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 それから数日後、事務所で仕事をしているといきなり事務所の扉がバターーン! と開いた。


「カタリーナ待たせたな、迎えに来たぞ」


 今日は五人の護衛を引き連れてモーリッツ殿下がドカドカと事務所の中に入ってきた。運悪く事務所には私とジェラールさんしかいない。ロイクさんやルカさんを始め従業員の皆さんは地方に出かけている。


「モーリッツ殿下、何度も言うように私は貴方とお付き合いするつもりも結婚するつもりもありません」


 私が必死に言い募っても殿下には通じない、もう何回も繰り返していることだ。


「カタリーナ、誰に脅されているんだ? 王宮の官吏か? まさかヘンリエッテがまだ邪魔をしているのか!」


「いいえ違います。ディーマイヤー侯爵令嬢は関係ありません」


「ああ、また私と引き離されることを恐れているのか。しかし大丈夫だ、母上が味方になってくれた。母は私に甘いからな。しばらく口をきいてやらなかったら君とのことを認めると言った。それに母の実家に頼んで君をクラハト公爵家の養女にしてくれる約束もやっと取り付けたんだ。もう私たちが引き離されることはないんだよ」


 何という余計なことを!! 私は必死に首を振った。


「違います! 殿下、私はもう貴族になりたくありません!」


「カタリーナ……なんという……君はヘンリエッテに苛められたことで心に傷を負っているんだね。大丈夫だ、誰にも君を苛めさせない。私が君を守るから」


 こぶしを握って宣言しても私には何にも響かない。逆にキモい。にじり寄ってくる殿下から逃げたくて私は後ろに下がる。


「お願いです! 私の事は放っておいてください!」


「カタリーナ、なんて奥ゆかしいんだ。やっぱり君は私に相応しい。今まで待たせて悪かった。君が仕事を何度も変えたのも知っている。私という素晴らしい恋人がいることで平民の奴らに苛められたんだね。それももう終わりだ、今日は君を連れ帰るつもりで来たんだよ。クラハト公爵家が君を受け入れてくれるからね」


 職を転々としたのは殿下のせいだ。殿下は私の仕事仲間に怪我を負わせたり商品を壊したりしても毎回大金を払って口止めしたりそれとなく王族だと匂わせて権力で黙らせてきた。暴力に耐えかねて私は結局殿下に連れ出され何時間か引っ張り回された。高級な食事なんて喉を通らないし宝石なんて欲しくもない。そうして引っ張り回された後に今度こそ見つからないようにと私は職も住まいも変えてきたのだ。


「わ、私お付き合いしている人がいるんです! だから殿下とは結婚できません!!」


 つい苦し紛れに叫んでしまった。私の言葉を聞いてモーリッツ殿下の目が怪しく光る。


「……へえ、私のカタリーナを横取りしようというのはどこの虫けらなんだ? 私が跡形もなく踏みつぶしてあげよう」


 マズい。誰かなんて考えてもいない。適当な名前を挙げて迷惑をかける訳にはいかないし……


「俺だよ」


 いきなりそう言って殿下を遮るように私の前に立ったのは黙って成り行きを見ていたジェラールさん。


「「え?」」


 私を含めてみんながポカンとジェラールさんを見つめる。


「嬢ちゃんと付き合っているのは俺だよ、お坊ちゃん」


「なななな」


 私もびっくりだけどモーリッツ殿下は言葉にならないくらい吃驚して固まった後プッと吹き出した。


「ふはは……私としたことが一瞬本気にしてしまったよ。私のカタリーナがこんなさえない中年と付き合うわけがない。カタリーナ、いい加減素直になって私の胸に飛び込んでおいで」


 私は急いでジェラールさんに縋りついた。


「ジェラールさんは殿下よりずっとずっと素敵です! 私ジェラールさんを愛しているんです!」


「カタリーナ、あまり聞きわけがないと強制的に連れて行くしかないな」


 モーリッツ殿下が顎をしゃくると護衛の人たちが前に出てきた。

 ああ、また事務所を壊されたりジェラールさんが痛めつけられたりしてしまう。私が観念して前に出ようとするとジェラールさんが押しとどめた。


「ちょっと下がっててくれ、すぐ済むからな」


 下手なウインクをしてジェラールさんはお掃除のモップを手に取った。


「さて、でっけえゴミ掃除といきますか」


 にっこり笑ってモップを構える。


「お前ら、こんなジジイ一人さっさと排除しろ。カタリーナは連れて帰る、手荒に扱うなよ」


 護衛の騎士たちが迫る。私はぎゅっと目を瞑った。


 ガタン! バタン!


