9. 自己紹介って難しいよね
鬼ヶ崎ラム15歳として朝、ひとりで制服を着て10分弱の道を歩いての初登校は想像以上に心躍るものだった。
剣蔵としての初登校はどうであったかはもう思い出せなかったがここまででなかったのは確かである。
やはり美少女はいい。
清浄な朝の光と空気の中、真新しい制服に身を包み、颯爽と歩く長身の美少女は人目を惹くが今はそれも心地よい。
入学式の翌日は1、2限のホームルームのみとなっていて、
クラスメイトとの顔合わせと学校生活の諸注意を説明されることとなっていた。
「改めましてこの1年間、1年3組の担任としてあなた達を受け持つことになりました山本直美です。
担当教科は国語です。よろしくお願いします」
鵬皇学園高等部新1年生200名は1クラス40名の5クラスに別れ、
各クラスは中学部から持ち上がりの内部生が30名、一般入試で高等部から入学の外部生が10名となっている。
1年生でのクラス別けに成績等での色分けはされてなく、鬼ヶ崎ラムは3組となった。
山本先生はベージュのパンツスーツに銀縁眼鏡の35歳独身、典型的な高校の女教師である。
「では早速ですが皆さんも出席番号順に簡単な自己紹介をしてください。
池尻君からお願いします。」
背の高い、涼やかな目元にウェービーな長めのマッシュの王子様っぽいイケメンが立ち上がった。
「えー、このクラスの4人のうち3人はまたよろしくな。
4人のうち1人は初めまして、池尻救世です。
救世主の救世と書いてメシアと読みます。
鵬皇学園では俺みたいな中学部からの持ち上がりを内部生と言ってます。
一般入試で高等部から入ってきた人を外部生と言ってます。
あ、特に差別とかはないんで安心してください。
これからクラスメイトととして仲良くなるのに最初のうちだけは
距離感に困るかもしれないから知っておいた方がいいでしょう。
で、提案なんだけど自己紹介の中で内部生か外部生かを言ったらいいんじゃないかな?」
「池尻君ありがとうございます。それはいいアイデアですね。
では次の方からお願いします。」
鬼ヶ崎ラムは感心した。話の運び方がとても手馴れている。
長くリーダーシップをとってきた者特有の空気を感じた。
間にひとり挟んで順番が回ってきた。
椅子を引いてスッと立ち上がると全員の視線が集まる。
前2人が内部生だったから初めての外部生に興味津々なのだろう。たぶんね
「皆さん、初めまして。鬼ヶ崎ラムと申します。
自己紹介は緊張しますが楽しそうなクラスでよかったです。
これから1年間よろしくお願いします。私は外部生です。」
背筋を伸ばし、固くならず、自然な笑顔で、聞き取りやすい声量と発音を心がけ、
簡潔に必要十分な内容で話をまとめ、一礼してゆっくり席につく。
自己紹介と言いつつプライベートな情報はない。
しかし、少し重くなっていたクラスの雰囲気が一気に軽くなった。
外部生の警戒感がその言葉に特に意味はなくても「緊張しますが楽しそう」の一言で解けたのだ。
共感する言葉と期待する言葉が並んでいて、根拠もないがそこに明るい希望のようなものを感じた。
大企業トップとして聴衆をコントロールしてきた場数が違うのである。
自己紹介が終わって休憩時間になってすぐに後の席の柿沢碧が話しかけてきた。
クリクリとした大きめの瞳と変化に富む表情が親しみやすそうな雰囲気を醸す、ショートボブが可愛い娘だ。
「ねえねえ、鬼ヶ崎さんってあの鬼ヶ崎さん?」
「あのってどの?」
「最近すっごい遺産もらったって話題になってた鬼ヶ崎さん?」
「あー、それで「あの」か。うん、そうだよ」
「えー、聞いてない!こんな美人て聞いてないよー」
「えー、教えてない!ってゆーか、遺産貰ったのはお母さんだよ。
私は貰ってないからね」
「え、お母さん?なんか未婚の社長令嬢って聞いたんだけど」
「うん、間違ってないね。私、養子だし」
「え…それ聞いていいの?消されない?」
「いいんじゃないの?消されないと思うけどたぶん…」
「いや、そこ断言するとこだよね!?」
「エヘヘ?」
「怖ッ!変な誤魔化し方、怖ッ!
ってか、鬼ヶ崎さんってもっと近寄りがたい人かと思ってた。なんか意外〜」
「うん?会ったの今日が初めてだよね?」
「いやー、昨日の入学式からメチャクチャ目立ってたからさ。
一方的に知ってたってゆーか」
「やっぱそうだったんだね。なんか色んな視線を感じてはいたんだよね。
制服がなんか思ってたのと違うっていうか、普通に着たつもりでも方向性?がなんか難しいんだよ」
「そうか、普通にって自然にそうなってんのか。そーかー」
「なんか目付きと手つきが怪しいんですけどー!」
そのまま休憩時間が終わり、2限目のホームルームでは事前に配られていた校内案内図をもとにした説明から、
保健室・図書室・学食・購買といった施設設備の利用方法、学校生活の諸注意、年間行事、授業の進め方などが話されるのを
ただただ懐かしい気持ちで聞き、最後に山本先生がクラス委員を男女ひとりずつ指名して終了し、そのまま下校となった。