2. オッサンはオッサンが嫌い
リビングに戻って一旦整理しようということでソファに落ち着くと、目の前のローテーブルの上の灰皿に吸いさしの葉巻が目に入った。
「毒…だよな」
倒れる直前の苦しさを思えば他は考えにくい。
そして葉巻が入っていた箱の隣の宅配のダンボールの空箱に目を移す。
「斉藤…」
斉藤は剣蔵の右腕として創業当時からの部下である。
今も株式会社オニヤンマの役員として支えてくれているし冷遇もしてない。
インターネット黎明期にネット通販のベンチャーである株式会社オニヤンマを立ち上げた時に
エンジニアとして頑張ってくれたのが斉藤であり、本人にはそれほどの上昇志向はない。
大企業の役員としてはかなり保守的で仕事は手堅いが大きな決断はしたくないタイプである。
その斉藤のお歳暮として贈られた葉巻に毒が仕込んであったというのは違和感しかない。
誰かが斉藤の名前を騙って送ってきたものだろう。
「とすると、山内だな」
山内は株式会社オニヤンマでは新参の役員でヘッドハンティングで連れてきた人物である。
かなり有能な男でその分、上昇志向も強い。
剣蔵が失意の2年間で使い物にならなかった時に代わりに辣腕をふるったのが山内だった。
感謝していたのだが復帰した時におかしな人事に気がつき調べたところ
海外投資ファンドとM&Aの密約を交わしていることを知った。
復帰したこの1年、特に忙しかったのは顧問弁護士の背橋とともに特別背任の証拠固めをしていたためである。
それに気づいてなりふり構わずの凶行である可能性が高い。
「もう、どうでもいいけどね」
既に鬼ヶ崎剣蔵ではない美少女の自分には他人事にしか思えなくなっていた。
美少女からオッサンに戻る気などサラサラ無いのだ。
誰が言ったか、オッサンはオッサンが嫌いである。
自分を嫌いな奴はそれほど多くなくてもオッサンである自分を好きな奴はそうはいない。
肩こり腰痛老眼加齢臭全部イラネである。
「さて、今後どうするかだよな」
さっくり美少女として生きることに決めたので剣蔵はここで終了する必要がある。
と、同時に新しい戸籍も必要ということだ。
剣蔵を終了するのに行方不明では具合が悪い。
寧々の遺産相続に時間がかかるのは困る。
相続税でかなり持ってかれるだろうがそれでも莫大な遺産を享受するには寧々の養女になればいい。
ムカつく?いや自分で稼いだ金だし。
「行方不明はダメだから自殺だな。そうすると遺書を書かないと。
特別背任の件を背橋から検察にチクらせて…
株は全部売っぱらっていいや。
背橋経由で取引銀行に話をつけてもらおう。
いや、幾らになるのかな。
今の時価総額で1兆とかだから51%で5100億として相続税の最高税率55%だから税引き後2295億…
寧々ちゃん、倒れるんじゃないかな。」
と、そこまで考えて気づいてしまった。
「あ、順風満帆の大企業の社長がなんで自殺するんだってことだよな。
うーん…
そうだ!この葉巻を使おう。
信頼してた斉藤くんに裏切られてショックでした、
山内くんにもガッカリだったけど斉藤くんまでそんなじゃ生きているのが辛いです的な感じでいこう!」
もしかしたら脳も悪い意味で若返ったのかもしれない。
「遺書を書いたら明日寧々ちゃんと相談しよう」
オイ、新米美少女58歳、娘に今後の相談する前にやることがあるだろう。