金火
今朝、また発作を起こした弟が病院から抜け出し、警察にも知らせて一日中吐きそうになるまで探し回った俺は、ふと『弟は案外、家に帰ってきてるんじゃないか?』と思い、タイヤの磨り減った自転車で家に戻った。
「っ?!」
門が開いていた。誰もいないはずの、俺達を疎んじている伯父の金で借りている古い家に人の気配がした。
「奏太っ!」
俺は自転車を放り出して家の中に駆け込んだ。
玄関の鍵は開いていた。弟は鍵を取り上げられるのを恐れたから、まだ持っているはずだ。
「奏太? 兄ちゃんだぞ? いるんだろ? 大丈夫だ」
家の電灯を点けながら、刺激しないように慎重に探す。
「っ!」
裏庭に面した窓が開いて、カーテンが夜風に揺らめいていた。
灯油の臭いがした。
俺は走った。靴下のまま裏庭に飛び出す。
「待てっ!!」
裏庭と言っても狭い物で、飛び出てすぐに弟と目があった。ずぶ濡れで、空のポリタンクが側に落ちている。
弟は患者衣に俺が去年の誕生日にバイト代で買ったカーディガンを着ていた。
震える手に、トーチ型ライターを持っている。
「兄ちゃあん、僕、狂言じゃないよぉ」
「わかってるっ! わかってるっ! アイツらの弁護士が勝手に言ってるだけだっ。全部嘘だっ。全部兄ちゃんがなんとかしてやるっ」
「僕、イジメられてたんだよぉ。あんな動画、自分で上げてないよぉ」
「知ってるっ! くだらないさっ。ネットなんて皆飽きっぽいからさっ! 皆、すぐ忘れるってっ。だから、な? そのライター、兄ちゃんに貸してみ? 大丈夫、大丈夫。奏太はなんにも悪くない。きっと、お前にも、これから一杯、いいことがっ」
俺は泣きながら、弟に歩み寄ろうとしたが、弟は震えながら首を振って、
「もう、こんなとこ、いたくないよ」
カチッ、冗談みたいに軽い音がして、弟は燃え上がった。
「奏太ぁああーーーッッッ!!!!」
俺は駆け寄ろうとしたが、右肩を異様に硬い、鋭い爪を持つ手で押さえられ、動けなかった。肩に血が滲む。
「なっ?!」
振り返るとドレスを着た人と鰐の中間のような女が立っていて、俺の右肩を掴んでいる。
「心労と、入院生活で心臓が弱っていたんでしょうね。着火して激痛を感じた直後に既にショック死しています。まだ立っているのは筋肉と神経のただの反応ですね。あ、もう倒れますよ? ほら」
弟は激しく炎上しながら狭い庭に倒れ込んだ。人形のように、簡単に、パタリと。
「なんだ? なんだよお前ぇ?! コスプレか? ふざけてんのかぁっ!!!」
俺は混乱し、こんなヤツどうでもいいと思いながらも怒りが込み上げてきた。
「ワタシに怒ってます? 相手違いませんか? 何より・・」
鰐女は大口を開けた。中には黒々とした闇があり、その奥に、弟を燃やす炎とそっくりの激しい炎が見えた。
(この火、貸してあげましょうか? 貴方に、とてもピッタリ。貴方が好きにしてくれれば、ワタシの主もきっと悦んでくれます)
鰐女の声が頭に響く、俺は一度、燃える弟を振り返る。変わり果てた燃える肉塊。
「奏太」
俺は鰐女の口の中を見直す。その炎、闇の底の光。
(貴方は、怒ってもいいんですよ? 八つ当たり程度ではなく、何もかも、焼き尽くす、正統な、復讐の火。法の外に逃れた悪は、より強い悪でしか裁けないのです)
そうだ、その通りだ。これだ。誰も助けなかった、暗がりで、俺達が求めていた、救いの光。
俺は、俺を見詰める、その炎に手を伸ばした。
・・日本の大地の中心を体現する異界は『御山』と呼ばれていた。その麓に年中、夜が明けない市があった。
