5. 娘がママになりました
保護施設に警官が来て真っ暗なエントランスで震えるラムを保護するまで職員は誰も異変に気づいていなかった。
施設長はラムの部屋でタンポンを握りしめたまま、いまだに失神していた。
警官と同時に到着していた救急車は外見上無傷のラムではなく失神した施設長を運んでいった。
警察署での聴取には暫定的な後見人として緊急通報後に連絡した寧々が付き添った。
聴取の婦人警官に今までの出来事と疑惑を話し、
証拠として施設長が部屋に入ってきたところからスマホで撮っていた動画を提出したところ、
そのまま施設ではラムの身の安全に不安があるということで寧々の家に保護してもらうことになった。
動画を見た婦人警官も寧々も施設長のあまりのキモさに絶句していた。
その後の家宅捜索から盗まれた下着等の証拠品と施設長の余罪が次々に明らかになってくると
行政の大失態ということでマスコミが騒ぎ出したのだが、
被害者は未成年ということで完全に護られた。
しかし被害者が身元不明のままでは司法上の手続きに困ると行政にそれとなく圧力がかかり
弱みのある行政は最速で寧々との養子縁組を成立させたので晴れて鬼ヶ崎ラム(14歳)の戸籍を得ることとなった。
「なんでラムなのよ。
あの語尾が特徴的で一人称がウチとかいう昭和のアニメキャラが元?」
「ちがーう。
昭和のハワイ出身の大人気グラビアアイドルが元だよ。」
「ふーん、いがーい。
お父さんはお母さん一筋でそういうの興味ないと思ってた。」
「愛子一筋だったけど、浮気しなかったわけでもないんだよね」
「え!初耳なんだけど」
「愛子の和装の部屋にお高めの着物の帯が幾つかあるでしょ」
「幾つかっていうか桐のタンス一つ分はあるね」
「浮気1回につき、ひとつ買わされた」
「マジで?とんだ浮気男じゃん!」
「いや、そういう状況になってしまったら腹を括るわけですよ。
結構イケオジ的な?分かりやすくお金持ちだったしね。
決して積極的ではなかったんだともう死んでしまった剣蔵が申しております」
「ずるーい。イケオジなんて言葉どこで覚えたんだか。まあ今更か。
で?今はイケメンにトキメイたりするわけ?」
「全然、男にはこれっぽっちも1ミリも興味ありませーん。
女性も今のところはないかな。自分大好き♡」
「あーうん、それは分かるかも。美少女ぶりも板についてきた感じじゃない。
防犯カメラに映ってた登山者は中味が美少女でも歩き方や仕草がまだ全然お父さんで警察もまったく疑わなかったよね」
「あれはキツかった。中がスカスカだったから後で着る服一式、お腹周りに詰め込んでたんだけど
防寒が完璧な本格的なやつだったから暑くてねー、私はもう二度と自殺しないよ」
「それ言う?警察に謝れ。まあ上手くいってよかったよ。保護施設で襲われかけるとは思わなかったけど。
それで、男性恐怖症とかは大丈夫?」
「うーん、それなんだよねー
恐怖症まではないけど男の目線って気持ち悪いもんだね。なんで部分ばっか見るのかな。
いや自分もそうだったか?でも嫌だな。あれにはまだ耐えられないと思う。」
「あー、あれはちょっとねー、気づかないフリって何げに難しいもんだよ。
でもいつかは慣れるでしょ。女はみんな通る道だよ」
「教えてくれてありがとうママ」
「ママってこの子は!いや、お父さんが可愛いんだけど、どうしよう」
「もうお父さんではなくママの娘でーす♡」
「おー娘よ!じゃあ今からママでいいや。ママもラムちゃんって呼ぶね。
で、ラムちゃんはなんで初期設定を14歳にしたの?」
「初期設定っていうな。来年から高校に通うためだよ」
「そうか、学校があったね。そういえば。
学力が認められれば中学の残りはパスして教育委員会が特別に認定してくれるんだったか」
「ここ数年の学校に通った記憶はないけど学力はある不思議」
「不思議っていうな。昭和の学校は行ったくせに」
「もう死んでしまった剣蔵がねー」
「剣蔵、死んでから大活躍じゃん」
「ママももうすぐ剣蔵の遺産を相続するんだね。
養子縁組と同じく背橋に任せたらちゃんとやってくれるからさ」
「弁護士の背橋さんは随分信用してるのね。男性だけど大丈夫なの?」
「長い付き合いだったからね。
ああ、あの人はガチホモだから私が美少女でも大丈夫だよ。
むしろ剣蔵が狙われてたくらいだから。
お互い徹夜で作業してて居眠りしかけた時にベルトに手がかかってたことがあったよ」
「怖ッ!それでなんで友だち続いたのよ?」
「うーん、男にとって性癖と友情は別モノ?」
「なんかお父さんがカリスマ社長だった理由が分かった気がする」