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赤ちゃんって独特の可愛さあるよね

初投稿です。お手柔らかにお願いします。

 ハァ……ハァッ……。

「おいコラァ、誰かそのガキ止めろ!窃盗の常習犯だ!」

 数メートル後ろから八百屋の怒号が響く。

 手に3つのりんごを抱えた少年は、フードを深く被り直しさらに速く脚を動かした。

 騒ぎに気づき始めた周囲の人間が、少年を止めるべく手を伸ばしてくるが、街1番の賑わいを見せる市場で仕事帰りに買い物をする人の多さを理解して少年はこの日を窃盗日に選んでいる。

 伸びてくる手。脚。引き止める声。

   全てが少年に届くまでに、少年の視界から消えていく。

 重力操作魔法によって、自身の身体を軽くする事で走る速度を上げ、人混みに紛れながら少年は追っ手を振りまいた。

 ……ハァッ、ハァ……ッスー。

 大きく深呼吸をしてからそっと後ろを振り返り大きな舌打ちをする。

「チッ、たかが3つだろーが」


 ※

「ただいま」

 隣の家まで徒歩10分以上、周囲は沈みゆく太陽に大きく被さった山々に囲われたクソ田舎。お陰で鍵をかけなくとも困ることはないし、家の実態に気づく人もいない。

 俺は玄関を開け一先ず誰の絶叫音も聞こえない事に安心した。

 家には明かりはついておらず、全体的に生活の腐敗臭が染み込んでいる。ゴミに埋もれたリビングのヘタレたソファーで母は座ったままどこか遠くを見つめていた。

「お母さん、これ今日の分。あとりんご」

 俺が話しかけると、母はゆっくりと顔をこちらに向けた。

「ニイ……帰ったのね。いつもニイに働いてもらって、お母さんニイには感謝してるのよ」

「……、りんご洗って切っとこうか」

 俺は雨水を溜めてあるバケツで両手とりんごを洗った。

 ここに越す前は水道も電気も使えていた。

 なぜ、こんな生活をしているのか。原因が俺にはよく分からない。この前まではお父さんもいて家族3人でお母さんの作ったご飯を囲んでいた気がする。

 ただ今の生活が長くなってきて、その記憶も現実だったのか理想が具現化して見えているのか分からなくなっていた。

 俺はすぐ側にあるナイフを手に取り、2つのりんごをそれぞれ8分割に切り分けた。残り1つはできるだけ細かく刻んでおき、使い古した皿にのせた。切ったりんごの1玉分をそのまま母の前に置き、ちゃんと食べてね、と一言添えておく。

 さて。

 今日の母は発作も起きてないし大人しくしているので、そのうち食べてくれるだろう。

 俺はリビングを離れ、この家唯一の個室へ向かった。

「ただいま、ショウダ、エル」

 部屋には5つ下の弟ショウダと8つ下の弟エルが俺の帰りを待っていた。

「にぃに〜しょー」

「ん、どうしたエル」

 エルの指さす方を見ると丸まって寝息を立てるショウダの姿があった。両目に涙のあとが付いている。

「ショウダは今日も泣き暴れてたのか。お母さんと喧嘩してなかったか?」

「んーん」

「そうか、ショウダと母さん喧嘩にならなくてよかった」

 俺がそっと小さな頭を撫でると、エルは赤子らしい愛着ある笑顔をみせ、ふにゃりと笑った。

「りんご、細かく切ったから。食べな」

「あい〜」

 エルにりんごを食べさせていると、むくりとショウダが起き上がりこちらを鋭い眼差しで睨んできた。ショウダはどんな時でも周囲の気配に敏感で、ご飯の気配にも敏感だ。

「俺のは……!」

「安心しな、お前のもある。ほら」

   切ったりんごをショウダに差し出すと、両手で勢いよく口に放り込み出した。

「……ふぅ。ショウダもお母さんもとりあえず落ち着いていてよかった」

 俺は弟たちが元気にご飯を食べる様子を見てようやく全身の力を抜いた。

 ショウダとエルは俺の父違いの兄弟だ。2人は生まれたときからこの荒れ果てた家と環境しか知らず、まともな飯や生活を何一つ経験していない。

 母は生きているだけで金のかかる子供の存在を殺めようとしたことが何度かあった。そのたびに俺が間に入り、母を説得してきた。特に俺の父親とショウダとエルの父親でかなり差が激しかったようで、母は弟たちの父親を嫌っており、未だに消えた俺の父親に固執している。

 いつしか俺の知っている母は消え、弟達の存在を常に嫌悪している。

 しかし俺にとっての弟たちの存在は生きる意味そのものだ。

 ショウダは母の暴力や暴言をまじかに受けすぎて、常に発狂しているかのような言動ばかりだが、生まれたときの赤子の無力ゆえの愛おしさ、こんな劣悪環境でも生きようとする生命。それをみてきた俺にとっては守るべき大切な弟だ。

 そしてそれはエルにも言えることだ。エルはまだ生まれて3年しか経っていない赤ん坊のくせに大声で泣き叫ぶことがなく、俺やショウダに柔らかい笑顔を向ける。

 3歳児の笑顔というのは恐ろしいもので、ショウダが癇癪を起し泣き暴れているとき、それを止められるのはエルの存在だけだった。

 俺もこいつの笑顔から心の安寧をもらっている。それにエルは泣き叫ぶことや手に余る行動をすることが滅多にないため、母が子の面倒を一切見なくても俺とショウダでエルの世話は何とかなっている。

「お前たちは俺が守らなければな……」


 俺たち兄弟は互いの存在が生きる支えだ。

ここまで読んでいただきありがとうございました!続きます!

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