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第22話 出来ることを

「出来たっす! 完成したっす!!」


 冒険者登録を終えて錬金工房アトリエに戻ると、エレノアが大騒ぎしていた。


「何ができたんだ?」

「ポンプと水道っす! さっき取り付けたんで、ココットオーナーに使ってもらってるっす!」

「おぉ、凄ぇじゃん」


 水道といえば蛇口をひねれば水がでる大変便利なシステムである。

 俺も王国の家につけてもらっていたが、あの家どうなったんだろうか。


 まだローンが残ってるんだよな……。


 そんなことをぼんやりと思い出していると、ココットちゃんが大釜の上に付けられた太い蛇口を捻った。


 その瞬間、凄い勢いで水が大釜の中に解放されると、大釜の中に水が貯まっていく。

 それを見たココットちゃんはその場で跳ねた。


「わわっ! これすごい! 凄い便利です!!」

「そうっす! そうっす! 便利っす!」

「これで水くみしなくても良いんですか!?」

「もう汲み上げる必要は無いっすよ! それに、洗い場とキッチンにも付けておいたんでポーション瓶を洗う水も、食器や料理に使う水も汲み上げなくて済むっす!」

「凄い! エレノアさん凄いよ!!」


 ぱっと目を輝かせながら、エレノアの手を取ってぴょんぴょんと跳ねるココットちゃん。

 どう見ても歳相応の少女だ。可愛い。


「あとは薬草からのエキス抽出機と運搬用のゴーレム。それに瓶の洗浄装置っすね! 頑張って作るっすよ!」

「何か手伝うことはあるか?」


 作るのに時間がかかりそうだったので、そう問いかけたのだが。


「いえ! お気持ちだけで十分っす! そもそもハザルの兄さんに手伝ってもらいたかったのは水道管の配管なのに、いないからすげぇ苦労したっす」

「……それは悪かったよ」

「気にしてないっす。そもそもアタシ1人でやる仕事っすからね〜」


 のんきにエレノアはそう言うと、裏口から出ていった。

 今から抽出機を作るのだろう。職人だ。


「見てください、ハザルさん! これ、水道ですよ! 水道!! 高くて付けられなかった夢の魔導具です!!」


 水道は汲み上げた水を運んでいるだけなので魔導具ではないと思うのだが、そんなことを一々口に出すほど俺は野暮じゃない。


「良かったなぁ、ココットちゃん。これでポーション作りが楽になるぞ」

「はい! それに、もっとたくさんの人にポーションを届けることができて……。色んな人に私のポーションを飲んで貰えるんですよね。楽しみです……」


 そう言いながら大釜を見上げるココットちゃん。

 彼女の夢は多くのお客さんがくる錬金工房アトリエを作ること。そして、作ったポーションで色んな人を幸せにすること。


「あ、そうだ。新しい魔力ポーションを作ったので、ハザルさんとソフィアさんに試飲して欲しいんですけどお願いしてもいいですか?」

「せっかくだが、私は遠慮させてもらうよ。私は生まれつき魔力の貯蓄量が少なくて、魔力ポーションを飲んだら酔うんだ」


 そういえば、ソフィアは魔法が使えないと言っていたな。

 魔力量が少ないのが原因だったのか。


 人が魔法を使う時は体外の魔力を体内に取り込んで、その魔力を消費して使用する。

 そのため、体内に取り込める魔力量が少ないと魔法が使えないのだ。


 それは触れてはいけない部分だと思ったのか、ココットちゃんが勢いよく頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」