「おいで・・おいで・・」
「安イヨッ! 安イヨッ!」
「肉っ! 肉っ! 肉っ!」
「電子魔マネー始めましたっ!!」
この世ならざる者達の呼び込み声。そこは怪異達の集う『妖し市』であった。
その人混みの中を奇妙な3人組が歩いていた。
短髪で背の高いエレキギターケースのベルトを襷掛けしたブレザー服の少女。
爆発天然パーマで小柄なグルグル眼鏡を掛けたセーラー服の少女。
ポニーテールに着崩した体操服の少女、の3人であった。
「トラ子、今頃御山で絞られてるだろうな。わたしの時もキツかった」
蠢く綿菓子を食べながら歩いているブレザー服のカタメ子。
「自分の時は、『目玉に慣れろ』と言われて大量の目玉と箱詰めされてから1週間放置されて、正気を取り戻すのに1ヶ月掛かりました」
呻く焼きトウモロコシを食べているセーラー服のメ子。
「ウチ、実は殆んど修行してないッス」
ギザ歯を見せて、抱えたスイカを丸ごと、皮ごと、噛っている体操服のヘビ子。種も丸呑み。
「出たっ!『天才児ですが何か?』アピールっ!!」
「鼻につきますねぇっ!」
「っ?! 違うッス! なんッスかっ!」
等と話しながら歩いていると、
「よぉっ! ヘビ子組っ。奇遇だな」
和服を着た、人とゴキブリの中間のような怪人が気さくに話し掛けてきた。
「去ねっ」
「火星に帰って下さい」
「無視するって決めたッスっ!」
ヘビ子達は素通りしようとした。
「オイオイオイっ、そりゃないぜ? この『廓童子』様がいい情報仕入れてきてやったぜっ?」
ゴキブリ怪人、廓童子は3人組を追ってきた。
「ここだけの話、鰐で穢れた、『金火』に憑かれたヤツの居所を掴んだんだよっ? 金火は討伐レート高いぜぇ? しかもまだあんまり育ってなくてやりやすーいっ。お得だろう? ヘビ子ちゃあん」
ヘビ子にすり寄る廓童子。
「大食いで食費掛かるんだろ? 確か対価もたっぷり集めて」
「うるさいッス」
片眼を爬虫類の目に変えて威嚇するヘビ子。
「おっとぉ、違う違う、言葉のアヤさぁ。仲良くしようぜ? なぁカタメ子ちゃん、メ子ちゃんも」
「・・いくらだ?」
「値段次第ですね。お前の情報はいつもどっか欠けてますからっ!」
冷たい視線のカタメ子とメ子。
「特別サービスだっ!! ん~・・16万魔円でどうだい?」
「16万魔円・・」
「安くないけどギリ払えますね」
「廓童子、ウチ達の財布、透視してから値段言ってないッスか?」
疑いの目を向ける3人組。
「違うってぇっ! インスピレーションだよぉっ?」
暫く廓童子と不毛な交渉をした結果、3人組は怪異、金火に憑かれ者の居所の情報を14万5千魔円で買った。
数年前に世間を賑わせたが、不自然に話題が立ち消えになった『美少年虐待猥褻動画拡散事件』の被害者少年の焼身自殺と見られる変死と、その兄の失踪から2日後、最初の事件が起きた。
「やめろ、やめろっ!」
加害少年少女グループのNo.2の少年の足元には、同じグループの交際相手と見られる少女の焼死体が転がっていた。
「よくある陳腐な台詞を言うぜ? お前は相手がやめてくれと懇願して、見逃してやったこと、無いだろ」
「違っ」
燃える縄のような炎がNo.2の少年の身体と口に巻き付き、炎上させた。
「熱ぅっ、べぅぅっっ??!!!」
「一つも違わねぇ。お前達の嘘と冒涜と傲慢しか吐かない口をこれ以上開くなよっ、世界がさらに汚れて、うんざりするんだっ!!」
No.2の少年の全身を焼き切りながら、炎の縄の身体を持つ怪人、『金火憑き』の兄は吐き棄てるように言った。
