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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私には可愛げがないのでしょう?

作者: hermit

「女が俺に口答えをするな」


 鼓膜が張り裂けそうになる怒鳴り声と、平手で打たれジンと痛む頬。

 急に不機嫌になる夫に、このような仕打ちをされることは今に始まったことではない。口の端から垂れる血を白いハンカチで拭って、無感情に夫の目を見る。


「差し出がましい真似、失礼しました」


「チッ、可愛げのないやつ。無機物のような女が」


 忌々し気に吐き捨てる夫に一礼だけして、その場を後にする。


 こうなってしまっては、何を言っても無駄だから――



******



 私の名前はミランダ。夫のウィル様とは政略結婚だった。


 ウィル様のセルミス家は子爵家だけど貧しく、少なくない負債も抱えていた。対する私の実家は町一番の商家。


 私の実家がセルミス家の債権を買い取り、一部結納金として肩代わりする代わりに実家は『士爵』の地位と貴族御用達の肩書を得る。

 違法ギリギリのグレーな取引の元、私たちの政略結婚は組まれた。


「ミランダ! また独り言を言っているのか! ブツブツとうるさいんだよ!」


 後方から投げかけられた言葉に、ビクリと肩を上げる。振り返れば、ウィル様が怒り顔で腕を組んでいた。


「……すみません。今出ます」

「ったく。魔法を使えないくせに、書斎になんか出入りしやがって」


 去り際に届いたウェル様の嫌みに、唇を噛む。

 書斎を出て廊下を歩く私であったが、ふと肩のあたりに暖かさを感じて立ち止まる。


「(怒られた?)」


 見れば、小さな精霊が心配げな顔をして私を見上げていた。


「……大丈夫よ。今日もお喋りしてくれてありがとう」


 私を産んだ母は、魔法使いだった。


 美しい魔法を使う人だった。母のような魔法使いに私もなれると信じてた。


『精霊? ミランダ、そんな魔法はないわよ』

『でもお母さま、見えるの!』


 魔法が使えたと主張する私に対し、いつも困惑した表情をする母の顔をよく覚えている。

 私が見えているものは人には見えず。私は魔法が使えないのだと。

 ……そう気づいたのは、母が亡くなったあとだ。いま思えば、魔法の才がない私に対しての、母の最大の優しさだったのだと思う。


 母が亡くなって数日と経たずして、父の再婚相手が継母としてやってきた。


 継母は、私に根気強く構って仲良くしようとしてくれるほど優しい人ではなかった。


 父は再婚したばかりの継母だけを構い、母の面影を強く残しているらしい私のことを邪魔者だと嫌がった。


 家での居場所を失った私の心の拠り所は精霊だけだった。


『気味が悪い。虚空に一人で話しかけて。……ミレーユが残したその魔法書のせいか? 貸せ、今すぐ捨ててやる』

『待って!』


 精霊たちとお話しする私のことを気味悪がった父は、母が残してくれた初級の魔法書を火に焚べて燃やした。

 私の魔法に対する憧れごと踏みにじられてる気分だった。


 ……どうやら精霊は、私にしか見えないらしい。


 それから私は、人目につかないところでしか精霊たちとお話ししなくなった。


何年も何年も、自分を抑えて偽って。家の手伝いも頑張っていたつもりだったけど、ウィル様の元へ嫁がされた。


普通の家に生まれたのならば。きっとウィル様のような男性の元に嫁を出す家はなかったかもしれない。けれど、父は末席でも貴族位を欲した。


 結局父にとって私は、継母や生まれた子供との幸せな家庭に不必要な『邪魔者』でしかなかったのだろう。


「……いつかきっと。そんな夢を描いていた私のほうが愚かだったのかもしれないわね」



******



「お前は貴族の妻になったんだ。実家の『士爵』位を剝奪されたくなかったら、淑女として俺に従い、俺を引き立て、俺の機嫌を取って生きろ」


 ウィル様の妻になった初日、彼が私に最初に言った言葉はそれだった。


 もしかしたら、ウィル様は噂のような悪い人ではなくて――愛のない結婚だったから、浮気くらいなら気にならないし――居場所のない実家暮らしよりマシな生活が待ってるかもしれない。


