第30話 勇者とリニューアル
ココットちゃんの錬金工房が襲われてから、1ヶ月が経った。
その1ヶ月、何をしていたかというと……錬金工房のリフォームだった。徹底的に壊された錬金工房を直すのにも、ポーションを作る魔導具を修理するのにも、時間がかかったからだ。
とはいっても、1ヶ月かけて全て戻したわけではない。
まずは大釜を買って、俺たちはボロボロになった錬金工房の中で治癒ポーション作りから再開したのだ。
そして、ダンジョン前に作っていた露店を拠点にして販売を行った。
毎日、治癒ポーションを納めることを契約していた治療院には事情を話して、納品の数を減らしてもらった。
そうして、ちょっとずつ金を稼ぎ直し……損失を補っていたのだ。
もちろん俺もポーションを持ってダンジョンに潜ったり、『亡霊鉱山』に魔導具を作るための素材を摂りに行ったりと、休む暇もなく働き詰めだった。
「なぁ、ハザル」
「どうした?」
「この1ヶ月。ポーションの売上がうなぎ登りなんだが」
「好調なのは良いじゃねぇか。やっぱり、他のやつらが同情で買ってくれたのかね」
ココットちゃんの錬金工房が、襲われたということはすぐに街のニュースになった。その時、常連たちがやってきてポーションを普段より多く買っていってくれたのだ。
『頑張ってくれ』
『応援してるぞ』
『ここの治癒ポーションじゃないと、もう飲めないんだ』
その口々の応援が、俺たちの原動力になったのは言うまでもない。
「同情では説明できないほどの売上なんだ。まるで、他の錬金工房が一斉に模造品の販売を辞めたのか……。あるいは、そもそも工房の数が減っているのか。そう思ってしまうほど、ココットさんのポーションは売れてるんだ」
「まぁ、そういうこともあるんじゃねぇのか」
「これは全部1ヶ月前からだ。ハザル、何をしたんだ」
「何も」
あの夜にあったことは、俺は誰にも言っていない。
言うことではないと思ったのだ。
盗賊崩れを壊滅させて、依頼した錬金術師を脅したなんて……彼女たちに聞かせられるような話ではない。
ただ、奪われた金は取り戻したと……それだけを伝えたに過ぎない。
「……君が語りたくないのであれば、聞くのはやめにしよう」
ソフィアはそう言って、視線を前に向けた。
そこには、新しくなったばかりのココットちゃんの錬金工房がある。
ようやく、リフォームの工事が終わって、店を再開させることができたのだ。
「貯めていた金が、まさかこんなことに使うことになるとはな」
「事故みてぇなもんだ。しょうがねぇだろ」
新しくなったアトリエに入ると、暖かい太陽の光が窓から差し込んだ。
壊れていた窓ガラスや、血の痕がついていた床板などが張り替えられて綺麗になっている。
ちなみに変わったのはそれだけではない。
「商品の陳列棚まで出来てんじゃん」
「はい! せっかくなので作ってもらいました!」
「これでポーションをより多くおけるってわけか」
「そうです。これからウチで売るのは治癒ポーションだけじゃないですから」
いつの間にか俺の後ろに立っていたココットちゃんが笑顔でそういう。
「魔力ポーションと、身体強化ポーションだろ?」
「それに加えて、持続治癒のポーションも作ったんです」
「マジ? 一気に商品が増えるな」
「はい。せっかく1ヶ月もあったわけですから。リニューアルしたときに、お客さんにいろんな商品を買ってもらいたくて!」
「そりゃ良い」
俺は頷くと、ココットちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
彼女たちに後遺症は残っていない。
いや、残るはずがないのだ。《治癒魔法Ⅹ》は最高位の治癒術なのだから。
壊れた身体を1から作り直すことで、簡単な怪我や病気すら残らない完璧な自然体を作り上げるのだから。
「そうだ、ココットさん。魔力ポーションのことなのだが、“学園”に導入する契約を結べた。1日300本必要らしい」
「さ、300本ですか!? 大きすぎません!?」
「あのライムとミントの味が学園長に刺さったらしい」
「ハザルさんにお酒みたいって言われたやつですよね……」
学園、というのはつい最近この街にできたばかりの魔術学園のことだ。
魔法を教えるので、魔力回復用のポーションがいる。
その需要を先に見込んだソフィアが営業をしにいったのは、1週間前だったような気がするが……。もう既にそこまで決まっていたのか。
「なぁ、ココットちゃん。300本も1日に作れんのか?」
「それなんですけど、これを見てください!」
ココットちゃんは俺の手を引いて、店の奥に連れて入った。
そこには、大きな魔導具たちが並べられて1列を作っている。
そして、大きな台が「U」の字を描くように設置されて、その上をポーション瓶が動いていた。
「な、なにこれ……!」
「自動でポーションを瓶に詰めてくれるポーション詰め詰めくんです」
名前どうにかならなかったのかよ。
……いや、そうじゃなくて。
「あ、ハザルの兄さん。これどうっすか? ベルトコンベアを使って、ポーション生産量を上げたっす」
「そ、そんなことできんのかよ……」
俺は目の前に広がっているポーション生産機とも呼ぶべき一連の大きな魔導具を前にして、息を飲んでいた。
「はいっす! しかも、注入機とポーションの大釜を繋げたんで、作った分をそのまま流し込めば簡単にポーションが作れるっす。これで生産量をあげながら、さらに時間も短縮できたっす」
「……すげぇな」
「ハザルの兄さんにあれこれ素材を採ってきてほしいって言ったのは、これを作りたかったからっすよ」
そういって、エレノアは笑った。
「どうっすか。この完全に計算された無駄のない配列。リフォームするとは言っても、部屋を広げられるわけでも無いっすから。この中に納めるのに苦労したっすよ。最終的にリリムさんに手伝ってもらったす」
「え? リリムに?」
なんでそこでリリムが出てくるか分からずに首をかしげると、本人が教えてくれた。
「あ、あの。その……私、昔から家が小さかったので、どこに何を置くのかとか……そういうの、たくさんやってきたので……」
おずおずと教えてくれたその理由が悲しいが、しかしそのおかげでしっかり空間内に魔導具が収まりきっているので、彼女の素質の高さを感じざるを得ない。
そんな所狭しと魔導具が詰まった部屋の中心で、ココットちゃんはパンと手を叩いた。
「これで、錬金工房リニューアルの準備は万端です! 皆さん、ここまで協力していただいてありがとうございます!」
ココットちゃんは嬉しそうにそういうと、頭を下げた。
「新生した錬金工房を待ってくださってる皆さんのためにも、今日も頑張って行きましょう!」
「「あぁ!!」」
俺たちは互いに笑顔で頷きあうと、早速仕事に取り掛かった。
第1章「勇者と錬金術師」完