この事件を切っ掛けに、事件関係者が次々と焼き殺されていった。
6日後、加害少年少女グループの生き残り5名が金で雇ったゴロツキの類いが周囲を警備する、廃工場に集まっていた。
内、1人の少女が主犯の少年に執拗に蹴り付けられていた。
「痛いっ! 待ってっ、私じゃないよっ?! 裏切ってないっ」
血塗れになった少女の髪を掴んで持ちあげる主犯少年。
「お前、去年匿名で東京の週刊誌に告発文送った設定で、金もらって、いい感じに盛った告発文書いてたろ? 自分だけ特定されないように書き変えてっ」
「記者に脅されたんだよっ、私の家だけ特定されるようにネットに噂流すってっ!」
「芋引いてんなよっ!」
主犯少年は少女の腹を蹴り飛ばした。倒れて血を吐く少女。
「お前のせいで俺達の今の居場所が特定されてんのかもしれねぇっ。くそっ! くそっ! 親父が今までいくら市長とマスコミと警察と弁護士会に金払ったと思ってんだよっ?! くそっ! このままじゃ従兄弟に親父の会社盗られちまうっ」
「ゲホッ、ゲホッ・・ははっ、いい気味。ショタコンでファザコンかよっ!」
腹を蹴られた少女が突然毒づいた。先程の打撃が腹部に取り返しのつかないダメージを与えたと、体感で理解していた。出血があった。
主犯の少年の顔から表情が消えた。他の少年少女も焦る。
「押さえろ。アイアン持ってこい。早くっ!」
冷や汗をかいた少年1人と少女1人が暴れる血塗れの少女の腕を取って押さえた。震える少年がゴルフのアイアンクラブを少年に渡した。
「ヤブ君、頭はもうヤバいよ?」
アイアンを渡した少年が忠告すると、ヤブ君と呼ばれた主犯少年はアイアンの持ち手側で思い切り少年の胸を突いて、悶絶させた。
「うるせぇ」
それだけ言って、主犯少年は押さえられても自分を睨む少女にアイアンを振るいだした。
一撃、二撃、三撃、何度も振り下ろし続ける。
途中で、殴られる少女の腕を取っていた少女は手を離してその場に吐いた。
20撃を越えた辺りで、
「もう死んでる」
返り血を浴びて凍り付いた顔をしていたまだ腕を取っている少年がハッキリと言うと、汗だくの主犯少年はアイアンを振り下ろすことをやめた。
「はぁはぁ・・親父に電話する」
主犯少年は名門私立高校の学生服のポケットから高価なスマートフォンを取り出したが、
「くそっ! 圏外だっ」
スマートフォンを床に叩き付ける主犯少年。
「オイっ、繋がるとこまで行って、親父・・いや、土家さんに電話しろっ」
主犯少年はアイアンで胸を突いた少年に言ったが、泣いていた少年の動きは鈍かった。
「行けっ! お前も割るぞっ?!」
「ひぃっ」
泣いていた少年は転がるように廃工場の外へと向けて走りだしたが、外から放たれた細長い炎に胴を貫かれた。
「んぶっ?!」
腹を中心に爆発的に炎上し、燃え尽きる泣いていた少年。
主犯少年達は唖然とした。
「・・何やってんだよ? 何、同士打ちしてんだよ? 俺の『役割』だろ?」
細長い炎を引き戻しながら、まだ人の形を取っている、『兄』が廃工場に入ってきた。
「なっ??!! 警備のヤツらはっ?!」
「アイツらは俺の役割と関係無い。鰐の餌だ」
警備のゴロツキ達は小さな炎の尾を持つ鰐人間達に引き裂かれ、喰い殺されていた。
「鰐?? ワケわかんねぇこと言いやがってっ! なんだその火? 鞭か? 油塗ってんのか?? ヘヘッ、殺し屋気取ってんのかよっ?! サイコブラコン野郎っ!!」
「ブラコン?」
