第07話 はじめての商い
「そ、それで子供に売ると言ってもどこにですか……? ポーションを買い取ってくれる場所なんて、騎士団くらいで……。その騎士団にだって、お抱えの工房がありますよ!」
「治療院だ」
ココットちゃんの問いかけに、ソフィアは静かに返す。
だが、ココットちゃんはさらに声を張り上げる。
「治療院にですか!? で、でも、治療院は基本的にポーションは自作で……」
「作っている治療院とそうじゃない治療院がある。大きなところは騎士団と同じようにお抱えの錬金術師を持っているが、そうではない治療院は外部の錬金工房から買っていることがほとんどだ」
「え、そうなんですか!? で、でも、私のポーションなんて買ってもらえるんでしょうか……」
「自信を持ってくれ。私が販売しよう。怪しいと思うなら、ココットさんもついて来てほしい」
「…………」
ソフィアの熱弁に、困った顔を浮かべるココットちゃん。
「おい、ソフィア。あまり熱を入れても怪しいだけだろ」
「ハザル。君だってこのポーションを前にした時は驚いただろう?」
「あぁ、今までで一番飲みやすかったな」
「本当ですか!?」
俺の感想に嬉しそうな顔を浮かべるココットちゃん。
「本当だ」と返すと、満更でもなさそうに微笑んだ。
「『良薬は口に苦し』。効果の高いポーションは不味いというのが定説だったが、このポーションはそれを覆した。これは子どもたちに受けるぞ」
「受けてどうするんだよ」
「子どもたちが怪我をしたときに、親がどれだけポーションを飲ませるのに苦労してると思っているんだ。もちろん私も侍女をたくさん苦労させたぞ」
「えぇ……」
自信満々に語ることじゃねぇだろ。
「とにかくだ。思っている以上に子どもは怪我をするものだし、怪我した子供を治すために不味いポーションを飲ませるのは大変なんだ」
「……あの、ソフィアさん」
「どうした?」
「私のポーションは、本当に売れるんでしょうか?」
「当たり前だ」
「…………」
再び考え込むように黙り込んだココットちゃん。
そして、彼女はすぐに頷いた。
「分かりました。でも、その……出会ったばかりの、あなた達にいくつもポーションを渡すわけには行きません。その、10本くらいからで、お願いしても……」
「ありがとう。君の決断に感謝するよ」
ソフィアはそう言うと、ココットの手を取った。
「10本ということだったな。まずはそれだけ売ってくる」
「分かりました。……あの、ソフィアさん。私も同行しても?」
「もちろんだとも」
「ありがとうございます! 準備します!」
ココットちゃんは外出の準備をしに裏に消えた。
後に残された俺はソフィアに尋ねる。
「……俺は?」
「荷物持ちと護衛だ」
「護衛?」
「まさかとは思うが、この治安が悪い街中をか弱い女の子を2人だけで歩かせるつもりじゃないだろうな」
「分かったよ。手伝うよ」
「それに、ハザル。君も近くで見ておいたほうが良い。もしかしたら君の知恵が必要になるかも知れないからな」
「俺の知恵?」
そんなもん、無いに等しいだろ。
「何を意外そうな顔をしているんだ? さっき君が言ったんじゃないか。『子どもでも飲みやすそうだ』と」
「言ったっけ?」
「……私はてっきり、治療院に売ることは君が思いついたんだと思っていたんだが」
ちょっと困ったような視線を向けるソフィア。
俺が何か言うべきか迷っていると、すぐにココットちゃんが戻ってきた。
「お待たせしました。準備完了です!」
「よし、行こう。このあたりで小さな治療院はあるか?」
「はい! こっちに」
手持ちのカバンにポーションを入れて、それを肩からかけたココットちゃんは、しっかりと錬金工房に鍵をかけると俺たちを案内してくれた。
やってきたのは、ココットちゃんの錬金工房から歩いて5分もしないところにある小さな治療院だった。
「ここが一番近い治療院です」
「……ふむ」
ココットちゃんの紹介に浮かない返事をよこすソフィア。
「どうした?」
「おそらくだが、ここは無駄足に終わるだろうな」
「分かるもんか?」
「治療院に来てる層を見ろ。老人が多いだろう」
「ん? あぁ、そうだな」
言われて見れば確かに中に入っていくのは老人が多い。
子どもを連れた親はほとんどいない。
「とは言っても、こればかりは入ってみないことには分からない。入るぞ」
「駄目だったら?」
「次に行く」
「足を動かすってことか」
