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雪女郎

その冬、小学校のスキー学習で、とあるスキー場に、ひなた、優奈、花音、佐紀、志歩、美月の6人は来ていた。

6人はリーダー格の、ひなたを先頭に、他の児童や教員や現地の指導員からこっそり離れ、スキーコースの中盤の端の林の中に入っていた。


「ひなたちゃん大丈夫?」


気弱な優奈はビクビクとしていた。


「大丈夫だってっ! ほら、スノーモビルの跡があるしっ」


林の中は案外開けており、確かにスノーモビルの跡がいくつもあった。明らかに木が間引きされていたが、そこまでは子供達は思い至らなかった。


「これ、リフトまで滑って戻れる?」


わりと合理的な花音が言った。


「それも大丈夫っ! この林、コースに出っ張ってんだ。傾斜通り降りたら抜けるっ。奥行くと山になって滑れないからそっち行ったらわかるし」


「ホントにぃ~?」


疑り深い佐紀。


「コースのマップと、リフトで昇る時、上から確認したっ」


ひなたはどちらかというと対話型のリーダーであった為、『最適解』で答える準備を常に怠らない。

逆説的に、彼女は最適解を探さずにいられない性分である為、自然とグループのリーダー的な存在になっていた。


「お腹空いたねー。下に着いたらセンターハウス戻っちゃおっか」


マイペースな志歩。


「まぁ、男子の松田とか、イズミさん達はさっさとバックレたみたいだけど」


どちらもやんちゃなグループで、ひなたとしては自分のグループを同列にしたくなかったので、下に着いたらポケットのチョコバーでも志歩に与えて、さっさとリフトに皆を誘導しようと考えた。


「ん? 何? 皆っ! 大変っ。『グーちゃん』が、早くここを離れた方がいいって!!」


唐突に、最後尾の美月が言い出した。継ぎ接ぎだらけの気味の悪いグーちゃんと名付けられたコアラのヌイグルミを手離さない不思議ちゃん。今もスキーウェアの背中にヌイグルミをリュックのように括り付けている。

放っておくとイジメられがちであった為に、ひなたは担任から『お世話係』を頼まれていた。

全員に動揺が走った。発言の不吉さもだが、この『グーちゃんの不幸な御告げ』は妙に当たるのだ。

ひなたは舌打ちしたくなるのを堪え、なるべく柔らかい口調で言った。


「そっかぁ、じゃあ、さっさと林」


「グオオォォォーーーッッッ!!!!!」


咆哮。林の山側に残った僅かな茂みを突き破るようにして、大型の獣が雪を蹴散らしながら突進してくる。『熊』であった。


「っっっ???!!!!」


子供達はその事実と、頭の中にある創作上の可愛くユーモラスな熊のイメージとの著しい乖離に、混乱し、動きをほぼ止めてしまった。

1人を除いて。


「早くっ! ってグーちゃんが言ってるっ」


美月が叫びと同時にひなた達は我に返り、必死でストックで押し、一番傾斜のあるルートにスキー板と身体を向けた。


「ゴォフッ! ゴォフッ!!」


雪の中、熊はヨダレを撒き散らしながら子供達に追い縋る。


「なんで冬に熊がっ?! 寝てろよっ」


恐怖もあるが、『熊は冬は冬眠する』という知識が覆されたことが納得いかない花音。


「ひなたのせいだっ! こんなとこっ、私、別に来たくなかったっ!!」


他罰的でもある佐紀。


「誰かっ、食べ物あげたら熊さん帰ってくれないかなぁっ?」


楽観的なことを言う志歩。

ひなたは後ろを振り向いた。熊は飢えと狩猟本能に狂っていた。チョコバー1つくらいでは止まりそうにない。


「食べ物だったら目の前に一杯いるじゃんっ」


ひなたは思わず普段控えている皮肉を言ってしまったが、


(だが悪いアイディアじゃない)


という内なる声も合わせて聴いた。よく見る。最後尾は美月。他のメンバーは前を向いて逃げるのに必死。傾斜の緩い場所で、熊は美月に限らず全員に易々と追い付ける速度。


どれぐらい空腹なのだろうか? 熊というのは余剰な餌を保存する知性を持っているのだろうか?


