4話 襲撃、ダンディリオン
このハーデスの庭は朝日の時間はごく少なく、陽の当たる時間は約二時間程である。それ以外の時間はすべて真夜中の世界だ。
だから時間的にまだ昼間と思われる時間でもハーデスの庭では真夜中となってしまう。
ヘリオトロープ軍が隣国ダンディリオンへ攻め込んだのは午前11時。地上ではほとんど昼間であろう。しかしハーデスの庭では既に真夜中の時間となり暗闇の作戦となった。
隣国ダンディリオンはそこそこの城塞がある都市である。街となる場所は形式的にだけ城壁で守られているが実際の所は領主の屋敷を徹底的に守るように作られた城塞都市として欠陥品である。
その極端なフォルムはすべての人が苦笑を禁じえない。本当に自分自身だけが助かればいいと考えて作られた城塞都市だった。驚くながれ、その見た目は立派な城塞が囲っているのは、駄々広い領主の屋敷と富豪が住む一部の住宅街のみだった。他の一般人も貧民街もまるで野ざらしのようにスラム街のように放置されているのだ。
これにはヘリオトロープ軍の指揮官達も呆れて物が言えない。
「こんなのが城塞都市って言うの? 馬鹿な見た目を晒しているわねえ」
「アタシは早くクソな金持ち共を引き裂いてやりたいねぇ」
「アホだな。この城塞都市の領主は」
「シャルル、タリア、エリオット。油断はしちゃ駄目よ。もしかしたらアホなのは見かけだけで案外切れる奴もいるかも知れないわ」
「確かに。油断大敵だな」
「どうやって攻め込みます?」
「城壁の厚さは平均的ね。そもそもスラム街は城壁に囲まれていないから城壁の中の奴等は貧民街の人々を盾にする事は無いと推測したいわね」
「盾にして自分自身を守って貰おうって奴等は大概、ムカつく奴と相場は決まるでしょ? 殺しても良いわよね?」
「殺しなさい、タリア。どちらにせよ、必要なのは金持ちが持つ大金の入った金庫よ。後は少々の物資を奪取できればいいの」
「拠点にはしないのか?」
「こんなアホな作り方をした城塞都市を拠点に作り変えるには資材が足りないわ」
ジャンヌは連れてきた軍団の構成を確認する。歩兵部隊、弓兵隊、騎馬隊、バリスタ隊。そして何体かのドラゴンライダー隊。バリスタ隊は城壁破りをしてもらうとして、ドラゴンライダー隊にいきなり城壁の中へ奇襲して貰い家々を火炙りに処す作戦が使えると思った。
ドラゴンライダー隊のドラゴンは炎のブレスを吐く。それに乗る騎士達の手には槍が握られている。彼らのドラゴンは赤いドラゴンがほとんどだ。
歩兵部隊と弓兵隊は迎撃に出てきた兵達を処理、騎馬隊は起動力を持って撹乱に回る。
作戦が決まるとドラゴンライダー隊に命令が下る。城壁の中へ奇襲し、街を火炙りにしてこい。人間共が外に出てきたら全員殺せ、領主は生かしておくこと。
ドラゴンライダー隊は数としては15体の部隊だが、それでも脅威となる空からの奇襲を得意とする。それぞれの隊員達はハーデスの庭にて空を飛ぶ飛竜を手懐けて自らその背中に乗る騎士達である。
命令を受け取るドラゴンライダー隊は空へ飛び去ると、残る地上部隊はそのまま正攻法で城塞都市攻略へと移った。
「て、敵襲だ──っ!!」
ダンディリオンのスラム街の人間の一人の悲痛な叫びも虚しく、攻め込むヘリオトロープ軍はスラム街への攻撃は激しくせずに、城壁破りに取り掛かる。
領主の屋敷に住むダンディリオンの領主は下卑た顔でその城壁を破れる訳がないと高を括る。
「そんな戦力でこの城壁を破れるものか。バカめ」
すると真っ赤なドラゴンが続々と空の彼方から飛来してくるではないか。
「なんだ? あのドラゴンは?」
そこからドラゴンの吐く火炎による奇襲が始まった。
一斉に地上の住宅街に向けて火炎を吐くドラゴン達はみるみる街を火炙りにしていく。
「どうしたのです? 騒がしいわよ?」
非常に薄着姿で領主の妻が歩み寄ってくると眼の前の街が火の海になっているのに、驚きを隠せず叫びを上げた女がそこにいた。
「きゃああっ! 何で火事になっているの⁉ 何で街が火の海になっているの⁉ お金、お金を持って逃げなきゃ!」
「金より大事なものがあるんじゃないか!? 息子は、娘は?」
「知らないわ! それよりも金を持って早くここから出なきゃ! 私はまだ死にたくないわ!」
領主は眼前に広がる火の海に足が既に竦んでしまっている。
何もかもがあの赤いドラゴン達に火炎を吐かれて焼き付くされていく──。
目を凝らすと外に慌てて逃げる人々も騎士の槍に貫かれ、血まみれとなり、倒れている光景も見えた。
妻は金庫の鍵を持ち出すと真っ先に金庫に向かいそこから金を持てるだけ持ち出そうとしている。
儂なんかどうでもいいっていうのか……。
妻はうわ言のように金ですべて解決すると言いながら金庫の金を漁っていた。
「世の中全て、金よ! 金さえあれば、どんな街でもやっていけるわ!」
その光景を観て茫然としている領主に兵士がパニックになって悲鳴のように報告にきた。
「り、領主様っ! 城壁が破られてしまいましたぁ! こ、このままではダンディリオンが陥落してしまいますぅ! し、指揮を!」
その間も火炎の弾が飛来して領主の屋敷も爆撃をされる。まるでそれは炎の雨……。すると一人のドラゴンライダーが金庫にて金を漁る彼らを発見する。
火炎による攻撃で、屋敷そのものがくり抜かれたように焼け落ち、それなりに深い所にいる彼らを視認出来るまでになっていたのだ。
通信機器にて連絡を入れるドラゴンライダー。
「エリオット様。領主とその妻を発見しました。まだ奴等は無傷です。御命令をどうぞ」
「ジャンヌ、ダンディリオンの領主を発見だ。どうする?」
「無傷で捕えなさい。奴等に苦しめられた民衆に復讐の機会をあげたいわ」
「領主と妻を無傷にて捕縛せよ」
「了解」
意外にあっさりと落ちた城壁にエリオットは
「この城壁は駄目だな。たかがバリスタ50機程度で壊されるようじゃたかが知れている。こんな街に価値を見出すのも難しいな」
「でしょう? だから大金だけ奪えればいいのよ」
終始、冷淡なジャンヌは茶色の馬に騎乗しながら冷めた目で火炎に包まれるダンディリオンを見つめていた。