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「あっ! お前! 私のカタリーナを返せ!」


 モーリッツ殿下が馬車から降りたジェラールさんを見て叫んだ。


「これはこれはまた会ったな坊ちゃん、じゃなくてモーリッツ第二王子。こんなところまで追ってきたんですか、しつこい男は嫌われますよ」


「なんだと? カタリーナが私を嫌うわけがない。お前の毒牙から救いに来た私を見て今頃感激の涙を流しているに違いない。早くカタリーナを解放しろ」


 毎回思うけどあの自信はどこからくるのだろう? 

 ジェラールさんはもちろん歯牙にもかけないけど、私と一緒に馬車に乗っているその人は苦虫を噛み潰したような表情だ。


「しかしおかしいな、俺はモーリッツ第二王子は謹慎中だと聞いたんだがな?」


 わざとらしくジェラールさんは首をひねった。


「貴様それをどこで……」


 モーリッツ殿下は焦ったような顔をした。

 王族のことなど平民が知っているわけがないと高をくくっていたんだろう。王都では高貴な身分であることを匂わせても第二王子であると口にしたことは無かった。でも今は王都を離れたからか辺りに人影がないからかモーリッツ殿下であることを認めてしまっている。モーリッツ殿下は確か一年の謹慎だった。謹慎明けまでまだ半月ほど残っている筈だ。あの婚約破棄のパーティーからもうすぐ一年が経とうとしていた。季節は再び夏を迎えようとしている。

 モーリッツ殿下は一瞬動揺したけれど開き直ることに決めたようだった。


「それがどうした、真実の愛に比べれば些細な事だ!」


 いや些細な事じゃないし真実の愛なんてどこにもないでしょう。私の隣にいる人の眉間の皺がどんどん深くなっていく。


「父上はわかっておらぬのだ! 私とカタリーナの愛がいかに尊いかを。しかしそのうちにきっとわかって下さる。なんといっても私は次期国王になる人間だ。そしてこの私の隣に相応しいのはカタリーナしかいないのだ!」


 モーリッツ殿下は胸を張る。なんか今物凄く不穏な言葉を口にしたわ。私は隣にいる人を見た。その人は今は深刻そうな顔をして耳を澄ませている。


「だから勝手に王宮を抜け出したと? よく抜け出せましたね」


 馬車の外の話は続いている。


「ふん、そんな事私には造作ないことだ。母上とクラハト公爵家の助けがあれば――」


「殿下!!」


 さすがに喋り過ぎだとモーリッツ殿下の隣の騎士が止めに入った。


「ふっ、大丈夫だ。この者たちを捕らえるのは止めた。ここで始末することにする。死人に口なしというではないか」


 モーリッツ殿下は余裕の笑みを漏らす。


「しかし馬車の中にはカタリーナ嬢がいるのでは?」


「カタリーナは私に不利なことなど話さないさ。カタリーナは私自身を認めてくれる唯一の女性だ。それにカタリーナは私と結ばれればゆくゆくは王太子妃だ、不満などあろうはずがない」


「へえー! こりゃあ驚いた。第二王子が王太子? 俺は雲の上のお方の事なんか知らねえけどな、確か第二王子なんかとは比べ物にならないくらい出来がいい第一王子様って奴がいたんじゃないか?」


 ジェラールさんの揶揄うような声にモーリッツ殿下は激高した。


「貴様!! 兄上と比べるなっ! 兄上など……兄上など秋の狩猟会までの命——」


「「殿下!!!」」


 もう一度騎士たちから厳しい制止の声が入る。さすがに喋り過ぎたとモーリッツ殿下も反省したようだ。

 私は馬車の中で真っ青になっていた。そんな私の肩を隣の人がポンポンと叩く。


「大丈夫だよ、それよりジェラールはよくあれだけの言葉を引き出してくれた。いや、あいつがチョロ過ぎるのか? だからクラハト公爵は甘い餌をやってあいつを傀儡にするつもりなんだろう」





「くそっ長々と喋り過ぎてしまった。しかしお前たちの命もここまでだ——かかれ!!」


 モーリッツ殿下の号令で騎士たちが動くより一瞬早く行動したのは御者台で静かに成り行きを見ていたルカさんだった。

 ルカさんが再び何かを騎士たちに投げつける。私の所からではよく見えないけれど、次の瞬間騎士たちから一斉にくしゃみが飛び出した。


「うわっ!」


「何だ――っっくしゅん!!」


「げほっ! くしゅん! ぐしゅん! げほっっくしょん!!」


「がはっ! やめ――ぐしゅん!」 


 ガタンとかバキッとか音がして騎士たちのくしゃみが止んだ頃には地面に五人の騎士が転がっていた。転がった騎士の近くに口と鼻を布で覆ったジェラールさんとルカさんが立っているのが見えた。


「さあ馬車から下りようか」


 隣の人物に促されて私は馬車を降りた。




「カタリーナ!」


 後ろの方で騎士たちに守られていたモーリッツ殿下は私を見て嬉しそうな声を上げたが……次の瞬間、私に続いて馬車を降りた人物を見て顔面蒼白となった。


「あああ兄上、どどどどどうしてここここに……」


「モーリッツ久しいな。お前に会いに側妃様の宮に何度も足を運んだんだがな、謹慎中だから会えないといつも追い返されていたんだ。こんなところで会えるなんて奇遇だな」


 穏やかな顔で語り掛けるのはこの国の第一王子エックハルト殿下。

 私も旅に出発するときにこの馬車に乗り込んで中にエックハルト殿下がいた時は心底びっくりした。

 そう言えばセイローンの町の辺りは王領。それにエックハルト殿下は以前から地方の活性化に力を入れていたと聞いたことがある。ローバー商会は王族の覚えもめでたいというのは本当だったらしい。その王族というのがエックハルト殿下なのだろう。