時折前方を確認しながら、目まぐるしく、答えを探す。時間は、無い。


「あっ」


運動の苦手な美月は、左手のストックのグリップのストラップごとすっぽ抜けてしまい、バランスを崩し、速度も落ちた。

手から離れた左のストックはすぐに熊の足元で蹴散らされた。


決まった。


そう最適解を見出だした、ひなたの行動は早かった。


「美月フォローするからっ、皆は前だけ見て(・・・・・)急いでっ!」


鋭く言って、速度落とし、先頭から美月の手前まで下がった。

石のような顔をしている、ひなた。古代から変わらない、人間社会において常に勝つ、競争者の顔。美月と目が合う。

熊はもうすぐそこまで来ていた。


「グーちゃんが来ないで、って言ってる・・」


「美月、ごめん」


小声で言うと、ひなたは下がった勢いのまま、右ストックの石突きをひなたの右目に突き刺し、素早く引き抜いた。流血。

指示を守らず振り返っていた優奈は驚愕した。


「ああーーーっっっ!!!!」


絶叫して転倒する美月。血が散る。


「グルォオオーーーッッッ!!!!」


熊は自分の右側に転がってきて、ちょうど腹を見せた美月を、強靭な右の前肢で殴り飛ばした。

美月は血を撒き散らしながら、ひなたを軽々と飛び越え、先頭の花音の左前方にまで吹き飛ばされた。

紐が切れたヌイグルミのグーちゃんはさらに前まで飛ばされた。

全員が美月の返り血を浴びた。


「なっ?!」


「はっ?」


「あああっ」


「美月ちゃんっ!」


熊は前肢で攻撃したことで突進が一瞬止まっていた。ひなたは隙を逃さず、ストックで雪を突き押して速度を上げた。

右のストックの石突きは警察に話す前に洗おう。幸い全員、血を浴びた。それらを洗い落とそうとしたと泣いて言えば何も不思議は無い。そう淡々と考える、ひなた。

落ちたまだ生きてる美月とはすぐにすれ違った。震えてうずくまっていた。

花音達は驚いて速度が落ちていたので簡単に追い付けた。


振り返っちゃ(・・・・・・)ダメっ! 美月ちゃんの分まで頑張ろっ?!」


自身は殿を務め、振り返ると、うつ伏せの美月が熊に組敷かれたところだった。


「グルルッ!!」


耳当て帽子も取れた、美月の小さく丸い頭頂部を見下ろす熊は、大口を開けた。


「グーちゃん・・」


片目で呟く美月。噛み砕かれる音。雪を染める、鮮血、肉片。転がる残った左の目玉。

ひなたは熊がその場で『食事』を始め、もはや追い付かれる心配が無いことを確認すると、また指示に従わず振り返っていた優奈に追い付いた。


「拾ったの?」


優奈は血塗れのヌイグルミのグーちゃんを右手に持ったまま、やり難そうに右のストックを操っていた。

ほぼ同時に案外狭い林を簡単に抜け、スキーコースの端に出た。遠目に、呑気にスキーやスノボーを楽しむ客達が見え、下方にはセンターハウスも見えた。

歓声を上げる花音、佐紀、志歩。

優奈と目が合っている。ひなたは器用に左のストックだけ滑走をキープし、ストックを持ったままの右手だけでポケットのファスナーを下げ、チョコバーを取り出し、歯も使って包装を開け、口元の美月の血が付いたのも構わず、4分の1程齧り食べた。


「食べる? 後で話そっか? 優奈」


瞬きもせず、自分を見続ける優奈の口に、ひなたは残りのチョコバーを押し込んだ。優奈の口元の美月の血を、拭うようにして。



動物愛護団体からの抗議や法制上の手続き等があり、やや対応が遅れたが、3日後、熊はそれ以上被害を出さずに駆除された。

熊の体内からは衣服や骨、スキー用品、スマートフォンの一部等が発見され、特定された。

熊の出没の原因はスノーモビル用のルート拡張の結果、熊の巣穴がよく見られるエリアの近くを騒がし、冬眠から起こしてしまったのではないか? と推測されたが、定かではなかった。