兄は動きを止めた。大きく息を吸う。脳裏浮かぶ、幼い頃からの、可憐な弟、奏太の姿。声。匂い。笑顔の煌めき。
「弟より愛おしいモノがこの世にあるワケが無いだろうがっっ、ド畜生どもぉおおおーーーっ!!!!」
兄は絶叫し、炎の縄を纏って火炎人間の姿となり、金火憑きの本性を表した。
「はぁあああっ?????」
混乱する加害少年少女達。
「1人も逃さねぇっ!!!!」
金火憑き・兄は力を解放し、辺りの空間全てを『炎上する松林』に変えた。炎に弾ける燃える松の実が加害少年少女に振り掛かり、悲鳴を上げさせた。
「熱ぃっ! くそっ、なんだコレっ?」
「安心しろ。俺に直接殺されない限り、ここではお前達は火災でも、酸欠でも、中毒でも死なねぇ縛りを掛けた。ただ苦しむだけだ」
金火憑き・兄は嗤った。
「化け物だっ!!」
加害少年少女達は走って逃げだした。金火憑き・兄は追わない。
「熱いっ! 熱いっ!!」
「苦しいっ、苦しいっ、おぇええっ!!」
少女と主犯ではない少年は果ての見えない燃える松林の中で、復讐の炎にその身を焼かれ続け、徐々に理性を失っていった。
主犯ではない少年は全身を焼かれながら笑い転げだし、少女は燃え盛る松の倒木の下敷きになって焼かれながら正義の変身少女アニメの主題歌を大声で歌いだした。
「・・・」
これ以上苦しめられないと判断した金火憑き・兄は炎の縄を放って主犯ではない少年を真っ二つにし、少女は頭部を粉砕して始末した。
「あとは、アイツ、だけだ」
金火憑き・兄は呟いたが、主犯の少年は一味違った。
「ルールはわかったぁっ! 死なねぇっ、焼かれても、死なねぇっ!!」
焼け爛れた身体で、焼け爛れたアイアンを握って、燃える松の陰で金火憑き・兄を待ち構えていた。
「そっちが殺せるならよぉっ! こっちも殺せるだろぉっ?! じゃないとっ、釣り合い取れねぇよなっ!!!」
潜み続け、焼け爛れた主犯の少年は燃える松の木の前を通り掛かった金火憑き・兄の後頭部を爛れたアイアンで殴り付けた。
アイアンは、柄ごと焼け溶けて飛び散り主犯の少年の片眼と両手を焼いた。
「がぁああーーーっっっ!!!!」
うずくまる主犯の少年。
「待てっ! 取り引きしようっ!! 意味がわからないがっ、お前の力があれば世の中を好きにできるっ!! お前の弟みたいな可愛い子をいくらでも好きにできるぞっ? お前と俺、センス似てるじゃん? 俺の親父は芸能界も仲間が多いんだっ、その」
金火憑き・兄は炎の縄を細く伸ばして、主犯少年の舌に結び付けてゆっくりと焼いた。
「べべべっ?!」
兄は炎の涙を流して泣いていた。
「どうしてお前はそんなに邪悪なんだ? お前はただの人間なんだぞ? 俺はもっと残酷になれると思ったのにっ、弟の復讐に狂えると思ったのにっ! 俺は良心でっ、お前を見過ごせなくなったっ。鰐がっ、騒ぎやがるっ!!!」
胸の奥で肉塊が蠢き、片手で押さえて痛みに耐える金火憑き・兄。
「こういう思考はあの『三つ目』の好みじゃないようだ。力を剥奪される前に片を付けるっ!」
炎の紐で主犯の少年の舌を拘束したまま、胸を押さえていない方の手で炎の力を溜める金火憑き・兄。しかし、
「っ!」
ギター斧が飛来し、炎の紐を切断した。飛び退くと、主犯の少年の足元に突如、大穴が空き、主犯の少年は落下し、その穴は即座に閉じてしまった。
「くっ! 百番手形とかいうのかっ?!」
金火憑き・兄が見上げると、燃える3本の松の木の天辺に、それぞれ3人の娘達が立っていた。
「そうッス。めちゃ熱いッスね、ここ。あ、72番、ヘビ子ッス!」
木札を見せるヘビ子。
