35. 親子のカタチ
別荘へは家族3人で車で午後に出て途上のレストランで夕食をゆっくりとったので夜の遅い時間に到着した。
衣類や機材などは事前に送ってある。
直接持ってきたのは前日にライブで使用したものくらいだ。
学校関係の教材等は持ってこなかった。教科書の範囲は既に学習済みなので不要なのである。
宿題だけは持ってきているが参考書などなくても簡単に終わらせられるだろう。
別荘にある風呂は源泉かけ流しの温泉なのであるが疲れがまだ残っていたためか
ユニットバス感覚でサクッと浸かってスキンケアもそこそこに寝てしまった。
ヤバい、セレブの嫌な感じが出てきちゃったよ。
「パパおはよー」
「おはよう。今日は元気そうだね。よかったよ」
「心配かけてごめんなさい。なんか気が抜けちゃった」
「バンドをあんなに本格的にやってるなんて知らなかったよ。
すごい人気じゃないか。とても誇らしかった。ラムちゃんのパパになれてよかった」
「うん、ありがとう。パパが色々手伝ってくれて助かっちゃった。ママはどうしたの?」
「ああ、朝風呂だってさ。入れ違いに行ったくらいだからちょっと時間がかかるかな」
「それなら私も入ってくる!」
元娘の母親と温泉に入ろうと思ったのはミドリとの旅行が頭にあったからだ。
女性として同性と入浴するというのはまだ経験していなかった。
自分の気持ちを確かめたかったのだ。
「ママー、私も入るよー」
「いいよー、朝風呂最高だよー」
なんてことなかった。もう仲の良い普通の母娘だった。
「ここって来た記憶がないんだけどいつ買ったんだっけ?」
「えーと、結構前だったはず。
愛子が山歩きが趣味だからってサプライズで買ったんだけど、こんなところ歩くより温泉入るでしょって笑われたんだった。
お仕事がさらに忙しくなって来る暇もなくなってた。色々もったいなかったね。
でも今親子で来れてよかったからいいや」
「うん、ママもよかった…」
寧々の声は少し掠れていたがラムは気がつかないふりをした。
※※※※※
朝食は3人ともコーヒーにバタートースト(マーガリンも可)派なので非常に簡単である。
単純にそれぞれの長年の習慣がたまたまそれだったので生活を共にするようになっても誰も不思議に思わなかった。
生活習慣の一致というのは未婚者の想像以上に重要なものである。
毎日の中に絶対に分かりあえない部分が必ず存在するということのストレスは簡単に永遠を誓った愛にとどめを刺す。
あれ、誰に語っているのだろう?
「ラムちゃんは今日やりたいことある?」
「うん、パパとママと一緒にお出かけしたい!」
「そういえば、まだしたことなかったね」
「いいわねー、私もこのへんの観光ってちゃんとしたことないしー」
「じゃあ、パパが案内しようね。といっても登山鉄道の駅周辺とかになるかな。
ちょっと離れたところに美術館とかもあるけど、そういうのは別の日に行けばいいし」
「いいね。私、登山鉄道に乗ってみたい!」
「私もー」
寧々が少し幼く感じるのは亡き母のことを不意にラムから聞かされたからかもしれない。