 芽生えかけていた微かな希望は、一瞬で摘み取られた。


 噂に聞く粗暴性は、妻である私にも向けられる。


 痛みや悲しみよりも、やっぱり、という諦念が勝っていた。


(私の実家はセルミス家のパトロンなのだから、こんなあからさまな真似は愚かと言わざるを得ないけど……)」


 それは、本来の話。ウィル様の噂を知った上で私を送り込んだ両親は、私がどんな目に遭わされていると聞いてもきっと助けてくれないだろう。

 論を理路整然と並べて論破することは容易いだろうけど、実行力が伴っていない以上それはただのはったりでしかない。


「とりあえず私は、貴族の妻として家人たちに挨拶回りをして参ります」


 了承も承諾もせず、頭だけ下げてからウィル様の元を去った。


「チッ。可愛げのない女だ」


 ウィル様は吐き捨てる。


 愛想笑いくらい浮かべても良いと思うけど、笑い方すら忘れてしまった私では嘘の笑顔を浮かべることも出来ないのだ。


「まあ、良いさ。一時的でも、纏まった金が入ったなら俺の思い通り。……俺には、一攫千金して我が家を更に飛躍させる秘策があるんだ」



 ウィル様の秘策と言うのは、大精霊を捕らえておびき寄せた小精霊たちを燃やし、精霊石と言うエネルギー資源を生産するというものだった。


 ――と言うことを知ったのは、結婚してから半年以上経った頃のことだ。


 立ち入るなと言われていた地下の階段を下ると、沢山の精霊たちが鍵の掛けられた部屋に流れるように入って行く。

 その異様な光景に、どういうことかとウィル様に問い詰めたら、精霊の祠にあったご神体を餌にしておびき寄せられた精霊たちを石に変えていると白状した。


「俺に盾突くな! 精霊なんてただの魔力の塊だろ? 資源となる『精霊石』を作り出してるだけだ! そんなので一々突っかかってきやがって」


 感情的になったウィル様が私に掴みかかってくる。


「精霊は魔力の塊じゃありません。……意思があります」

「ハハッ、ただの魔力に意思があるだって? 妄言も大概にしろ!」


 ウィル様の怒鳴り声にも屈することなく気丈に睨み返すと、ウィル様は手を離した。


「まあ良いさ。それよりも、聞いてくれ。ようやく一つ目の精霊石が完成したのだ! ファビリス侯爵が買ってくれるらしい。このたった一度の取引で、我が家の一年分の収入になる。量産すればこれまでの比じゃない収入になる。俺の代で、セルミス家は更に大きくなるのさ! これは素晴らしいことだと思わないかい? ミランダ」


「……大精霊様を解放してください。今すぐ、精霊たちを集めて無理やり石にするだなんて非道な真似を止めてください!」


「しつこいぞ。ミランダ」

「このままだと、いずれ精霊たちは怒りこの家は破滅します」


 パァン。ウィル様は私の頬を平手で打った。


「言うに事欠いて、我がセルミス家が破滅するだと? この調子が良い時に、そんなはずないだろう! ……取り消せ」


「取り消しません。大精霊様を、ご神体を解放してください!」


必死に訴える私を見て、ウィル様は少し考える様子を見せる。そして、ニヤリと口角をあげた。


「なるほど、そんなに俺に構ってほしいか」

「……え?」

「精霊に意思があるなどと嘘を吐いて、俺の気を引こうとしているんだろう? そんなに急かすな。久々に……今夜抱いてやろうか?」


“俺って優しい男だろ?”と言わんばかりの顔で、的外れなことを宣うウィル様に眩暈がする。何を言っても暖簾に腕押し。まるで言葉が通じていない。


「……結構です。失礼します」

「チッ。可愛げのないやつめ」


 これ以上は、何を言っても無駄だ。ウィル様を説得するのは不可能だ。


 ……大精霊様は、私が強引にでも解放するしかない。



******



 精霊石を作り出している禁じられた部屋。

 固く閉ざされたその扉を開けるためには、ウィル様の持つ鍵を使う必要があった。


 そしてこの《《使う》》というのが、私にとって非常に曲者だった。


「この鍵は、ある程度訓練された魔法使いでないと使えないようになっている。良からぬ考えを持つ者が現れないようにな。まあ尤も、お前に限っては初級の魔法すら扱えないみたいだが」


「……ッ」


 魔法が使えない。私が最も指摘されたくないコンプレックスだ。それを指摘して勝ち誇った顔をするウィル様に腹も立つけど、私のプライドが傷つけられるくらいどうってことはない。


「ウィル様、この扉を開けてください」

「くくっ、それは出来ない相談だ。ミランダ、お前は可愛げのない性悪女だから、ここを開けたら金の卵を生み出すガチョウを逃がそうとするだろ?」


 扉の向こうから、精霊たちの声なき悲鳴が聞こえるような気がする。

 精霊たちの感じている痛みに比べたら、ちょっと暴言を言われるくらい……。


「ウィル様、今ならまだ取り返しがつくかもしれません。精霊石を作るなんて真似、止めましょう! 欲に目がくらみ過ぎた利益を求めた者の末路は決まって――」


 パァン!


