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水虎

その穢らわしい夜。隠された空と隠された土から、それは染み出し、溢れ、姿が表した。

それははっきりとはしない大河のように曲がりくねった闇の塊で、口に当たる部分の奥に3つの目があった。


一の目は欺き、


二の目は秘密、


三の目は蔓延る(わに)


3種の穢れた力をそれぞれ宿していた。それは既に復活していた何柱かの兄弟姉妹の力も感じた。

自分達の復活を既に知られたことを知った。

程無く来ることもわかっている。手柄欲しさに、浅ましく、下等な、成り底ないどもが。


「ヴゥッヴゥッヴゥッ・・・」


それは嗤っていた。目覚める度に、餌が、自から現れてくれるのだ。滑稽というより他無かった。


まずは、器を探そう。


それは穢らわしく逆巻いて、動きだした。丁度良い者が、いた。



激しい海流の中だ。私の身体はもう死んでいる。河口の橋の元から流される内にあちこちぶつけ、傷付き、折れている。

体の痛みは感じないが、意識はあった。意識? これは意識なんだろうか? 生きていた頃の何倍もの心の苦痛を感じていた。

小3の縁日の金魚掬いの時、貴女が笑った顔で気付いてしまった。

小6の冬、水族館のベンチでのキスも、中1の夏休みに「普通の友達に戻ろう」と言われた時の衝撃も、貴女に彼氏ができた哀しみも、全てが痛みとして生きていた頃とは比べ物にならない程、私を苦しめる。

もう終わらせてほしい。この卑しい意識を消してほしい。消えてなくなれ、消えてなくなれ、消えてなくなれ・・・

海流が収まり、私は海の底へと落ち始めた。と、底の闇の中から、恐竜の時代にしかいないような、バカげた大きさの異様に尾の長い、鰐が浮き上がってきた。

幻覚だろうか? あの世の使い、というヤツだろうか? どちらでもいい。醜い死体を貴女に見せたくなかった。残らず私を喰らって、消してほしい。

開かれた鰐の口の中は黒々としていて、何かが、見えて、ソイツも私を見ていた。



走る市営トラムの中ではスマートフォンやタブレットPCでニュースを見ている乗客がいくらかいる。

市内で、会社員と接客業の女性が溺れる寸前まで水に浸けられ口から内臓をズタズタに引き出されて殺害される事件が起きていた。

他には、とある山地でのキノコの異常発生。各地で多発する『鰐人間(わににんげん)』と『掌にのるサイズの小鬼』の目撃情報。

繁華街を浮遊する謎の巨大目玉、深夜の住宅街を疾走する血塗れで斧を持つ少女、旧校舎で右手が大蛇で左手には特大おにぎりを持ちそれを喰らって「ツナマヨうめぇッスっ!!!」と絶叫する怪人・・

世間では妖しい事件や噂が続発していた。

水族館前停留場に着くと、客がバラバラと降りだした。

その中に、中学生と見られるグループが2つあった。1つはごく普通の私服の男女2名ずつのグループ。

一方、2つ目のグループは少々奇妙だった。

1人目はかなり着崩しているが、どこかの中学の長袖の体操着を着ていて、荷物はボディバッグのみ。髪はポニーテール。

2人目はやはりどこかのブレザー制服を着ていて、荷物はエレキギターのケースのみ。背は高く、髪は短い。

3人目もどこかのセーラー制服を着ていて、グルグル眼鏡を掛けていた。髪型は爆発したような天然パーマヘア。手ぶらであり、小柄。

3人とも女の子で、1人でいても目立ちそうなものだったが不思議と、他の降車客は4人組の中学生グループを含め、この奇妙な少女3人組に注意を向けなかった。が、


「っっえくしっ!」


体操服の女の子がくしゃみをすると、今、気付いた、といった様子で降車客全員の視線が少女3人組に集まった。

4人組の中学生達も注目する。


「ハハッ、この子、花粉症で」


エレキギターのケースを持った短髪の少女が愛想笑いしながら、体操服を着た少女の腕を取る。


「どもどもで~すっ」


グルグル眼鏡の爆発パーマの少女が、体操服の少女とギターケースの少女の背を押してその場を離れ、3人組は円陣を組むようにして顔を寄せて、


「凡ミスっ!」


「この間のキノコの奴のダメージが抜けてないんッスよっ?」


「立て直しを提案しますっ」


3人はさらにゴニョゴニョと話し、顔を上げ、不審がる他の降車客達に、冷や汗をかきながら改めて愛想笑いをすると、一目散にオリンピック選手並みの脚力で、水族館の方へと逃げ去っていった。


