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 このお店で出されたものは本当に全て美味しかった。串焼きも煮込み料理もスープも堪能して一息ついた後、私はジェラールさんに頭を下げた。


「今日は助けていただいてありがとうございました。それとご迷惑をおかけして申し訳ありません、私は近日中に退職しますので――」


「何だって!!」


 ジェラールさんが焦ったように腰を浮かした。


「俺一人でまた事務仕事をするのか? あの書類の山を……」


「あっ、いえ、今回破損した書類の作り直しは終わらせてから退職します。短い間でしたけどお世話になりました」


 私が頭を下げるのと同時にジェラールさんも頭を下げた。


「すまなかった!」


「え?」


 どうしてジェラールさんが頭を下げるんだろう? 迷惑をかけたのは私なのに。


「ほら、あれだろ? こんなおっさんが嬢ちゃんの恋人だなんて言っちまったからなあ。そりゃあキモイよな。一緒に働いたり出来ねえよなあ……」


「ち、違います!」


 机に突っ伏してしまったジェラールさんに向かって大急ぎで否定する。


「全然違います! そのことは嬉しかったんです。ジェラールさんのことをキモイなんて思った事ありません! むしろキモイのは殿下の方……っと、ともかく、私がいるとジェラールさんや商会の皆さんに迷惑が掛かりますから」


 うん、私はジェラールさんのことをキモイなんて思った事は一度もない。年齢はお父様くらいだけど引き締まった体型は若々しいし、殿下に対峙したときだって余裕があって頼もしかったし、今みたいに萎れた時はむしろ可愛いし……


「俺たちは嬢ちゃんの事を迷惑に思ったりしねえよ。しねえけど、良かったら話しちゃくれねえか? 昼間来た奴は王子様って奴だろう? 嬢ちゃんが殿下って呼んでいたしな。事情を知っていりゃあ嬢ちゃんを守りやすいかもしれねえ」


 ジェラールさんの言葉を聞いて胸の真ん中が熱くなった。

 貴族の令嬢として学院に通っていた時は孤独だった。本心をさらけ出さない上辺だけの付き合い、モーリッツ殿下に付きまとわれてからは上辺の付き合いさえなくなった、相談できる人なんかいなかった。

 平民に戻ってからも本当は孤独だった。職場の人たちは最初は親切にしてくれたけどモーリッツ殿下が押しかけてくると私の扱いに困っている様子が手に取るように分かった。他の人に迷惑をかけると思うと私も迂闊に相談なんかできなかった。私が退職したいと言うと職場の人たちはみんなホッとしたような顔をした。


「嬢ちゃん、俺たちの迷惑なんて考えなくていい。嬢ちゃんが来てくれて俺は凄く助かった。嬢ちゃんのおかげで商会の雰囲気が明るくなった。俺たちの仕事は遠くの土地に荷物を運ぶことだ。道中は色々な危険もあるし荷物が壊れたり傷んだりしないようにも気を遣う。そんで一仕事終えて数日振りに事務所に帰ってきたときにおっさんの俺じゃなく嬢ちゃんが笑顔で『お帰りなさい』って言ってくれると疲れが吹き飛ぶんだそうだ。最近はそれが楽しみで仕方ねえってあいつらが言うんだよ。嬢ちゃんは俺たちの仲間だ。だから困ったことがあったら俺たちが助ける」


 ジェラールさんはそう言って無骨な指で私の頬を拭った。私は頬を拭われて初めて涙を流していたことに気が付いた。


「あ……」


 私の声でハッとしたジェラールさんはおたおたしだした。


「す、すまん! おっさんの汚え指が嬢ちゃんのほっぺたを触っちまった」


 私はおたおたするジェラールさんはなんか可愛いなあと思いながらもジェラールさんの手も大きくて無骨なんだなと考えていた。実際に運送業務をしている人たちはみんな大柄で筋骨隆々だ。ジェラールさんは私と一緒に事務仕事をしているし、優しそうな穏やかな顔つきだからもっと繊細な手なのかと思っていた。でもモーリッツ殿下の護衛騎士を数分で倒してしまったし、その後一度に四人の騎士を引きずっていた。ジェラールさんの無骨な手は私をひどく安心させてくれた。もう一人で逃げなくてもいいよ、頼ってもいいんだよと言ってくれている気がした。