「うるさい! 女のお前が、俺のやることに口出しするな!」

「……差し出がましい真似、失礼しました」


私は悔しさを堪え、自室に戻る。


「ごめんね、今日も解放してあげられなかった」


 宙を漂う精霊たちに、いつもみたいに話しかける。


 悔しい気持ちとか、苦しい気持ちとか、辛い気持ちとか。嫌なことがあっても、色とりどりに光って自由気ままに飛んでいる精霊たちを見ていると元気が湧いてくる。


 ただ今日は、いつもと少し様子が違った。


「……何?」


 急に精霊が部屋の中央に集まりだした。私はベッドから起き上がり、その光景に釘付けとなる。

黄色の土精霊たちが寄り集まって金髪を作り、緑色の精霊たちが綺麗な碧眼に。赤色の火精霊と青色の火精霊が混ざって、騎士様みたいな恰好を作り出す。


「いつもありがとう、ミランダ」


 いつの間にかバラバラに飛び回っている精霊たちが意思を持ったように集まって、美丈夫の姿を作り出していた。


「……また殴られたのかい?」


 美丈夫は、私の頬に手を当てそっと撫でる。

 精霊は確かに多少の会話はできるが、ここまで人間らしい形を象ったことはない。一瞬戸惑ったが、それよりも早くにこの人との会話をしなければならない気がした。


「……助けたい人がいるの。こんな痛み、大したことないわ」

「こんなに辛い目に遭っているのに、ミランダはいつだって私たちのことを一番に心配してくれる。優しい人だ。だからこそ許せない。そんなミランダを傷つける人が」


 彼の綺麗な碧眼が赤く染まる。


「ミランダ。逃げ出さないかい? こんな酷いところ、私と一緒に」


 騎士のように跪いて、手を取られる。プロポーズをするみたいな雰囲気でされたその提案は全てを投げ出して頷きたくなるほど魅力的なものだった。


「……逃げ出すって、どこに?」

「ここよりもずっと、楽しいところさ」


 悪戯な精霊に誑かされた子供が、連れ去られて消えてしまう――なんて怪談はありふれている。


 私は子供じゃないけれど。

 連れ去られて行った先が、私の唯一の友達で拠り所だった精霊の国だと言うのなら、是非とも私は消えてしまいたい。


「じゃあ、私をここから連れ出してちょうだい」


「解った。じゃあ、満月の日にまた迎えに来る。約束だ」


 美しい男性はそれだけをいい、再び個々の精霊に散り散りになって戻る。


「ねえ……」


 呼びかけても、返事はない。


「……嫌ね。疲れているのかしら」


 これは、辛い現実から逃避したいと願った私が作り出した幻覚のようなものだったのかしら?


 ……どれだけ辛くても、私は現実と向き合わなければならない。


 言葉が届かなくても、どれだけ打たれても――私は、精霊たち(ともだち)を助けることを諦めない。



******



「ミランダ。お前には愛想が尽きた。俺はこのカトレアと結婚することにしたから、お前とは離婚だ!」


 ウィル様に話があると呼び出された執務室に入ると、開口一番でそう言われた。


 ウィル様の膝の上には、如何にも貴族好みの思想な派手な巻き髪とキツめの香水を臭わせている女が、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「うふふふ。最近のセルミス家は精霊石の取引で、一躍大金持ち! そんなタイミングで離婚なんて、どれだけ駄目な妻だったんですかー? お可哀想に!」