「脚、はっやっ」


「なんか、眼鏡の人、コントみたいな格好してた」


「いやポニテの子も、ナチュラルに体操服だったけど? 部活??」


「・・・」


4人組の中学生達はザワついていたが、1人だけ、暗い目で、3人組が逃げていった水族館の方を睨んでいた。


「菱沼さん、どう思う?」


「ん?」


暗い目をしていた少女、菱沼は、他の中学生に話し掛けられるとすぐに、にこやかな、柔らかい表情を取った。


「なんか、動画とか撮ってる人達じゃない?」


「あーっ! それっ」


「ぽいぽいっ、春休み終わったばっかしだもんなぁ」


「意外と再生数伸びちゃったから休み終わっても後に引けなくなるヤツっ!」


他の降車客はとっくに関心を失って去っていたが、4人組もどうにか笑い話にして、歩きだした。

水族館に。



・・館の中を、菱沼を含む中学生達4人が歩いていた。土曜だというのに館内は人気が少なく、エアコンがやや効き過ぎて肌寒かった。

水槽では石鯛2尾が1尾の逃れようと暴れる(あじ)を喰い散らかしていた。


「なんか、人、少なくない?」


「土曜の午前中はこんなもん、かも?」


「エアコン強いし。・・菱沼さん、寒くない?」


「大丈夫」


4人がさらに進むと、照明が過剰に暗くなり、益々減った他の客は遠目に歪に揺らめく影法師のようにしか見えなくなり、水槽の水棲生物も奇怪な深海生物ばかりになった。

心なしか水族館特有の臭いがより強くなり、川辺か磯にでも着たような錯覚も覚えた。


「え?? なんか暗いな。展示、もう深海水槽だっけ???」


「というか生臭いっ」


「おっかしいな、パンフレットのマップと違う。迷った?? こんな広かったっけ???」


「・・思ってたより時間無いから、急ごう」


菱沼がそう冷たく言って、足早に歩き出すと、他の3人は慌てた。


「菱沼さん?」


「なんか、予定あった??」


4人は深海水槽フロアから逃げるように出て、延々と骨格を持つ水棲生物の骨が展示それた通路に入った。もう全く他の客はいない。

進めば進む程、見たこともない水棲生物の骨の展示が目立ちだした。


「・・センス、独特過ぎ」


「なんか変だよ? なんかオカシイと思う。こんな通路マップに無いしっ! 俺、ちょっとこの施設に電話してみるっ」


男子の1人が歩きながらスマートフォンでパンフレットに載っている番号を確認して電話を掛けだした。


「電話まで掛けなくてもね?」


髪の両サイドをお下げにしたもう1人の女子が、ぎこちなく笑って、持っていたペットボトルのジャスミンティーを一息飲み、菱沼が見ているのに気付いてペットボトルを差し出した。