スキー場運営会社は社長他、数名が辞任、退職し、小学校は担任と校長が退職したが、スキー場は林を完全に潰して山側に電流フェンスを設置して程無く営業を再開。

小学校も生き残った女子児童5名が全員転校し、スキー学習の代わりに地元の職場体験をするようになったくらいで、数年後には追悼の集会等も行われなくなった。

被害現場には平らな石のモニュメントが造られたが、冬季には深く雪を被り、その上を来場客が楽しげに滑走していた。

不幸な『事故』は時の彼方に忘れられた。

はずだった・・



妖し市にいくつもある屋台ゾーンの一角の『化け豚骨麺』屋台に、ヘビ子達は来ていた。

全員化け豚骨麺を取り憑かれたように啜っている。ヘビ子に至っては、バケツのような器で食べており、さらに空の器が4枚もカウンターに重なっていた。

契約者のいない、そうはちぼん、と白蔵主、水虎も、小さな器で出された麺を念力や口を突っ込んで食べていた。トラ子は右腕だけで慣れた様子で食べている。

食べる勢いが凄過ぎて汁が飛ぶのでヘビ子の席の両隣は空いていたが、その左側に廓童子が座った。


「っ?!」


「女将さんっ、俺は煮化け豚麺っ! 闇もやしはマシマシ、麺はバリカタ、ビールモドキと黄泉(よみ)もろきゅうも付けてっ!」


「あいよっ!」


廓童子は迷惑顔のヘビ子達の方を向き直った。


「アレ? 偶然だなぁヘビ子組っ! ところでいい情報仕入れたんだよっ。いくらで買う?」


「・・・」


ヘビ子は半目で、啜りかけの麺を啜りきった。汁が飛び、廓童子の顔に当たった。


「わっ? ちょっと~、ヘビ子ちゃんさぁ。『汁ハラ』だよ? 汁ハラっ!」


「はいっ、取り敢えず」


屋台の女将が歪で紫色の黄泉もろきゅうと謎の粒々中に見えるビールモドキを廓童子に出した。


「おうっ、これこれっ!! 麺も待ち遠しいねっ」


廓童子は黄泉もろきゅうをポリポリ食べ、ビールモドキをゴクゴク飲みだした。


「毎回言ってる気がするッスけど、わざと手遅れになる情報ばっかり売ってないッスか?」


「君らが担当してる八巻きの怪はさ、隠して騙すのが上手い権能じゃん? ギリギリ解決できる情報持ってくるだけでも感謝してよ~」


「煮化け豚麺っ! 闇もやしマシマシ、麺、バリカタっ。お待ちっ!!」


女将はオーダーの麺をドンっ! と廓童子の前に置いた。


「来たァーっ! 暫く話し掛けないでね? 麺との真剣勝負だからさっ」


廓童子は取り憑かれたように麺を啜りだした。


「なんだかなぁッス・・」


納得いかないヘビ子達であった。



ひなた達は梅雨前の件のスキー場に来ていた。全員二十歳になっている。

スキー場は冬以外でも営業していて、この時期はゲレンデの下半分を使ったグラススキーや低速調整したバギー等でも遊べるが、基本的にはキャンプ場やハイキングコースとして機能していた。

センターハウス裏にはバンガローやコテージもあり、これは通年使える。スキー客は年々減少傾向であったが、キャンプ場やハイキングコース利用客は年々増えており、運営会社の収支の点で言えばもはやスキー事業の方が副業になりつつあった。


「やっと全員集まったね! 10年ぶりぐらいじゃない? ホントは去年の冬に」


「いい加減にしなよ、ひなた」


花音が遮った。一家離散した花音は現在キャバクラで働いている。


「本当だよ、毎年、年に何度もっ! しつこいから来たけど、これが最後だよっ」


佐紀は転校先でイジメられ、引きこもり、現在は夜間中学に通いながらカウンセリングを受けていた。


「まぁ、でもいいじゃん? せっかくだから楽しもうよっ?」


志歩はあれから普通に暮らし、普通に専門学校に進み、来年には就職することなく、商社マンの彼氏の元で専業主婦になる予定だった。


「ひなた、もう昔と同じじゃないよ?」


優奈は美大浪人のバイト暮らしを諦めつつあった。


「それはわかってるよ。でも、いい加減、私達も区切りをつけないとさっ。志歩じゃないけど、2日間、グランピングを楽しもうよっ!」


今は大学で政経学部に通い、とある政党のサポーター活動をしている、ひなたは、にこやかに言った。他の元同級生達は顔を見合せた。

子供頃以上に『多数に向けて話すこと』に慣れ過ぎていて、総合学習授業の教材の中の人物と話しているようで、掴み所が無かった。



一行のグランピングは、意外と何事もなく、進行した。昼はウッドデッキで宿泊料金に入っている食材でバーベキューをし、午後からハイキングをし、夜はコテージ客用の焚き火スペースで飯盒炊飯をしつつ、カレーを作り、サイドメニューは適当内線電話でセンターハウスの食堂に頼み、夜は安い望遠鏡を借りて星空を観測した。

最初は強張っていた花音、佐紀も次第に打ち解け、気安いようで一線を引いていた志歩も接し方を幼馴染みのそれに変えていった。

唯一、優奈だけは、ひなたに対してのみ距離感を変えなかった。


「何を、企んでいるの?」


窓辺で星を見て、無邪気に騒いでいる花音達を見ながら、普段は車の運転中くらいしか聴かないラジオの音が響く部屋の奥の暗がりで、優奈は行楽地価格だった缶チューハイ片手に隣でニコニコとした顔でメントールの煙草を吸っている、ひなたに問うた。


「私、仲間と立ち上げるNPOの代表になるんだぁ。大学出たら議員さんの紹介で数年ちょこっと役所で働いて、それから数年秘書やって、どっか空きのある都道府県の議会にチョロっと入って、あとは議員活動中に地元のメディアとネットに出まくって、顔を売る。大勢の救いようの無いバカが自分の知り合いだと勘違いして投票するから。そういうコースなんだ。煙草も人前で吸うの、もうすぐやめる」