 おーほっほと上機嫌に高笑いしている。


 この女がウィル様の魅力に感じている『大金』は、精霊たちを無理やり石にして作った精霊石を作って得た不当なお金だ。

 そんなもので裕福な暮らしを提供されても、私はちっとも嬉しくない。


 それに、私は最初からこの家に嫁ぐのが嫌だった。ウィル様のことを男性として魅力的だと思ったことなんて一度もない。


 今までは、一応私を育ててくれた両親への義理立てとして何とか耐えてきたけど、ウィル様から離婚を切り出した以上実家との関係性は決裂したも同義だろう。


「解りました……」


 私が頷くと、ウィル様の頬が吊り上がる。


「でしたら、今日から私とウィル様は赤の他人ですね」

「そうだ。だからお前は、今日中にこの家を出ていけ!」

「そうさせて頂きます」


 事務的に頭を下げてから、執務室を後にする。


「……なにあいつ」

「さあな。最後まで生意気で可愛げのない奴だったよ」


 ごめんなさいね。ウィル様みたいな人じゃ私は、《《捨てないでと旦那に泣いて縋りつくような可愛げのある女》》になんてなれないの。



******



 部屋に戻って最低限の荷物を纏めた私は、魔法で閉ざされた扉の前に来ていた。


 この家を出ていく前に、やっておきたい――いえ、やらねばならないことがあるからだ。それは、この扉の奥に封じられている大精霊様を解放すること。


「なんだ? ミランダ。早々に荷物を纏めたと思ったらこんなところに来て。その扉の先には、精霊石を作り出す装置しかないぞ?」


「縛り付けられた大精霊様が苦しめられています。私が出て行かなければならないのは《《今日中》》でしたよね?」


「はは。そうか。であれば気が済むまでその扉を開けようとして見ると良い。尤も、魔法が一切使えない無能のお前では一生かかっても開けられないだろうがな!」


 ウィル様は扉の前で、持ち手しかない機能しない鍵を握る私を嘲った。


「俺の部屋でコソコソしていると思ったら鍵まで持ち出して。まあ、使えなければ意味がないものに縋る姿は惨めで心地いいな!」


 開けられない鍵を鍵穴に何度もぶつける私を、ウィル様が嘲笑う。



 泣きそうになりながらも、鍵を開けようと頑張ってみるけど鍵はその機能を果たしてくれない。


 明かない扉。騒がしく飛び回る精霊たちは、大精霊様の悲鳴のように思えた。大精霊様が大変なのに、私は扉一つ開けられない。それが何よりも惨めだった。


「大精霊様。大精霊様」

「何度も言っているだろう。女のお前がいくら力に訴えたところでどうにもならん。その扉は魔法以外では開かない」


 扉を殴ったせいで手は赤くなり、鈍い痛みが走る。

 でも、そんなことはどうでもいい。精霊たちが扉を慌ただしく行き来している。精霊たちが苦しみに、藻掻いているのだ。


 私が今感じている痛みなんて、大精霊様が感じてるものに比べたらなんてことない。


「まだやっていたのか。もう夜だぞ。今日中とはいつまでなんだ?」


 扉の前で足掻く私を嘲るのに飽きたのか、今までどこかに行っていたウィル様が戻って来た。私を嗤いに来たのか、それともタイムリミットを告げに来たのか。


「……ウィル様、扉を開けてください」

「しつこいぞ!」


 尚も食い下がった私の頬を、ウィル様は打った。私は冷たい床に転がった。


「出ていけ。それとも、使用人に摘まみ出されたいか?」


 精霊たちが、泣いているのに。諦めて出ていくなんて出来ない。


 ――私に……私に力があれば……。


 私の目に、初めて涙が滲む。


 諦めるしかないのだろうか。私は結局、何一つできないままなのか。


 ……大精霊様を助けるためならば、何を捧げてもいいのに!