「飲む?」


菱沼は応えずに顔を背け、歩き続けた。


「最近、通り魔が続いてるよね」


「え? ああ、2人、グロいヤツだよね」


「宇田さん、なんで殺されたと思う?」


「なんで?」


何者によって? でもなく、どのような手段で? でもなく、なぜ? という問に宇田という名だった少女は戸惑った。


「・・犯人、絶対イカれてるから。運が悪かったんじゃない?」


「 ふふふっ! ホントだねっ」


思いの外、菱沼がウケたことに宇田は益々戸惑った。


「でも案外つまんない理由はあったかも? サラリーマンはただの酔っ払いのナンパ。お水の女は店で働きたいと言ったら、わかった風な顔で説教して逆ギレされた、とか?」


「?? そんなことで殺されちゃうの? まぁ、オカシイ人ならなんでもアリなんだろうけど」


「なんでもアリでもなかったよ」


「菱沼さん?」


と、ここで電話を掛けていた男子が、


「うわーっ! もうやめろっ!! 聞きたくないっ!!! アアアァーーッッ!!!!」


絶叫してスマートフォンを投げだし、暗い骨だらけの通路の先へと駆けだし、闇に紛れて見えなくなった。


「ちょっ?! おおいっ。・・何、話してたんだ??」


もう1人の男子が、おずおずと、落ちて画面にヒビの入ったスマートフォンを拾った。


「スピーカーにする。いいよな?」


「私は、別に・・」


「やったら?」


菱沼は感情の無い顔をしていた。

もう1人の男子は、ヒビ割れた、まだ通話が繋がったスマートフォンをスピーカーモードにした。

すぐに奇怪な音声が響いた。


「のぐぉるぶぶのぼぅ、もつもばんんぅよすぅのーう、ぢとぉもんのどぉふ、んるぽぅ・・」


もう1人の男子は通話を切った。


「キモッッ!!! え? キモぉッッッ!!!! なんだよっ???」


「・・あ~、アレじゃないっ。なんかそういう、来館1万人記念とかのっ! イベントでっ、これも動画撮ってんだよっ? 運営とか、企画の会社がやり過ぎて後で問題になるヤツだよっ!」


「そうだよなっ? ハハッ。くっそ~っ、ノーギャラで撮りやがってっ。アイツも仕込みじゃないか? 走ってきやがってさっ。演技うまっ! ハハハッ」


「だよねっ! フフフッ」


「・・先に進もう」


菱沼は冷めた顔で再び歩きだし、宇田ともう1人の男子も慌てて続いた。


「そうねっ、終わらないとクレーム入れられないしね!」


「チケット代タダくらいじゃ釣り合わないよなっ?」


「・・覚えてる? 宇田さん」


足早に歩きながら菱沼は言った。


「何を?」


「小6の冬休み、ここに」


「あっ、アレじゃないっ?! いたいたっ! おおいっ」


宇田は遮るように言って、骨の展示の通路を抜けた先にあったさらに暗いフロアで動いて人影を差して、菱沼を強く押し退けるようにして小走りに暗いフロアへと向かっていった。


「待ってくれよっ」


もう1人の男子も追っていった。


「・・・」


菱沼は押されて、展示ケースに手をついた姿勢のまま黙っていた。


カタカタカタカタカタッッッ!!!!!


ケースの中の骨達が騒ぎだした。



宇田はフロアの暗がりの中で屈み込んでいる相手に近付いていった。


「ちょっともうっ、どういうイベントなのコレ? やり過ぎだよ?」


相手の肩に手を置く宇田。


ベチャッ。


ねばつく濡れた手触り。


「っ?!」


肩に手を置いた相手は、全身を鱗で覆われた鰐と人の中間のような生き物で、無心に蠢くミズダコを喰らっていた。


「ななななななっっっ????」


宇田が仰け反って離れると、周囲の歪んだ水槽には様々な水棲生物が掛け合わさったような奇怪な生物達が今にも水棲から出ようとドンドンっッ! と水棲の硬化プラスチックの壁に体当たりを繰り返しだしていた。さらに、


「グルルルッッ・・・」


暗がりの中から、多数の鰐人間達が這い出すように次々と現れた。先程、肩に触れてしまった鰐人間も食べかけの絶命したミズダコを床に投げ捨て、宇田に迫りだした。

腰を抜かし、へたり込んで失禁して床を濡らす宇田。


「ひぃいいいっっ、何っ? なんなのっ??」


そこへ、


「うぉおおおーーーっ!!!!」


読めない文字の掛かれた曲がった館内案内プラカードを持ったもう1人の男子がミズダコを喰った、一番宇田に近い鰐人間を殴り付けて怯ませた。


「逃げろっ! 宇田さんっ。こんなのイベントでもふざけてるっ。早くっ!!」


プラカードを振り回して鰐人間を威嚇するもう1人の男子。


「ううっ、ごめんっ! 警察呼んでくるっ!!」


自分の尿で滑って転びながら、どうにかその場を離れようとし、合わせてスマートフォンを取り出して警察に連絡しようとするが、繋がらない。


「なんで? なんでよっ?!」


混乱し、号泣し、上手く起き上がれない宇田。


「こっち」


暗がりから現れた菱沼が宇田の腕を取って起き上がらせ、歩かせ、もう1人の男子に手こずる鰐人間達から遠ざけ始めた。


「うううっ、ありがとう菱沼さんっ」


「いいよ。私達、友達でしょ?」


爽やかに笑い掛ける菱沼。


「・・うん」


宇田は、菱沼にすがって悪夢のような鰐人間のフロアから逃れた。



2人は、金魚の水槽のフロアに来ていた。水槽の形は曲がりくねり、管のような水槽も張り巡らされていたが、中の金魚は一部異常に大きな物もいたが、形はごく普通の金魚達で、照明も比較的明るい。

