第12話 起動
がちゃ、と重たい扉が開く音で俺は目を覚ました。
「……ん」
窓の外を見れば、まだ暗い。
まだ太陽は登っていないみたいだ。
「なんの音だ……?」
戦争で身についた癖で俺はどれだけ睡眠不足でも一度目が覚めてしまえば、しばらく寝つけない。なので身体を大きく伸ばして、起床のスイッチを入れ直すと……俺は音を追いかけるようにして外に出た。
「……よいしょっと」
朝の冷たい空気で一気に意識が覚醒していく中、女の子の声が聞こえてきた。
声の主をたどるように視線を動かすと、そこには一生懸命に井戸から水を汲み上げるココットちゃんがいた。
俺が彼女に気がつくのと同じくらいに、ココットちゃんも俺に気がついてパッと顔を明るくした。
「あ、ハザルさん! おはようございます!」
「おう、おはよう。まだ日は昇ってねぇのに、働いてんのか?」
「はい! ポーション作りには、やっぱりこれくらいから準備しないと間に合いませんから」
そういって笑顔を向けるココットちゃんの働きぶりに、俺は何も言えなくなって……ココットちゃんの握っているロープを代わりにつかんだ。
「手伝うよ」
「た、助かります」
俺は一気にロープを引いて桶を持ち上げると、ココットちゃんの用意していた別の容器に水を移し返す。
「これは何に使うんだ?」
「ポーション作りです。大釜に貯めて、一気に沸かすんです!」
「単純作業だな。毎日やってんの?」
「はい! 日課です」
「働き者だな」
俺はそういうと、地面に置かれていた容器がいっぱいになるまで水を貯めて持ち上げた。
「これはどこに運べば良い?」
「こっちです!」
ココットちゃんについていくと、そこには本当に大きな釜が置いてあった。
釜はデカイ。高さで言えば、俺と変わらないくらいはある。
「これをいっぱいにすんのか……」
「そ、そこまではしないですよ! そんなに作っても売れないですから……」
そういうと、ココットちゃんは悲しそうに笑った。
「どうだろうな。昨日のことも考えると……売れてもおかしくないぞ」
「でも、昨日の夜にソフィアさんは『絶対に作る量を増やすな』って言ってましたよね?」
「そんなこと言ってたな。なんだっけ。『小さく初めて、大きくしていく』とかなんとか」
そんなことを言いながら、俺は釜に水を貯めていく。
「これをあと10回運んだらいつも作ってる量です」
「10回も!?」
ココットちゃんの体格だと朝から重労働だ。身体を壊すぞ。
「は、はい! ちゃんと師匠に習って《身体強化Ⅰ》までは使えるようになったから
大丈夫です!」
「……そ、そうか」
彼女は自分の二の腕にある力こぶを見せてくれたが、可愛い以外の感想が出てこなかった。
「俺が残りも用意するよ」
「ありがとうございます!」
そういって俺が井戸から水を汲み上げて釜のところに戻ると、ココットちゃんは大釜の下に溜まっている灰と炭をかき出していた。
「掃除?」
「魔石が手に入ったので、薪じゃなくて魔石を燃料にしようかと思いまして」
「そういうこともできんの?」
「はい。錬金工房の大釜には熱を出す魔導具が仕込まれているんです。それで温度調整をするんですけど……。私は魔石を買うお金が無かったので」
そう言いながら大釜の下に位置しているスライドを引いて、その中に魔石を入れていくココットちゃん。
その顔はどこか嬉しそうで。
「この子もきっと喜んでいると思います。今まではずっと薪で温度調整してましたから」
「この子?」
「大釜です」
「あ、あぁ。そういうことね」
びっくりした。急になんの話が始まったのかと。
「名前はコルちゃんです」
「名前まであんのか……」
てかそれ、大釜から持ってきたな?
