10話 背信と裏切りには指を差す
ヘリオトロープに多大な貢献をした者にはそれなりの対価を持って移住を許可する。
指差組の一人にこの情報がきた。
指差組に志願する者達は誰か一人でも背信の気持ちを抱くも家族も、恋人も、近しい友人にすら危害を与えるシステムだった。
その時に指を差して『こいつが裏切った!』と報告する場面から指差組と俗称がついている。
指を差された者はこいつも同じ事をしていると更に指を差すので二重でスパイがバレて晴れて皆殺しに至る。
そこに特権階級の彼らは関与もしない。むしろ得も言われぬ快感が伴う。奴らの醜い争いを観て楽しむ会まで発足する有り様だった。
今夜もそんな歪んだ会が開かれて、指差組の醜い殺し合いがモニターに表示されて嘲笑う者達。
別の指差組は地下深くの部屋にてヘリオトロープからの情報について話し合いがされている。これは確かに魅力的な条件だ。
移住を許可をするという事は住処には困らないとも捉えられるし、対価もきちんと払ってくれるらしい。
こちらの国は処罰はあっても褒美は期待できない。生きる為に仕方なく指差組として生きている。だが、ヘリオトロープに貢献すれば向こうは対価を払ってくれる。
「どうするんだ? この話、国の奴らに話すか?」
「ヘリオトロープの罠じゃないのか?」
「でも、裏切ったって話はないぜ。ヘリオトロープでは」
「他の指差組にはヘリオトロープ側についてる所もあるらしい。そいつらを叩き出せば褒賞金が貰えるぞ!」
「チクってやろうぜ!」
ヘリオトロープが仕込んだ毒は少しずつ彼らを蝕み始めている。
ヘリオトロープ側についた指差組は少しでも攻略の一助になればと独自の方法でヘリオトロープのスパイに情報を流す。
彼らはその情報をラヴィアンレーヴで一日暮らせる額の現金を払い、本国ヘリオトロープの情報処理班へ流していく。
流石にシステムとして組み込まれているだけはある。精度の高い情報が開示されていく。情報処理班の指揮を執っているのはスカーフェイスその人だ。
信用に足る情報ならジャンヌ達に流し、信用に足らない情報は軽く留める程度と境界を作った。あることとないことの情報が錯綜しているから吟味しなければならない。
彼らの指差組を使う作戦は、深く静かに進む……。
とある日のラヴィアンレーヴで、対立する指差組同士が街で顔を観る。お互いに妙な真似をしたら報告して褒賞金を奪ってやると睨みつけてすれ違う。
その指差組の仕事には一切の娯楽すら許可されない。彼らに許可されているのは食事と睡眠だけだ。神経をすり減らしながら日々を送る彼らには娯楽を楽しむ余裕もない……。
更に時は進み、ヘリオトロープの甘い言葉が指差組にまるで空気を漂うウイルスのように浸透した頃には指差組の小競り合いが起きるようになってきた。
お互いがヘリオトロープに味方していると罵倒して、乱闘になった。
状況は完全に煮詰まってきている。まるで爆発寸前の爆弾のように導火線に火がついた。
トドメの指令は領主の情報を教えてくれたら生命の無事と移住を補償するというものだ。
この指令を発端にとうとう指差組による大掛かりな抗争が始まってしまった。当国の兵隊では収める事ができない程の抗争にヘリオトロープ軍はほくそ笑んだ。
ダークエルフのシャルルはエルフという特性上、気配を殺すのが上手い。彼女は深い森の囲む村の樹の上の枝に乗り、高みから偵察している。眼下では指差組の抗争が、どの方角の村からでも確認できる。
更に千里眼を発動すると半径1キロ圏内の村では農民一揆のような様相を呈する。
罵声と怒りの声が聞こえて、それぞれがナタやクワや鎌を取り出し、血まみれの抗争に早変わりしていた。
(都市部を視ないとならないね)
彼女は樹の上の太い枝つたいに飛びながら都市部へと目指す。
空模様はすっかり真夜中。闇夜に紛れて彼女は梟のように行動する。
10キロ程の遠方の街へ行く。
ラヴィアンレーヴの中枢で、首都だ。首都の外の森の樹の上から千里眼で視る。首都もご多分に漏れず指差組による抗争が始まっている。
ヘリオトロープが吹き込んだ誘惑の言葉の毒が回った証拠だ。
彼女は歪んだ笑みを浮かべて、そしてスカーフェイスへの連絡を取る事にする。小型の端末装置にてスカーフェイスを呼び出す。
「スカーフェイス。首都がレベル4まで危険度が上がったよ。頃合いじゃない?」
「レベル4か。確かに頃合いだな。周辺に怪しい軍隊の気配は?」
「軍隊は指差組の抗争を収拾する事に集中しているね。絶好のチャンスよ」
「逸るなよ、シャルル。本隊との合流を頼む」
「了解」
ヘリオトロープ軍は危険度をレベル1からレベル5までの設定して身の危険や軍団を送り込むのに良いのかを判断している。
レベル4はかなり危険で、これは反乱が始まって国としての立場が危ない状態を指す。このレベルまで上がるとヘリオトロープ軍は何らかの行動を起こす。
そうして、仕上げに入るヘリオトロープ軍であった。
疑念が疑念を呼び、そしてそれは膨らみ過ぎた風船のように破裂するのは時間の問題であった。
後はヘリオトロープ軍がちょっとした針を指すだけでラヴィアンレーヴの風船は破裂する。その針を指す為に彼らは闇夜に乗じて奇襲をしようと軍を動かしていたのであった。
その奇襲は今夜、決行される──。