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 次の日事務所に着くなりジェラールさんはロイクさんと何か打ち合わせをしていた。

 ローバー商会の事務所はほぼ大きな一部屋で、私の机とジェラールさんの机、運送業務をしている人たちが共同で使う机が三つ。書類棚や備品を収納している棚、それが部屋の半分で残りの半分は運送業務を終えて帰ってきた人たちが寛ぐスペースになっている。隅に小さい炊事場もついている。商会の代表のロイクさんの部屋だけは奥のスペースが衝立で仕切られて個室みたいになっている。もっともロイクさんはその部屋にほとんどいないでみんなと寛いでいる方が多いけど。


 その部屋でジェラールさんはロイクさんと話し込んでいる。

 私の一世一代の告白は……はい、スルーされました。

 あの後ジェラールさんは私を抱き上げて家まで帰ってくれた。「ゆっくり休め」とベッドに放り込まれた。しばらくして私が起きて食堂に行くとジェラールさんはエールを飲みながら外をぼんやり見ていた。


「もう大丈夫か?」


「はい、ありがとうございました」


 私はさっきの告白を蒸し返す勇気はなかった。ジェラールさんもそのことに触れなかった。







「嬢ちゃん、ちょっといいか?」


 ロイクさんの部屋から顔を出したジェラールさんに呼ばれた。


「あのな、新規の依頼があるんだ。北部の町で新しい特産品を売り出したいから王都まで運んで欲しいって依頼なんだけど」


 新規の依頼には私はノータッチだ。私が呼ばれた訳がわからない。


「荷を運ぶ前に現地に行って打ち合わせをしなきゃならねえんだ。どのくらいの量なのか、運ぶときに注意しなきゃならねえことは何なのか、時期はいつ頃なのか、定期的に運ぶのか、実際に現物を見なきゃわからねえことが多いから現地で打ち合わせするんだけどな」


 ああ、ジェラールさんが暫く家を空けるからそのことで呼ばれたのかな? 実際昨日モーリッツ殿下に遭遇しちゃったし。


「私なら大丈夫です。十分気を付けますからジェラールさんもお気を付けて行ってきてください」


「違う、違うんだ」


 ジェラールさんは頭をガシガシと掻いた。

 ロイクさんが笑いながら言った。


「ジェラールにしては回りくどい言い方だな。嬢ちゃん、ジェラールとその町まで行かねえか? ほら、あれ、出張ってやつだ」


「私もですか?」


 私は驚いた。私は書類整理が主で交渉とかそういう仕事にはかかわらせてもらえないと思っていたから。


「そうだよ。嬢ちゃんも仕事に慣れてきたし一度そういう経験をするのもいいだろう……っていうのは建前でな。本当はジェラールが嬢ちゃんを一人置いていくことを心配して――」


「ロイク! あ、いや違う。違わないか? 嬢ちゃんに経験を積んで欲しいのは本当だ。心配なのも本当だ。ただ今回の旅は他の目的もあるんだ」


「他の目的ですか?」


 私の言葉にジェラールさんは頷いた。


「他のっていうか、例のねちっこい自惚れ王子の事なんだがな。あの野郎、この商会に手を出そうとして来やがった。だからちょっと罠にはめようとだな。その為には俺と嬢ちゃんが一緒に王都を離れた方がいいんだ」


 私は曖昧に頷いたものの心配だった。だって一介の庶民の商会が王子に逆らうなんてできるんだろうか? 私にローバー商会を引き換えにしてでも守ってもらう価値なんて無い。


「ああ、旅は二人っきりじゃねえから心配しなくていい。今度行く町のお偉いさんと一緒だ。その御方の馬車で行くからな」


 ジェラールさんの心配は的外れだ。既に二人で生活しているんだから私がそんな心配する訳がないのに。二人で生活していても甘い雰囲気になんてなった事一度もない。結局ジェラールさんがご近所さんに言っているように私は娘みたいなものなのだろう。それが私の告白に対するジェラールさんの答えのような気がした。












 街道を一台の馬車が走っている。王都の北東、馬車で三日ほどの場所にあるセイローンの町に向かう馬車だ。御者台に座るのは少し目つきは鋭いが甘いマスクの精悍な青年だ。


 馬車が山道を下っている時だった。

 その馬車に背後から追いすがり前に回り込み馬車を取り囲むようにして行く手を阻んだ騎馬の群れ、その数は二十頭を超える。その中央にはただ一人騎士服ではなく豪華な乗馬服を着た男。正午も大分過ぎたこの時間は辺りに人影も行き交う馬車の姿もない。


