乙女ゲームを始めてください
これも異世界転生テンプレです
新緑と爽やかな風がふく桜の花吹雪舞う学園の門の前、揃いの桜色…ピンクブロンドの少女が制服のケープを翻し立ち止まる。
ここはシルヴァ王国唯一の魔術学園、ライプニア学園。
この国で魔力があるのは大抵貴族階級の為、多くの貴族子弟が通う名門である。今日はその入学式、新入生達を祝うが如く桜が咲き乱れている。
ピンクブロンドの少女の名前はメイリー・クルガン。
新緑を写し取った垂れ目がちな大きな瞳と小ぶりな鼻、弾力のある潤んだ唇が庇護欲を掻き立てる容姿をしている。
クルガン伯爵家の出奔した嫡男が平民女性との間に成した娘で、両親の事故により天涯孤独になる所を伯爵に引き取られ、魔法の才がある事からこの学園に入学する為にやってきた。
『この世界にも桜はあるのね。某法師みたいに死ぬときは満開の桜を見ながらって思ったけど、結局病院のベッドだったわねぇ。』
桜を見上げながら前置きの流れに合わない事を思う彼女は、いわゆる異世界転生者。
少し違うのはテンプレの10代、またはアラフォー社畜からの転生ではなく、94歳の大往生後に転生した精神年齢前世合わせて110歳の老女、いや失礼、人生大先輩である。
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入学式に向かう生徒達の中、ピンクの長い髪を靡かせ歩いていると後ろからの不意な衝撃を受けて倒れそうになる所を誰かが支えてくれた。
『倒れて骨折したらどうするのよ。転倒骨折から寝たきりになることもあるのよ。若者は落ち着きがなくていかんね。』
彼女が振り返ると、そこには長身でダークグレーの艶のある短髪、深いサファイアの瞳を持つ白皙の美少年が心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫?ごめんね。急いでいたので。」
メイリーはぶつかってきた少年から距離を取ろうとしたが、何かが引っかかる。
「きゃっ。」と声を上げて見ると、ピンクの細い髪が少年のカフスボタンに巻き付いて離れない。
『髪を切るか、ボタンを切るか。髪は女の命だから大事にするべきよね。携帯裁縫キットが確かあったはず。』
メイリーは笑顔で鞄から糸切り鋏を取り出し、躊躇なくボタンの糸を切る。ある意味男前。
「何?どうして僕のボタンが?」
メイリーの判断の早さに一拍遅れた、その少年は自分のカフスボタンが取られたことに驚き問いただしてきた。
「ボタンはつけ直せばいいのよ。その位で慌てるなんて落ち着きのない子だね。」
前世でも息子や旦那のボタン付けはよくやっていた事からその少年の手を掴みながら、サッとボタンを付け直し、その場から去っていった。
言ってる事もやってる事もお母さんだが、今は10代の小柄な庇護欲を誘う容姿の女の子。
女の子にいきなり手をつかまれ、近距離で迫られた少年は顔を真っ赤にしながらその場に立ち尽くした。
典型的な出会いシーン、プロローグである。
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メイリーが前世の記憶を思い出したのは7歳の頃、冬のある日。風邪による高熱で生死の境を彷徨う中、人生の走馬燈が短すぎたのか、生まれる前の前世まで思い出したのだ。
幸いにして後遺症も無く回復したが、見た目は子供、中身は大人……いや、3人の子供、6人の孫、ひ孫2人に恵まれ卒寿をもめでたく越えた老女、の少女が誕生した。
94歳の記憶のせいで、両親は孫世代、引き取ってくれた祖父でさえ息子世代、そんな彼女からすると学園の生徒達は曾孫か孫にしか見えない。
折角、異世界の可愛い女の子に生まれ変わったのだから、まっさらな普通の子になりたかった、という悩みも長い人生経験のお陰か元々の性格なのか、悩み続ける事ができず、受け入れていた。
そして若い体力、記憶力を遠慮なく使い、存分に学び、かなり優秀な生徒として入学試験を突破した。
ライプニア学園は名門ゆえ超難関なのだ。
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「新入生の皆様、入学おめでとう。在校生一同皆さんを歓迎します。」
入学式が始まり、在校生代表の挨拶に現れたのは、先程の美少年。王国の第二王子、エルランド・シルヴァ。この学園の生徒会長である。
『あの時の落ち着きのない子が生徒会長なのね。真面目で優秀そうな子だね。前世の孫を思い出すねぇ。あの子も体育祭で応援団長やったり、学祭で挨拶したり……ばあばに自慢げに報告してくれたもんだ。あんなに色男じゃなかったけどね。』
メイリーは前世を思い出しながら壇上のエルランドをみつめていると、一瞬目があったような気がした。
その時エルランドの顔が少し紅潮したのは、壇上での挨拶にアガった訳ではない。向こうはちゃんとフラグ立ったよ、気づいてメイリー。
式の後のクラス分けと各クラスでのガイダンスが恙無く終わった所で、1年生から選出される生徒会メンバーが発表された。入学試験上位3名が選ばれる事が規則である為、当然首席のメイリーも任命された。
そしてピンクブロンドの元平民の少女が、魔法学園の生徒会で仲間達と恋と友情のイベントをクリアしてハッピーエンドを掴む土台が出来た……のかな?
