第27話 鬼の居ぬ間
「いやぁ、ここに来るのも久しぶりっすねぇ！」
暗い闇の底にエレノアの声が響く。
「亡霊が出ないのに、『亡霊鉱山』なんて呼ぶのはどうかと思うけどな。俺は」
「良いじゃないっすか。名前なんて分かりやすいのが一番っすよ」
俺たちがいるのは『亡霊鉱山』の入り口。
前回来たときと全く変わっていない……変わるはずもない入り口をくぐって、俺は《光魔法》を発動。坑道の中を光で照らしあげた。
だが、前回のときのように鉱山の中に入った時と外にいる時とで大きな変化は感じない。やはり主を倒したのが良かったのだろう。
「今日、必要な素材は深いところに潜らないと見つからないからしっかり潜るっすよ」
「身体強化ポーションって、鉱石がいんのか？」
「違うっす。ポーションを作る素材じゃなくて、魔導具の素材っす」
「へぇ、そうなの？」
「はいっす。身体強化ポーションはイカリダケって呼ばれるキノコから成分を抽出して、それを水に溶かして作るらしいんすけど、抽出する魔導具が壊れてるのでまずはその修理っす」
「詳しいな」
俺がそう褒めると、エレノアは顔をしかめた。
「昨日2時間レクチャーも受けたっすから」
「だから顔が疲れてるのか……」
「はいっす。マジで大変だったっす。オーナー、ポーションのことになると周りが見えなくなるっすから」
「まぁ、ココットちゃんはポーション作りが好きそうだし……」
「限度ってものがあるっすよ。びっくりするくらい早口でしたっす」
なんてこと言いながら、俺たちが坑道の中に中にと潜っていく。
すると、前回地這いトカゲと戦った大広間に繋がった。
「ここって、こんな近かったっけ？」
「2度目だから、慣れてるんだと思うっす。もっと深くまで潜るっすよ」
「そうだな」
俺たちは何もいなくなった広間をさらに直進して、今は廃棄されたリフト前までたどり着く。
「底が見えねぇな」
「暗いっすね……」
リフト、と言ってもちゃんとした機構ではない。
構造としては井戸と一緒だ。
上の方に滑車がついており、それをかつては魔導具では動かしていたのだろうが……今はその影も見えない。戦争のゴタゴタで壊れたか、盗み出されたのだろう。
「んじゃ、降りるか」
「降りるって……どうやって降りるっすか？」
「え？ いや、リフトがあるんだから、それで降りればいいじゃん」
「いや、巻き上げる魔導具はついてないっすよ？」
「んぁ？ だってこれ、ロープでやってんだろ？ じゃあ、降りる時に下までロープ垂らしておいて、上がる時はそれを引っ張ればいいじゃん」
「これ定滑車っすよ。持ち上げるには、かかってる力と同じ力がいるっす……あぁ、いや。何でも無いっす。ハザルの兄さんなら何も問題ないっすね……」
「そういうことだ。降りるぞ」
俺はしっかりロープを掴むと、腕で引きながら乗り込んだ。
ぐん、と右腕に俺の体重分の負荷がかかるが……まぁ、これなら軽いもんだ。
その次に、エレノアがおっかなびっくり乗ってきて、俺たちはさらに『亡霊鉱山』の深部に向かった。
「深いな」
「深いっすね」
俺はするするとロープを滑らせながらリフトの降下速度を調整しているのだが、全くもって底につく気配は無い。
「あ、ハザルの兄さん。見えてきたっすよ、ちゃんと底っす」
約1分近く降下し続けてきた俺たちはようやく底に降り立った。
「んで、修理するには何がいるんだ？」
「はいっす。身体強化の抽出機は内部が高圧になるので、それに耐えられる素材がいるっすよ。なので、ヘヴィグレー鉱が欲しいっす。20kgくらいっすかね」
「20？ 多すぎじゃね？」