笑顔のまま携帯灰皿で煙草を揉み消す、ひなた。


「過去のインタビューとかでさ、当事者達からあんまりネガティブな話が出たらアレでしょ?」


「私はあのことを誰にも話さないけど、貴女のことや私達のことを『ほろ苦い思い出話』とか『切っ掛けになった教訓』みたいな風に話さない」


「優奈ってさ。弱っちくて、大したことないヤツなのに潔癖で、見てると真面目な、シラけた気分にさせられるよね。だから絵もつまんなくて、美大入れないんじゃない?」


今、ここで、このクソ女を張り倒せる野蛮さがあれば、確かに美大にも入れるのかもしれない。だが、善良で凡庸な優奈には両拳を握り締めるくらいしかできなかった。

悔し泣き顔は見られたくない。自分の部屋に戻る為に背を向けた。


「優奈! 1個だけ、あんたにも頭オカシイ所、あったわ」


「何?」


「その小っちゃいリュックの中身、あのバカ3人には見せない方がいいよ? 刺激、強いでしょ?」


優奈は、大きめのリュックを背負えるハイキング中以外は、ちょうど子供用のヌイグルミが1つ入れられる程度のお飾りのような小さなリュックをずっと背負っていた。


「・・今回で、清算するんだよね? ひなた」


そう言って、優奈は通路の暗がりに歩き去った。


「あんたも熊に喰わしときゃよかったよ」


笑顔で言って、ひなたはもう1本、煙草に火を点けた。



翌朝、異変は起きた。

寒い。それも異常に。ひなたが跳ね起きると、窓の網戸から冷気と雪の欠片が吹き込んでいた。


「何?」


網戸を開けると、外は一面雪景色だった。大粒の雪が降っている。窓から見えるはずの他のコテージやバンガロー、テント客達の姿が全く、無い。

薄暗く、ひたすら白い空間が続いていた。

スマートフォンも、タブレットPCも、内線電話も繋がらなかった。テレビも電源が入らず、ラジオも不通。電気は点かなかった。

時間は午前6時。スマホも、タブレットPCも、厳めしいアウトドア用防水腕時計も同じ時間を差している。


「そんなワケない。何が起きてるのっ?」


悪夢の類いを見ている、という可能性が一番高い。だが、夢だからといって呆然と現状を見送る思考は、ひなたになかった。


最適解を探す。


それはもう、彼女にとって1つの病的な拘りになっていた。

想定した状況とは全く違うが、備えはあった。物理的には高価な繊維型の防刃ベスト、あくまでもキャンプ用の大振りの3徳ナイフ。スタンガン。唐辛子スプレー。警棒としてもある程度使えるLEDライト。ガムテープ、睡眠薬。布グローブ。食料、飲料、サバイバルシート。発炎筒、煙草用具・・。

大学で目立っているので付きまとう者達が多く、女の付きまといも数名いた。今のところ実害は無いが、出立前にでっち上げで犯人不特定のままストーカー被害届けを警察署に出しておいた。

睡眠薬も出立前にデタラメな理由で通ったクリニックで処方させた物。装備の言い訳は用意してある。

あとは動き易さと、防寒の兼ね合いで選び、ひなたは身支度を整えた。靴は予備の汚れていないローカット防水ウォーキングシューズを上履き(・・・)として履くことにした。

ハイカットシューズは玄関にある。出なければならなくなれば履き替えればよい。

ひなたはカロリーがあるタイプのゼリー食を1パックを飲みきり、部屋を出た。



花音と佐紀は同室で、他は1人部屋。2階は屋根裏のような星を見たり、ビリヤードをするだけのスペース。無視する。

リビングの季節的にただの飾りになっていた薪ストーブには誰かが薪をくべて火を点けていた。薪の燃え方からすると、点けてからあまり時間は経っていない。

LEDライトを点けて志歩の部屋に向かった。


「志歩、志歩。起きて」


断定的に言って、布グローブをしてからノックをして、ドアノブに触れた。開いている。

ドアを開けると、窓を網戸にしていることを差し引いても、異常な低温を感じた。


「なっ?!」


部屋に入ると、志歩が凍り付き、砕けて床に転がっていた。


「造り物?」


ひなたはライトで照らしながら、砕けた志歩を確認した。

断面は完全に人体を再現していた。


(本物なら意味不明な殺し方。造り物なら精巧過ぎる。高価過ぎる。あの4人にそんな背景は無いはず。親族か? 他の同級生達か? ほぼあり得ないけど、不可能ではない(・・・・・・・)


ひなたは自分がターゲットであると暫定的に判断した。これは録画録音されているはずであり、ナイフ、睡眠薬は使用すべきではない。

制裁の意図の有無はともかく、異常な殺人の可能性も考慮しつつ、他の部屋も回ることにした。

機械的に、ノックも声掛けもせずに花音と佐紀の部屋に立ち入る。やはり2人は凍り付き、砕けていた。これも精巧であった。


「・・フン」


鼻で嗤い、優奈の部屋を目指す。が、いない。誰もいなかった。


「?」


意図がわからない。


(優奈が凍結殺人鬼、という設定? 回りくどい。自分が信じ込んで反撃したら大事になる。それが狙い? その程度の成果を得る為にここまでする必要は無い。大体外の雪原はどうなってる?? ・・外)


ひなたはサバイバルシートを羽織り、ハイカットシューズに履き替えて、屋外に出てみた。

自分の部屋の窓から見えた裏手だけじゃない。全方位、雪の平原で、このコテージ以外には何も無かった。

ライトでも照らしてみる。果てが見えない。


「あり得ないっ」


寝ている間に眠りの深くなるガス等を吸わせ、空輸等でコテージの組まれた雪原に運ばなければ物理的には成立しない所業であった。

復讐や制裁を考える者の中に、大金持ちがいたと過程すれば可能だが、なぜ、こんな手段を取ったのかがわからなかった。


(投稿動画製作者の悪ふざけという可能性もある。それならば、まだ、目がある)


