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婚約破棄に巻き込まれたピンクブロンドの男爵令嬢はなんとかクズ王子から逃れたい  作者: 一理。


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1/9

よろしくお願いします


「ヘンリエッテ・ディーマイヤー侯爵令嬢、貴様はカタリーナ・ライマン男爵令嬢に対し執拗な嫌がらせを繰り返した。例え爵位が下の者に対してでもそのような非道がまかり通ると思っているのか! そのような根性のねじ曲がった者は王子妃として王家に迎え入れることなど出来ない! よって私は貴様との婚約を破棄することとする!」


 学院のホールに響き渡る殿下の声。

 私は茫然として声の主、この国の第二王子、モーリッツ・ブリューゲル殿下を見上げた。

 そう、見上げた。殿下は頭からジュースを被ったままの私の腰をがっちりホールドしているので逃げられないのだ。早く着替えてドレスを洗わないとしみが残っちゃうかもしれないのに。髪も早く洗いたい。


 私はなんとか殿下のホールドが緩まないかと身体をくねらせてみたが手はがっちりがっつりと私の腰を抱いており私は無駄に身体をくねくねさせただけだった。

 そんな殿下は私を見てだらしない笑みを浮かべると腰を力強く引き寄せる。私は咄嗟に両手を胸の前で握り合わせた。


「カタリーナ、今まで済まなかった。さぞ怖かっただろう。もう心配いらない、私が君を守るからな」


「いえ、結構です」ともいえず、私は胸の前の握り合わせた手に力を入れて俯く。だってこうしないと私の胸が殿下と密着してしまう。私なりの精一杯の抵抗だ。

 とにかく早く解放して欲しい。殿下が婚約破棄をするのは勝手だけどこんなところでしないで当事者同士で他の場所ですればいいのに。


「モーリッツ殿下! 殿下はその女狐に騙されているのですわ! その女は色仕掛けで殿下を誑しこんだのです!」


 いい加減にして欲しい。私はモーリッツ殿下を誑しこんでなんていないしなんなら迷惑でさえあった。言えないけど。だって学院に入学する際にお父様とお義母様から耳にタコができるほど高位貴族に逆らうな、愛想笑いをしろ、とにかく無礼が無いようにと言い聞かされていたから。


 何の因果かモーリッツ殿下に気に入られ付きまとわれ私の平穏な学院生活は一年で終わりを迎えた。私はピンクブロンドの髪に若草色の瞳、やや童顔で小柄な体躯は庇護欲をそそるらしく入学以来数々の男性に交際を申し込まれていたのだけどそれでも殿下に付きまとわれるまでは一応平穏な学院生活だった。

 殿下が足繁く私の元に通うようになって私の周りから人がいなくなった。数少ない友人も私から一斉に距離を取った。そして始まる嫌がらせの数々。そのほとんどは今私の目の前にいるヘンリエッテ・ディーマイヤー侯爵令嬢とその取り巻きのご令嬢たちにされたことだ。

 だからディーマイヤー侯爵令嬢が婚約破棄されても可哀そうだとは思わない。けれどそれは私の居ないところで当事者同士でやって欲しい。私はディーマイヤー侯爵令嬢にやられたことを殿下に話したことは一切無いし助けを求めたことも無いのだから。

 ディーマイヤー侯爵令嬢と取り巻きのご令嬢方の嫌がらせは通りすがりに嫌味を言われる、私物を勝手に捨てられたり汚されたりする、噴水に突き落とされる等々微妙に犯罪とまではいえないようなもので高位貴族のご令嬢がしがない男爵令嬢にしたところで問題にもならないだろう。だから私はじっと耐えていたのだ。殿下が卒業するまでの辛抱だと。

 この学院は十五歳から三年間貴族の子女が通う学院で殿下とディーマイヤー侯爵令嬢は三年生、私は二年生であと半年足らずでお二人ともいなくなると思っていたのだ。

 それなのに夏期休暇前の半期終了のパーティーで事件は起きてしまった。


「黙れ! 可憐で無垢なカタリーナに何ということを言うのだ! お前のような薄汚い根性の女は顔も見たくない! とにかく婚約は破棄だ! そして私は心優しく美しいカタリーナ・ライマン男爵令嬢と新たに婚約を結ぶこととする!」


 何とか殿下の拘束から逃れようと(何しろ殿下が私の腰を強く引き付けて私の腰は殿下に密着してしまっているのでささやかな抵抗で上半身は密着しないようにと私は今エビぞり状態なのだ)しきりに身体をくねらせている私の頭上からとんでもない爆弾が投下された。


 は? え? 冗談でしょう? どうして私が殿下と婚約する流れになっているの?