「三等品でも『甘露水』を被ってきて正解だった。18番、カタメ子だ。アチっ」
木札を見せた直後に念じて呼び寄せたギター斧を手に取ったら柄が想定より熱くなっていてビックリしたカタメ子。
「廓童子の雑な情報提供のせいで、ほぼ手遅れになってますしね・・100番、メ子です」
木札を見せつつ、松の木が熱過ぎるので早々に巨大目玉に飛び乗るメ子。
「鰐どもっ! 敵だぞっ、もう暫く力を貸せっ!!」
金火憑き・兄は陰から炎の尾を持つ鰐人間達を大量に喚び出した。
「雑魚は自分にお任せですっ!!」
メ子は複数のサッカーボール程度の目玉を喚び出し、怪光線を放ちながら鰐人間に対処し始めた。
ヘビ子とカタメ子は松から飛び降りて金火憑き・兄と交戦を始めた。
斧を警戒して炎の縄を放ってカタメ子を威嚇する金火憑き・兄。
ヘビ子は接近するに任せたが、金火憑き・兄は相手が近付くと左足をほどいて大量の炎の縄に変えてカウンターを放った。
「ニョロっ」
自分の進行方向に穴を出現させて飛び込み、姿を消して炎の縄のカウンターを躱すヘビ子。
そのすぐ後に金火憑き・兄の背後に出した穴から飛び出し、蛇化させた右の拳で殴り掛かったが、身体の全てを炎の縄に変えられて避けられるヘビ子。
「っ?!」
「危ねぇっ、っと」
避けた先に飛来したギター斧も躱す金火憑き・兄。舌打ちするカタメ子。
「なぜ邪魔するっ?! 人の法では裁けない外道だぞっ!!!」
「そこは正直どうでもいいッス」
「何っ?!」
「あんたの心臓に喰い付いてる鰐を退治したいんだよ。金火を回収したいし、できればあんたにも仲間になってほしいんだけどっ?」
「・・先の話をしているな」
「ニョロ?」
「何?」
金火憑き・兄は全身の炎の縄を激しく燃え上がらせた。
「最後の1人っ! その鬼畜外道の始末が終わってないっ!! 俺は俺の役割が終わるまで止まらないっ!!!」
「ヘビ子、やっぱ鰐が喰い付いたまんまじゃ説得無理だわ」
「ッスね」
ヘビ子とカタメ子は燃え盛る金火憑き・兄に突進した。無数の炎の縄を放ってくる金火憑き・兄。
「固めるっ!」
カタメ子が力を込めてギター斧で地を打つと、地面から大量の『土壁』が出現し、粉砕されながらも炎の縄を防いだ。
その隙に、金火憑き・兄の頭上に大穴を空け、そこから大量の水を落とし、周囲の燃える松林ごと鎮火させるヘビ子。
「ぐぅおおおーーーっっ?!!!」
「トラ子から盗った水、まだ持ってたッスっ!」
身体の火勢が弱まり、怯んだ所にギター斧を投擲され、斬り付けられてさらに怯む金火憑き・兄。
その斜め上に穴が空き、そこから飛び出したヘビ子が蛇化させた右足で必殺の蹴りを放ったが、踏ん張った両足で地面を粉砕させながら金火憑き・兄は両手で受け切った。
「ニョロぉっ??」
金火憑き・兄は弱った火勢のまま瞬時に身体の炎の縄をほどくと、ヘビ子は無視してまだ閉じていなかった宙の穴に飛び込んでいった。
「だめッスっ! 中のウワバミ達は鰐を許さないッスっ!!」
ヘビ子は大慌てした。
無限に拡がるような、空虚な大穴の中を金火憑き・兄は落下していた。
「ヤバそうだな・・」
呟いた途端、見えざる無数の大蛇の大口が金火憑き・兄に喰い付きだした。
「うぉおおおっ?!!」
身体の炎の縄をほどいて自分を包み、時間を稼ぐ金火憑き・兄。
「っっっ、もう少しっ、あと少しっ!」
反吐が出るような、気配は既に覚えていた。
空虚な穴の底に、主犯の少年は燃えカスのような姿で呆然と浮き上がっているのが見えた。向こうも金火憑き・兄に気付き、慌てふためいた。