「そういうことだ」
ソフィアから教えてもらったばかりの格言を呟くと、俺たちは治療院に向かった。
そして、10分後。
「いやぁ、駄目だったな」
「駄目でしたね……。すごい渋い顔されました……」
ソフィアの言う通り、見事に撃沈した。
「こんなものは想定内だ。次に行くぞ」
「おう」
「は、はい!」
気を取り直して、俺たちはココットちゃんに連れられて別の治療院に向かった。
最初の治療院からそう離れていない場所に、もう1つの治療院はあった。
「さっきと違って、子連れが結構いるな」
「見たところ使い分けがされているみたいだな。向こうは老人でこっちは子連れか」
中に入っていく客層が全然違うことに、わずかな希望をいだきながら俺たちは治療院に入った。
「本日はどうなさいましたか?」
開口一番、治癒師の助手と思われる女性に話しかけられると、ソフィアが背筋を正した。
「今日は治癒ポーションの販売に参りました」
「治癒ポーション、ですか?」
「はい。子どもでも飲みやすい治癒ポーションです。こちらの治療院で、ぜひ活用していただく思いまして」
「……ちょっと待ってください。先生を呼んできますから」
そういって助手は奥へと消えていった。
「好意的だったな」
「読みどおりだ」
そういって、自信ありげな表情を浮かべるソフィア。
その横では、そわそわと落ち着かなそうにしているココットちゃんもいる。
「とは言っても、これで売れるとは限らんが……」
「その時は別の治療院に行くんだろ?」
「そうだ。分かってきたじゃないか、ハザル」
ソフィアはこくりと頷くと、ココットちゃんを見た。
「ココットさん。このポーションはいくらで販売しているんだ?」
「銀貨10枚です」
「分かった。ありがとう」
値段を確認したタイミングで、ちょうど助手が戻ってきた。
「先生がお話を聞きたいとおっしゃっていますので、奥にどうぞ」
「ありがとうございます」
そして、俺たちは助手につられて奥に入ると、そこには人当たりの良さそうな中年の男性がいた。
「やぁ。君たちは錬金術師かい? びっくりしたよ。治癒ポーションの営業なんて初めてだ。それで、子どもでも飲みやすいポーションだっけ? どんなの?」
「こ、これです!」
緊張した面持ちで腰のカバンから、ココットはポーションを取り出した。
「飲んでみても?」
「どうぞ!」
治癒師の男はココットから許可が降りると、ポーション瓶を開けて飲んだ。
「……すごい。果汁みたいだ。美味しいね」
「は、はい! 普通の治癒ポーションだと飲みにくいと思ったので、色々と改良しまして……」
褒められて嬉しくなったのか、ココットちゃんがそう説明すると治癒師は顔を輝かせた。
「これなら子どもでも飲みやすい。なるほど、そういうことか……」
ポーションを見ながらそう呟くと、目を変えた。
「これは1本幾らだい?」
「銀貨20枚です」
治癒師の問いかけに、ココットちゃんが口を挟むよりも先にソフィアがそう答えた。
びっくりしてソフィアに何かを言いかけたココットちゃんの肩に手を置く。
「は、ハザルさん……」
「大丈夫だ」
心配そうに見上げてくるココットちゃんだが、金稼ぎに関しては彼女にまかせておいた方が良い。
「……銀貨20枚か。高いね」
「今後も継続して買っていただけるなら銀貨15枚で勉強させていただこうかと」
「10本買って金貨1枚と銀貨50枚。100本買って金貨15枚ねぇ」
渋い声をあげながら、治癒師は頭の中で計算式を弾いたのかうなずいた。
「うん、分かった。とりあえず買ってみよう。とは言っても、売れるかどうか分からないのに継続の確約はできないかな」
「でしたら、まとめ買いはいかがでしょう? 10本以上買っていただけるなら、こちらとしても値段は頑張らせていただきますよ」
「良いね。なら、まずは50本から試させてもらおうかな」
「ご……!?」
今まで黙っていたココットちゃんが、びっくりして声を上げた。
「……今は10本しか手元に用意しておりませんので、残り40本はすぐにでも」
「助かるよ。おーい。金庫からお金を持ってきておくれ」
治癒師の言葉に助手が部屋から出ていく。
思わぬほど弾んだ商談に、俺もココットちゃんも驚きを隠せず……しかし、ソフィアだけがその勝利を確信していたかのように微笑んでいた。
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