30. 空気が仕事する時って極端だよね
土曜日にオリジナルの3曲が仕上がって日曜日にはママとパパに初ライブのチケットを渡して翌月曜日、
浮かれ気分で登校したら何やら騒々しい。
校門を入ってすぐにミドリに呼び止められた。
「おはよう。朝から騒がしいね。どうしたの?」
「トモが大変なの。ラムちゃんも一緒に来て!」
状況がまるで分からないままにミドリに先導されてズンズン校舎の階段を登っていく。
嫌な想像が膨らんできたところで着いたのは案の定、屋上である。
屋外へのドア付近にS5メンバーと先生や職員さん、警察と消防までいる。
トモはそこから距離が離れたところの柵の外にいるらしい。
「あー、今現在なんかバカなことやってる感じか。
他のS5もいるってことは説得的なやつだよね。どうしてこうなったの?」
「前にエリカがトモのことをただの親が決めた許嫁で付き合ってないって話してたじゃん。
あれがどういうわけか本人にも伝わったらしいんだよ。
それでヤケを起こしたって状況みたい」
「で、説得するんだよね?まずエリカちゃんがやるのかな?」
「それがもうやって失敗してるんだ。
エリカが話そうとすると「聞きたくない!」って耳塞いでしゃがみこうもうとするから危なくてさ」
「じゃあ次は同性のメシアくんじゃない?」
「メシアはなんか神さまの話をしだしてトモも含めて皆んな「これじゃない」って」
「あー、最近そういうキャラだよねー、じゃあミドリちゃんでしょ」
「私はなんか勘付かれてて「リア充の話は聞きたくない」ってさ」
「シズカちゃんは」
「「オマエは出てくんな」って話す前に」
「で、私待ちだったと」
「そう。お願い出来る?」
「正直、知り合ってまだそんなに経ってないけど数少ない友人と思ってるから出来る限りのことはするけどもう少し情報が欲しいな。
なんでトモくんはヤンキーに憧れたのか教えて」
「ああそれならー」
ミドリからキッカケを聞いたラムは拡声器を渡されて説得に向かった。
「トモくん、おはよう。いい天気だね」
「ラムちゃんまで来たか。短い付き合いだったけどいい奴だよな。エリカを頼むわ」
「内容薄っす!いや待ちなよ。友だちじゃん、もうちょっと話そうよ。
まだあわてる時間じゃないでしょ」
「いいんだよ俺なんてこのままフェードアウトしたって影響しないんだから」
「おっとメタい話はそこまでだ。
エリカちゃんと話さないまま逝くのは感心しないな。ヘタレにも限度があるだろ。
今ミドリちゃんから聞いたんだけどさ、小学生の時、雨の中、捨て猫を前に皆んなで困ってたら
ヤンキーの高校生が来てそのまま泥だらけの猫を拾いあげて「暴れるんじゃねーよ。体力消耗しちまうだろーが」って
優しく抱きかかえて去っていったの見て憧れたらしいじゃん。
それでエリカちゃんが中学生の時に憧れる男性としてその想い出を語ったからトモくんは高校デビューしたんだよね」
「まあな、結局空回りで終わっちまったけど」
「そうだよ。空回り。今も全然分かってない。
エリカちゃんが憧れたのはただのヤンキーなんかじゃないでしょ。
「優しい男」に憧れたって言ってんの。なに形だけ真似してんだよ。
ちゃんと正面からエリカちゃんを見なよ。
トモくんがカフェテリアでご飯がっついて口の周り汚したら甲斐甲斐しく拭ってくれたのに
「余計なことするんじゃねーよ」なんて言うもんだから悲しそうに微笑んでたんだよ。
トモくんはその微笑みを間違って受けとめてたんだよね。
乱れた服装を整えてくれても「うぜえなワザとやってんだよ」なんて言って悲しい微笑みをさせて悦に入っちゃってさ。
全部勘違いだっつーの。
究極はエリカちゃんが「付き合ってない」ってのを「トモくんなんてどーでもいー」って勝手に解釈して
こんな騒ぎを起こしたことだね。
トモくんはエリカちゃんに告白したことある?
正式に「お付き合いしてください」って跪いて願ったことある?
それがないから「付き合ってない」んじゃん。なにも間違ってないでしょ。バカじゃねーの。
ってか、これって全校生徒が聞いてるわけだけどトモくん大丈夫なの?もうライフはゼロじゃない?
このまま続けてもいいんだけどさ。嫌ならコッチ来て普通に話さない?」
トモは何かを堪えるように黙ってしばらく空を見上げた後、
ゆっくり柵を越えて戻ったところでそのままへたり込んだ。
少し泣いてたみたい。
皆んなが一斉に走ってきてアッという間に毛布に包まれて運ばれていった。
「ラムちゃんお疲れさま。やっぱり無敵の最強生物だねー」
「ラムさん、本当にありがとう…」
「ラムちゃんは教祖に興味はないかな?」
「尊い」
皆んながそれぞれ労ってくれたけど、強気に攻めて目の前で飛び降りられたらと
凄まじい恐怖とのギリギリの攻防だったので疲れきってしまった。
大人たちから形だけの事情聴取を受けて開放されてそのまま帰宅した。




