56. アンコール!鬼ヶ崎ラム
ライブ後に少しだけメンバーと学園祭を回って終了となったので
ラムはメイクを落とし制服に着替えてメイド喫茶の後片付けに参加した。
この2日間でラムと打ち解けて、キャンファのライブを友人感覚で見に行ったクラスメイトも多く、
ライブの感想やメイド喫茶でのちょっとした事件など皆んな楽しく聞かせてくれて嬉しかった。
まだ壁があるというS5のメンバーにも卒なく繋いでやっていつのまにか完全にクラスの中心となっていた。
「なんか不思議よねー、ラムちゃんがこんなに社交的だったなんて。
ってか、気が向いたから魅了したって感じよね。
これでおかしな思惑や悪意なんてこれっぽっちもないんだから悪いことじゃないんだけど、
真っ先に魅了されちゃった私からしたら複雑だわー」
「なんかすごく誤解されてる気がするんだけどー
他の人と話してみて今までがおかしかったことに気がついたんだよ。
私、入学以来、クラスではS5としか話してないし遊んでなかったんだ」
「そうなの。中学、いえもっと前から私たちって遠巻きにされてたんだよ。
誰が悪いってことじゃないんだけど、他の人とどうやって接していいのか分かんなくなってた。
あちら側も同じだったんだね。どうしていいか分かんないまま壁の両側で困ってたんだ。
ラムちゃんはそんなの関係なくぶっ飛ばしちゃった。やりたいようにやっただけなんだよね」
「難しいことは分かんないよ。
でもおかしいと思ったから話してみたんだ。それだけだよ」
「それでいいんだね。ラムちゃんは皆んなに好かれてるだけで十分だよ。
それだけで皆んなの方が変わりたくなるんだ」
「ミドリちゃん、抱きしめようか?」
「だっ!だからそーゆーのは学校では無しなの!」
百合百合しいけど誰も突っ込まない。
普段なら血涙を流すはずのロリっ娘も今はまだ涅槃から戻ってないのだ。
※※※※※
学園祭の片付けは暗くなっても終わらず、ラムはメシアと共に機材の搬出に立ち会っていた。
「ラムちゃん、生徒会からのお願いなんだけどさ。
この後、後夜祭でキャンプファイアをやるんだけど、毎年、あまり盛り上がらないらしいんだ」
「え、キャンプファイアを囲むフォークダンスって盛り上がるもんじゃないの?」
「それが、うちの学校はそのへん厳しくて、暗がりで男女が踊るなってことになっててさ。
同性同士で組まされるもんだからまーったく盛り上がらないんだよねー」
「ぷ。私は全然それで大丈夫なんだけど」
「あー、もうそのあたりは皆んなよく分かってるからいいんだ。
そうじゃなくて、代わりに盛り上がる企画をやろうって話で。
でも、その具体的な中身が詰めきれなかったというね。
ということで人気者のラムちゃんにアレを歌って欲しいんだって」
「アレって何?」
「あのバンド名になってる曲。
キャンファのイメージビデオが好評でさ、英語詞の前向きな解釈が広まってるからメッセージ的にもいいんだって」
「そういうことならいいよ。やろう。
ただ機材がないな。自分のは搬出しちゃったから。
軽音からエレアコとアンプとマイクとか調達してセッティングしてくれたら弾き語りするよ」
「おっと、そうだよねー、実際にやるとなると。
分かったよ。たぶんラムちゃんがやるって言ったら協力しない人間はいないから用意できると思う」
「おっけ。準備できたらメシアくんが呼びに来てくれるのかな?
とりあえずミドリちゃんたちのところで待ってるよ」
※※※※※
「おお、路上ライブ用のアンプじゃないですか!乾電池駆動とはちょうどいい。
軽音になんでこんなものが?」
「去年卒業した先輩の遺産らしいよ。
路上ライブしようと駅前でセッティングしてたら警官呼ばれて使う前に撤収させられて心折れちゃったらしい」
「ああ、許可取りしてなかったのかー」
路上ライブといっても馬鹿正直に道路でやろうとするのは管轄している警察署に許可を得る必要がありハードルが高い。
道路に面した私有地なら音量にさえ気をつければ警察など関係なく店舗のオーナー等に許可をもらうだけでいいはずだ。
オシャレタウンの車の通らない商店街の遊歩道なんか良さげだなとズルい大人だった経験があるラムは思った。
そういえば路上ライブのメッカと言われたあの歩行者天国はもう随分昔になくなったのだなと
一瞬高校生らしからぬ遠い目をしてしまった。
「アンプとエレアコ、マイクとマイクスタンドにケーブル。あと何か必要なものある?」
「あ、ガムテある?ほんの少しの切れっぱしで十分なんだけど」
「今持ってくるよ」
というやりとりをメシアと行って暫く、既に盛り上がらないフォークダンスが終わったところで
校舎を背にしたキャンプファイア前にアンプとマイクが設置されて何が始まるのかとソワソワした空気に包まれはじめた。
そんな頃合いでラムは借りたエレアコを肩から下げて登場した。
「どうも今晩は。1年3組、鬼ヶ崎ラムでーす。1曲だけ歌うのでお付き合いくださいねー」
キャンファの時と違い煽るような仕草もなく淡々としたものである。
「では英語ですが歌える人はご一緒にどうぞ。キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム」
軽やかなアルペジオが夜空に響く。
カムダーウンオフヨスローオオン、エンリービョーバディーローオオン♪
ラムの透き通った歌声がキャンプファイアの熱気を心なしか抑えたように感じた。
♪♪♪♪♪
落ち着いたギターの音色と少女の歌声がキャンプファイアの炎に揺れて闇に溶けていく。
キャンプファイアを囲む皆んなは静かに耳を傾けながらもじんわりと確かな一体感を感じていた。
バラ、キャンファインマイウェーホーム♪
サビが繰り返されて終わるとかと思いきやリピートして続くようだ。
バラ?
オーディエンスに向かって問いかける様子に応える者がいる。
キャンファインマイウェーホーム!
そのまま掛け合いになる。
バラ?
キャンファインマイウェーホーム!
バラ?
キャンファインマイウェーホーム!
マイクスタンドにガムテで貼り付けてあったピックをスッと取ってアルペジオから力強いストロークへ。
バラ、キャンファインマイウェーホーム!
バラ、キャンファインマイウェーホーム!
バラ、キャンファインマイウェーホーム!
バラ、キャンファインマイウェーホーム!
もう全員が一丸となってサビを熱唱している。
ラムはマイクを外し生声で歌いながら左右に歩きまわった。
10分近く続いて一体感のうちにストロークの調子を変えてエンディングを示す。
ジャーン!ウオーーー!!!
「どうもありがとう!学園祭楽しかった!皆さんおやすみなさい」
満面の笑みでギターを返して下がっていく友人を見てミドリは知らず涙を流しながら呟いた。
「いやもうスターだから。こんなのスターがやることだから」