 馬車が停まり御者台の青年が声を上げた。


「おい、通行の邪魔だ。道を空けてくれ」


「この馬車に乗っている人物に用がある。私は王都の騎士だ」


 数頭の騎馬から一頭が前に出て騎士らしい人物が青年に声を掛けた。


「はあ? 王都の騎士様が何の用だ? とにかく日が暮れる前に麓の町に着きてえんだ、早くそこを退いてくれ。ははあ……騎士とか言ってるけどよ、案外お前らは騎士に扮した盗賊じゃねえか?」


 嘲るように青年が言うとその騎士は鼻白んだ。


「ば、馬鹿を言うな! 私たちはさる高貴な御方とその護衛騎士だ。さる高貴な御方が馬車の中にいる人物に用があるんだ」


「もういい。お前は下がっていろ」


 もう一人の人物が前に出てきた。


「おい御者、この馬車に乗っているのは誘拐犯だ。私の大切な妃を誘拐して手籠めにしようとする極悪人だ。そいつを外に引きずり出せ! 私の妃を解放するんだ!」


 その人物は居丈高に言った。

 もうお分かりだろうがその人物はモーリッツ第二王子。モーリッツ第二王子は王都を離れたことで大胆になり二十人以上の騎士を引き連れて馬車を追ってきたのだ。

 もっともどうしてカタリーナが乗った馬車がわかったかと言うと商会の人たちが話しているのを聞いたからだ。


 ジェラールはモーリッツ第二王子がローバー商会の事務所を見張らせていることを知っていた。だからジェラールが仕事にかこつけてカタリーナを旅に連れ出したと大声で吹聴させたのだ。

 事務所から出てきた商会の男たちが声高に話しながら歩いていく。


「ジェラールと嬢ちゃんは今頃どのあたりかねえ」


「セイローンまで二人旅だろう? いいねえ、ジェラールの奴上手くやったよなあ」


「ああ羨ましいぜ。今頃馬車の中でイチャイチャしてんじゃねえか?」


「あらーやめてジェラールさんってか?」


「いや、案外嬢ちゃんの方が積極的かもしれねえぞ」


「馬車の中で二人っきりだもんなあ」


「今回は小ぶりな馬車で向かったんだろう? あの真っ黒い馬車。地味なようで目立つよなあ」



 事務所を見張っていたモーリッツ第二王子の部下は急ぎ第二王子の元に走る。

 そうして第二王子は手勢を引き連れ馬車を追ってきたのだ。



 




 ボン! と音がした。

 それと同時に「うわっ!」「なんだ!?」と騒ぐ声が聞こえる。

 私が馬車の窓にかかったカーテンの隙間から外を見ると空に向かって煙がたなびくのが見えた。


「おい御者! 何をした!」


 モーリッツ殿下の声にルカさんが面白そうに応えている。


「何って、盗賊用の目くらましを投げてやったんだよ。一応お前らにぶつからないように投げてやったんだ、俺って親切だな」


 ルカさんが投げたのは小さな火薬玉らしい。殺傷能力は低いけど煙が沢山出るので目くらましに使えるそうだ。いつも商会の馬車に装備してある物の一つらしい。

 今回は目くらましじゃなくて別の目的に使ったのだけど。


「ふざけているのか、私は盗賊などではない! 聞いて驚くな、私はこの国の王子だ! お前は王子に不敬を働いたんだ。無事に済むと思うなよ! お前も中にいるジジイも縛り首だ!」


 モーリッツ殿下が叫んでいる声が聞こえる。


「五月蠅い王子様だ。ちょっと遊んでやるかな?」


 ジェラールさんは馬車の外に出ようと扉に手をかけた。


「すまないな、ジェラール」


 馬車に乗っていたもう一人の人物が声を掛ける。


「謝るこたあ無いですよ。貴方の所為じゃねえ、どこにでも何回叩き直そうとしても性根の腐った奴はいるもんだ。それより他の人たちは?」


「ああ大丈夫だ。ルカが合図を打ち上げてくれたからな。今頃遠巻きにこの馬車とあいつらを包囲している」


「上出来だ」


 ジェラールさんは私を落ち着かせるように腕をポンポンと叩いて馬車の外に出た。




 

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