「よしっ! 少し探索してみようっ」


ひなたはわざとらしくハッキリと言って、雪原の先へと歩きだした。


(動画投稿の場合、私が『ロケ地』から出てしまえば中断せざる得ない。落とし穴等でオチがつけられるかもしれないが、どうでもいい。なんらかの経緯で10年前の真相を知るか疑いを持ったんだろうが、自分からボロを出さなければ大したことはない。失敗した動画とセットで中傷されて議員への道が閉ざされても別に構わない。私はどのような形でもこの社会で勝ち残る! この投稿者とスタッフとその家族の在所も必ず突き止めてやるっ)


ひなたは雪の中を歩き続けた。


(だけど、相手が異常な資産家の類いである場合、私は既に助からないだろう。それでもコテージに残り続けるよりも、雪原に出た方がマシな死に方はできるはず。凍死でも、狙撃による射殺でも。猟犬の群れ等をけしかけられた場合は、ナイフで自決しよう。正義ぶった異常者を楽しませる義理はない。私の悪運はここまで。それだけのこと)


さらに進むと、かつて感じたことのない悪寒を感じ、その直後、前方の雪が盛り上がり、体長2,3メートルは首に悪い冗談のようにマフラーをした、鰐人間が出現した。


「シャアァァーーーッッッ!!!!」


吠える鰐人間。


「なななななっ????」


ひなたは全く整合性が取れなかった。


(なぜ鰐? 熊じゃないの? どういう技術? 尾と口が爬虫類その物っ。間接に細過ぎるところもあるし、小柄な人が胴体に入るのがやっとじゃないの? 無線遠隔操作と併用? 金の掛かった特撮じゃあるまいしっ!)


「ジャアァッ!!」


鰐人間は喰い付いてきた。


「ひぃっ!」


咄嗟に唐辛子スプレーを放つと、鰐人間は大いに怯んだ。


「もう付き合ってられないっ!」


ひなたは反転し、コテージに向かって走りだした。


(コテージを燃やそう。頭のイカれたヤツらの考えたイベントは理解できない。御破算にする。死ぬかどうかはその後生きてたら考えよう)


鰐人間が追ってくるのはわかった。雪に足を取られる。


(ああ、美月。こんな気持ちだった・・と思わせる主旨?)


「フフフっ」


ひなたは笑ってしまった。身体の力が抜け、雪の上に転倒する。唐辛子スプレーを落としてしまった。

鰐人間が迫っていた。頭の端に、別の考えが浮かぶ。


これは呪いで、自分は超常的な罰を受けている。


(くだらない。それならそれでさっさと殺せばいい。最適な手段を選べないヤツらは何をさせても無能だ)


「ひなたっ!」


優奈の声がして、続けて爆炎。高熱。肉とオイルの燃える悪臭。鰐人間の絶叫。


「今度は何よ」


顔を上げると、有り合わせの防寒装備をした優奈が、火掻き棒と火炎瓶を持って後方に立っていた。息が荒く、よくみると服のあちこちが破け、怪我をしていた。


「ひなたこっちっ! 鰐達はコテージの近くには来れないみたいっ」


言いながら火炎瓶を背後で炎上して苦しんでおた鰐人間に投げ付けた。さらに燃え上がり、鰐人間は絶命した。


「鰐はたくさんいるからっ、早くっ! ひなたっ」


「・・はいはい。もう、好きにしてよ」


ひなたは脱力したまま起き上がり、ノロノロとコテージに歩きだした。



一方、雪原の遥か先で、


ギシギシギシッッッ!!!!


何も無い、雪が降り続くばかりの虚空にヒビが入り、妖しい炎に包まれた大目玉に乗った防寒具を着込んだメ子が空間を突き破るようにして飛び出してきた。


「アチチチッ!!!」


炎の大目玉から雪原に転げ落ちるメ子。


「ふわっ?! 冷たっ!! 寒暖差っ! 初恋並みに心臓がトゥンク、トゥンクしますっ。おおお、あっ、眼鏡眼鏡・・」


落ちたグルグル眼鏡を探すメ子。オッドアイであったが、ロクに見えていない風でもある。


「しっかりしろ、メ子っ!」


大目玉が纏っていた火が集まってデフォルメされた小さな狐の白蔵主になった。


「そんなこと言ったってですねっ。なんで遠距離タイプの自分が一番乗りに・・おっ?」


周囲の雪が軒並み盛り上がり、首にマフラーを巻いた鰐人間達が大量に現れた。


「このキャンプっ! ユルくないようですっ」


メ子は念じて大目玉と白蔵主を側に引き寄せた。



カンテラを灯して明かりを足したコテージのリビングの薪ストーブの前で、優奈とひなたは優奈の淹れたホットココアを飲んでいた。ひなたは呆然としたままだった。


「・・それで、ひなたも呼びに行ったけど、鍵が掛かっていて、呼んでもノックしても返事がなくて」


(どうやら優奈は私より早く起きたが、深い眠りに就いていた? 私は起きなかったらしい)


優奈はこの状況に至るまでを事細かに熱心に話したが、今のひなたの頭にはあまり入って来なかった。


「私も最初はバラエティー番組みたいな仕掛けで誰かが私を罰しているのかと思ったけど、これはたぶん、『美月ちゃんの呪い』だと思う。普通じゃないもん。なんで鰐? とか詳しくはわかんないけど、でも、どっちでもおんなじだよね?」