「あの……殿下、私はそのような事望んでおりません」


 エビぞり状態のまま何とか言葉をひねり出すが殿下には全く通じなかった。


「いいんだよ愛しいカタリーナ、君は何にも心配しなくていい。全て私に任せてくれ」


 いや、心配しかない。あんたとは婚約なんてしたくない! 好みでもない男に好かれても迷惑! と言えたらどんなにいいか。


 その時やっと近衛騎士を引き連れた学院長がこの騒動に割って入り、殿下とディーマイヤー侯爵令嬢、私は促されて王宮に向かうことになった。どうして私まで? と思わなくもないけど、殿下に腰を抱かれたこの状況では言っても無駄だろう。うージュースのシミ……




 王宮で一人ポツンと待たされ、その間にやっと私は着替えることが出来た。お風呂に入らせてもらい着替えを借りてやっとさっぱりした私はちょっと上機嫌で最初に待つように言われた部屋で紅茶とお菓子を楽しんだ。

 王宮の応接室? なんて二度と来ることがないだろう。王宮でお風呂に入るなんて経験も自慢できる(誰に?)


 そんな私の機嫌は王宮のお役人さんから事情聴取を受けると瞬く間に急降下した。

 彼は私がモーリッツ殿下を誑しこんだあくどい毒婦だと決めつけていた。何度「モーリッツ殿下と親しい関係では無いし婚約者になるつもりはありません」と言っても「し、しおらしいふりをして私を騙そうなど……ちょっと可愛くてちょっと私のタイプだからって……あざといぞ!」と言って私の言葉をちゃんと受け止めてくれなかった。


 そりゃあ私はしがない男爵令嬢でそれも五年前までは平民だったから発言権なんか皆無だけど。

 私は男爵の庶子だ。市井で育って十二歳の時母親が亡くなり男爵家に引き取られた。それから礼儀作法や何やかやを必死に覚えさせられたけど今でも庶民の感覚が抜けきらない時がある。なんかその辺がモーリッツ殿下の琴線に触れたらしいんだけど、私にはいい迷惑でしかない。学院のご令嬢方は気品があるとか華麗だとか殿下に憧れているけれど、ああいうなよなよしたタイプはまったく好みではないので。


 私が何を言おうとどう感じようと物事は上の方の方々の思惑で進んで行くのだろう。

 もう帰りたいな、帰ってもいいかなとじりじり待っているとノックの音がした。


 入ってきた人物は年齢はさっきのお役人さんと同じ二十代半ばくらいだけど多分お役人さんよりずっと上の身分の人。だって纏うオーラが全然違う。

 私は思わず立ち上がり付け焼刃のカーテシーをした。


「ああ、そんな挨拶はいらないよ。カタリーナ・ライマン男爵令嬢だね、まあ座ってくれ」


 優しい口調でおっしゃられるので私はまたソファーに腰を下ろした。


「もう一度確かめさせてくれ。君はモーリッツと恋人関係ではないのかな?」


 うんざりしながら私は答える。


「はい、恋人ではありません。なるつもりもありません」


「そうか。ディーマイヤー侯爵令嬢との仲を裂こうとモーリッツを唆したりは?」


「してません。ディーマイヤー侯爵令嬢には嫌がらせを受けていましたがそれを殿下に言ったことはありません。信じてもらえないとは思いますが」


「ふうん……君は聞いていた印象と随分違うようだな」


 目の前の男性は信じる、信じないとはまったく別のことを言った。聞いていた印象って何? どうせいい印象ではないでしょうけど。

 なんか物凄く腹が立って来て私は目の前の男性を睨むように見てしまった。怒るかなと思ったけどその男性は苦笑いして私に告げた。


「モーリッツが衆人環視の中でディーマイヤー侯爵令嬢に婚約破棄を突き付けたことから事は大きくなってしまった。当然二人の婚約は破棄される。二人も処罰を受けるが君も無罪放免と行かなくてね。ああ、モーリッツは君を妃にすると未だに主張しているが当然王家として受け入れるわけにはいかない」


 それは当たり前だろう。私は庶民出で貴族と言っても底辺の男爵令嬢だ、王子妃なんか務まるとは思えないしなる気もない。

 私が頷くと目の前の男性は話を続けた。


「それでね君の処罰なんだけど、君は貴族籍を剥奪されることになった。つまり男爵家から籍を抜かれて平民になる」


 思ったより重い処罰だった。


「ライマン男爵家は何か処罰を受けるんでしょうか?」


 私が震える声で聞くと目の前の男性は首を横に振った。

 それならいい。私を引き取ってくれたお父様とお義母様が処罰されなければ私は構わない。優しかったわけではないけれどお義母様はなさぬ仲の私を虐待したりはしなかった。眉間に皺を寄せながらも必要な教育は受けさせてくれた。もともと実の母親が亡くなった時に天涯孤独になったと思っていた。五年間も衣食住を世話してくれて平民には過ぎる教育を受けさせてくれた事だけで十分だ。男爵家には恩を仇で返したようになってしまった事が心苦しいけれど。