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ライプニア学園は、優秀な魔術士を輩出する魔法学科で有名だが、魔法騎士になる為の騎士科も設立されており、未来の騎士を目指す生徒達もいる。
ここは騎士科の野外鍛錬場、早朝から1人の生徒が汗を流していた。
魔術騎士団団長の次男、アラン・マクドナルド、赤い髪が目を引く体躯の良い、切れ長の目を持つ体育会系美少年である。
『前世の様に連続睡眠が出来なくて早朝目覚めたわけじゃないけど、人が起き出すちょっと前に散歩するのは気持ちがいいねぇ。この学校は校庭というよりは庭園だわね。』
メイリーはまたしてもピンクブロンドの髪を靡かせ、睡眠の質に思いを馳せながら、庭園を散歩していた。
丁度、走り込みの為に鍛錬場から出てきたアランは、朝露の中、花を愛でている可憐な少女に気づき物珍しさから声をかけてみることにした。
「なぁ、こんな朝早くから何しているんだ?見たことない顔だな。」
突然声をかけられたメイリーは、また前世の孫達を思い出した。
『朝練と言うものかね。運動が好きだったあの子は運動会前にかけっこの練習してたねぇ。ばあばにメダルを見せてくれたっけ。この子も地道に練習してて偉いね。』
心の声は出さずに返事をする事にした。
「私は朝が気持ちよくて何となく散策しているだけです。朝早くから鍛錬されて偉いですね。素晴らしいと思います。」
『頑張る子はちゃんと褒めないとね。』
ばあば心でニコニコと、アランを褒めながら、腕に打ち身の跡をつけている事に気がついた。
「怪我はすぐに直した方がいですよ。」と、腕を取り治癒魔法をかけた。
メイリーは簡単な治癒魔法が使えるのだ。
「きゅ、急に触るなよ」
少女に腕を取られたことにアランは顔を赤くしながら振り払い、その場から立ち去った。
『褒めると照れてぶっきらぼうになる所も似てるねぇ。可愛いもんだ。』
メイリーは若年者への温かい目で少年の後ろ姿を見送った後、庭園の散策に戻った。彼女自身が若年である事を完全に忘れている。
ほらっ、次のフラグが立ったよ。フラグ自体を知らないので立った事に気付かないメイリーだった。
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学園でのメイリーは、庇護欲を誘う可憐な容姿と成績優秀者の集まる生徒会に属しているにも関わらず、華やかな印象ではなく、ピンクの髪の子いたよね、位のものだった。
ここは注目を集めて欲しいところだが、たまに出る年長者の特有言動が、キラキラ成分を薄めているようだ。
キラキラピンクというより萩色といった落ち着きがある。
立ち上がる時に必ず、ヨッと言わないで欲しい……。
だが、不思議と生徒会では、エルランドとアランが何かとメイリーを構う場面が多く、常に側にいる。
そして生徒会副会長のライアス・ガーランド、公爵家嫡男、濃紺の長髪を後ろでまとめたモノクル眼鏡の怜悧な美貌を持つ少年も自然とメイリーの側にいる。
「貴方との会話は何となく落ち着くんですよ。」
早くに母を亡くし祖母に育てられた真正おばあちゃん子、特にフラグ立てなくても大丈夫。
目立つメンバーに囲まれる事により、1人の少女が第二王子と高位貴族の令息を侍らしているという噂が徐々に広まった。
おぉ、段々らしくなってきたかな?