「いい加減にしろっ! しつこいぞっ?! 頭オカシイんじゃねーかっ?!!! 俺はお前の弟は殺してないっ! 仲間の女を1人殺しただけだっ! お前、何人殺してんだよっ?! このサイコ野郎っ!!!!」
「喚くなっ! お前を殺せる俺がお前を殺さなければっ、これからもお前達に殺され続ける者達のっっ、立つ瀬が無いだろっ?!!!」
「どんな理屈っ」
金火憑き・兄は頭部と胸部と右腕だけになった身体で突進し、燃える最後の拳で主犯の少年を打ち砕き焼き尽くした。
「奏太」
脱力する金火憑き・兄に、即座に見えざる大蛇達が殺到したが、真上から神速で伸びてきた蛇のごとき手が金火憑き・兄の首の根を掴み、一気に引き上げていった。
穴から引き出された金火憑き・兄は完全に炎が消え、真っ白になり、胸部がひび割れて肉の鰐が飛び出してきた。
「でゅわっ! ですっ」
ヘビ子、カタメ子の他に、鰐人間を倒し終わったメ子も近くに来ており、乗っている巨大目玉から直に怪光線を放って肉の鰐を焼き払った。
黒焦げの肉の鰐から炎が立ち上がり、デフォルメされた、髭を生やした燃える大ムカデの怪異、金火が出現した。
異界の松林の火災は全域で鎮まった。
「ふーむ、なんとかなったのぉ。しかしのぉ」
兄を振り返る金火。人間に戻りつつあるが、身体の白色化とヒビは収まらず、何より体の損傷が大き過ぎる。
「白被りぃっ!!!」
ヘビ子が呼ぶと、鈴の音と共に白被りが出現した。すぐに袖から陶器の瓶を取り出したが、蓋を開ける前に手を止めた。
「・・無理だね。ウワバミ達に喰われ過ぎたのと、命を燃やして戦ってたんだろう。正気の沙汰ではなかったが、君、よく戦ったよ」
白被りは袖に瓶を戻しながらいった。
「だろ? へへ・・あんたらが、本物の、『正義の味方』、なのか?」
「違うッス。天敵なんで戦ってるだけッス。動物と変わらないッス」
「動物。ハハ、いいなそれ。人間より清い気がする」
白被りは兄に近くに座るように身を寄せた。
「お前、神社か寺みたいな匂いすんな」
「そのようなモノなので。ところで逝く前に、聴きたいのだが、君は比較的アレの『八巻きの怪』の近い所まで触れたようだね? ヤツの身体はどれくらい回復していた?」
「八巻き、っていうのかあの三つ目・・頭の辺りは、形がしっかりしてた。3割くらいじゃないかな? 大き過ぎて、上手く認識できてねぇかもしれないが・・」
「3割、そんなところか。ありがとう、とても参考になった」
浮き上がって兄から離れる白被り。
「ああ・・金火」
「うむ」
いよいよ白く砕け始めながら、兄は金火を見た。
「契約、頼む。喜ばないだろうが」
「鰐に穢されていようと、契約は契約。果たそうぞ? ぬしはもう眠れ。誉れはないが、ぬしは剛の者であった」
「剛の者、ハハハ、・・カッコ良さげ、だ・・・」
兄は砕け散っていった。
「金火、契約とはなんだよ? また面倒じゃないだろうな」
ギター斧を肩に担いで鼻からフンっ、と息を吐くカタメ子。
「面倒かどうかは出たとこ勝負よな。ぬんっ」
金火は逆巻いて、炎の宝玉を造り出し、それをそっと、思念で地面の上に置いた。炎の宝玉は見る間大きくなりそれは割れて、羽衣を纏った眠る奏太が出てきた。
「天女、キターっ! ッス」
「女じゃないようですが?」
「また『おティンティン問題』か」
「取り敢えず、金火憑きの候補はできたね。引き続き、御山が忙しくなりそうだよ」
白被りはボヤき、袖から小鬼達を出して、鰐の死骸等の始末に当たらせだした。