「同じ?」


「私達、罰を受ける時が来たんだよ、ひなた」


はにかんでいる優奈。


「Mなの?」


「違うけど・・私、この10年、ずっと苦しくて、絵を描いて気を紛らわせてたけど、それも上手くゆかなくて。ようやく、償える時が来たんだよ」


「あの時、私がああしなかったら、全滅してた。美月はどちらにせよ死んでたし、そんなに悪いことした気はしてないよ。私は、最適な行動をしただけ」


優奈が苦笑していると、ひなたはポケットやポーチからナイフやライト等、を取り出し、床に置いた。


「何かするつもりなら優奈が好きに使って。私はもういい。呪い、とか。無理でしょ?」


「ひなた・・私、もう一度美月ちゃんと話したいから、やれるだけやってみる」


「邪魔はしないよ。私のことはもうほっといていい」


「そんな」


優奈が言い終わらぬ内に、優奈のリュックが弾け飛び、小さな影が中空に飛び出た。


「あ~~っ、どいつもこいつもっ! オラっちが思った通りに動かねぇっ!!」


それは忌々しげに言って振り返った。継ぎ接ぎだらけだが清潔そうに洗濯された、しかし黒い染みのある・・コアラのヌイグルミだった。


「グーちゃんっ?!」


「バカなっ」


驚愕する優奈とひなた。宙で浮くのは美月のヌイグルミ、グーちゃんであった。


「折角、鰐と『雪女郎(ゆきじょろう)』の力を手に入れたのにっ! 花音達はそもそも事情わかってねぇから『意味がわからない』って顔されるだけだしっ! 優奈は弱っちいはずが、ゾンビゲームの主人公みたいな立ち回りしてなんか鰐2~3匹倒しちまうしっ! ひなたに至っちゃ頭デッカち過ぎてずっと勘違いしてる上に、すぐ投げちまうしっ! なんだぁお前らぁっ、もっといい感じに参加しろよっ?!」


「・・お前が美月の呪いなのか? 演出が散漫で場当たり過ぎるよ。まず世界観とルールを統一した方がいい。白昼夢のようだった。0点だね」


「ぐぅっ? ガチでダメだしするのやめろっ! オラっちもついこの間契約したから加減が難しいんだっ。なんか鰐達、あんま言うこと聞かねーしっ!」


冷や汗をかいて言い訳するグーちゃん。


「美月ちゃんはずっとほんとのこと言ってたんだね・・」


ほろり、とする美月。


「お前が美月を理解するなっ!」


「ごめんなさい・・」


「優奈、お前はオラっちを引き取り、今日まで丁寧に扱い、3年前からは美月の墓参りに年一で行っている。評価するっ!」


「あ、うん・・」


これまで一緒に育ったグーちゃんにずっと『意識があった』と思うとなんだか微妙な気がしてきた優奈。


「よって・・お前も花音達同様、苦しませずに一瞬で殺してやるっ」


氷の妖気を高めるグーちゃん。


「・・わかった」


「わかっちゃったよっ、怖がれよっ! 張り合いねーなーっ!!」


不満気なグーちゃんだったが、改めて、ひなたに向き直り、宙から見下ろした。


「オラっちがプリティな感じだから、見逃してもらえると思うなよ? ひなたっ! オラっちはお前の罪が生んだ恨みの化身だっ! 少しもっ、1人もっ! 許さねぇっ。熊は腹減ってただけだし、もう射殺されちまったから許すけどなっ」


「同じケダモノには寛大なんだ」


ひなたが皮肉を言うと、グーちゃんは左腕を素早く伸ばしてひなたの右目を抉りだした。


「うわぁーーっ??!!!」


「ひなたっ」


グーちゃんはヌイグルミの口を開け、牙を向き出して、取り出した、ひなたの右目を食べた。


「あーん。んんっ、いいねっ! 自己チューでサイコなリーダー気取りのクソ女の味がするぜっ」


「はぁはぁ・・上等だ。お花畑でドン臭い美月のペットの化け物にはっ、私の肉は勿体ないけどねっ。喰いたいならっ、喰えよっ!」


美月は手当てしようとした優奈を突飛ばし、煙草に火を点けて、宙のグーちゃんに吹き掛けた。


「思ってた展開と違ってたが、お前は思った通りのヤツだっ! 望み通りっ! 顔の皮からムシャムシャとぉっ!!」


ドォオオオーーーーーンッッッ!!!!