「気にするな。しょうがないことさ」

「うぅ……。ありがとうございます……」


 ココットちゃんは意気消沈したまま、俺の方を振り向いた。


「ハザルさんはいかがですか?」

「魔力ポーションなんて飲んだことないけど、それでも良かったら」

「え、飲んだこと無いんですか?」

「あぁ、無いな」


 俺の問いかけにココットちゃんは首を傾げた。


「ハザルさんって、騎士団にいたんですよね? 魔法も使いますよね? 魔力ポーションを飲まないなんてこと、あるんですか?」

「魔力が足りなくなったことがないからな」

「…………?」


 ココットちゃんの頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見えたが、実際に魔力切れになったことがないものは無いのである。だから、魔力ポーションなんて飲んだことはないのだ。


「まぁ、俺で良ければ手伝うけど……って、リリムは?」

「リリムちゃんは張り切って魔力ポーションの試飲を手伝ってくれたんですけど、その……飲みすぎて、いま魔力酔いを起こして上で横になってます」

「あぁ、なるほど……」


 通りで姿が見えないわけである。

 なんというか、不憫ふびんな子だ。


「右からレモン、ライム、オレンジ、トマト、スイカです」

「お、ソフィア。トマトだって」

「なぜ私に話を振るんだ。飲めないと言っただろう」


 そんなソフィアのお小言をもらいながら、ココットちゃんから貰ったポーションを飲んでいく。


 飲んでいくのだが……。


「なんか……いまいちぱっとしないな」

「うーん。やっぱり、そうですよね……。同じことをリリムちゃんに言われました……」


 俺がいつも魔力ポーションを飲まないからか分からないが、ココットちゃんの作り出した治癒ポーションを初めて飲んだときのような革新的なものを感じることは無かった。


 確かに言われた果物たちの風味を感じることはできるのだが、本当に味がついているだけというか。別にこれなら誰でも作れそうだと言わざるを得ない。


「甘いので駄目だったら、ハーブとかを風味に混ぜるべきなんでしょうか。他にも試してみます!」


 ココットちゃんは言うが速いか、新しい食材を取り出して市販のポーションをビーカーに移す。


 その顔はとても輝いていて、楽しそうだ。


「ココットさんも、エレノアさんも、職人だな」

「全くだ。俺に持ってないものを持ってて羨ましく見えるよ」

「ふむ。君でも他人が羨ましいと思うのか?」

「逆にソフィアは思わないのか?」


 戦うことしかできない自分よりも、ココットちゃんのように直接誰かの役に立つことを出来る方が素晴らしいと思う。それに、もし自分にその方面の才能があればとも思ってしまう。


「私はできないことが多すぎて、思わなくなってしまったよ」

「出来ないこと、ねぇ」

「剣の才能も、魔法の才能も、料理の才能も、錬金術の才能だって……私には無かった。ただ、他の者よりも少しだけ商売が好きだっただけさ。だから、私は私のできることをしようと思ったのだ。君も同じじゃないのか? ハザル」

「そりゃいつのこと言ってんだ」

「2年前のことだ」


 俺はソフィアにそう言われて、鼻を鳴らした。


 確かに俺が魔王を倒しに行った時は、俺にしかできないことだと思った。

 少なくとも俺の周りに、俺以上に剣が使えるやつも魔法が使えるやつもいなかった。


 ただ、俺がやらなけりゃ……他に誰がするんだと、思ったのだ。


 それは確かにソフィアの言う通りで、


「さて、私はエレノアさんの方を見てくるよ。私ができることはそう多くないからな」


 諦めているのか、割り切っているのか。

 そんななんともつかない言葉を吐いて、彼女は微笑むと……裏口から出ていった。


 そんな1人残された俺にココットちゃんが駆け寄ってきて、


「ハザルさん! これ、ミントとライムを混ぜてみたんです! どうですか?」

「……あ、美味しい」


 手渡された魔力ポーションを一口飲んだ。


「本当ですか? これいけますかね?」

「美味しいんだけどこんな味の酒を飲んだことがあるぞ」

「お、お酒……ですか。じゃあこれは大人向けにしましょう。次は子供向けです」


 ココットちゃんは素早くテーブルに戻る。

 迷わず進むその姿が、俺にはとても美しく思えた。

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