「久しいなライマン男爵令嬢、いやカタリーナ嬢。この度は誠に済まなかった」


 エックハルト殿下は深々と頭を下げられた、でも私はどうぞ頭を上げてくださいと言えなかった。

 私は男爵令嬢の身分に未練があったわけではないけれど、それでも貴族籍の剥奪という罰を受けるほど大きな罪を犯したとはどうしても思えない。私は自分からモーリッツ殿下にすり寄ったことなどないけれど私の身分では殿下に逆らうことなど出来なかった。相談できる人もいなかった。それなのに騒動の当事者のモーリッツ殿下とディーマイヤー侯爵令嬢は一定期間の謹慎だけだ。それもモーリッツ殿下は度々抜け出すような緩い謹慎だ。王家はディーマイヤー侯爵令嬢に負い目がある。だからディーマイヤー侯爵令嬢が私を社交界に入れたくないという意向を聞いて私に責任を取らせた。平民になった私には聞こえてこないけど、きっと社交界では私はモーリッツ殿下を誘惑して篭絡した悪女だと言われているに違いない。

 私が悪辣な女であればあるほどモーリッツ殿下とディーマイヤー侯爵令嬢の評判は傷つかない。

 そんな陰口ももう聞こえてこないからいいけれど。本当に私はもうどうでも良かった、平民として幸せに暮らしていくことが出来れば。孤独だったけれどそれでも貴族の生活には戻りたくなかった。


 それなのに……それなのにそんなささやかな望みさえモーリッツ殿下のおかげで台無しになった。もちろん一番悪いのはモーリッツ殿下だ。でもモーリッツ殿下一人抑えておけない王家って……とどうしても思ってしまう。

 目の前にいるエックハルト殿下は唯一私の話をちゃんと聞いてくれた人だ。私の処罰を気の毒に思ってくれた人だ。でも彼は王家の人間だ。モーリッツ殿下を抑えておくべき立場の人だ。だから「もういいです」とか「謝ることはありません」なんてどうしても言えなかった。


 エックハルト殿下の前で固まったままの私を見てその後馬車に乗り込んできたジェラールさんは私の頭に手を置いた。


「まーったく王様とか王子様って奴はポンコツばっかだよなあ」


「ジェラール……」


 情けない声を上げるエックハルト殿下を見て私はまたジェラールさんを見た。

 ジェラールさんとエックハルト殿下は知り合いだった。それもジェラールさんが不敬な発言をしても咎められないくらいの。


「嬢ちゃん、こいつはポンコツな王族の中でもちっとは骨がある奴だ。こいつに名誉挽回のチャンスをやってくれ」


 私は焦ってエックハルト殿下に言った。


「あ、あのジェラールさんは悪気があるわけじゃないんです。ただ敬語とかを使い慣れていないだけで。だから不敬を働いたわけじゃなく――」


 私の焦る様子を見てエックハルト殿下はやっと頭を上げて微笑んだ。


「ジェラールはわざと乱暴な言葉遣いをしているんだよ、今ここには私たち三人しかいないからね。それくらいは私にもわかっているから安心していいよ。ローバー商会と知り合って二年くらいだけどジェラールよりルカの方がもっと口が悪いからね、私も慣れたよ」


 そうしてエックハルト殿下はふうっと息を吐き出してもう一度私を見た。


「もう君に迷惑をかけない。その為にもモーリッツを現場で押さえたい。それにモーリッツが自由に王宮を抜け出せるのは側妃とクラハト公爵が協力しているからだ。その証拠なり証言も押さえたい」


「クラハト公爵はどうしてモーリッツ殿下に協力するんでしょう? 私なんかを妃にしたくないでしょうに」


 私が聞くとエックハルト殿下は苦笑した。


「そうだね。おそらくモーリッツが君がいないなら王子なんてやめてやるとか言ってごねたんだろう。クラハト公爵は私を押しのけてモーリッツを王太子にしたがっているからね。でも今まで強力な味方だったディーマイヤー侯爵家が婚約破棄で敵に回ってしまった。クラハト公爵は焦って何か手を打ってくるに違いない。その時にモーリッツに引っ掻き回されたくないから君を与えて大人しくさせようと思っているのだろう」


 人を物みたいに!! 私は言いなりになる人形じゃないのに上の方の人たちはどうしてそれがわからないんだろう。お金や宝石を与えて贅沢な暮らしをさせれば小娘なんか何でも言うことを聞くと思っているんだろうか。


 私の頭に置いたままだったジェラールさんの手が私の頭をゆっくり撫でた。


「嬢ちゃんは俺が守ってやるからな」


 私はジェラールさんに微笑んだ。そうしてエックハルト殿下に向かって言った。


「私はもう逃げたくないし、ローバー商会でずっと働きたいです。だからこれでもう終わりにしてください」






 そうして私とエックハルト殿下は馬車を降りてモーリッツ殿下と向かい合った。

 モーリッツ殿下を断罪するために――


 



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