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「モーリッツ、謹慎中のお前がこんなところにいる理由を教えてくれないか」


 エックハルト殿下が穏やかそうな口ぶりで問いかけると落ち着きなくきょろきょろと辺りを見回していたモーリッツ殿下は勢い込んで言った。エックハルト殿下の穏やかそうな口ぶりから丸め込めると思ったのかもしれない。


「そ、それはそこにいる男たちの所為です。彼らは私の大事なカタリーナを誘拐した。騙して不埒な真似をしようとしたんです。だから私はカタリーナを救うためにここまで追いかけてきたのです」


「それは国王陛下の命令を破ってまですることか?」


「真実の愛の為です!! 父上はわかっていない。カタリーナは唯一私をわかってくれる。カタリーナがいてくれれば私は……私は……」


 言いながらモーリッツ殿下は感情がだんだん高ぶってきたようだった。


「もう兄上と比べられるのなんか真っ平だ!! 私は! 私はカタリーナさえいてくれれば幸せになれる。……そう、きっと父上もそのうちにわかってくれる。なにしろ私は—―」


「私を排除して唯一の王子になるからか?」


 エックハルト殿下の言葉を聞いてモーリッツ殿下もその周りに立っている騎士たちも息を呑んだ。


「聞いていたのか……」


 それは当たり前だ。私とエックハルト殿下は馬車の中に居たのだから丸聞こえだったと思うべきだろう。

 でもモーリッツ殿下は動揺するそぶりを見せずむしろニヤッと笑った。


「ふん、聞いていたのならしょうがない、兄上には秋の狩猟会を待たず今ここでご退場願うことにしよう。そうだな、兄上は商会を装った実は盗賊の一味に襲われて殺されるんだ。私はローバー商会の者たちが実は盗賊だと気づいて馬車を追った。けれども間一髪で兄上は殺されてしまい、私は盗賊たちをやっつけて何とかカタリーナだけを救い出すんだ」


 私とエックハルト殿下を守るようにルカさんとジェラールさんが両脇に立った。

 でもモーリッツ殿下は余裕の笑みを浮かべている、ルカさんとジェラールさんに瞬く間に五人倒されてしまったけどまだ十五人以上の味方が残っているから。でもちょっとは考えた方がいいと思う。エックハルト殿下が護衛の一人も引き連れないでこんなところにいるはずないのに。


「さあカタリーナこっちにおいで。君と私の真実の愛を邪魔する者は全て私が排除してあげるからね」


 モーリッツ殿下が私に手を差し伸べる。

 私はもう我慢できなかった。不敬だってかまわない、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出してやる! 私の大事なジェラールさんを殺すって言ったモーリッツ殿下は許すことが出来ない。


「嫌です! 何回言ったらわかるんですか? 私は貴方なんか愛していない! それどころか大っっっ嫌いです!!」


「は?」


 モーリッツ殿下は目をパチクリさせた。


「カタリーナ、拗ねているのか? こいつらに誘拐されて不安だったのか? それは私が悪かった。だから機嫌を直して――」


「変なポジティブシンキングもいい加減にしてください! 貴方は私の言うことなど一度もまともに聞いてくれない! 私は何度も迷惑だって言いました! 構わないで欲しいって頼みました!」


「カタリーナどうしてしまったんだ!? 君は私は私だと言ってくれた。だから私は兄上と比較され続けた自分を慰めることが出来た。身分や容姿にとらわれず私自身を見てくれたのは君だけだ。君だけが私のことをわかってくれたのに!」


「そもそもそれが誤解なんです!! モーリッツ殿下に初めて会った時は私は殿下の事を下位貴族の令息だと思っていましたから。だから上位貴族の人たちに身分を笠に苛められたんだろうと思って慰めただけです! 身分が下でもあなたを見てくれる人がきっといると言ったんです。それなのに身分を笠に着て私を連れ回したのはモーリッツ殿下じゃないですか! 王子という地位と令嬢たちがもてはやす容姿を武器にしていたのは殿下じゃないですか! それのどこに好きになる要素がありますか? 貴方を好きだったことなんてただの一秒も無いわ! 貴方なんて……貴方なんて……沼地のヒルだわ! 気持ち悪いのよ!!」