「わかりました、近日中にライマンの家を出ていくことにします。それでは失礼いたします」


 私が頭を下げて部屋を出ようとすると目の前の男性が引き止めた。


「待ちなさい、君はそれでいいのか? 報告を聞いた時点では君はモーリッツを誘惑して婚約者に納まろうと画策した身の程知らずの男爵令嬢と思われていたが実際は違うのだろう? つまり君はとばっちりで処罰を受けることになる」


 この人は何を言いたいのだろう? 私の処罰は上の方で勝手に決めた。私の意志は反映されないし私の意見など誰も求めていない。


「一つ聞いてもいいですか?」


 私は扉に向いていた身体をその人に向けると声が震えないように注意しながら言った。


「私はどうすれば良かったんでしょう? 私は男爵家に引き取られて五年間、必死に貴族の生活に馴染もうと努力しました。学院では上位貴族の方々に逆らわないように、愛想よくするように言い含められていました。私はモーリッツ殿下のお誘いを断ることなど出来ませんでした。お話しされることには笑って頷くよう努力しました。でも私から殿下に話しかけたことは一度もありません。何かをお願いしたことも、金品を強請ったこともありません。私はどうすれば良かったんでしょう」


 男性はもう何も言わなかった。

 私はもう一度礼をして部屋を出た……ところで気が付いてもう一度引き返した。


「あの」


「君」


 私を追いかけて部屋を出た男性と扉の所でぶつかりそうになって慌てて避ける。


「あの、お借りしたドレスは後日お返しに上がればよろしいですか?」


 私が聞くと彼はちょっとポカンとした。


「ジュースを頭からかけられてドレスがジュースまみれだったので着替えをお借りしたんです」


「あ、ああ、そう。それは……いや、着替えは返さなくていいよ。それからね、私の手の者を近日中にライマン家に遣わすから。君が平民になる事は覆されることは無いけれどちゃんと生活が出来るように手を打とう」







 私に処罰を言い渡した男性はなんと第一王子のエックハルト殿下だった。

 私は何か不敬な事を言ってしまったんじゃないかと青くなったけど、今更だ。もう会うことは無いだろう。


 後で聞いた話によると、王宮に移ってからもモーリッツ殿下とディーマイヤー侯爵令嬢の意見は平行線のままだったらしい。モーリッツ殿下が浮気をしたとして婚約は破棄となり、モーリッツ殿下は側妃様の宮で一年の謹慎処分となった。モーリッツ殿下のお母様は側妃様で臣下の中でも権力を持つクラハト公爵の娘。ちなみに第一王子殿下は国外からお嫁入された王妃様のお子様だ。

 ディーマイヤー侯爵令嬢は特に罪は無いが、私にしていた苛めの数々は侯爵令嬢としての品位に欠けるとして、しばらく領地で傷心の静養という名の蟄居となったらしい。

 そして私に関しては厳しい処罰を下さないとクラハト公爵家とディーマイヤー侯爵家が治まらなかったらしい。

 ディーマイヤー侯爵令嬢は「あのしおらしい顔をした女狐がこのまま社交界に出入りするなど耐えられませんわ!」と泣き叫んだらしい。側妃様もそれに賛成した。側妃様にとっても私はかわいい息子を腑抜けにした女狐なのだ。

 それでも明確な罪のない私を牢屋に入れることや強制労働に従事させることなど出来る筈も無く貴族の身分剥奪ということで落ち着いたらしい。


「君がこれを不服とするなら裁判で争うという手もあるが」


 数日後に男爵家まで訪ねてきてくださったエックハルト殿下の側近という方に言われたけれど私は首を横に振った。

 エックハルト殿下の計らいで住む処は用意してもらえた。仕事も紹介してもらった。王宮にも出入りするような大きな商会だ。私はそれで十分だ。


 お父様は「カタリーナ、力になれなくて済まない」と、お義母様はいつもより眉間の皺を深くしながら「これ以上ライマン男爵家に迷惑をかけないように元気に生きていきなさい」と言葉を掛けてくれてそれなりのお金を持たせてくれた。



 そうして私は平民になった。


 平民になって、いえ、平民に戻って思うことは私は貴族の生活に馴染めていなかったということだ。だって今はこんなに息がしやすい。


 もう礼儀作法にとらわれることもない。令嬢同士の上辺だけ丁寧で陰で嘲笑うような視線に耐えることもない。令息たちの値踏みするような視線の前で愛想笑いをしなくてもいい。何より殿下やその取り巻きの方々に無理やり連れ回されて興味ないことでも喜んだ振りをしたり貼り付けた笑顔で顔が引きつることもない。


 私は自由だ。







 ――自由じゃなかった。






 

お読みくださってありがとうございます。

少しでも面白い、続きが読みたいと思って下さったらブクマやお星さまをポチッとしてくださるととっても嬉しいです。モチベーションが上がります。よろしくお願いします!

毎度のことながら誤字報告も非常に助かっております。感想もいただけると嬉しいです!

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