「ぐえっ!」

 

「うわあ!」





「もういいよ」


 頭をポンと叩かれて恐る恐る目を開けると護衛の人たちが机の上や壁際で全員伸びている。

 え? どうしたの? 何があったの? 


「お、お、お前! 私に逆らって無事に済むと思うのか!」


 モーリッツ殿下がドアから半分身体を外に出しながら青い顔で叫ぶとジェラールさんがのんびり返した。


「さあねえ、俺は年だから物覚えが悪くてな。だからこの国の王様や王子様なんていうのもあんまりよく知らねえ。だけど惚れた女一人ぐらいは守る甲斐性はあるぜ」


 ずいっとジェラールさんが前に出るとモーリッツ殿下が後ずさった。


「き、今日の所は帰ってやる」


「あ、ゴミをそのままにしちゃいけねえな、ちゃんと持って帰ってくれ」


 ジェラールさんは片手に二人ずつ計四人の護衛騎士の襟首を掴むとずるずると引っ張った。戸口まで引っ張って言ってポイっと投げ出す。その間に残ったもう一人も目を覚まして置いていかれてはたまらないとばかりによろめきながら逃げ出した。


 バタンとドアを閉め振り返ってジェラールさんはため息をついた。


「ヤバイ、せっかく書いた書類が滅茶苦茶だ……」


 室内は机や椅子が倒れたり壊れたりして書類が散らばっている。


「……すみません、私の所為でこんなことに」


「じゃあ嬢ちゃん書類の書き直し、頑張ってくれな」


 ジェラールさんはニカッと笑った。


「あの、机や椅子の修理代は私のお給料から引いてください」


「ああそれはいいよ。うちの事務所の机や椅子はよく壊れるんだ」


 私は意味がわからなくて首をかしげる。


「血の気の多い奴らばかりだからな、喧嘩になる度物が壊れる。ひと運動した後はすっきりしているけどな」


 そう言いながらジェラールさんは壊れた椅子や机などを部屋の隅に積み上げるとパンパンと手を叩いて私を見た。


「今日はもう帰るか」


「え? じゃあ私は掃除と破損した書類の仕分けを――」


「嬢ちゃんも帰ろうぜ。パーッと美味いもんでも食って明日から頑張ればいいさ」


 私は迷った。近日中には仕事を辞めるつもりだったから。この事務所はモーリッツ殿下に知られてしまったからまたどこかに移らないと。そろそろ王都を離れた方がいいかもしれない、私は王都を離れたことがないから不安だけれど。だから今日のうちに出来ることは全てやっておきたかったのだ。


「さあ、行こう行こう」


 ジェラールさんは私の腕を取って事務所から連れ出した。

 二人で繁華街に向かいジェラールさんは一軒のお店に入った。私が戸惑っていると外に出てきたジェラールさんに腕を引かれて私もお店に入る。


「あらジェラール、今日は早いのね」


 おかみさんらしき人が声を掛けてきた。ジェラールさんの行きつけのお店かな? 私がぺこりと頭を下げるとおかみさんが目を見開いた。


「ジェラール! あんたこんなに大きい娘がいたのね!」


「おかみ、やめてくれ……俺は独身だ。この嬢ちゃんは娘じゃなくて俺んとこの商会で働いているんだよ」


 私はつい吹き出してしまった。


「まあまああんな荒くれ者ばかりの商会にこんな可愛い子が働いているなんて! お嬢ちゃん、困ったことがあったらあたしに言いな。悪さをした奴は店に来た時にケツをひっぱたいてやるからね」


「ふふ……ありがとうございます。カタリーナと言います、商会の皆さんには可愛がってもらっているので大丈夫です」


 でももうすぐ辞めなくてはいけないけど。


「おかみ、俺にはエールをジョッキで。それと適当に美味いもんを嬢ちゃんにもってきてやってくれ」


 椅子に座りながらジェラールさんが言うとおかみさんは「美味いもんって言ったってウチは何でも美味いからね、何を出そうかね」と言いながら厨房の方に歩いていった。



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