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誇り

俺は何も考えず走った。本当は抜き足差し足忍び足で近づくつもりだったが、もういい。全力で走って一刻も早くあの子たちを逃がす!


熊が俺に気づくのは意外と遅かった。


俺がやつに飛びかかる寸前に気が付き、こちらを振り返った。だが俺は怯まず、石を相手の喉元に突き刺した。一瞬怯ませるだけでいい。そうしたらあの子たちは逃げられる。もしかしたら俺が逃げる隙も生まれるかもしれない。


俺の考えは甘かった。喉元に刺さった石は恐らくやつの毛皮を突き刺す程度にしか刺さっていたなかったのだろう。やつは狙いを俺に変えたようだ。


してやった。


俺は叫んだ。


「あんたらは逃げろ!俺は大丈夫だから!」


命の危険だというのに、俺はどこか冷静で、自分の発言をまるで本物のヒーローみたいだなと思った。


しかし、彼女らは動かなかった。あまりの恐怖に動けなかったのだろう。

俺は自分の命を捨てても彼女らを救えればそれで良いと考えていたが、どうやら俺の命1つにそんな価値はなかったらしい。

命を捨てるだけじゃなく、ギリギリまで足掻く必要があるみたいだ!


俺は近くにある石や砂を掴み、バケモノに向かって投げつけた。「環境利用闘法」ってやつだ。

幸運にもこれが意外と効いた。小さな石つぶてがヤツの目に当たったらしく、怯んでいた。

そしてさらに幸運なことに、俺がヤツの首元にぶち込んだ石槍は、ヤツが暴れるうちに抜け、地面に落ちていた。

もう一度石槍を拾い、やつに飛びかかる。今度は腹を狙った。先程よりも体重をかけることが出来たため、深くやつのみぞおちに突き刺さった。


ぐおおおっ!という呻き声がヤツから漏れた。ざまあみろ!

俺は再び彼女らを逃がすために声を上げた。


「はやく!にげて!」


彼女らはまだ怯えていたが、俺のでかい声に少し驚き、年上の女の子が声を上げた。


「は、はいっ!」


よし、それでいい。あとはこいつを少しでも長く足止めすれば……とあのバケモノの方を振り返った。


瞬間、俺は立っていられなくなった。


右足が削られた。ヤツの長い爪を一振りするだけで、それのか細い足は削れた。今まで見た事のなかった自分の筋肉とご対面し、俺は再びしくじったことを理解した。

足が足としての機能を維持できていない。だから俺はもう立てない。


だが、まだ出来ることはある。

俺は仰向けになり、大の字になった。


「さあ!煮るなり焼くなり齧るなり好きにしろ!」


そう叫ぶと、ヤツはゆっくり近づいてきた。


そして口を大きく開け、俺に近づけてきた。


今だ!


俺は持っていた石槍を、ヤツの下顎から上に向かって突き刺した。正直、熊の身体の柔らかい部分なんて分からなかったため、やぶれかぶれで1番「痛そう」なところに刺してやった。


だが致命傷ではないだろう。俺はおそらくこのまま食い破られる。また生き返ることが出来るのだろうか?それともゲームのように残機があって、それがまたひとつ減るのだろうか?


だが、とりあえずしてやったりという達成感と右足に走る激痛により、俺は人生で2回目の気絶をした。


―――――――――――――――――――――


あれ、俺は誰だ?何をしていたっけ?


思い出せないけど、何故か前よりも自分を好きになれる、自分を誇れる出来事があったような……


そうだ、俺は久遠 響。

確か2回目の死を味わって……

と思ったが、どうやら違うらしい。


右足には包帯が巻かれているが、痛みはない。それに、少し違和感があったが立ち上がることが出来た。時間が経てば身体もナメクジのように再生するのかもしれない。


そして、今俺のいる場所、テントのような空間に寝ていたらしく、枕元には容器に注がれた水と、クッキーのようなものがあった。齧るとほのかに甘く美味しい。ほぼ半年ぶりの甘味に涙が出そうになる。


