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「おはようございます!」


 元気に挨拶をして自分の席に着く。私は早速目の前の書類を捌き始めた。


 この商会に勤め始めて三か月、今度の職場は長続きすることを祈りつつ仕事を進めて行く。

 この事務所にいるのは今現在私ともう一人だけ。その男性は私が挨拶をすると「おう」と片手をあげて挨拶を返した後書類とにらめっこしている。私の父親と同じくらいの年齢のその男性はこの商会の副代表だ。名前はジェラールさん。同じくらいの年齢と言っても目の前の男性はお腹も出ていない引きしまった体つきで一見優しそうなそこそこ整った顔のいわゆるイケオジというやつだ。


 私は書類が一段落すると郵便物を取りに行く。郵便物を彼に手渡すと彼はその一通を手に暫く考え込んでいた。




 昼前にどやどやと数人の男性が事務所に入ってくる。


「あー疲れた」


「そろそろ暑くなってきやがったな」


 彼らが入ってくるのを確認した私は席を立って彼らに果実水の入ったコップを持っていく。


「お帰りなさい、お疲れ様でした」


 笑顔で一人一人にコップを差し出すと事務所裏の井戸で冷やしていた果実水を彼らは一息で飲み干して「くう~!」と声を上げた。


「嬢ちゃん、もう一杯!」


「俺はエールが飲みたいぜ。嬢ちゃん、エールある?」


「おう! 嬢ちゃんがお酌してくれたら旨さ倍増だ!」


 私が困った顔で立っていると私の後ろに人が立つ気配がした。ジェラールさんだ。


「おい」


 彼が声を掛けると軽口を叩いていた荒くれ男たちがシャキっとなる。


「すまん、ちょっとした冗談だ」


「怒るなよジェラール」


「嬢ちゃんもゴメンなあ」


 私はプッと吹き出しながら彼らに言う。


「気にしてませんよー。エールは出せませんけど」


 私が笑うと彼らはホッとしたようでまたワイワイと話し始める。


 私はこの商会の雰囲気が好きだ。

 最初紹介されてこの職場に来た時はびっくりした。正直言ってビビった。この商会には私以外女性の従業員はいない。ほとんどが荒くれ者と言った感じの男の人だ。代表のロイクさんという人は熊のような大男で、正直最初に面接したのが彼だけだったら帰っていたと思う。ロイクさんの隣に居たジェラールさんが私の仕事内容が事務所での書類整理や雑用が主で、ほとんどの従業員とは顔を合わせる機会が少ない事、もし不埒な真似をする人がいたら自分がきっちり対処することなどを説明してくれた。


 私が「よろしくお願いします」と頭を下げるとロイクさんはあからさまにホッとした顔をした。


「良かったよー。俺たちみんな書類仕事ってヤツが苦手でなあ。こいつにばっかり負担かけちまってたんだ」




 この商会は運送を仕事にしている商会だ。大きな商会などは自前の馬車や護衛などを抱えていて自分たちで商品を輸送しているけど小さいところはそこまでの手間をかけられない。今まではそういう商会は近くの街や村でしか商品を売りだすことが出来なかったのだけど、この商会が出来て遠方まで商品を届けられるようになった。今ではお得意さんが何軒かついて、この季節は東の村の特産の果実のジャムを王都に届け、この季節は南の町の毛織物を北の都市に運ぶ。ある製品の加工が得意な領地にその原材料が豊富にとれる地域から原材料を運ぶ、など依頼が引きも切らず瞬く間に商会は頭角を現した。地方の小規模な商会や工房などが発展して王国の経済も活性化した。王族の覚えもめでたいとの噂もある。


 商会が大きくなって事務仕事の負担は増したものの荒くれ者の多いこの商会はなかなか事務を行ってくれる人が育たず困っていたそうだ。

 私は採用が決まった時に働いている人たちに紹介してもらったのだけど確かにロイクさんのような厳つい男の人が多くてちょっと怖かった。荷運びや道中の荷の護衛も兼ねている彼らは盗賊などに襲われても引けを取らないくらい度胸が据わっているし実際強いらしい。


 私をロイクさんが紹介した途端、従業員のみんなが騒めいた。


「女だ!」


「可愛い!」


「ヒュー!」


「お前ら!! この嬢ちゃんに手え出すんじゃあねえぞ! お前らが苦手な書類仕事をやってくれる大事な嬢ちゃんだ。手を出した奴は俺を敵に回すと思え!」


 ジェラールさんが一喝するとみんながシャキ――ンとなった。それから私は不快な思いをしたことがない。さっきのような冗談や軽口はあるけれどみんなに可愛がってもらっていると思う。唯一の不満はみんなが私のことを『嬢ちゃん』と呼ぶことだ。ジェラールさんが言い初めてその呼び名が定着してしまった。