 使えもしない鍵を強く握りしめる。――その時だった。


慌ただしく扉の周りを飛び回っていた色とりどりの精霊たちが、数日前に見た騎士のような美丈夫の姿を作り出していった。


 騎士はあの日のように跪いて、床に転がる私に手を差し出した。


「約束通り迎えに来たよ、ミランダ」

「……貴方は」


 私が精霊の騎士様の手を取ると、騎士様はとても紳士的な仕草で私が立ち上がるのを手伝ってくれた。 私の頭の中にあの夜の約束がよぎる。が、俯き首を振る。


「ごめんなさい。私は、貴方と一緒に行くことが出来ない。まだ、ここでやらなければいけないことがあるの」


「やらなければいけないことって、ここの扉を開けることかい?」


「そうよ」


「なら、私が手伝ってあげよう。貸してごらん」


 鍵を持つ私の手に、彼の手が重なる。


 一体何を。と思う間もなく、今までうんともすんとも言わなかった持ち手から、青紫色の光の鍵が出現した。

 そのまま彼の誘導に従って鍵穴に差し込むと、ガチャリと音を立てて扉が開く。


「と、扉が、開いた。私、魔法なんて使えないのに、どうして?」

「君が私を最後まで信じてくれたおかげさ」

「どういうこと?」

「ミランダには、私たち精霊を介して魔法を使う才能がある。難しい力だ。すべてを捧げる覚悟を持たなければ、使えない力だよ」


 助けるためならば、何を捧げてもいい。つい先ほど願った言葉が、頭の中を巡る。


 彼の言葉に、私は泣きそうになった。魔法が使えないことが私のコンプレックスだった。


 でも、違った。私には、私にしか持ちえない力があった。


 嬉しくて、泣きそうで、踊り出したい気持ちだけどそんな場合じゃない。

 はやく、苦しめられている大精霊様を助け出さないと……! そう思って、部屋の中を見るけど、あるのは何もない空の金属の球や、何も繋がれていない鎖、よく解らない機械装置の数々。


「あれ? 大精霊様は?」


「ここだよ、ミランダ。ありがとう。君が私を助けようと思ってくれたから。その強い覚悟のお陰で、私は満月のこの日までに力を取り戻すことが出来たんだ」


 彼が手を広げてお礼を言う。


 信じられない。まさか、あの日約束を交わしたのが大精霊様だったなんて……!


「お、おい、どうして扉が。か、鍵も、いつの間に」


 振り向くと、ウィル様が青褪めていた。私に怯えた表情を見せる。


「な、何が起こった!? み、ミランダ? お、お前か。い、いったい何をした!?」

「……どうでしょう。私に魔法が使えたのかもしれませんね」

「世迷言を、まだ言うか」


 何はともあれ、大精霊様は無事に解放された。私は既に離婚を言い渡されている身の上だし、これ以上用事があると言うわけではない。


「ミランダ。行こうか」

「ええ」


 大精霊様の手を取ると、身体がふわりと宙に浮く。

 呆気に取られているウィル様が見えなくなり、やがては屋敷や町一帯がよく見える小高い丘に連れられた。


「……行く前に、少しお仕置きをしておこう」


 大精霊様がそう言うと同時に、ウィル様の屋敷に雷が落ちた。

 途端に、豪華絢爛の屋敷に火が付いた。


「きゃぁぁああ!!」


 叫び声が木霊する。カトレアの物だろう。燃える屋敷から慌ただしく出ていく人影が小さく見える。すぐ近くのこの丘はそうでもないのに、屋敷の上は……というか、逃げていく人影の頭上だけ土砂降りの様子だった。


「死にはしないさ。ただ、得た財産は失うだろうね」


 次いで、私の実家の方にも雷が落ちて火が付く。


 逃げ行く人影は見えるけど、中にある紙幣や契約書の数々が無事で済んでいるかは定かではない。


「ミランダ」

 

 呆気に取られている私の肩に、大精霊様がそっと手を置く。


「勝手なことをして申し訳ない。ただ……私は彼らを許せなかった」


 もうあの家に。あの人たちに二度と会わなくていい。戻らなくていい。

 ……自由なんだ。


 私は体の緊張が抜け、自然と大精霊様の手に自分の手を重ね合わせる。

 すると大精霊様は私の手を取って、甲にキスをした。


「改めてお願いしよう。ミランダ。私と共に生きて欲しい」

「……よろこんで」


 きっと、私は今度こそ幸せになれる。

 ずっと信じてきた人と。心から何もかもを捧げられると誓ったこの人と。


私の答えを聞き、大精霊様はそっと私の唇に口づけを落とした。



******



 かくして私は、この国唯一の精霊術師になった。


 さすらいの凄腕精霊術師として名を上げた私が、王族の目に留まり宮廷魔導士となるのはまた別の話。


 そして、没落したウィル様が精霊を怒らせた罰として晒し首にされているのを見たり、地位を失い奴隷となったカトレアと再会したり、催促不可能となった多額の債権を抱え込んでいる両親が宮廷魔導士となった私に助けを求めてきたのを突っ撥ねるのもまた別の話。


 更に、宮廷魔導士として召し抱えられて王族の人たちに言い寄られても、私は大精霊様一筋だから全部お断りするのもまたまた別の話である――

初投稿です!


スカッとする話を目指して一生懸命書きました!

ミランダの今後の人生をぜひブクマや高評価★★★★★で応援していただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編では無くちゃんとした長編小説として読んでみたいです。
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