4. オッサンのキモさを舐めてました
12月30日午前10時過ぎ、都内の警察署に鬼ヶ崎寧々が来ていた。
「父が心配で…もうどうしたらいいのか」
「落ち着いてください。
自殺を仄めかすライムがあったそうですが見せていただくことは出来ますか?」
「ええ、これです。」
約2時間前のログに会社の部下の裏切りを調べていたら信用してた他の部下に殺されかけて、
生きる気力がなくなったといったことが書いてある。
「お父様のスマホの電源さえ入っていれば付近の基地局が分かりますし、
位置情報を発信する設定であれば居場所の特定が出来ます。
これから調べて保護したらご連絡しますのでご自宅で待機してください。」
「どうか父を、よろしくお願いします!」
鬼ヶ崎寧々が警察署を出て最寄り駅まで歩く途中の繁華街にて見知らぬ少女に声をかけられた。
それまでの記憶がないという少女を病院に連れて行き、
困ったことがあればとたまたま予備で持っていたスマホと連絡先を渡して自宅に帰った。
※※※※※
鬼ヶ崎氏のスマホは隣県の海沿いの崖上でそこまで着てきたと思われる衣類とともに置いてあるのが
その日のうちに発見された。
自宅マンションからは自筆の遺書が見つかり、同時に吸いさしの葉巻から毒が検出された。
マンションのエレベーターとエントランスに設置された防犯カメラから
12月30日早朝に登山用の服と靴にニット帽、マスク姿で外出する様子が映っていた。
エレベーター内ではスマホを操作するために老眼鏡をかけていた。
この時、目的地までの経路検索をしていたことが後に判明した。
現場は岩礁で有名なハイキングコースから少し外れた崖上にあった。
そこは鬼ヶ崎氏にとって数年前に亡き妻とともに歩いた思い出の地であるとの証言を氏の長女から得ている。
海上と海中の捜索は数日で打ち切られ、氏の死亡が認められた。
しかし殺人未遂の捜査は継続して行われ、株式会社オニヤンマの幹部数人が警察の事情聴取に呼ばれ、
何人かが特別背任で起訴されるに至って世間の注目を集めた。
※※※※※
記憶のない少女は病院で検査され、記憶以外は問題無しとなり、
行政の判断で保護施設に一時的に預けられることとなった。
その間、警察では全国の行方不明者リストや事件の関係者をデータベースで調べ
情報共有も行ったが有力な手がかりは得られなかった。
少女は最初に保護してくれた鬼ヶ崎寧々に定期的に連絡をしていた。
唯一の家族を亡くしたばかりの鬼ヶ崎寧々は
父親の亡くなった日に出会った記憶のない少女に運命的なものを感じて養子縁組を申請中である。
記憶のない少女は保護施設では自称としてラムを名乗っている。
与えられた部屋に夜の見回りで女性職員が訪れた。
「ラムさん、もうすぐ消灯ですよ」
「あ、すみません、あの、生理が来ちゃったみたいなんです」
「ではナプキンを用意しますからちょっと待っててね」
スマホを弄りながらしばらく待っていたらノックもなくドアが開いた。
「ありがとうございます」
目を向けずにお礼を言ったが入ってきたのは予想と違って先程の女性職員ではなく脂ぎった中年男性の施設長だった。
ハッと気がついてベッドから立ち上がる。
元オッサンとしては嫌な予感しかしない。
施設の予約制のお風呂に浸かっていた時に無言の誰かに扉を開けられそうになって慌ててドアを押さえたことがあったり、
自室からいつの間にか数点の下着が失くなってたりした犯人はこの施設で唯一の男性である施設長ではないかと疑っていたのだ。
ラムは思わず身を守るように持ってたスマホを前に構えた。
「ラムちゃん、女の子の日なんだってー?
ほら、持ってきてあげたよータンポン!
あ、そっか。記憶がないから使い方が分からないんだね。
大丈夫だよ、ボクが挿れてあげるよぅ。さあ下を脱い…」
キャー!!!バゴッ、ウッ、ドサッ、ダダダッ
叫ぶと同時に長いストライドを活かした踏み込みの勢いのままに金的に膝蹴がジャストミート!
最速かつ深々と勝手に臨戦態勢に入っていたブツに抉りこんだ結果、
施設長は白眼を剥き泡を噴いて気絶していたが、ラムは振り返らないままに全力で駆け去った。
(オッサンのキモさを舐めてたわ!ゾワっとしたゾワっとしたー!)
既に消灯したエントランスの受付け横にある公衆電話の非常ボタンを押して緊急通報。
「助けてください!施設長に襲われたんです!早く来てー!」