095 年配者
アデリー王子たちが出撃してか数時間後、戦場に目を向けながらあせったように爪を噛んでいるエイサイの姿があった。
「…なんか様子がおかしい。中央の敵の勢いが異常だ。全く止まっていない」
カノンとジュウベイがそれぞれ対応している左翼と右翼の魔王軍は停滞しているが、ポーラ王国5人衆が配置されたはずの中央部はみるみる進撃されている。
これが戦記物ならわざと中央を進ませて、左翼と右翼から背後をついて包み込むという作戦を実行しているようにも見えるが今回はそんな意図は全くない。
単純に人間軍の中央部が一方的に魔王軍に押し込まれているのだ。
兵士たちの無駄死にを防ぐために八大将が出たら無理をせず撤退するように指示を出しているので八大将が出現したところが一時的に押されるのは想定内だ。
とはいえ押されっぱなしにならないように手は打つようにしている。八大将と互角以上に戦える戦力を八大将対策として投入しているのだ。
その八大将対抗戦力の一つであるポーラ王国5人衆がいるはずの中央部がもろくも崩れていく様子にエイサイは気が気ではない。
ミーシャが遊撃に出ているアデリーに頼んでみようかと思いかけた時、
「申し上げます!敵中央の八大将サブロウによってポーラ王国5人衆が撃破され、さらに助太刀に入ったアデリー王子も敗北しております!」
息を上げながら駆けこんできた伝令兵の報告によって異変の正体を知らされたミーシャとエイサイは驚愕する。
「なんですって!そんな…。彼らは無事なのですか?」
ポーラ王国5人衆だけでなくすでにアデリーも倒されている事を知ってミーシャは困惑する。
「八大将サブロウはとどめを刺すことには興味がないのか、幸い一命はとりとめております。しかし、全員戦闘不能におちいっています。今、救護隊が回復魔法をかけていますが戦線復帰はまず出来そうにありません」
命に別条がないと言われてミーシャはとりあえずホッと胸をなでおろすが危機的状況に変わりはない。
「信じられないな…。この短期間であの二組がやられるなんてさすがにありえないだろ」
エイサイはがじがじと爪を噛み続ける。
ツキノワ防衛戦ではポーラ王国5人衆が八大将ゴウユウ相手に時間稼ぎに成功していたのを実際に見ているし、八大将ジョウからもアデリー王子が厄介な相手だったと確かにきいていた。
そのため八大将と互角に戦えるはずの二組がたった一人の八大将に瞬殺されたとはにわかには信じられないのだ。
そもそもアデリーたちを撃破したというサブロウは万能型と言えばきこえはいいが、要するに器用貧乏で剣も魔法も新八大将の中でも中途半端だったはずだ。
魔王軍の戦闘訓練でも特段強かった印象はない。基礎的な戦闘能力だけで考えるとアデリーたちをあっけなく倒せるわけがないのだ。
間違いなくアデリーたちがやられたのはサブロウの不明になっている特殊能力のせいだろう。
(これだから異世界人は…)
もともと異世界から召喚されたものは基本的な身体能力と魔力に優れているが、その上特殊能力と言うチート能力を与えられている。まあ、『人形師』のように全く戦闘に役立ちそうにないものもあるが、ハマれば戦闘でも相当な威力を発揮するのだ。
(どうする?僕が行くしかないのか?でも相手の能力がわからないまま行っても…)
時間稼ぎをするのはむしろ接近戦を得意としていたアデリー達の方が得意だったはずだ。魔法タイプであるエイサイはからめ手の戦いは得意だが正面から相手を食い止める事に向いていない。
先が見えるだけに躊躇しているエイサイとは対照的にミーシャの方はすばやく判断を下す。この辺りは戦場の経験はミーシャの方が豊富といったところなのだろう。
「勇者様はここお願いします。わたくしが八大将サブロウを食い止めます」
「いや、それは…」
「今回の魔王軍の目的はあなたです。勇者様が敗北する事態だけは避けねばなりません」
ミーシャの言うように魔王軍の目的は『勇者タダシ』だ。『勇者タダシ』であるエイサイがやられてしまえば魔王軍を引き付けておくという役目が果たせなくなってしまうだろう。
「だが、敵の能力が不明な以上、姫が行ってもアデリー王子たちと同じ結果になるだけだぞ。いや、むしろアデリー王子たちほど時間をかけることなく返り討ちにあうのが関の山だ」
このエイサイの意見は正しい。
「でも、他にどうしたらよいのですか。アデリー王子たちがやられた今、もうこちらには八大将に対抗できる者などいないのです。このまま中央の進撃を許してしまえば全軍が崩壊してしまいます」
「それは…」
否定できない事実を指摘されてエイサイも口ごもる。
(どうする?カノンかジュウベイを呼び戻すか?いや、あの二人も今頃他の八大将とやりあっているはずだ。そんな余裕はない。でも、ミーシャを一人で行かせるくらいなら僕も一緒に行った方が…いや、ダメだ。誰か…誰か…いないのか…)
エイサイには自信があった。今の人間軍の戦力でじゅうぶん魔王軍を抑えれると考えていた。少なくとも十日は持たせる自信があった。
だが現実はこのありさまだ。自分の見積もりの甘さが招いた結果なのだ。調子乗って軍師気取りで様々な作戦を立てていたのだが、それはたった一人の敵によってもろくも崩れ去っていた。
(誰か…誰か…いないのか…)
そんな者などいない事がわかっていながら救いを求めるように辺りを必死に見回すエイサイに、
「おいおい、ずいぶん情けねえ顔してるじゃねえか。やっぱりわしがいねえとダメだな~」
ふいに懐かしい声がする。その声はミーシャにとってもエイサイにとっても懐かしい声。そしてこの二人ともに共通した関係性を持つ数少ない人物。
「あっ、あなたは…!?」
「久しぶりだな。姫、タダシ」
驚き過ぎてまともに言葉がでないミーシャとエイサイにニヤっと笑ったのは賢者エスケレスその人なのだった。
次回は 096 知らなかった男 です。 3月16日土曜日更新です。




