第14話 金の鉱脈
「ココットちゃんはどんな人が欲しいんだ? ほら、あるだろ。力持ちとか、優しい人が良いとか」
「そうですね。朝からお昼にかけて働ける人が良いですね。やっぱりその時間が忙しいですから」
「……あぁ、なるほど」
これから雇う人はココットちゃんと一番長く共に働く。
そうなると、ココットちゃんと気の合う人物が良いだろうと思って彼女に聞いてみたのだが……帰ってきたのは、俺が求めていたのは少し違う答えで。
「条件はそんなもんか?」
「そうですね……。やっぱりハザルさんの言う通り力持ちの方と、愛想の良い方が欲しいです」
「ポーションの売り子と運び手か」
確かに雑用だし、誰でもできる仕事だ。
特に売り子をするなら愛想の良さは必須だろう。
俺が未だに売り子を任されない理由はそれである。
「なるほど。教えてくれてありがとよ」
「よろしくお願いします!」
――――――――
ということを踏まえて、俺がいまどこにいるのかというと……街の中心にある掲示板の前である。
ここには色んな情報が記されており、『頻繁に求人が出ているから見ておけ』とソフィアが言っていたので、参考がてら見に来たのだが……。
「あんまり参考にはならねぇなぁ」
掲示板に載っているのは商会の筆記や、会計、貴族の家庭教師など、高度な専門知識が必要な求人ばかり。
文字が読める人間が見に来るのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……錬金工房のポーション作りの手伝い募集の参考にはなりそうにはない。
「他を当たるか」
そういって頭をかくと、俺は踵を返す。
「ソフィアの言ってることも意味不明なんだよなぁ……」
ワンポイントアドバイスと言うので、どんなアドバイスが貰えるのかと期待したのだが帰ってきたのは、商売はWin-Winが基本というやつである。少なくとも人を雇うときに参考になるようなものでは……。
そんなことを考えながら、行くあてもなく街を歩く。
「そこの大きな兄ちゃん。焼き鳥買ってかねぇか?」
そんな折、焼き鳥店の店主から声をかけられた。
俺が歩いている大通りの端には露店がずらり並んでおり、焼き鳥屋はその内の1店舗だ。
俺は思わず焼き鳥の香りをかいでしまい……その瞬間、腹がぐぅと空腹を訴える。
朝から考え通しで歩きっぱなし。
休憩がてら軽食でも食うかと思い、俺はその誘いに乗ることにした。
「2本くれ」
「はいよ! 銀貨2枚ね」
「……安いな」
「うちは庶民の味方だからよ!」
俺は財布を取り出して、中から銀貨2枚を取り出す。
最近は金を使う暇も無かったので、珍しくまとまった金が財布の中にあって……心地の良い重さを感じることができた。
「おっ、兄ちゃん。景気良いみてぇだなぁ」
「ちげぇよ。忙しいから使う暇もねぇんだ」
「そいつも景気が良いってこった」
俺は焼き鳥を2本受け取ると、1本食いながら周囲を見渡す。
大通りは大きな荷馬車や人々がせわしなく行き交っており、様々な露店の前では活発に商売が行われていた。
「なぁ、おっちゃん。焼き鳥、売れてるか?」
「おかげさまで」
「そいつぁ、何よりだ」
それもそうだろう、と思った。
これだけ人が動いていれば、腹が減ってるやつも多くいるだろう。
仕事中だからガッツリ飯は食えない。でも、小腹は満たしたい。
そんなとき、安い焼き鳥が買える。
立派なWin-Winだ。
「……ん?」
ふと、頭に引っかかるものがあった。
「おっちゃん」
「どうした?」
「なんで、こんな場所に店だしたんだ?」
「そりゃあ、兄ちゃん。ここなら腹減ってるやつがいっぱいいるからよ! みんな買ってくれんだろ?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりにいうおっちゃんの顔を見て……俺は、頷いた。
そりゃそうだ。腹が減っているやつが多くいるところに、飯が食える飯を出す。
当たり前だ。道理が通っている。
考えを逆転させよう。
焼き鳥屋を出したい時には、腹が減っているやつが多くいる場所に店を構えれば良い。
これが、思考の逆転だ。
なら、雇われ人を探したい場合には?
