32. 本番までの時間って独特だよね
終業式は講堂で校長先生のお話を聞くだけなのでサクッと終了し
クラスのホームルームでも1年生は夏休み中の諸注意くらいなので11時前に下校となった。
ライブの出番は15時だがリハが13時なのであまり余裕がない。
朝の登校前にメンバー&マネージャーを駅前の自宅マンションに呼び、着替えと機材を預かっている。
一緒に下校して自宅マンションで準備してライブハウスに向かうことになっている。
「メイクかー、私、あんまり化粧したことないんだよね。
マネさんがやってくれるからありがたいよ」
「鬼さん、私、幸せです。
この日のために生まれてきたと言っても過言ではない。今日死んでも悔いはない」
「過言だし、生きろ。よく分からないから好きにやっちゃって」
今日のコーデも初ライブとはいえ普段とあまり変わらない。
黒字にプリズムの長袖ロックTに袖なしジージャンを羽織り、
デニムのショートパンツとボーダーのニーハイ、赤いラバーソール、
いつもの青いラウンドシェイプのサングラスであるが、
今日はミドリからプレゼントされたシルバーアクセとして、
首に逆十字のネックレス、右腕にラピスラズリのハマった幅広のバングル、左腕に細身の3連バングルを装着した。
これを見たシズカが血涙を流さんばかりに悔しがったのでメイクを任せたのだった。
その結果、真っ赤なルージュと黒いマニュキア、
サングラスで隠れる目元もマスカラ、アイシャドウ、アイライナー、アイブロウで何が何だか分からないうちに
いい感じに作り上げられた。開眼ロリっ娘にこんな特技があったとは。
「なんすか!ハリウッド女優がここにおる!本気の鬼さんマジヤバっす!」
「目がー目がー、今日の鬼さん、眩しすぎるよー」
「…」
「無言で涙を流し続けるのはやめなさい」
ライブハウスまでパパたちが車で送ってくれた。
初めてのガッツリメイクで電車に乗る勇気はないのでありがたい。
機材もあるしね。
本番まで間が開くが親同士交流を深めるらしい。
老舗和菓子店店主と高級官僚とリゾートホテル経営者とただの大金持ちなら
仕事の絡みを考えずに気軽に付き合えるからいいんだろうね。
やっぱり教祖さまや大物政治家さんとお付き合いするのは簡単じゃない。
本人がどうこうよりも周囲への影響力というやつだ。会っただけで噂になる。
※※※※※
ライブハウスの対バン企画は複数組のバンドが入れ替わりで出るので
ドラムセットは基本固定でスネア等の一部を持ち込んで使うのが一般的だ。
マイクやギターアンプ、ベースアンプも備え付けのものが使えるけど持ち込んだ機材を使ってもいい。
ただしセッティングに時間をかけるのはNGなのでキャンファはドラムのスネアと
ギターアンプのアンプヘッドだけを持ち込みとさせてもらった。
ここでのリハは基本的には演奏に関してのものではなく店側のサウンドチェックが目的のものだ。
各楽器の音をそれぞれ集めてミックスしてバランスよくPAシステムで客席に聴かせるために事前に各楽器の音量等を確認する。
まあ対バンのリハなんて神経質にやるようなものではなく流れ作業みたいなものだけどね。
ということで、初のオリジナル曲「さあ始めるよ!」を演奏して目論み通りにお店の人からひと笑いとる。
やっぱり本番までに1時間以上ある。狭くて臭くて汚いけど楽屋があってそこで待つわけだ。
ラムは懐かしくて涙が出そうだけど他3人には当然不評で鼻を摘んだりしてる。
大人になってからしみじみ思う大事な時間はこんなものだったりするから不思議なものである。
他のバンドの人たちもいて交流するのもこんな時間だ。
「いやあスッゴイ美人さんがいるね。
あ、2番目に出るスレッジハンマーの大山です。よければ見てってください」
「あ、どうも。私たちはスレッジハンマーさんの次ですね。
キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム、略してキャンファの鬼ヶ崎です。よろしくお願いします」
「あ、ブラインド・フェイスですね。曲名をバンド名にしたんだ。いや、その発想は無かったわ」
「長いんですけどね。でも気に入ってるんですよ」
相変わらず男性の視線は気になるが今の格好では仕方がない。
丁寧に接してくれる人にはキチンと対応したい。