だが一体ここはどこなのだろう?誰かが運んでくれたのか?そう思い、俺はテントの外に出る。


外には川が流れていた。俺の拠点のそばにある川に似ていたが、それよりも大きく、水は澄んでいるように思えた。

川には何人か人がいた。やはりこの世界にも人はいたらしい。その内の1人がこちらに気が付き近寄ってきた。


「あの、もう大丈夫ですか?」


思い出した。この子はあの時熊に襲われていた女の子だ。水浴びをしているからかかなり薄着の彼女を見て、しばらく女性と遊んでいない俺は少しドギマギしながら答えた。

「うん、もう大丈夫みたい。君も無事みたいで良かった。」


「良かった……。あの時、貴方が助けに来てくれて、そのお陰でツメトギグマもどこかへ行ったのですが、貴方は倒れたまま中々目を覚まさなかったから…………」


へぇ、あのバケモノはツメトギグマっていうのか。


「じゃあ、君が俺のことをここまで運んでくれたの?」

俺が聞くと、彼女は笑って答えた。


「はい!私と弟と、それからお父さんで運びました!あっ、弟っていうのはあの時一緒にいた子で……」


なるほど、とすれば弟、つまりあの時いた小さな男の子も無事だったのか。良かった。


彼女の名前はリーハといった。年齢は20歳。

彼女たちはリバー族という一族らしく、川の付近で生活しているらしい。

彼女は助けて貰った恩返しがしたいと言い、俺はリバー族みんなとしばらく一緒に過ごすことになった。

俺としても、あと1ヶ月間を安全に過ごしたかったため、願ってもいない話だった。


彼女と過ごすうちに、俺は彼女と少しづつ仲良くなっていった。

一緒に魚を釣ったり、花を摘んだり。

しばらく会社と家を往復する人生を歩んでいた俺にとって、心が洗われる一時だった。


そんなこんなで、俺がこの世界に来てから半年が経った。

といっても、俺は半年が経ったことに気付かず、いつも通りリーハと遊んでいた。

すると、あの聞き覚えのある声が聞こえた。


「響、久しぶりだな。」


振り返ると、リオンが立っていた。

リオンはどこか安心したような顔で優しく微笑んでいた。


「ちょっと響!誰ですかこのキレーな女の人は!」

リーハはやかましく騒いでいた。


俺は彼女がここを訪れたことで、戻らなければならないことを悟り、彼女に伝えた。


「あの女の人は……まあ俺の上司みたいなもんだ。実は、俺はあの人の元に戻らないといけないんだ。やることがあるから。」


リーハは少し悲しそうに答えた。

「それは、絶対あなたがやらないといけないことですか?」


「うん、俺がやらないといけないことだよ。」

俺はできるだけ優しく、だけどはっきりと答えた。


「……わかりました。けど、絶対会いに行きます!私は!あなたの元に必ず行きます!」

突然顔を俺に近づけ、彼女はそう宣言した。

ここまで人から好意を向けられたのは久しぶりで、少しむず痒くもあったがとても嬉しかった。


「分かった、必ずまた会おう!」


そう告げ、俺はリオンに着いて行った。

挨拶なんてしたら、最後のお別れみたいだとリーハが言ったため、リバー族の皆には彼女から上手く伝えてもらうことにした。


リオンの後ろを歩いていると、またもや視界がぼやけるあの感覚に襲われ、気づくとあの摩訶不思議な部屋にいた。


「なんだか偉く懐かしい感じがするな。まあ半年ぶりだからそれもそうか。」

俺が独り言のように呟くと、リオンは言った。

「ああ、本当によく頑張ったな。すごいよ、お前は。おめでとう!」


振り返ってリオンの顔を見ると、あの仏頂面が信じられないほど笑顔になっていた。

ギャップ……というやつだろうか。俺はその笑顔を見た瞬間、身体が熱くなるのを感じた。

こんな気持ちは小学生の時以来だ。20歳を越えてこんな気持ちになるなんて思わなかった。

俺のことを半年間も放置した悪女なのに、いきなり俺をこんなところに召喚した謎の女なのに、俺は彼女の笑顔を何よりも尊く思った。


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