「……あぁ、なるほどな」
「どうした? 兄ちゃん」
「いや、何でもねぇ。美味しかったよ、ごちそっさん」
「串はそこの箱に捨てといてや」
「おう」
そうだ。当たり前のことだ。
ソフィアの言っていることは至極まっとうなアドバイスだったのだ。
商売の基礎はWin-Winなのであれば、仕事……金を欲しがっている人間が多くいる場所で、宣伝すれば良いのだ。そうすれば俺たちは雇われ人を見つけられる。向こうは金が手に入る。
「……回りくどい言い方しやがるぜ」
金を欲しがる人間が多くいる場所なんてすぐに思いつきはしないが……。
「まぁ、こういうときは足を動かすか」
それもまた、ソフィアから学んだことだ。
「どこが良いかねぇ」
酒場、食堂、ギルドなんかには流石にいないだろう。
「……どっかに仕事を探してるやつと、人を欲しがってくれるやつを合わせてくれる店とかねぇのかよ」
そんな理想的な店が存在するわけもなく、無駄に街の中を歩き続ける。
「そこのデッカイ人ー! 酒飲んでいかねぇかい!」
「昼間っから酒なんて飲まねぇだろ」
酒場のおばさんに呼び込まれそうになったのでそう返す。
こっちは忙しいのだ。酒なんて飲んでる暇はない。
「……ん?」
その時、自分の中にあるなんとも言えない感情に気がついて……苦笑した。
あれだけ酒に入り浸ってた俺が、まさか酒を要らねぇと言うなんて。
「馬鹿言うんじゃないよ。昼間っから飲むから楽しいんじゃないか」
「また今度な」
そういって俺が返したその瞬間、ドン! と後ろから誰かにぶつかられた。
「んぁ?」
「ひぃ!」
嫌な気配を感じたので、手を伸ばすと赤子のように細い手を付かんだ。
その細い手は俺のポケット……財布に向かって伸ばされており、気が付かなければ盗まれていた。つまりは、スリだ。
「おい、相手くらい選べよ」
「……ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんない」
そのまま持ち上げると、この世の終わりのような表情を浮かべた少女の姿があった。
彼女は涙を浮かべながら何度も謝罪の言葉を口にする。
その姿が、想像してたのと全く違ったので俺は困惑。
「えぇ……」
ぱっと手を放すと、彼女は涙を流しながら頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……。出来心だったんです…………」
「……いじめられてんの?」
俺がまっさきに思った可能性を口にすると、彼女はぶんぶんと勢いよく首を横に振って早口で答えた。
「ち、違います。違います。私が、やろうと思ったことで……」
「初めてか?」
「は、はい?」
「スるのは初めてか?」
「……はい。そうです」
どんくさい、と言ってしまえば良いのだろうか。
彼女のスリは明らかに下手くそだった。
俺が呆れると、少女は「ごめんなさい……」と小さな声で答える。
手を放しても逃げることなく、その場で誤り続ける彼女を上から下まで俺は見つめた。
色んな人間が多く歩いている大通りと言えども、彼女の姿はあまりにみすぼらしくて。
「貧民街に住んでんのか」
「い、いえ……。その、はい……。そうです……。お金が必要で……」
一度、否定したものの最終的に認めてしまう少女。
俺は困ったように頬をかくと、彼女を見下ろした。
「俺だって金は欲しいよ」
「す、すみません……」
ひたすら頭を下げられると、こっちとしても責めようが無い。
「なんで金がいるんだ? 生きるためか?」
「そ、そうです。私、お母さんが病気で、妹もいて……面倒をみないと、いけないので」
「んで、スリねぇ……」
「あ、その……。普段は別のことでお金を稼いでて」
「何やってんの?」
「笛を、吹いて……ます」
「あぁ……」
ようは大道芸人のようなことだろう。
彼らが道の端のほうで楽器を披露して金を稼いでいる姿はよく見るものだ。
「で、なんでまたスリに?」
「ふ、笛が、盗まれて……」
「…………」
「でも、お金は……いるので……」
返しづれぇな、おい。
俺は思わず後頭部をかいた。
可愛そうだとは思うが、よくあることでもある。
貧民街に住んでるくらいだから、きっとまともな仕事には就けないのだろう。彼らはただそこに住んでいるというだけで、見下され、蔑まれ、まともな仕事を選ぶことはできない。
それが子供ならなおさらだろう。
男はまだ冒険者や炭鉱夫などの肉体労働として、まともな生活をつかめる可能性があるだろうが……女は違う。貧民街に生まれた子供が向かう先なんて売春の1つしか道はない。
だから、彼女たちは働きたくても働けなくて……。
……働きたくても働けなくて?
「あっ!」
「は、はい!?」
俺の大声に目の前の少女がびくりと身体を震わせる。
「お前、名前は!?」
「わ、私ですか!? り、リリムです」
「金は欲しいか」
「は、はい! 欲しいです!」
「働き口を紹介するっつったら、働くか?」
「え!? で、でも……私、貧民街に住んでて……」
「聞き方が悪かったな。お前、働く気はあるか?」
リリムは気が弱いのだろう。
俺の問いかけに、とても戸惑った顔で答えた。
「お、お金をいただけるなら……」
俺は思わず心の中でぐっと拳を握った。
……見つけたぞ! 働き手を!!