「ルカ、この新規の依頼なんだけど」


 ジェラールさんは談笑している男の人たちの一人を呼んで話をしている。呼ばれたルカという人はこの商会でもかなり若い部類に入る人だけど皆から次期代表と言われている人だ。黒髪に琥珀色の瞳、甘いと言われるような綺麗な顔つきだけど目つきが鋭いので甘いというよりは精悍な印象だ。


「嬢ちゃん、ルカに惚れたらだめだよ。あいつにはお姫様のように綺麗な滅茶苦茶惚れてる女房がいるからな」


 ここに勤めて数日で誰かに言われた言葉。私はにっこり笑って言い返した。


「大丈夫です、好みじゃありませんから」


 イケメンはモーリッツ殿下だけでお腹いっぱいだ。モーリッツ殿下は顔だけは整っていた。でもそれだけ。人の話は聞かないし恩着せがましい。なにより私がモーリッツ殿下の事を愛していると思い込んでいる。あの自信はどこからくるのだろう? モーリッツ殿下には迷惑をかけられ過ぎて頭が痛い。

 私の好みはもっと落ち着いて包容力もあって人生の酸いも甘いも嚙み分けたような……



 

 私が妄想に浸っているうちにお昼になったようだ。

 今日は事務所に仕事から帰ってきた人たちがいるので一緒に近所の定食屋に行くことになった。

 彼らは昼食をとった後お休みを取り明日の未明に今度は北の町に向かって出発するそうだ。事務所を閉めて歩き出す。


「カタリーナ! 探したぞ!」


 その声に私はため息をついた。私が何度も職を変えることになった元凶、モーリッツ殿下だ。

 モーリッツ殿下は私を諦めてくれなかった。側妃様の宮で謹慎している筈の殿下は度々抜け出して私に会いに来るのだ。一人ではなく護衛を三名ほど連れてくるから一応側妃様も承知していると思う。

 

「嬢ちゃん知り合いか?」


 ジェラールさんに聞かれて私は頷いた。


「でもあんまり会いたくなさそうだな」


「すみません、ご迷惑をおかけすると思いますのであちらで話をします。皆さんはお食事に向かってください」


 私がジェラールさん達に頭を下げて歩き出そうとするとジェラールさんはぐいと私の腕を引っ張って引き止めた。


「嬢ちゃんが会いたくないなら会う必要はねえよ。っていうかあんまり嬢ちゃんと二人きりで会わせたくないような奴だな」


「いえ、あの私なら平気ですから」


 モーリッツ殿下は「カタリーナ! 私が会いに来なかったことを拗ねているのか? 今回は探すのに時間がかかってしまったが私の愛を疑わないでくれ!」などと叫んでいる。

 このままではみんなに迷惑がかかる。モーリッツ殿下は何度も私の勤め先に危害を加えてきたのだ。

 護衛に命じて私を庇ってくれた人にけがを負わせたり商品を破壊したり。その度に私は勤めを変えるしかなかった。そうしないとどんどん迷惑行為がエスカレートするから。


「おい」


 ジェラールさんが一声かけると私の周りを皆さんが取り囲んだ。屈強な男の人ばかりだ、私はその中に埋もれて見えなくなってしまった。


「お、お前たちは何だ! 私とカタリーナの仲を邪魔しようというのか! おいお前たち、いつものようにこいつらを排除しろ!」


 モーリッツ殿下が護衛の人たちに命令する。いつもこうやって私を庇ってくれる人を痛めつけたり、かといって私が閉じこもって出ていかないと店先で商品を壊したりしていたのだ。

 彼に言わせると私と彼を邪魔する者は全て真実の愛を壊そうとする悪人らしい。


「お前たち退け! 退かぬと痛い目にあわせるぞ!」


 モーリッツ殿下の護衛の騎士が凄んだけどみんなニヤニヤしている。


「痛い目って何をするんだ? 俺、最近運動不足だったんだよなあ」


 関節をコキコキ鳴らしながらルカさんが一歩前に出た。


「ルカさん!」


 私が止める間もなかった。一瞬後にどうやったのか護衛の一人が地面に転がっていた。


「うわっ! 何をする! お前らこの私を誰だと思っているんだ! 私は—―」


 護衛の人が必死になってモーリッツ殿下を止めた。彼らは一応殿下が謹慎中なので正体を明かしたら不味いと理解しているようだ。


「ふ、ふん、今日は帰るけどお前ら覚えていろ」


 悪役の定番のセリフをルカさんにぶつけてモーリッツ殿下は屈強な男の人たちに囲まれている私を見た。


「カタリーナ、待っていてくれ。こんな障害私は必ず跳ね除けてみせる!君を救い出してあげるからね!」


 そう言いながらモーリッツ殿下は帰って行った。




 

 お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、商会の皆さんは前作『盗賊と金の姫』に出てきた盗賊の皆さんです。『盗賊と金の姫』その後のお話になります。

 前作を読んでいなくても支障はありません。

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