赤と白と黒と金の魚達。

このようなコンセプトのアクアリウム展は一般にもありそうではあった。

壁が見えない程にフロアが広くなければ。

宇田はもうどうやって菱沼とここまで逃れてきたかわからないくらいだったが、金魚のフロアに1つだけあったごく普通の青い石燕水槽館のロゴの入ったベンチに菱沼と共に座り、ペットボトルのジャスミンティーを飲んでいた。


「ぷはぁっ!」


3分の2程飲み、口を離す宇田。呼吸を整え、少し迷ってから、汗だくの自分と違って平然としている菱沼に差し出した。


「ありがとう、宇田さん」


菱沼は口の開いたジャスミンティーのペットボトルを受け取りはしたが、すぐには飲まず、遠い目をした。


「・・こんなベンチで、キスしたね」


「ああ、うん。まぁ、なんていうか、まだ小6で、ほらっ、菱沼さん、小学生の時、王子様みたいだったし。ハハッ、芸能界のアイドルの人、みたいな。その菱沼さんが私のこと好き、って言ってきたからちょっとバグっちゃった。みたいな!」


宇田は走っていた時、以上に大汗をかいた。そのままどうにか笑顔をキープして、言った。


「去年、言ったよね? 友達に戻ろって。今、彼氏いるし、あんまりつきまとわないでね? 今日もセッティングしたし、アレだったら、・・女の子紹介しよっか? ソレっぽい子、何人か目星つけてたんだ。菱沼さんのお陰でなんとなくわかるようになったんだよ。バレー部の1年の」


ゴキュウウウゥゥッッッ!!!!!


いつの間にかペットボトルをジャスミンティーを飲んでいた菱沼は音を立てて、ペットボトルが捻れて細長く変形するまで吸い込んだ。


「ええぇーーっ???」


驚愕する宇田。菱沼は、シュポンっ! と、へこんだペットボトルから口を離した。


「ハァ~ァァッ、『宇田ティー』美味(びみ)ぃ」


菱沼は別人のような低い声で言って、異常に長く舌を伸ばしてペットボトルの口を舐め回しだした。


「レロレロレロレロッッ!!!!」


「ぎゃああぁーーーっっっ?!!!!」


ベンチから転げ落ちる宇田。ペットボトルを投げ棄て、立ち上がった菱沼の身体が変貌してゆく。

腕や脚の肌は鎧状に硬く変容し、手の甲や首は鱗に覆われ、顔は虎のような獣毛で覆われ、牙が剥き出した。


「嘘嘘嘘嘘っっっ????」


また腰を抜かして後ずさる宇田。


「宇田さんよぉ、親が共働きの彼氏もできてよぉっ! 通いやがってよぉ、チクショウっ、毎日、お前をつけてたんだよぉっ!!」


怪物と化した菱沼の影が周囲に拡がり、影から多数の鰐人間が這い出してきた。


「っっ????!!!!!」


混乱し、青ざめる宇田。


「限界だった、私は橋から飛び込んで死んだ。けど『その先』があったっ!!」


宇田の足元から水が噴出し、円柱の形を取って宇田を内部に拘束し、溺れさせた。


「がぁふぅっっっ???」


「死の先にいた『水虎(すいこ)』と契約して、私自身が水虎になったっ!!」


水虎・菱沼が片手を差し向けると、宇田の腹に衝撃が伝わり、その力は宇田の内臓を絞り上げるように上昇し始めた。


「げぇぶぅっ?!!!」


水の中で嘔吐する宇田。


「酔っ払いのサラリーマンも気持ち悪かったっ! 百合バーの女はうるさかったっ! もう、私はっ、私を苛立たせるヤツを1人も許さないっ!!!」


白目を剥いて、痙攣する宇田。


「2人の『生き(ぎも)』は美味ぃっ!! 生き肝ぉおおっ!! 宇田ぁっ、お前の生き肝くらいはさぁっ、私にくれよぉおおおーーーっっっ!!!!」


血涙して叫ぶ宇田。水の中で吐血し始める宇田。辺りで蠢き続ける鰐人間達。

その時、


バチンっっ!!!!


