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第28話 報い

「ソフィア! ココットちゃん! リリム!!」


 俺は思わず駆け出した。

 錬金工房アトリエに飛び込んだ俺が見たのは、見るも無残に破壊されつくされた……工房の中だった。


 売り物の治癒ポーションは粉々に砕かれて、観賞用の植物も切られている。

 そして、エレノアが作った運搬用のゴーレムも、ボロボロに破壊されつくされていた。


「誰か! 誰か返事をしてくれ!」


 背筋に冷たいものが走った。

 最悪のケースが脳裏に焼け付いて離れなかった。


「誰もいないのか!? おい!」


 ガラスの飛び散った工房の中を進んでいく。


 周囲にみえる赤い血痕は誰の血なのだろうか。

 そんなことをもう1人の俺が冷静に俯瞰している。


「……ひゅう」


 その時、小さく息が漏れる音が聞こえた。

 弾かれように俺が振り向くと、そこには棚の裏に隠れるようにして血まみれになって倒れているココットちゃんがいた。


「ココットちゃん!」


 俺が慌ててかけよるが、彼女は何も言わない。気を失っている。

 身体を起こすと、彼女は肩から腹部にかけて袈裟けさに斬られていた。


 だが、傷口は浅い。

 べったりと血が溢れているが、それは表層を斬っているだけだ。


 浅いからこそ死んでいない。

 だが、死にきれない。


 これは一撃で殺さずに苦しめるような斬り口だ。


 誰がこんなことを……。

 息を吐き出しながら、俺は詠唱。


「《|我が手にて、傷は払われたり《リビルド・ヒール》》」


《治癒魔法Ⅹ》に位置する最高位の治癒魔法によって、ココットちゃんの傷口が一瞬にして跡形もなく消え去った。そして、失った血液までをも再生するが、それだけ俺の魔力が、がくっと持っていかれる。


「エレノア! ココットちゃんを寝かせてくれ!」

「は、はいっす!!」


 怪我は治したが、意識はすぐには戻らない。

 それは戦場で嫌というほど見てきた光景だ。


「ソフィア! どこだ! リリムもいないのか!?」


 そのまま中に入ると、大釜などの魔導具が置かれている部屋の中で……倒れている2人がいた。


 無論、そこも徹底的に破壊されている。

 エレノアが新調した魔力ポーションを作る魔導具も、これから修理する予定だった抽出機も、そして何より……ココットちゃんが大切にしていた大釜までもが、破壊されつくされていた。


「おい、ソフィア。リリム。しっかりしろ!」


 だが、機材はあとだ。

 そんなことよりも、2人を治さなければ。


 再び最大級の治癒魔法を発動する。

 2人を治癒の光が覆うと、白磁のような肌が姿を見せた。


「ハザル、か……。遅かったじゃないか」


 そして、治癒すると同時に……ソフィアは目をつむったままで答えた。


「何があった……!」

「……同業、だろう。手ひどくやられた、よ」

「同業だと……? 錬金術師アルケミストか?」


 俺の問いかけに、彼女は弱々しげに頷いた。


「……恨まれる、要素はあった。私たちは、急速に成長……しすぎたからな」

「だからって……。それは、マーケットで、戦えないのが……悪いんだろ?」

「そんな……理性的な、人間ばかりがいるものか……。私たちの、せいで……売上がおちた、なら……。私たちを、殺せば良い。そう思われても、おかしくない……」

「……それは」


 それは、確かにそうだと思ってしまった。


 全員が全員、ソフィアのように理性的ではない。

 誰もが、彼女のように売上が落ちた時に適切な対処が打てるわけがない。


 だったら、暴力的な手段に訴えかけてきたって……。


「やられた、よ。あいつらは……君が、いなくなったときを狙ってた。きっと、これまでにも、何度か……ここに、足を運んだんだろう……」


 ソフィアの言うことに、俺は……思い当たりがあった。 


 数日前あった、夜中に扉が叩かれたこと。

 あれはもしかしたら、俺がいないことを確認しにきたんじゃないのか?

 

 いや、それだけじゃない。

 他にもずっとチャンスを狙っていたんだ。


 この錬金工房アトリエを壊すための……チャンスを。


「……すまない、な。ハザル」

「なんで、謝るんだ。お前はなにも……悪いことなんて、何もしてないだろ……!」


 俺がそういうと、ソフィアは静かに首を横に降った。


「金が……盗まれたんだよ。全部、盗まれたんだ」

「金なんて今はどうだって良いだろ!? お前らが、無事なら俺はそれで……」

「……いいや。私が言ったんだ。君に、100万稼がせると……。私が、ちゃんとその金を管理すると……。それも、全部……全部、持っていかれたんだ」

「また稼げば良いじゃないか。盗まれたのは……しょうがねぇよ。お前は何も悪くねぇ」

「そう、だな。でも、ココットさんには……悪いことを、したな。せっかく、彼女が大切にしていた工房道具を、私たちのせいで……壊させて、しまった」

「……」


 ソフィアはそういうと、深く息を吐き出して……気を失った。


「は、ハザルの兄さん! 上もすごいことになってるっすよ。金庫が壊されてるっす」

「……エレノア。わりィ、この2人を連れて……どっかに隠れててくれるか?」

「ど、どっかってどこっすか?」

「冒険者ギルドか、酒場が良い。この錬金工房アトリエにいると、また来るかも知れねぇ」

「来るって……ここを荒らしたやつらっすか?」

「あぁ、そうだ」


 息を吐く。息を吸い込む。そして、吐き出す。

 怒りで身体が震えるのに、脳みそはまるで氷でも詰め込まれたかのように冷静だった。


「これをやったのは、プロだ。手慣れてる」

「……どうして、分かるっすか」

「3人とも斬り口が似てた。あえて軽く、だが決して助からない傷を負わせることで……死ぬまでに時間をかけて苦しませる。そんなことをやるのは……手慣れてるやつだけだ」


 俺がそういった瞬間、太陽が奥に消えた。

 ふっと空気が冷たくなって、空がオレンジから黒に切り替わり始めた。


「だから、エレノアはここをすぐに離れたほうが良い」

「は、ハザルの兄さんはどうするっすか」


 俺は《空間魔法》の中にしまいこんでいた、外套を取り出して……それを着込んだ。


「決まってるだろ?」


 それは、ソフィアと一緒にこの街にやってくる途中に着ていたもので……深くフードをかぶれば、誰かが分からなくなる。


「報復だ」


 深くフードをかぶった俺を覆い隠すように闇が世界を制していく。


「誰に手を出したのか、しっかり教えてやらねぇと」


 《光魔法Ⅴ》――《光学迷彩ファンタズマ》を発動した俺の姿が完全にかき消えた。

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