グーちゃんが、ひなたに飛び掛かろうとしたタイミングで、コテージの壁がブチ抜かれ、大目玉に乗り白蔵主を伴ったグルグル眼鏡にヒビの入ったメ子が部屋に突入してきた。


「はいっ、悪行そこまで~。百番手形、100番っ! メ子ですっ!!」


メ子は木札を見せつつ、ボロボロになったコートを脱ぎ捨てて、いつものセーラー服一丁の姿になった。


「なんだぁっ?! このチビ爆発頭眼鏡目玉女ぁっ!! 邪魔すんなぁっ!」


「はぁーっ?! 自分より貴様の方がチビに見えますけど? というか雪女郎の契約者がなんで可愛くない方のモフモフなんですかぁ? モフモフしてるのに可愛くないって、ある意味高等ですねぇーっ!!!」


「メ子、いいからさっさと退治しろ」


冷静な白蔵主。


「オラっちは美月と優奈に『可愛いねぇ』って1万回くらい言われて生きてきた! ノー・プリティ・ノーライフっ!! 舐めるなよぉおおーーーっ!!!!」


グーちゃんは体長3メートル程に巨大化し、『デフォルメされた鰐の着ぐるみを着て、和柄のマフラーをしたコアラのヌイグルミ』の姿に変身した。

合わせて吹雪を纏う。


「鰐に食べられてますよ?」


「うるせぇーーーっ!!!!」


猛烈な勢いでメ子に体当たりするグーちゃん。白蔵主が炎の渦の壁になってガードしたが、壊れた壁の向こうの雪原に、メ子達は吹き飛んでいった。


「グーちゃんっ!」


「正義の味方っぽいのが来たからもう及びじゃないよ」


ひなたはまた皮肉を言ったが、出血と激痛と、損傷のショックでよろめいた。


「ひなたちゃんっ!」


優奈は慌てて支え、応急手当てに取り掛かった。



「どぅらぁああーーーっ!!!!」


雪原上空で凍結光線を乱射するグーちゃん。


「ヘタクソですねっ!」


大目玉に乗って回避しながら、小さな目玉を大量に放って、様々な角度から怪光線を連射するメ子。

グーちゃんは射撃はやみくもであったが、飛行速度が非常に速く、全て避けられた。


「ベースが『付喪神(つくもがみ)(物に宿る霊)』? の怪異であるから、パワーと精神性がデタラメだな。我々だけでやるならチマチマやっても押し負けるぞ?」


「う~っっ、自分はヘビ子やカタメ子みたいな大雑把なタイプではありませんし、後で目がショボショボするのであまりやりたくないのですが・・仕方ない、ですね」


メ子はグルグル眼鏡を取って、オッドアイを露にした。瞳が怪しく輝く。

途端、メ子は全ての凍結光線を最小限の動きで軽々と躱し、小さな目玉による怪光線連打は精密にグーちゃんを狙いすまし、命中率を格段上げた。


「あ痛たたたっ?! なんだぁっ???」


混乱するグーちゃん。


「視力は悪いですが、『少し未来の時間』丸見えなのですっ!! 白蔵主っ、刀分身(かたなぶんしん)っ!」


「あいわかったっ!」


白蔵主は数十本の燃える刀に変化した。小さな目玉の怪光線連打に加え、燃える刀による連続攻撃を放つメ子。グーちゃんは防戦一方になった。


「うおおおーーっ?? それ、反則だろうっ?! と、言いつつ、プハァーっ!!!」


隙を見て、回避しきれない程範囲の広い吹雪の息をメ子に吹きつけるグーちゃん。

メ子は氷漬けにされ、空に砕け散った。


「よっしゃあっ!」


グーちゃんが喜んだ瞬間、グーちゃんの後方にあった炎の刀がボフンっ! と煙と共に妖力を最大に溜めた大目玉に乗ったメ子の姿に変わった。


「っ?! ちょっ? 待っ」


「デュワっっっ!!!!」


メ子の気合い? と同時に大目玉から特大の怪光線が放たれ、閃光がグーちゃんを飲み込んだ。


「美・・月・・・っっ」


黒焦げにされたグーちゃんは雪原に落ちていった。


「自分の完勝ですっ!」


「パワーはあった。もう少し力に慣れるか賢ければ負けてたかもな」


刀分身を解いた白蔵主が側に実体化しつつ、メ子も地上に降下し始めた。



雪原に落ちた焦げたグーちゃんは元のサイズに縮んで、プスプスと煙を上げていた。

鈴の音が鳴り、白被りが側に現れた。白被りはかなり遠いコテージの方を見ると、優奈がぐったりした、ひなたを背負ってこちらに向かっていた。


「片目の方が死んでしまうか・・」


白被りは呟き、片袖を揺らめかせ、帯のようにすると高速で伸ばし、まだ遠い優奈とひなたを捉え、釣り上げるようにして近くに引き寄せた。優奈の悲鳴が響く。


「ひぃいいーーっ?????」


そのまま中空で静止させ、ゆっくり雪の上に降ろすと、今度は若水の小瓶を取り出し、蓋を開け、一振りだけ、真っ青の顔をして呼吸の荒い、右目に血の染みた包帯を巻かれた、ひなたの右目に振り掛ける白被り。