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そんな状況の中、登場するのはエルランドの婚約者、ガーネット・ランカスター公爵令嬢。
豊かな金髪にその名の通り少しつり目がちの深紅のガーネットの瞳、陶磁器の様な染みひとつない肌の美しい少女である。
最近、学園でエルランドが1人の、しかも身分の低い少女を側に置いていると言う噂を聞いたが、本人に問いただす事が出来ず、メイリーに直接確認する事にした。
やっと役者が揃ったかな。
「貴方が今年生徒会に入られた方かしら。エルランド様と懇意にされているそうですが、婚約者のいる方と必要以上に近づくのは淑女としていかがなものでしょうか。」
『なんて綺麗な子だろう。昔憧れていたビスクドールそのものだわ。』
メイリーは自分のストライクゾーンに入った少女をうっとり眺めながら、それを悟られない様に答えた。
「婚約者の方がいるとは知りませんでしたが、過度な接触はしていません。ところで、貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
貴族として王家の婚約者にして公爵家の令嬢を知らないのは大問題だ。ただ、メイリーは学術や魔術は熱心に勉強したが貴族や社交界に興味がなく、全く勉強していなかった為、かなり不敬となる返事をした。
王子の事も後で知った位だし、知ったところで特別思うことろは無かった。
だが、自身より下位の者からの失礼な物言いに、ガーネットは怒りを隠すことができなかった。割とすぐキレがちなお嬢様である。
「わ、わたくしは、ガーネット・ランカスター。エルランド様の婚約者ですわ。貴方、成績優秀らしいですけど、貴族としてのマナーに問題あるわよ。エルランド様もどうしてこんな子を側に置くのかしら。」
『なるほど、婚約者に構って欲しかったのかしら。お兄ちゃんだけ特別扱いしてるって怒って部屋に閉じこもった孫と同じ表情をしているよ。次男は息子ばっかり構いすぎて、下の娘と拗れたことがあったねぇ。あの時は、そうそう、一緒にお菓子作りをすることで気分を変えたっけ。』
「ガーネット様、お会いしたばかりですが、失礼を承知で、私と友達になりませんか。そして一緒にお菓子作りをしましょう。」
「はぁ?」
唐突な返事と提案に戸惑っている内に、メイリーはガーネットを学園の家庭科室へ連れて行き、お菓子を作ることにした。
ちょっと、ちょっと、流れが強引すぎる、そんなこと上手くいくの?殆どノリだけだよね。
家庭科室にいく途中、食堂でさつま芋と砂糖を調達し、大学芋を作る事にした。
え、この世界だと、オーブンで焼き菓子、ホイップとかチョコチップとかでないの?
いや、メイリーの前世でのお菓子とは、豆を甘く煮る、芋を揚げる、だったので、大学芋はデフォルトだったりする。
「どう?美味しいでしょう。」
貴族令嬢であるガーネットは、お菓子を作るということ自体が初めてな上、自分の概念にないものを人と一緒に作ったことにより、毒気を抜かれ大学芋を味わっていた。
「美味しい。」
一緒に協力して何かを作る体験は、心を近づけるのか、ガーネットとメイリーは不思議と距離なく会話するようになっていた。
「エルランド様は最近会っても、あまり楽しそうでないの。わたくしに落ち度があれば直したいのですが、原因も分からず、貴方に八つ当たりしてしまったわ。」
『やっぱり構って欲しかったんだねぇ。ここは私が間を取り持ってあげよう。』
「では、この手作りお菓子を差し入れするのはどうでしょうか。結構沢山作ったので、生徒会メンバー全員で食べても余裕ですよ。そうと決まれば……」
いや、決めたのメイリーだけど。手作りお菓子を可愛くラッピング…… しないよね。もう諦めたよ。
メイリーは油紙で大量の大学芋を包み、食べるための串をまとめた。そして2人は生徒会室へ向かった。
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エルランド、アラン、ライアス、他役員達がいる生徒会室に大学芋を持ち寄るメイリーとガーネット。
「おー、また例の芋のお菓子だね。しかもガーネットが作ってくれたのか。」
あ、この子達、既に芋慣れしている。
第二王子の婚約者が手作りをしてくれた事に驚きつつも、和気藹々と大学芋を突つくメンバー達。
食べ物の力は強し、その場の雰囲気でエルランドとガーネットが微笑みながら会話をしている。
『やっぱり、子供達にはお菓子が一番。若いうちは沢山食べて大きくならないと。』
えーっと、おばあちゃんと孫達の姿が透けて見えるんですけど………
恋と友情のイベントをクリアする乙女ゲーム、始めて下さい。ヒロイン様。
end