神速で、何者かが菱沼の眼前を跳び去り、菱沼の鼻をペーパークリップで挟んでいった。


「がぁあああ~~~っっっ???!!」


鼻をクリップで挟まれただけだが、絶叫する程の衝撃を受ける水虎・菱沼。水の柱と内臓絞りの力を保てなくなり、水の柱が崩れ、昏倒した宇田も大量の水と共に床に落ちた。


「・・ふっふっふっ、水虎は鼻を摘まむと『使役』できる、と聞いたんッスけど、取り敢えずダメージはあるみたいッスね」


管状の金魚の水槽の上に着地していたのは、トラムの停留場でくしゃみをしていた。ポニーテールに体操服の少女だった。


「ふざけるなっ!」


ペーパークリップを払い取り、少女を睨む水虎。周りの鰐人間の注意も少女に向く。

その隙に、停留場で体操服少女と一緒にいたギターケース持ちの短髪のブレザー制服の少女が素早く宇田を拾い上げ、体操服少女と近い位置の管の水槽の上に着地した。


「っ!」


続けて、サーカスの玉乗りの球のような大きな目玉に乗って浮遊するグルグル眼鏡のセーラー服の少女が、引き連れていたサッカーボール程度の目玉数個から次々と怪光線を放って鰐人間達を焼き払い始めた。


「摘まむのは鼻ではなく、水虎の『おティンティン』という説もあります」


攻撃しながら呑気そうに言うグルグル眼鏡少女。


「そいつにおティンティンは無いだろ?」


短髪ブレザー少女は淡々と言って、気絶した宇田を体操服少女の方に軽く放り投げた。

すると体操服少女の近くに奇妙な穴が開き、その穴の中に宇田は落ちて消えてしまった。


「っ? 宇田さんを返せっ!」


周囲に水を逆巻かせて激昂する水虎。


「色んな意味で、貴女のモノじゃないッス」


鼻からフンっ、と息を吐いて体操服少女が言い放つと、水虎は逆巻かせた水で砲弾を作って体操服少女とブレザー少女に連射してきた。

砕け散る金魚の水槽。溢れる金魚達。床に落ちれば跳ね回る。


「死ねっ!」


「おわっとっ、まだ自己紹介してないッスっ!」


「わたしはどーでもいいけど?」


軽々避ける体操服少女とブレザー少女。体操服少女はどこからともなく、絵馬のような数字の掛かれた木札を取り出した。


「挨拶は大事っ。水虎っ! ウチは『百番手形(ひゃくばんてがた)』の72番っ!! ウワバミ憑きの・・『ヘビ子』ッスっ!!!」


体操服少女、ヘビ子は水の砲弾を避けつつ、右腕を大蛇の胴と頭部に変えて伸ばし、逆巻く激流の水を喰い破って(・・・・・)、そのまま水虎・菱沼の左腕を喰らい千切った。


「ぐぅああーーっっ?!!」


怯んだ水虎の右腕を、跳び掛かったブレザー少女がエレキギターの形をした斧で切断し、跳び退き様に腕から染み出させるようにし生みだした生コンクリートのような物を水虎の両足に投げ付け、へばり付かせた。