「それにしても、『今日からが本番』ってソフィアさんが言ってましたけど、どういうことなんですかね?」
「さてな」
あいつには、もったいぶる悪癖がある。
どうせ後から自慢気に言ってくるんだから、いま気にすることも無いだろう。
俺はそんなことを考えながら、釜の中に水を入れた。
これで最後だ。
「ココットちゃん、終わったぞ」
「え!? もう!!? それならゆっくりしててください」
「他に手伝うことってあるか?」
「あ、えと……。じゃあ、ポーション瓶洗いをお願いします」
「任せろ」
そういえば、俺たちが錬金工房を探してた目的って瓶洗いの仕事探しだったなぁ……と思いながら、俺は流し場に向かった。ただ、排水溝がついただけの土間のような場所だが、そこには空になったポーション瓶が置かれている。
「やるか」
そう呟くと同時に魔法を展開。
小さな水球が空になったポーション瓶と同数……つまり66個生み出されると、それらが瓶を包む。
そこで、俺は内部に小さな水流を発生させると――仕上げた。。
「わぁ……」
急に声がしたと思ったので後ろを振り向くと、ココットちゃんが目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「い、いえ。大釜に入れた水が温まるまで私も瓶を洗おうと思って……」
「そうか。もう終わったから……悪いことしちゃったな」
俺がそういうと、ココットちゃん首を勢いよく首を横に振って目を輝かせた。
「ハザルさんって凄いんですね! まるで、物語に出てくる大魔導師みたいです!」
「んな大したもんじゃねぇよ」
俺は肩をすくめると水球を消して、風を生み出して瓶を乾燥させる。
その物語に出てくる大魔導師とやらは、俺に魔法を教えてくれた人だ。
今頃、どこでなにやってんだろうな。
そんなことを考えながらココットちゃんの開店準備を手伝っていたら、入り口のドアが数回ノックされた。
「はーい! 今いきます!」
ココットちゃんが大声を出して足早に向かうのを見ながら、俺は瓶が乾ききったのを確認していたところ、
「えっ!? 100本ですか!!?」
急にココットちゃんの大声が届いた。
一体、何事かと思って入り口に向かうと、そこには治癒ポーションを買い取ってくれた治療院の助手がいて、
「どうした?」
「は、ハザルさん! 凄いことになりましたよ!!」
ぱ、とココットちゃんの表情が花のように輝く。
「凄いこと?」
「今日から100本を毎日買ってくださるって!」
「マジ?」
ちらりと見ると、その助手は空になったポーション瓶を詰め込んだボックスを手にしており、
「はい。昨日いただいたポーションなのですが、お子さんたちでも気軽に飲んでいただけるということで、大変売れ行きが好調でした。なので、良ければ今日から治癒ポーションを100本いただきたいのです」
「よ、喜んで! 完成しだいすぐにお持ちします!」
「お願いいたします」
そういって空瓶の入った箱を置くと、助手の方は頭を下げて帰って行った。
「100本! 一気に100本ですよ、ハザルさん!」
「……すげぇな。そんなことが…………!」
俺たちが突然として持ちかけられた取引に、子供のように喜んでいると……そこに髪の毛がぼっさぼさのソフィアがやってきた。
「これが組織に営業をもちかける利点だ」
「起きてたのか」
「今起きた。そして、話も聞いた」
通りでこいつ髪の毛ぼさぼさなのか。
「個人を相手にしても、1人あたりで買う量なんて目に見えている。だが、治療院のような組織を相手にすれば、その問題はすぐにでも解決する。それに、私はこれだけでは終わらないと思うぞ」
「もったいぶるなよ。その見た目だとなんの格好も付かねぇぞ」
「髪の毛をといてくる」
俺が指摘すると、ソフィアは踵を返していった。
あとに残されたのは、ソフィアの言葉を吟味していた俺とココットちゃん。
「わっ! 火にかけたままだった!!」
だが、ココットちゃんはすぐに我に返ると、走って大釜に向かった。
俺も空瓶をそのままにするわけに行かないので、ココットちゃんの後を追うようにして準備を手伝うことにした。
そして、それは俺が治癒ポーションを治療院まで持っていった帰りのことだった。
「合計30本で金貨3枚となります!」
「これで良いか?」
「お買い上げありがとうございます!」
見ればカウンターにソフィアとココットちゃんが並んで立っており、店内には十数人の冒険者たちが治癒ポーションを求めにやってきているではないか。
昨日まで閑古鳥が鳴いていたとは思えない錬金工房の変わり具合に、俺は店を間違えたのかと思った。
「わっ! おかえりなさい、ハザルさん! いきなりで悪いんですけど、瓶洗いをお願いしてもいいですか!?」
「そりゃ良いけど、まだ瓶に余裕があるのか?」
ポーション瓶は使ったら、使ったものを返すのが習わしだ。
ということは、逆に使われるまで瓶は手元に返ってこない。
「はい! まだ、使ってない分があります!」
そういえば、最初の頃は毎日500本作ってたと言ってたな。
「なんでこんなに冒険者がいるんだ?」
「昨日、19階層で冒険者の方たちをハザルさんが助けたじゃないですか!」
「あぁ。そういえばそんなこともあったな」
「その方たちが酒場で宣伝してくださったみたいで、今日はたくさん冒険者の方が来てくださったんです!」
「へぇ! そういうことか」
「今朝作った分はもう無くなったので今から新しく作らないと、間に合わないくらい売れてます……!」
「よし、任せろ」
俺たちはすぐに準備に取り掛かった。
そして、朝に用意した200本は全て午前中に売れてしまい……最終的に、その日のポーションの売上は322本となった。
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