いつか見た少年漫画の主人公である警察官みたいだと楽しい気分になる。
電車内でもそうだ。
今日はいつもより電車が混んでおり、少し憂鬱な気分だった。座ることはもちろん、立っているのも少ししんどかった。そんな時、座席の一番端に座っていた女子高生が言った。
「あの!良ければ座ってください!お仕事もあるでしょうし……」
女子高生から席を譲られるなんて初めての経験だった。周りの人々もそれを暖かな目で見ていた。普通なら、ただのサラリーマンが自分より若い女子高生に席を譲られる言われはないだろう。やはり、あの夢での俺の頑張りを、この人達は心のどこがで理解しているのだろうかと思った。
だが、そうは言っても座るのは少し憚られた。
「ありがとう。でも俺は大丈夫!君が座りなよ。それか、あのご老人に譲る方がいいよ。」
俺は高校生にそう伝えた。
すると、周りの人間は感動の拍手をした。
「素晴らしい若者だ!」
「君も大変だろうに、他人を敬えるとは……!」
…………なんだかやりすぎな気もする。
ここまで行くとなんだか小っ恥ずかしい。昔見た嘘つき女のツイートみたいだ……。
だがこれもまあ、悪い気分では無かった。
女子高生は言った。
「わ、分かりました!すごいですね。あんなことがあったのに………。」
女子高生の隣に座っていた友人が、彼女に言った。
「あんなことって?」
彼女は不思議そうな顔になり、独り言のように呟く。
「あれ?あんなことってなんだろ?」
俺も違和感を覚えた。
彼らはみんな俺が何をしたかなど具体的には知らないはずだ。ただ、俺の行動や言動を潜在意識下で感じることで俺への態度が良くなっているのだろう。だが、彼女は他の人よりも一歩進んだ何かを知っているように思えた。実際、この女子高生は俺が初めてあの世界に行った翌日、初めて声をかけてくれた人間でもある。
人によって潜在意識の知覚能力のようなものには差があるのだろうか。
会社に着くと、高岸が一番に声をかけてきた。
「おはよ!なんだか顔つきが変わったんじゃない?漢って感じになってきたね!」
俺は半年前……いや、この世界では昨日の話だが、仕事上で大きな成功をした。恐らくその事について言っているんだろうが、先週までは想像もつかないデレっぷりだ。
その後高橋と石橋もやってきて3人で少し話をした。石橋も以前のような俺を見下す態度は辞め、
「久遠くんへのお祝いで夜に飲み会も開かなくちゃね!」
なんて言っている。
高橋は……まああまり変わりはないな。
その日も仕事は円滑に進み、あっという間に終業時刻になった。
そこに梶田社長がやってきた。
「みんな聞いてくれ、今週末、飲み会を開こうと思う。この前やったばかりだが、久遠くんが大きな成果を出したからね。そのお祝いだ!みんなどうかな?」
以前までなら、俺が中心の飲み会など開催されることはなく、参加者も少なかっただろう。だが、この社長の申し出にほとんどの社員は賛成し、俺を優しい目で見ていた。
社員のみんなは俺の仕事上での成功を祝ってくれているのだろうが、俺にとってはまるであの世界で人の生命を救ったことを褒められているようで、本当に自分を誇らしく思えた。
今週末が楽しみだ。
俺は帰宅した後、缶ビール片手に飯を食い、すぐ寝ることにした。恐らく今日もあの世界に行くだろう。なるべく早く眠た方が都合が良いだろう。
まあ、早くリオンに会いたいからというのが一番の理由なのだが。
少し興奮気味で中々寝付けなかったが、アルコールを少し入れていたこともあり、そのうち俺の瞼は重くなり、俺は夢の世界へと旅立つことが出来た。
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眠りに就いた瞬間に、俺の意識は目覚めた。
そして、この日も、俺は目覚めた瞬間俺が誰なのか認識することができた。
そして、直ぐにリオンを探す。
リオンは前と同じように椅子に座り、ティーカップを持っていた。
「おはよう、響。」
彼女は優しく囁いた。
「お、おはよう。今日も非常に良い一日だった。俺の素晴らしさを、少しずつあの世界の人間も理解してきただろう。」
俺はやはりあの堅苦しい口調で話す。
リオンからの返答を待っていると、突然知らない声が聞こえた。
「はあ?まじ調子乗りすぎ。まだ試練を一つ終えただけっしょ?やっぱこんなやつがあの世界を救うとか無理っしょ。」
失礼な声の主を見ると、黒髪の男が立っていた。
髪はスパイキーショートで、両耳にピアスをしている。よく見ると舌にもピアスをしており、全身にキラキラした装飾品を身につけていないと気が済まない。といったやつだった。
正直嫌いなタイプだ。
「やめろ、ラルト。」
リオンがそう言うと、ヤツは大人しくなった。
「すまないな、響。彼はラルト、次の試練はこいつとペアになって行ってもらう。」
嘘だろ。前の試練は半年間だった。半年間、もしかするとそれ以上の期間をこのいけ好かない男と一緒に過ごさなければならないのかもしれない。
どうせ過ごすならリオンが良かった。
まあ仕方ない。リオンが言うことには逆らえない。
今の俺ならどんな試練も乗り越えられるだろうしな。
ラルトに近づき手を差し伸べる。
「よろしく、俺は響。」
俺はちょっと嫌味を言われたからといって態度には出さない。これでも社会人なのだから。そして、これから世界を救う男なのだから。
ラルトは俺の手を少しも見ることなく俺の顔を見つめ、一言こう言った。
「お前、自分が特別な人間だと思ってる?マジで調子乗るのもいい加減にしろよ。どうせ「俺ならどんな試練も乗り越えられる」とか思ってるっしょ?断言する。その考えじゃ絶対に失敗して泣くことになる。」
変わらず悪意たっぷりの嫌味を言い続けるラルトに俺は少しムッとする。だが、彼が最後の方に言った「その考えじゃ絶対に失敗して泣くことになる。」という言葉には悪意などなく、純粋な警告であると感じた。だが、俺にはもう生命を救える力があるし、それを認めてくれる人も現れ始めたのだ。俺が泣きを見ることなど絶対にない。せいぜい吠え面をかかせてやるよ。ラルト。