それは即座固まり、水虎の両足を封じた。


「ごぉっ? がぁっ?!」


「わたしは18番、ぬりかべ憑き、『カタメ子』。それ、固まったら硬いから」


ブレザー少女、カタメ子は水槽から流れ出て踠く、巨大金魚の腹の上に着地しながら木札を見せながら言った。

グルグル眼鏡少女は数個の目玉の怪光線を収束させ、強力な怪光線を放ち、残っていた鰐人間達を全て焼き払った。


「自分は100番、百目鬼(どめき)憑き、『メ子』です。火力強めです」


大目玉に乗ったまま、グルグル眼鏡をクイっと上げつつ、木札を見せて言うセーラー服の、メ子。


「グルゥゥッッ!!! グルゥゥゥッッッ!!!!」


苦痛と激怒で、頭部の毛を逆立て、水を激しく逆巻かせる水虎。


「『心臓の鰐』を片付けるんで大人しくして下さいッス。・・蹴るッス」


平然と言い、左脚と左目を爬虫類の物に変え、妖しい力を込めだすヘビ子。


「もうっ! 私をっ!! イライラさせるなっっ!!!」


水虎・菱沼は固められた両足を自ら引き千切って、逆巻く水に身を任せ、ヘビ子に突進を始めた。

突進しながら、先程までの数倍の大きさの水の砲弾をヘビ子に連射する水虎。しかし、


「ニョロ」


呟くヘビ子の前に大穴が出現し、全ての砲弾を吸い込んだ。


「?!」


戦慄する水虎・菱沼の斜め上にも穴が出現し、底からヘビ子が跳びだし、左脚で水虎を蹴り飛ばした。

床を陥没させながらバウンドし、金魚の水槽を次々突き抜けて吹っ飛ばされてゆく水虎・菱沼は、最後に宇田と共に座っていたベンチの前に転がされた。

周囲に飛び散る、水、ガラス片、金魚達。

白眼を剥いて昏倒し、痙攣する水虎・菱沼だったが、


「っ!!!」


一度、ビクンっ! と激しく身体を震わせると、


ビキビキビキビキィィイイッッ!!!!


胸部が裂け、露出した心臓を突き破って、小さな肉の塊のような肌の無い鰐が飛び出してきた。

絶叫する水虎・菱沼。


「いぎゃあぅああぁーーっっっ!!!!」


口と開かれた胸部から血を噴き出す水虎・菱沼。

弱々しく吐き出されるようにして床に落ちた肉塊の鰐はまだ動いていたが、投げ付けられたカタメ子のギター斧で両断され、腐り果てて滅びていった。



その肉の鰐の遺骸から煙のような力が浮き上がり、クレーンゲームの景品のように小さくデフォルメされた水虎が出現した。

同時に、菱沼の水虎化も解けてゆく。


「ふひゃーっ! 助かったぁっ?! やっと『鰐』から解放されたぜっ」


男の声で、宙に浮いたまま快活そうに大喜びするマスコットのような水虎。


「お前は後回しだ」


カタメ子はそう言って、持っていた菱沼の右腕と両足をまだ僅かに痙攣して息がある、惨殺体のようになっている菱沼の傍に投げおいた。

ヘビ子とメ子も近くに来ていた。


白被(しらかぶ)りっ! 早く出てこいっ」


カタメ子が鋭く言うと、鈴の鳴るような音と共に白装束に白布の覆面を被った、袖や裾の実体があやふやな怪異が出現した。


「自腹で治せばいいのに・・」


ボヤいて袖から陶器の小瓶を取り出し、蓋を開け、中に入っていた淡く光る水を半死半生の菱沼に振り掛けた。


「っ!!!」


見る間に菱沼の胸部の傷は塞がり、両足と右腕は繋がり、左腕は生えはしなかったが傷口は癒えた。


「がはっ! うっっ、なっ???」


意識を取り戻し、血塗れ、水浸しのまま、取り敢えず服の胸部が破けているので服の布地を掻き寄せて隠す菱沼。


「後はよろしく・・」


白被りはふわりと浮いて菱沼から離れ、袖から次々と小鬼を出し始めた。現れた小鬼は水槽や床に落ちた金魚や鰐人間の後始末を始めた。

冷や汗をかいて困惑する菱沼。

ヘビ子は穴を3つ出し、そこから全員気絶した宇田と今日一緒に来ていた男子2人を取り出した。


「宇田さんっ?!」


菱沼が思わず宇田に駆け寄ろうとするとその前にマスコット化した水虎が入り、止めた。


「お前にはよぉっ! 3つの選択を選び直してもらうぜぇっ?」


「うっっ・・」


「1つ、死んで詫びる。2つ、俺と契約を解除して全て忘れて元の暮らしに帰る。3つ、俺と契約し直して『水虎憑き』になって『対価』を稼ぐ。だっ!」


「死にたい。死なせてくれ」


菱沼は即答した。


「対価を稼げば殺したリーマンとお水の人を生き返らせることもできますよ? なんならあのお下げの女の子を貴女の虜にすることもできますよぉ?」


メ子が冗談めかして言うと、菱沼は殺気立った目でメ子を睨んだ。


「怖っ。・・そんなこともできるよ? と、カタメ子が言ってましたっ」


「わたしを巻き込むな」


うんざり顔をするカタメ子。宇田や男子達は小鬼達に傷がすぐ癒える薬を塗られたり飲まされたり、どこからともなく取り出した全く同じ、しかし傷んでいない服にテキパキと着替えさせられたりしていた。