 私の話を聞いてジェラールさんは呆れた顔をした。


「またえらい迷惑な奴に好かれたもんだなあ」


「すみません」


 私が謝るとジェラールさんは私の頭を撫でた。


「嬢ちゃんは悪くないよ。その王子が馬鹿ではた迷惑な奴なんだ。そんな奴が権力ってヤツを持っているから更にはた迷惑になる。この国は真面だと思っていたけれどどこにでもそういう奴はいるんだなあ」


「今更なんですけど、どうしてモーリッツ殿下はあそこまで私に執着するんでしょう? 私、どうすれば良かったのか未だにわからないんです」



 モーリッツ殿下とは学院に通って一年経った頃に知り合った。

 

 学院の裏手に小さな庭園がある。訪れる人もほとんどいないその庭園は私のお気に入りだった。貴族の令嬢としての生活に疲れてしまった時にこっそりそこで息抜きをするのだ。

 そしてそこに異母兄である第一王子様と比較されてやさぐれているモーリッツ殿下が現れたのだ。

 その時私はモーリッツ殿下の事を下位貴族の令息だと思っていた。モーリッツ殿下を始め上位貴族の方たちはいつも取り巻きに囲まれているからこんなところに一人で現れると思わなかったのだ。

 上位貴族に理不尽なことでも言われたり馬鹿にされたりしたんだろうと思って慰めたような記憶がある。「あなたはあなたよ、自信をもって! きっとそのままのあなたを認めてくれる人が現れるわ」なーんて事を言った記憶がある。

 そして次の日に取り巻きを連れて私の目の前に現れたモーリッツ殿下に仰天した。

 それからは頻繁にモーリッツ殿下は私の前に現れ私を連れ回した。やんわりとではあるが何度も断った。でもそれを殿下は『奥ゆかしい』と捉える。「恥ずかしがっているのか? 本当にカタリーナは可愛いな」なんてどこをどうしたらそんな考えに至るのか。「私をわかってくれるのはカタリーナだけだ」なんて、私はモーリッツ殿下のことなんて何も知らない。顔だって知らなかった。わかるどころかモーリッツ殿下の思考は私の理解の範囲外だ。



 ジェラールさんは私の事を気の毒そうな目で見た。


「うん、まあ、ともかく王子様とその婚約者がすったもんだしてそのとばっちりをくらって嬢ちゃんが平民になったと」


「平民になったのは別にいいんです、平民の方が性に合っていますから。母が亡くなった時に一人で生きていく心構えも出来ていました。ただ、私は平穏に暮らしたいだけなんです」


「そうだよなあ。その王子様はえーっと謹慎中なんだろ、そんなに頻繁に抜け出してバレないのか?」


「わかりません、モーリッツ殿下は側妃様の宮で謹慎になったと聞きました。お母様である側妃様がしっかり監督しなさいってことなんだと思いますけど」


「そういや王子様は母上は味方だとか言っていたな。息子に甘いダメな母親ってことか。王宮の他の奴は気づいていないのか」


「さあ? 最初の頃、お役人に訴えたことがあったんです。でも私が会えるのは下級のお役人でしたから『第二王子がどうして平民に会いに来るんだ? 夢でも見たんだろう』と信じてもらえませんでした」


 うーんとジェラールさんは考え込んだ。


「わかった、そっちは俺が伝手を当たってみよう。それよりあの王子様は懲りずにまた来るだろうな、家はばれていないのか?」


「……多分大丈夫だと思います」


「しばらくは俺が送り迎えするから」


 ジェラールさんがそう言ってくれたことは有り難かった。それだけ不安だった。


「ご迷惑をかけてすみません、よろしくお願いします」


 私が頭を下げるとジェラールさんは何でもないことのように笑った。


「嬢ちゃんみたいな若い娘の護衛なんて嬉しいばっかりだ。あいつらに言ったら羨ましがられるよ」









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