シュウウッと染み渡り、ひなたの顔色と意識が戻った。


「これはっ?」


包帯を取ると、傷は塞がっていたが、右目は白濁したままで見えはしなかった。


「今回の件の記憶を全て消すなら右目の視力も回復しよう。元よりこの世のことではないからね」


失くした視界を確認する、ひなた。


「・・いや、記憶は消さないでほしい」


「ふむ」


「ひなた」


涙ぐむ優奈。


「白被り~、ヘビ子達はまだですか?」


メ子と白蔵主も雪原まで降りてきた。


「じきには来るだろう」


と、ここで黒焦げのグーちゃんから氷片を散らして、デフォルメされた小さな花魁のような格好をした怪異、雪女郎が飛び出してきた。


「参ったでありんすっ! 付喪神と契約されるなんてっ」


「雪女郎、蘇生できそうな被害者が3人いる。まだ異界は解除しないでくれ」


「いいでありんすよ?」


「蘇生できるんですか?!」


「花音達っ??」


驚く優奈とひなた。


「まぁね。対価の処理はあるけどね」


淡々と応える白被り。


「ん、今回はお迎え付きか」


雪の空を見上げる白被り。すると、雪は輝きを増し、渦巻いて、その中心から、笠を被り、着物の上から簑を来て、藁沓(わらぐつ)を履いた、一つ目(・・・)の女の子供の怪異がふわりと雪原に降りてきた。


「『雪ん子』に転じたか」


険しい顔で言う白蔵主。


「美月ちゃん?」


「・・美月」


雪ん子は優奈と、ひなたの方を向くと、ニッコリと微笑んで、すぐに黒焦げのグーちゃんに向き直った。


「グーちゃん、帰ろ」


雪ん子が呼び掛けると、黒焦げの鰐の着ぐるみと合体したグーちゃんから、半透明のコアラのグーちゃんがスゥっと抜け出した。残された鰐とコアラの黒焦げは白く結晶化して塵と消えていった。

雪ん子とコアラのグーちゃんは浮き上がりながら一同にペコリと頭を下げ、そのまま手を繋いで雪の空へと消えていった。

優奈とひなたは泣いて見送るしかなかった。


「呑まれても、鰐から分離できるんですね」


グルグル眼鏡を掛け直し、興味深そうに呟くメ子。


「レアケースだよ。お、来たね」


雪原の向こうの虚空を突き破って、水虎の氷の滑走路を走る埴輪型の(ソリ)に乗った防寒具を着たカタメ子とトラ子と、丸々と着膨れしたプラ子を頭の上に抱えて走るいつも通りの体操着ジャージのヘビ子が現れた。



10日後、アパートの窓を開けて、荷造りする優奈を近くの電柱の上で百目鬼族のスマートフォン『メダフォン』をイジっているメ子と、二足歩行で電線に乗っているハッキリした実体のグーちゃんがいた。2人とも背中に隠行札を貼っている。


「おっ、『グー』っ! お前が目ん玉片方抉った子、なんか意識高い感じのNPO立ち上げてのネットニュースになってますよ?」


グー、呼ばわりになったグーちゃん。


「元々そんなヤツだよ。ほっとけ」


「ほっとけ、だって! どの口が言うんでしょうねぇっ?」


「チッ、陰湿なヤツだなぁ」


うんざり顔のグー。グーは花音達の蘇生の対価を払う為、結局雪女郎の契約者として御山で働くハメになったのである。


「優奈に会わないんですか? 田舎に帰られると、あの辺りは特に何も無さそうですし、もう話す機会無いかもですよ? 人間はすぐ老いて死んじゃいますからね」


「あんな感じでモメて、別れたのに、のこのこ出てったらダサいだろ? オラっちのプライドが」


()パァアアーーンチッッ!!!」


いつの間にか、背後に出現させていた大目玉で体当たりを喰らわし、グーを優奈のアパートの窓まで吹っ飛ばすメ子。2人の隠行札も破けた。


「どぅああーーーっ??!!!」


「えっ?! グーちゃん? メ子さん??」


目パンツの掛け声の時点で、外のメ子に気付いていたが、飛び込んできたグーに仰天する優奈。手にはちょうどアルバムから抜き出した写真を見て涙ぐんでいたところだった。


「おおおっ、あのクソ眼鏡っ! ・・ゴホンっ」


咳払いしつつ、起き上がるグー。


「よぉっ! 優奈っ。たまたま近くを、こう、ふぁ~っとな、来て」


「グーちゃんっ!!!」


小さなグーに飛び付いて抱き締める優奈。


「おふぅーっ?!」


「ごめんねグーちゃんっ! 何もできなくてっ、言えなくて、貴方が貴方だって気付けなくてっ!!! ずっと側にいたのにっ」


「ううう~~~っっ、バッキャローっ!!! オラっちだってしょうがないってわかってたんだっ。熊だって腹ペコだしっ、ひなたがヤッたから他の子全員助かったっ。でも、でもっ! 運が悪かったってっ、仕方無いってっ、美月がっ、美月があんまり可哀想でよぉっ、あの後、オラっちばっかり大事にされてよおっ! 魔が差しちまってっ!! ごめんよぉっ!! 優奈ぁ~~~っっ!!!」


「グーちゃあああんっっ!!!!」


2人は大泣きした。

優奈は抱き付く時に、見ていた写真をすっかり片付けられた床に落としていた。

その写真の中では、スキー学習の時のひなた、優奈、花音、佐紀、志歩、ヌイグルミだったグーを抱えた美月が、眩しい笑顔だった。

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