「そうでも無いっすよ。鉱石から金属に製錬しようとしたら、不純物が多すぎて全然採れないんすよ。だから、20kgは欲しいっす」
「なるほどな。でも、20kgか……」
「そう構える必要はないっすよ。どこにでもある金属っすから。ちゃんと探せば、20kgくらいすぐっす」
そんなことを言い合いながら、俺たちは坑道の中を進んでいく。
その瞬間、地面に落ちていた白骨がころころと転がっていくと……周囲に散らばっていた白骨組み合わさって、スケルトンが目の前に立ちふさがった。
「で、出たっす！ ハザルの兄さん！！」
その手には大きなつるはし。
この坑道で死んだのだろう。
そのスケルトンは俺たちに向かって、つるはしを掲げると、
「……邪魔だな」
俺がそう呟いた瞬間に、消えた。
「き、消えたっすよ！？」
「俺が消したんだよ」
使ったのは《神聖魔法Ⅱ》。
威力としては低級のアンデッドモンスターを祓うことくらいしかできないが、この坑道にいるスケルトンたちは元をたどれば普通の人たちだ。
ぶっちゃけ、これくらいの威力で十分と言えば十分である。
「そ、そういえば聞いたことあるっすよ。ある錬金工房には元『神聖騎士団』の団長がいるって！ あれ、ハザルの兄さんのことだったっすね！？」
「団長？ なんか話がでかくなってねぇか？？」
「うぇ？ 違うっすか？」
「ちげぇよ。団長は……そりゃ、会ったことはあるけどよ。俺は団長なんてやったことねぇって」
ちなみに神聖騎士団の団長も、はるか昔の知り合いだ。
魔王との戦争で戦死したと聞いたので、今はまた別の人間が団長をやっているだろう。
「はぇ、でもなるほど。確かにハザルの兄さんが『亡霊鉱山』をビビらない理由が分かったっす」
「エレノアだってビビってねぇじゃねぇか」
「そりゃハザルの兄さんがいるからっすよ。あたしは1人でこんなところ来ないっす」
そんなことを互いにやり取りしながら進み続けて、最奥にまでたどり着いたとき……俺は変に光を反射する灰色の鉱石の頭を見つけた。
「ん？ なぁ、エレノア。これって」
俺が指をさした方向をエレノアは覗き込むと、
「こ、これっす！ これっすよ、ハザルの兄さん！！」
「これを削り出せば良いのか」
「落盤にだけは気をつけてほしいっす」
「そうなりゃ山ごと吹き飛ばしてやんよ」
「本当にやりそうだから怖いっす」
なんてことを言いながら、俺は《土魔法Ⅲ》を使って周辺の岩石を溶かすと……そこに大きなブロック上の灰色をした鉱石だけが残った。
「これだけあれば十分っすよ！ 回収して帰るっす！」
俺は《空間魔法》を使って、ヘヴィグレー鉱石を収納。
これで目的は達成だ。
「よし、帰るか」
「はいっす。いやぁ、ハザルの兄さんがいれば冒険者は要らないっすね！」
「俺にできることなんてこれくらいだしな」
「『これくらい』の範囲がでかすぎるっすよ」
そして、俺たちは来た道を戻った。
リフトを上がり、『亡霊鉱山』を出て、シスト市に向かって歩く。
片道2時間以上はかかる道なので俺たちは道中でちょっとずつ休憩をしながら、シスト市にたどり着いた時……すっかり、夕方になってしまっていた。
俺は冒険者証を、エレノアは別の身分証を見せて市壁の中に入って街の外れにあるココットちゃんの錬金工房に向かう。
「……なぁ、あれって」
「…………」
先に気がついたのは、俺だった。
遅れて、エレノアも気がついたが……俺たちは、目の前に広がっている光景を理解したくなかった。
そこには、窓ガラスを割られ、扉は破壊されて、壁のいくつかに大穴が空いている……そんな、ボロボロになったココットちゃんの錬金工房があった。