「百番手形は欠番が多いし、3を選らんでウチ達の仲間にならないッスか? 元通りにならないこともあるけど、やり直せることもあるッス」


舌をチョロり、と出して気軽に言うヘビ子。


「・・劣情に囚われなくても、人間を辞められるのか?」


「別に『怪異憑き』は劣情必須じゃないし、人間辞める為になるモノでもない」


真顔で修正するカタメ子。

菱沼は深く、ため息を吐いた。


「もう、どこにも帰りたくない。人間、辞めさせてくれ。償いもする。水虎、頼む」


水虎の目が妖しく光った。


「再・契約成立ぅううーーーっっ!!!!」


マスコット化した水虎は力を増し、2本の逆巻く水柱を発生させ、それが解けると中からいずれも気絶した、サラリーマンと妙齢の女性が倒れ出してきた。小鬼達がそれをキャッチする。


「時間が経てば経つ程、支払う対価が増えちまうからよっ。前借りサービスだっ! ついでに、リーマンはロリコンの性癖を『掃除機に欲情する性癖』に書き換えといてやったぜぇっ?!」


「余計なことしなくていい」


「女が絡まないとクールだなっ!『トラ子』っ!!」


水虎は体を半ば水に変え、ヘビ子に食べられて無くなった菱沼の左腕の位置に吸い付くと、そのまま左腕その物になった。


「トラ子?」


「お前の名前は既に奪った。お前は今から水虎憑きのトラ子だっ!!」


左腕の姿まま、手の辺りに顔を出して言う水虎。


「・・っ!!」


トラ子は、自分の名が菱沼であったことや、自分の出自等を思い出せなくなっていることに気付いた。


「話は済んだ? トラ子、お前は下っ端過ぎて『ヤツ』のことは何もわからないだろうが、『御山(おやま)』で一通り記憶を調べさせてもらうよ」


小鬼の後始末を采配していた白被りがまた、ふわり、と近付いてきた。


「合わせてに水虎の力の使い方も覚えてもらう。正式に百番手形を発行するのはその後だ」


「百番手形とやらがなんなのか知らないが、勝手にしろ。どうでもいい。イライラしてきた」


「・・怪異憑きって、まともな子がホントいない。ワタシは日々辛い」


白被りのあやふやな裾が拡大し、トラ子とサラリーマン、水商売の女の2人を捉えた。


「生き返りは2人とも火葬済みか。現状の整合性を取るのは面倒そうだな・・メ子。後で修正するが、取り敢えずその子達の記憶の処理は頼んだよ」


「バイト代の対価っ! 頂きますっ」


「ホント、こんな子ばっかり・・」


「さよなら」


トラ子は関係性をぼんやりとしか思い出せなくなった宇田に告げ、鈴の音が鳴ると、白被りと生き返った2人と共に、掻き消えていった。

水虎が消えたからか? 異様な金魚のアクアリウムの空間は小鬼達と共に消え、ヘビ子達と気絶した宇田と男子2人はさほど広くもない、治療やスペアの為の金魚の水槽の保管室にいた。

部屋の中央には不自然に先程の空間と同じベンチが置かれていた。


「うーん、1人は水族館デートを彼女にすっぽかされた設定が無難ですかね・・」


「というかっ、ギャラも入ったはずだし、久し振りに贅沢するッス! 回転寿司行くッス!!」


「なんで水虎退治した流れで魚介よ?」


「トラ子の左腕っ、超美味しかったッス! 今、ウチ、口がシーフードになってるッス!!」


「・・ヘビ子最低」


「『妖怪悪食体操服』に改名して下さい」


「なんッスかっ?!」


怪異憑き3人娘はワイワイと話していたがそれから30分後には・・・



男子の1人はデートをすっぽかされたと思い込み、水族館の食堂で海鮮塩バターラーメンの海鮮焼きソバと天麩羅うどんをヤケ食いしていた。

宇田ともう1人の男子は2人で仲良く水族館デートをしていたが、男子がトイレに行った。

宇田は近くの見覚えがある気がしたベンチに座って待っていると、すぐ近くに一般家庭にあるような凡庸な金魚の水槽があった。赤と白と黒と金の魚達。

ふと、唇が気になった。


「・・あれ?」


宇田は知らずに涙を溢していた。


「え? 何これ??」


涙は止まらなかった。トイレから戻った男子は心配したが、宇田は泣き続けた。

・・が、夜中に家に帰る頃には寒々とした顔で、宇田が、幼い憧れを思い出すことは以後二度と無かった。

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