 言った、言ってやった! この騒動が終わった時私は不敬で罰せられるかもしれない。でも構わない。

 やっと私はすっきりした気持ちになった。


 モーリッツ殿下は暫く俯いていた。

 俯いた彼から笑い声が聞こえたような気がした。

 え? と思った時に笑いながらモーリッツ殿下は顔を上げた。


「ふふ……あはは……私のカタリーナは悪い奴らに洗脳されてしまったようだ。こいつらを殺してからゆっくり再教育してあげよう。お前たち、早くこいつらを始末しろ!」


 私の言葉は何にも届いていなかった。結局モーリッツ殿下は自分の思うカタリーナに私をあてはめたいだけだ。

 かかって来ようとするモーリッツ殿下の部下の騎士たちにルカさんとジェラールさんが身構える。

 エックハルト殿下の朗々たる声が響いた。


「捕らえよ!!」


 殿下の声と共に潜んでいた王国騎士団の騎士たちがモーリッツ殿下とその周りの騎士たちに襲い掛かった。





 勝負は呆気なくついた。エックハルト殿下の号令を今か今かと待っていた騎士たちはモーリッツ殿下のすぐ背後まで迫っていたのだ。

 モーリッツ殿下の部下たちが縛られている間にどこからか護送用の馬車が引かれてきてモーリッツ殿下の部下たちはその馬車に放り込まれた。

 彼らは王都の騎士だと言っていたが実はクラハト公爵家の騎士だったらしい。さすがにモーリッツ殿下も王国騎士団を動かすことが出来なかったみたいだ。元々モーリッツ殿下についていた王国騎士団の護衛騎士は、側妃様の宮で謹慎中のはずの誰もいないモーリッツ殿下の部屋の前で警護をしていたらしい。


 モーリッツ殿下は縛られたうえで私たちが乗って来た黒塗りの馬車に乗せられた。

 これから王都に帰る間、エックハルト殿下と騎士団の第一師団長が同乗して色々取り調べられるようだ。


「あの、私はどのくらいの罪になりますか?」


 エックハルト殿下に尋ねると殿下はきょとんとした。


「カタリーナ嬢が? 罪? なんかしたっけ? こちらがお詫びしなきゃいけないことは沢山あるけどね。それはまた追々」


「でもモーリッツ殿下に不敬なことを言いました」


 モーリッツ殿下に逆らわなくても、ディーマイヤー侯爵令嬢に苛められて黙って耐えていても私は身分剥奪という罰を受けた。王族に逆らったら今は貴族でさえない平民の小娘なんか簡単にひねりつぶされるだろう。


 エックハルト殿下はため息をついた。


「我々は君に間違った認識を植え付けてしまったんだな。貴族だから王族だから平民に何をしても許されるという訳ではないんだ。いや、実際は無理難題がまかり通ってしまうこともあるけど私はなるべく無くしていきたいと思っている。平民だって嫌な事は嫌と言っていいんだよ。実際とばっちりで君は罰を受けてそれを見て見ぬふりをした私が言っても説得力がないかもしれないけど」


「嬢ちゃん、不敬なんてくそくらえだ。言いたいことは言ってやれ。俺が守ってやるからな」


 ジェラールさんが私の横でニヤッと笑った。


「……まあそうだ。私なんかジェラールやルカにもっとくそみそに言われることもあるからな」


 エックハルト殿下は情けない顔をした。


「おーい、出発するってよ!」


 ルカさんが声を掛けた。


「嬢ちゃん、あのクソ王子と同じ馬車は嫌だろう? ルカと一緒に御者台に乗って行くか?」


 ジェラールさんが聞くので私は首を傾げた。


「ジェラールさんはどうするんですか?」


「俺は馬を一頭借りて最初の予定通りセイローンの町に行く。仕事の打ち合わせをしなきゃならねえからな」


「私も一緒に行ったらダメですか?」


 私の問いかけにジェラールさんはちょっと狼狽えたようだった。


「いや、俺は馬に乗って行くから。嬢ちゃんは馬に乗れねえだろう?」


「ジェラール、一緒に乗せてやればいいじゃねえか」


 口を挟んだルカさんにジェラールさんは一瞬咎めるような視線を送った。


「一緒に乗せてくれませんか? ……ジェラールさんが嫌だったら諦めますけど」


 私が聞くとジェラールさんはもっと狼狽えたようだった。


「嫌……ってことは無い。絶対に無いが……」


「ハイハイ、ジェラールと嬢ちゃんはここからは別行動に決まり。王子サマよう、とっとと出発しようぜ、日がだいぶ傾いてきた」


 ルカさんが言うとエックハルト殿下が笑いながら応じ、エックハルト殿下は大勢の騎士たちや捕まえた人たちと共に去って行った。




 彼らを見送ってジェラールさんはため息をつた。


「ご迷惑でしたか?」


 私が涙目で上目遣いに見るとジェラールさんはガシガシと頭をかいた。


「そうじゃねえ、そうじゃねえけど……あのな、俺は嬢ちゃんよりだいぶ年上でくたびれているけどよ、一応男なんだ」


「そんな事わかっています! ジェラールさんは誰よりも素敵な男の人です!」


 ジェラールさんの事を男として意識しているに決まっている。一度告白してスルーされたけど一緒に旅をすればもう一度告白するチャンスがあるかもしれない、ジェラールさんを振り向かせることが出来るかもしれないなんて姑息な事を考えていたのだ。


「わかった、覚悟が決まっているんなら俺も覚悟を決める」


 ジェラールさんはそう言うと、グイッと私を抱き寄せた。


――え? と思った時には私の唇はジェラールさんの熱いそれに塞がれていた。


 ジェラールさんはいつも冷静だからジェラールさんの唇がこんなに熱いなんて知らなかった。

 何度も角度を変えて唇が塞がれ、だんだん私は何も考えられなくなっていった。


 夕暮れ時の山道は人っ子一人いなくって抱きあう私たちを見ているのは木々でさえずっている鳥だけだった。





次回最終話です。

午後に投稿します。

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